CROSS CAPTURE74 「無垢なる剣」
「凛那、どうかしたか?」
食事の最中、あまり食べて居ない彼女に怪訝に思って無轟は問いかける。
その声にやっと気づいたかのように凛那は振り向いた。
「――いえ…神殿内から何か大きな力を感じて…少し気になって」
「……」
彼女はそう不安を含んだ声に、神無を始めに食事や雑談を続けてオルガたちも自然と意識を鋭くする。
そうして感じ取る力の気配、凛那の言うとおり大きな力が神殿内にあった。
その出所が気になった凛那が立ち上がろうとしたが、
「凛那、飯がまだ食い終えて無いぞ」
それを制止したのは神無だった。突拍子もない気の抜けた言葉にバランスを崩しかけたが、ゆっくりと立ち上がる。
「…出所を探ろうとしただけだ。飯ならお前たちが食えばいい」
「そう言うなって。飯を済ませてある俺や親父たちで調べればいい」
「……」
神無は視線をこの時点で食事を既に終えている者たち――菜月、オルガ、アーファ――に協力を促す。
視線を受けた菜月たちは頷き返した。
凛那は不服と言った様子で彼を見据えたが、無轟が助け舟を出す。
「凛那、気づいてくれたのは感謝するが、今はゆっくり食事を楽しめ」
「―――解ったわ」
ため息にも似た一息を零して、その場に座って食事を再開する。
やけになってすぐに平らげるのかと神無は思ったが『ゆっくりと』食べているのを見て、神無や無轟は苦笑する。
「悪い。ありがとうな皆」
従った凛那や助け舟を出した無轟と協力を請け負った菜月たちを含めて感謝の言葉を言って彼らは立ち上がる。
「よーし、探検だな。オイラ楽しみだぜ」
「おいおい…アーファ、問題ないな?」
「ふん。そっちこそ」
「一応気をつけてね、みんな」
ツヴァイの言葉に菜月らは頷き返して、神無は彼らを引き連れて広間を出た。
神殿の通路はそこまで複雑化はされておらず、時間帯が夜ということで天井や壁に備えた明かりで暗くもなかった。
力の脈動は通路に出ると広間よりは明確に感じ取れる。普段、彼らが進んだ事のない奥の方からであった。
「そういえば、奥って何かの工房って聞いたけど…」
進む最中で、思い出したように菜月が呟く。
「工房?」
先を歩んでいた神無は、振り返って足を止めた。他も足を止め、菜月に視線を向ける。
彼は頷いて話を続けた。
「此処って無轟たちの戦いで結構壊れたよな? で、修繕やらで直して…その際に付け加えたとか…なんとか…」
最後の不安そうに呟く様子にアーファが呆れて、その視線を先へと向ける。
「曖昧ね。まあ、その工房で何かを執り行ってるんじゃないの?」
「何かって?」
「知らないわよ、何かは、何かよ!」
オルガの問いかけに、顔を赤くして話を切り上げた。
そうして、一同は再び奥にある工房の入り口の前にたどり着いた。
他に部屋は無いため、すぐに入り口を見つけた神無たちは踏み込むべきか、惑っていた。
「で、工房って誰が所有しているんだ?」
扉をしばし見つめてから、オルガは菜月に問いかける。
情報を知っていたのか彼だ。なら、工房の所有者の正体も知っているはず、と。
問われた彼はうーんと、唸ってから口を開いた。
「――半神の誰か、だった気がするぜ…!」
「その誰かを聞いてるんだよ!」
「というか憶えてないのね」
呆れてツッコミするオルガとアーファを置いて、神無もその「半神の誰か」とやらの当てを考える。
(広い意味で捉えれば神殿はアイネアスのもの。でも、あいつは城に居たしな。
狭い意味で考えれば技術的なものを好む半神だろうな…思いつくのは2,3人だが)
考える事十数秒ほど、黙して考えていた神無へとオルガが声を掛けた事で思考は解かれる。
「神無、この際入って誰かかわかった方が早いよな」
「…まあな」
深く考える事を入り口でするのも滑稽だなと、己に自嘲して神無は入り口に手を掛ける。
小さな緊張感に包まれ、自然と表情も硬くなる。
「いくぞ」
菜月たちに確認するかのように、神無は意を決して入り口の扉を勢いよくあけた。
刹那、
「!?」
扉を開けた彼らの視界は眩い光に包まれ、困惑する。
「な、なんだ!?」
突然の光は収まり、視界も回復した神無たちは改めて工房へと踏み込む。
工房は薄暗く、霧のようなものが漂っていたが、すぐに彼らの前には工房の主が座って居た。
「キ、キルレストか?」
戸惑いつつも菜月は彼に問いかける。
声に気づいたのか、座していたキルレストは立ち上がり、彼らへと振り向く。
「…神無たちか。何か用か?」
怪訝に彼らを見るキルレストに、神無が困った表情で応じた。
「いや、何か神殿内で気になった気配があってな…辿ったら此処だったから」
「……ああ、錬成に生じた膨大なエネルギーに反応したのか。訓練中だったらすまない、敵の襲撃と勘違いしたか」
「いや。鍛錬の後の食事だったから、別に問題なかったぜ」
謝す彼に、菜月が宥めるように明るく言う。
「…此処で食事をしていたのか?」
「まあな」
神無たちはそれぞれ微苦笑で笑い合い、キルレストは不思議そうに見つめていたが、その笑みに釣られて小さく笑った。
そして、ふとアーファは工房の中心に置かれたモノへと視線を向けて、話を切り出す。
「ねえ。とても気になったけど、あれって…」
「ああ―――今日、我々が素材の探索で集めた素材で作り出した『剣』だ」
彼はそう説明して、あるモノ――『剣』――を彼らに見せる。
その『剣』は透明感のある細剣に近い形をした武器だった。
それを改めて見た神無たちはまるで『心剣』のような、でも『心剣』と少し違うと直感した。
「それって…心剣なのか?」
直感と共に、オルガは口にする。
神無たちも釣られて頷いて、キルレストへと視線を向ける。
彼は『剣』の方へ視線を向けながら、彼らに説明する。
「これは『心器』―――ウィドの為の、剣だ」
「ウィドの?」
「ああ」
怪訝に『剣』へ視線を注ぐ彼らにキルレストは滔々と説明を続ける。
「オパールたちが持ってきたデータに記されていたレシピ、それに必要な素材を利用して作り出した。
この武器を異世界のウィドが使っていた、と聞いた。彼の為の武器とはそういう意味だ」
「じゃあ、これは完成してるのか?」
「いや」
感心するオルガの言葉に、即答で答えた。
それには戸惑う彼らにキルレストは剣を見据えて言う。
「言ったろう。『ウィドの為の剣』だと、これが真に完成した姿を得るのは使い手のウィドが『使って始めて完成する』のだよ。
私や、他の者が使ってもただの剣に過ぎない。錬成の際に、そう施した」
「なるほどな…心剣、とは違うんだろ?」
興味深く頷いて、神無は製作者へ尋ねた。彼は再び頷き、
「少なくともな。深くは私もそこまで理解しきれて居ない。あくまで、私はレシピ通りに作成しただけだから。
心剣士のお前たちがそう感じるのなら、そうなのだろう」
「これ、どうするの? まだウィドは起きていなかったけど」
「起きてから渡す、それだけ――さ――っ」
そう言って彼は『剣』を近くに置かれていた桐箱に似た箱に収めて、一つ深い吐息を零す。
達成したように、安堵したそれと、同時に彼は崩れるように倒れてしまった。
「!」
「キルレスト!?」
駆け寄った神無たちは身を起こして、彼に声を投げかける。
彼の顔色は蒼白で、冷や汗が吹き出たようにびっしりとかいていた。
さらに呼吸もどこか荒い。
声を掛けられて、ゆっくりと眼を開き、口を開いた。
「……少々無理をし過ぎた、だけだ」
「ったく…」
己の無理を強行した彼の言葉に、神無は呆れたが、言葉と裏腹にキルレストを抱える。
「…神無…?」
「なら、頑張った分は休まないとな。休憩室があったろ、そこでひとまず休もう。
オルガとアーファはツヴァイを呼んでくれ。菜月、その『剣』も一緒にもって行くぞ」
彼を抱えつつ、神無はニッと笑って工房を出た。
指示を受けたオルガたちも頷いて先に掛けだした。神無はキルレストに負担をかけないため、焦らず素早く休憩室向かった。
訓練場に備えてある休憩室は一通りの医療道具が置かれてある。
神無は用意されているベッドに抱えていたキルレストを寝かす。
「すまない」
「いいってことさ。ちょいと具合を確かめるぞ」
詫びる彼に神無は気にせずに笑って流す。そうして、神無は彼の容態を確認する。
簡潔な診断の後、休憩室入ってきたのは神無の妻のツヴァイと『剣』を入れた箱を持ってきた菜月だった。
「これも、もって来て良かったよな?」
「ああ。助かる」
彼らの確認に首肯し、箱は彼の眼の届く場所に丁重に置かれた。
ツヴァイは彼へとあるものを差し出す。
「あの…キルレストさん? 一応、用意してた弁当を持ってきたんですが…」
「感謝します。少しだけ頂くとする」
彼女から弁当を受け取り、キルレストは微笑みと共に小さく礼をする。
弁当を見やりつつ神無は声を掛ける。
「ま。無理に平らげなくていいぜ。飲み物も置いてあるから」
彼のベッドの傍に在る机に飲料水の入った水筒を置く。微笑のまま彼は答える。
「ありがとう、あのまま地べたで夜を過ごす所だったよ」
小さく笑う彼に神無は困ったような笑顔で返す。
「そうならずに済んで何よりだな」
その笑顔を見据えてから、彼らに話を持ち掛ける。
「さて…神無たちは城に戻ってくれていい。私はこのまま休んで、ある程度眠って回復したら城に戻る」
「いいのか?」
確認の問いかけもキルレストは頷き返して、構わずと言う。
これ以上は仕様が無いと、神無たちはそれに従う事にした。
「わかった。ゆっくり休めよー?」
「もちろん」
彼らに笑みを返して、3人は部屋を出る。
そうして部屋を出ると、廊下には荷物を纏め終えている神月たちが待っていた。
「今日は鍛錬も切り上げよう」
神無は一同にそう告げ、皆は了解する。
これから休みを取るキルレストを配慮し、神無たちはその静かな足取りで神殿を出て、城へと戻る事にした。
「……後は、ウィド次第か」
ツヴァイから受け取った弁当を平らげた彼は一段落付いた様子で『剣』の収まった箱を見つめる。
使い手になる人物はまだ、目覚めて居ない。この『剣』も、同じく目覚めるのはまだ先であった。
「……」
静かな想いを馳せて、キルレストは満腹感から来る眠気に抗せず受け入れるように眠った。
部屋の明かりは彼が眠りに入ると共に消灯し、神殿内の明かりも同時に全て自動的に落ちる。