CROSS CAPTURE75 「粋な運命」
その頃、食事を終えてレイアは一人、城の上階へと足を運ぶ。
城の上階には城主アイネアス夫婦、半神たちの部屋で、彼女はある人物に話があったからこそ此処まで来た。
「ここですよね…?」
廊下で給士たちから目的の人物の居る部屋を教えてもらい、その部屋の前にたどり着いた。
そして、入る事にどこか緊張するレイアだったが、応じるかのように部屋の扉が内側から開く。
「え?」
「――む」
扉を開け、出てきたのはこの部屋にいる人物ではなかった。
厳格な風貌をした壮年の男性――ビラコチャが目の前に居たレイアとはぶつからずに立ち止まることができた。
不思議に思いながら彼はレイアに所用を尋ねる事にした。
「レイア…だったな。アルカナに何か用か?」
「あ、えっと…もう休まれているなら今度で――」
「構わない。入ってくれ」
身を引こうとした直後、制止するように目的のアルカナが声を投げかける。
それに驚き、動きは止まった。ビラコチャは何も言わず彼女の背中を軽く押してあげた。
「わ、わわ」
「では失礼するぞ、アルカナ」
声をあげる彼女を部屋へと押し、すかさず扉を閉じた。
「……」
レイアは扉の方へ視線を向けたが、すぐ諦めて、意を決して目的の彼に面談する。
彼の居る下へとやって来たレイアはまず注視した。
部屋の主たるアルカナは質素な寝巻きを着ており、ベッドに半身を起こして楽な姿勢でいた。
その顔色も戦いの後と比べて血色も比較的に良好に見え、彼女がベッドの傍にある椅子の隣に楚々と立つ。
「ふふ、座っても構ない」
「はい」
そんな彼女の礼儀良さに微苦笑し、許可を下した。
レイアは一礼してから椅子に腰掛けて、彼へと視線を見据えた。その表情はまだ緊張の色が強く、どこか強張っていた。
そんな彼女の気を解そうと気楽な声で話しかける。
「わざわざ私に何かな」
「実は……あの時のお礼…」
「お礼? ――ああ、心剣世界での件か」
彼女のたどたどしくも話を続ける。
「はい。あの時は……自分で戦うと覚悟していました、けど……結局」
「それを口実に、君を責めたものは一人としていたか?」
彼の淡々と返した言葉を、重く受け止めるように小さく項垂れる。
「……いえ」
「ならそれでいいじゃないか。私からすれば、あの状況で君たちが無事に切り抜けた事が私には重要だ。
あの戦闘で大きなダメージを受けたのは私だけだ。最善を尽くしたまでのこと」
それでもレイアは項垂れた顔を上げるも、そこにはまだ後悔の色が強く残っている。
その表情を一瞥し、天井を見つめながら言葉を続けた。
「あの時、君たちが逃げ延びずに戦闘となっていたら甚大な被害になっていた。
……私一人ではなく総倒れになっていたかもしれん」
「それは――」
「仲間たちならきっと切り抜けるだろう、か」
仲間の信頼ゆえに、絆を想うレイアの言葉に、なるほど同意する気持ちはあった。
だが、アルカナは手厳しく断じた。
それではダメであると。思考を冷たく、保つ事も戦いに於いて必須の要素だ。
「不確定な要素だな。間違いなく被害はもっと増していただろう」
「……」
「特に我々はそうなる」
アルカナはそう冷淡に告げた。
あの時、贋物のアルカナたちと離脱せずに真正面から戦っていたら、切り札の『世界』を繰り出せず、レイアやアルビノーレも混戦のせいで深手を負う事だろう。
何故なら、テラたち、クェーサーたちと比べてアルカナたちは個々の絆の強さが仲間となって日が浅いこともあってあの戦闘はより泥濘になるだった筈だ。
だからこそ、アルカナは一人で戦いを選んだ。
最小限の被害に抑える為に。
「もう一度言う。『最善を尽くしたまでのこと』だ。責めてもない問題に自ら苦しむ必要は、無いんだ」
落ち込むものを宥め、諭すように、アルカナは断じた。
レイアは言い返せず小さく頷くことしかできなかった。
そうして、二人は小さく長い沈黙に包まれる。彼女は強く自分の責を受け止め、彼は彼女の責を強く否定したからだ。
交わる答えが出ないまま、アルカナは仕方なく口火を切る。
「――それにだ。君やテラたちが深手を負ってしまって此処へ戻ってきたものならクウたちに酷い目に遭っていたからな」
切り出した言葉はからかうように苦笑交じりに続け、彼はタロットカードを取り出し、その一番上のカードをレイアに渡す。
「え?」
「捲ってごらん」
カードを捲って確認する。それは仲睦まじい男女の絵柄が描かれたカードであった。
名は『THE LOVERS』。
レイアから見てその絵柄は正位置であった。
「レイア。一々気に悩まないでいい。――それに、君が赴くべきは此処ではなく『彼』の方だろう?」
「っ……はい」
照れながら顔を赤く染め、レイアは席をゆっくりと立ち、彼へと深く礼をする。
「本当にありがとうございます。私…失礼します」
「ああ」
アルカナは軽く応じて、頭を上げた彼女はいそいそと部屋を出た。その顔に先ほどの沈鬱なものはなかった。
顔を赤くしながらも。その表情は晴れた様子であった。
一人になった彼は一息つくように吐息を零す。そうして、彼女が返したカードを見つめた。
「……恋人(THE LOVERS)か」
その暗示の意味は絵柄どおりの意味合いもあるが、他にも自分への信頼や深い結びつきといった落ち込むレイアを立ち直るに相応しい意味も示していた。
それを踏まえて、くすりと微笑を零す。
「いかにも彼女らしい」
そう楽しげに呟き、カードを戻してからベッドに身を横たえる。
回復の為の深い眠りが、彼の意識をゆっくりと沈めていき、小さく笑みを浮かべたまま、眠りについた。