メモリー編28 「ソラの人形(レプリカ)」
頭を押さえ、深く深呼吸する。
剣の鍛錬でも時たまやる、精神を落ち着かせる独自の呼吸法。いつもなら少ししただけで落ち着いて効果が出るのに、ざわめく心は静まらない。
「ねえさん…ルキル…!」
リュウドラゴンを斬った時に聞こえた声。あれは確かに成長した姉の声だった。
だが、あれは姉ではない。姉を思うあまり自分が作った幻聴だろう。
そう思いたいのに…縋りたくなる。
自分を止めようとする声に。
「わたし、は…!」
そんな思いでルキルを救えると思っているのか。オパールの厳しい声が蘇る。
憎しみが揺らぐ。ダメだ。あいつは許せない存在。姉さんを見捨てた。姉さんを救えなかった。ルキルだって見捨てようと…本当に? いや、今はルキルを助けないと。そうだ、元凶の、あの人形、を…。
出来るのか? 彼と同じ人形を、私は――斬れるのか?
《出来るさ》
直後、脳裏に低い男性の声が響いた。
「え?」
周りを見回すが、記憶の歪みだけで人の姿は見えない。
《心のままに赴けばいい。何も考える必要なんてないんです》
「…だれ…?」
《今貴方が抱くべき想いは? “胸に手を当てて”思い出してみなさい》
「…て、を…」
不思議とその声に不信感は感じない。言われるままに右手を手に当てる。
黒い、底の見えない深い何かが蠢いている。それが一つになって収縮していく。
段々と胸の中心に何かが集まる。途方も無く強い力が――。
「ウィド?」
名前を呼ばれ、意識が現実に戻って我に返る。それに合わせるように集っていた何かも引いてしまった。
「シー…ノ?」
「えと、だいじょうぶ? 気分はどう?」
「…どう、にか」
気遣う様に問いかけるシーノに、思わず顔を逸らす。
今の出来事を忘れようと、思いっきり息を吸い込んで妙な感情と共に一気に吐き出した。
(今の力、何だ?)
そうして気分を変えようとするウィドに対し、シーノは内心で警戒を浮かべる。
彼の中で生まれようとした危険な力を。
もう見慣れてしまったトライライトタウンの時計台。
あのアイスを食べながら、同じようにアイスを食べて笑っているロクサスとアクセルを見て、夕日に目を向ける。
「綺麗な夕日…」
ぽつりと漏れた呟きのように、時計塔から見渡せる街が――目に見える景色全てが夕焼け色に染まっている。
「今までずっと見てきた同じ夕日なのに、今日は特別綺麗に見える」
そんな彼女の声は、何だか清々しく聞こえる。
だが、すぐに顔を俯かせた。
「ずっとこうやって三人でいられればいいのに…」
口にする願い。でも、辿った記憶を知った今は分かる。
それが叶わぬ願いだと。彼女はきっと分かった上で言っているのだと。
「――なあ、三人でどっか行っちゃわないか?」
「え?」
「そしたら、きっと、ずっと一緒にいられる」
思わぬロクサスの提案に考え込む。だが、すぐにまた顔を俯かせた。
「そんな事…できないよ…」
「そっか…そうだよな…」
悲しげな表情で提案を切り捨てられたからか、ロクサスも同じように俯かせる。
逆に二人の空気が暗くなる中、黙っていたアクセルが口を開く。
「大切なのは、みんなで毎日会う事じゃなくて――」
「一緒にいなくてもお互いの事を考える事だよね」
アクセルの言葉に続けるように笑いながら答えると、ジッと視線を向ける。
「ちゃんと記憶してるよ、アクセル」
「…そっか」
そう言いつつも、注がれる視線にアクセルは目を合わせる事無く夕日を見つめたままアイスを齧る。
そんなアクセルに習う様に、再び夕日を見る。
「ずっと、記憶してるよ。あたし…忘れない」
「俺も、忘れない」
ロクサスも夕日に目を向ける。何も言わず、三人は一緒に夕日を眺める。
脳裏に、記憶に焼き付けるように最後までじっと夕日を見つめていた。
「一緒にいなくても、お互いの事を考える…か」
アクセルの語った言葉に、リクは感傷深く呟く。
それはかつて、ロクサスの記憶で作った偽のトワイライトタウンでハイネが自慢げに語っていたものだ。アクセルとの思い出がああいった形で現れていたとは思いもしなかった。
垣間見た思い出に笑っていると、オパールが不思議そうにこちらに振り返った。
「リク?」
「ああ、何でもない」
「…そう」
どことなく素っ気なく返すと、すぐに顔を俯かせるオパール。
リクは声をかけようとするが先程の妙な行動を思い返し、ここはグッと堪えてハナダニャンに振り返った。
「で、次は――ん?」
視線を足元に落とすと、待っていた筈のハナダニャンがいない。
すぐに辺りを見回していると、自分達が通って来た通路の方で一声鳴いてから走り出した。
「来た道を戻ってるな、行こう」
そう言って、ハナダニャンを追いかけるリク。
だが、オパールはどう言う訳かその場から動こうとしなかった。
「どうした、オパール?」
足を止めて声を駆けるが、何かを考え込んだまま反応を返さない。
リクが近づくと、足音に気付いておずおずとオパールが顔を上げて口を開いた。
「ねえ、リク。あたし…仲間だよね?」
「何を」
「みんなの中にいてもいいんだよね?」
発言を遮るように言い切ると、不安げにこちらを見るオパール。その姿は何処か怯えているようにも見て取れる。
「…俺達といるのが嫌になったのか?」
「嫌な訳ないでしょ!! 寧ろ、その…一緒にいて凄く楽しいし、いろんな事体験できるし、こうして旅が出来たし、それに」
堰を切ったように自分の想いを口にするが、途中で口を閉ざすと言葉の代わりに思いっきり溜息が吐き出された。
「…ごめん、少し不安になっただけ。今の質問ナシ! 忘れてっ!」
「お、おい!」
即座に脇をすり抜けて走り去るオパールに、慌てて引き留めようとする。しかし、オパールは振り返る事無くそのまま行ってしまう。
これには、何だかはぐらかされた気分に陥ってしまった。
「…オパール」
無機質な白い回廊を一人で歩く。周りには沢山の記憶の歪みがあるが素通りする。そして、オパールの事を考える。
ルキルの記憶を辿る筈が、いつの間にかオパールと共にアクセルやサイクスの過去を追う事になっていた。そんな二人と繋がっていた、ロクサスと名前を思い出せない人形。どう足掻いても変えられない悲しき定め。
もしかしたら彼女をここに連れて来たのは、間違いだったのかもしれない。
「リクー!」
気が付けば最奥――この城に初めて来た場所まで戻っていたようで、自分を呼んだであろうシーノが手を振っていた。その後ろにはウィドがいて、いち早く着いたオパールが背を向けるように座り込んでいる。
「シーノ、ウィド」
「お帰り。ここに来たと言う事は――君もこれはもう視えていると捉えてもいいかな?」
そう言い、シーノは体をずらして後方を見せる。
そこにはノイズでしか視えなかった白黒の記憶の歪みが輪郭を露わにしていた。
「ああ。ハッキリと見えてる」
「キュ〜ン…」
ようやく露わになった入口に頷いていると、ハナダニャンの鳴き声が響く。
目を向けると、オパールの足元でリュウドラゴンが銅像のようにちょこんと座って項垂れている。
「リュウドラゴン、まだ怪我が痛むのか?」
オパールとハナダニャンに心配されるリュウドラゴンを見ていると、何故かシーノは顔を逸らした。
「…いや、そう言う訳じゃないよ。それより二人とも、この先はいよいよルキルを浸食している元凶との対面だ。覚悟はいい?」
「そっちそこ心の準備は出来てるのか?」
「僕は平気さ。何時でも動ける」
「…私も」
「ん…大丈夫、いこ」
逆に問いかけると、シーノは自信ありげに何処からか剣を取る。更には落ち着きを取り戻したのかウィドも剣の柄を握り、座っていたオパールも立ち上がる。
「あぁ、行こう」
三人の返事を聞き、リクは最奥への記憶へと振り返る。
記憶にない人形についていろいろ思う事はある。だが。
ルキルを助ける。今は、それだけだ。
あの二匹をその場に残して歪みの中に入ると、今までと違い四人に得体の知れない浮遊感が襲い掛かる。
地に足はつかないまま、下に落ちているのか、はたまた上に昇っているのかよく分からない。やがて浮遊感が消えると、四人はトライライトタウンのあの時計台にいた。
「身体が動く? 記憶の中じゃないのか?」
「って言うか、あたし達何でこんな場所にいるの!?」
「まるで床ですね…」
自分の意思で動ける事にリクが身体を見回していると、オパールとウィドが今いる場所に気付く。
全体的に時計台が見える場所――空中にいる。足元には透明な床があるようで踏む度にガラスのような何かが発光している。
四人が辺りを見回していると、不意にウィドの視線が止まる。
「あれは…」
呟きに反応して、三人も向けられた視線の方向に振り返る。
ロクサスが一人時計台に腰掛け、膝に頭を埋めていた。
「どこに行けばいいかも、分からないなんて…」
それなりに距離がある筈なのに、ここまで呟きが聞こえてくる。
明らかに落ち込んでいるロクサスを見ていると、隣から黒コートを来て深くフードを被った人物が現れた。
「“―――”!」
相変わらず言葉は聞こえないが、黒コートの人物――見た目からして少女だろう――は黙って隣に腰かけ、あのアイスを手渡した。
「ありがとう」
ロクサスはアイスを受け取ると、一口齧る。同じように少女もアイスを食べ始める。
何の会話も交わさず、相手を見る事もせず、二人はアイスを食べている。時間だけが穏やかに過ぎていくが、何時しか二人の手に持っていたアイスは無くなってしまった。
そうして食べ終えたのを皮切りに、少女はアイスの棒を傍らに置く。
「そろそろ決めなきゃね」
少女は立ち上がると、被っていたフードを取り払う。
「「「ッ…!?」」」
隠していた顔が見えた途端、リク、オパール、ウィドは言葉を失う。
自分達の知っている顔が、そこにあったからだ。
「あたしの力はもうすぐ満たされようとしている。器に入った水が零れるみたいに、今あたしの記憶はロクサスから貰ったものでいっぱいになってる」
静かにロクサスへと語りながら両手を広げ、胸に手を当てる少女――いや“誰か”。例え顔が一緒でも…彼であるはずがない。
「ロクサスにはあたしがどう言う風に見える? もし、違う男の子の顔になってるなら、それはあたしがもうすぐ人形として完成しようとしているって事」
夕日を見ながら未だに驚いているロクサスに語ると、笑みを浮かべて振り返る。
ロクサスに似た“彼”の顔で。
「ロクサス――これが、“ソラ”だよ」
少女は教える。ソラの顔で。
話が終わると、少女はまたフードを深く被り時計台から足を踏み出す。そのまま何もない所を歩いていき、固まっていた自分達をすり抜けていく。
ある程度ロクサスから距離を取ると、振り返って手を伸ばす。
「あたしはこれからロクサス自身も取り込まなきゃいけないの」
すると、少女を中心に闇が渦巻く。
何かの力を解放しているようで、コートが激しくはためいている。
フードと闇の合間からソラの瞳がこちらを見る。
「それが、あたしの生まれた意味…!!」
少女の叫びと共に、辺りが闇に包まれる。
しかし、闇は一瞬で掻き消えてしまう。同時に、ソラの姿をした少女も消えていた。
「えっ…?」
「消えた?」
「っ、後ろだぁ!!」
目の前でいなくなった少女にリクとウィドが呆気に取られていると、突如シーノが叫ぶ。
急いで三人が振り返ると、時計台をバックにして広がる光景に目を疑った。
「なっ、何よコレ…!?」
「これは、ソラ…っ!?」
身体のパーツが銀色、服の部分が赤や黒の金属。顔にはノーバディの紋章。両手には、歪な形をした巨大なキーブレード。
ソラの姿をした巨大化した人形が、宙に浮きながらこちらを見ている。
「“ソラ”になる事が、あたしの目的――誰にも邪魔はさせないっ!!!」
高らかに宣言すると、四人に向かって両手のキーブレードを振り下ろし広範囲の衝撃波を飛ばした。
剣の鍛錬でも時たまやる、精神を落ち着かせる独自の呼吸法。いつもなら少ししただけで落ち着いて効果が出るのに、ざわめく心は静まらない。
「ねえさん…ルキル…!」
リュウドラゴンを斬った時に聞こえた声。あれは確かに成長した姉の声だった。
だが、あれは姉ではない。姉を思うあまり自分が作った幻聴だろう。
そう思いたいのに…縋りたくなる。
自分を止めようとする声に。
「わたし、は…!」
そんな思いでルキルを救えると思っているのか。オパールの厳しい声が蘇る。
憎しみが揺らぐ。ダメだ。あいつは許せない存在。姉さんを見捨てた。姉さんを救えなかった。ルキルだって見捨てようと…本当に? いや、今はルキルを助けないと。そうだ、元凶の、あの人形、を…。
出来るのか? 彼と同じ人形を、私は――斬れるのか?
《出来るさ》
直後、脳裏に低い男性の声が響いた。
「え?」
周りを見回すが、記憶の歪みだけで人の姿は見えない。
《心のままに赴けばいい。何も考える必要なんてないんです》
「…だれ…?」
《今貴方が抱くべき想いは? “胸に手を当てて”思い出してみなさい》
「…て、を…」
不思議とその声に不信感は感じない。言われるままに右手を手に当てる。
黒い、底の見えない深い何かが蠢いている。それが一つになって収縮していく。
段々と胸の中心に何かが集まる。途方も無く強い力が――。
「ウィド?」
名前を呼ばれ、意識が現実に戻って我に返る。それに合わせるように集っていた何かも引いてしまった。
「シー…ノ?」
「えと、だいじょうぶ? 気分はどう?」
「…どう、にか」
気遣う様に問いかけるシーノに、思わず顔を逸らす。
今の出来事を忘れようと、思いっきり息を吸い込んで妙な感情と共に一気に吐き出した。
(今の力、何だ?)
そうして気分を変えようとするウィドに対し、シーノは内心で警戒を浮かべる。
彼の中で生まれようとした危険な力を。
もう見慣れてしまったトライライトタウンの時計台。
あのアイスを食べながら、同じようにアイスを食べて笑っているロクサスとアクセルを見て、夕日に目を向ける。
「綺麗な夕日…」
ぽつりと漏れた呟きのように、時計塔から見渡せる街が――目に見える景色全てが夕焼け色に染まっている。
「今までずっと見てきた同じ夕日なのに、今日は特別綺麗に見える」
そんな彼女の声は、何だか清々しく聞こえる。
だが、すぐに顔を俯かせた。
「ずっとこうやって三人でいられればいいのに…」
口にする願い。でも、辿った記憶を知った今は分かる。
それが叶わぬ願いだと。彼女はきっと分かった上で言っているのだと。
「――なあ、三人でどっか行っちゃわないか?」
「え?」
「そしたら、きっと、ずっと一緒にいられる」
思わぬロクサスの提案に考え込む。だが、すぐにまた顔を俯かせた。
「そんな事…できないよ…」
「そっか…そうだよな…」
悲しげな表情で提案を切り捨てられたからか、ロクサスも同じように俯かせる。
逆に二人の空気が暗くなる中、黙っていたアクセルが口を開く。
「大切なのは、みんなで毎日会う事じゃなくて――」
「一緒にいなくてもお互いの事を考える事だよね」
アクセルの言葉に続けるように笑いながら答えると、ジッと視線を向ける。
「ちゃんと記憶してるよ、アクセル」
「…そっか」
そう言いつつも、注がれる視線にアクセルは目を合わせる事無く夕日を見つめたままアイスを齧る。
そんなアクセルに習う様に、再び夕日を見る。
「ずっと、記憶してるよ。あたし…忘れない」
「俺も、忘れない」
ロクサスも夕日に目を向ける。何も言わず、三人は一緒に夕日を眺める。
脳裏に、記憶に焼き付けるように最後までじっと夕日を見つめていた。
「一緒にいなくても、お互いの事を考える…か」
アクセルの語った言葉に、リクは感傷深く呟く。
それはかつて、ロクサスの記憶で作った偽のトワイライトタウンでハイネが自慢げに語っていたものだ。アクセルとの思い出がああいった形で現れていたとは思いもしなかった。
垣間見た思い出に笑っていると、オパールが不思議そうにこちらに振り返った。
「リク?」
「ああ、何でもない」
「…そう」
どことなく素っ気なく返すと、すぐに顔を俯かせるオパール。
リクは声をかけようとするが先程の妙な行動を思い返し、ここはグッと堪えてハナダニャンに振り返った。
「で、次は――ん?」
視線を足元に落とすと、待っていた筈のハナダニャンがいない。
すぐに辺りを見回していると、自分達が通って来た通路の方で一声鳴いてから走り出した。
「来た道を戻ってるな、行こう」
そう言って、ハナダニャンを追いかけるリク。
だが、オパールはどう言う訳かその場から動こうとしなかった。
「どうした、オパール?」
足を止めて声を駆けるが、何かを考え込んだまま反応を返さない。
リクが近づくと、足音に気付いておずおずとオパールが顔を上げて口を開いた。
「ねえ、リク。あたし…仲間だよね?」
「何を」
「みんなの中にいてもいいんだよね?」
発言を遮るように言い切ると、不安げにこちらを見るオパール。その姿は何処か怯えているようにも見て取れる。
「…俺達といるのが嫌になったのか?」
「嫌な訳ないでしょ!! 寧ろ、その…一緒にいて凄く楽しいし、いろんな事体験できるし、こうして旅が出来たし、それに」
堰を切ったように自分の想いを口にするが、途中で口を閉ざすと言葉の代わりに思いっきり溜息が吐き出された。
「…ごめん、少し不安になっただけ。今の質問ナシ! 忘れてっ!」
「お、おい!」
即座に脇をすり抜けて走り去るオパールに、慌てて引き留めようとする。しかし、オパールは振り返る事無くそのまま行ってしまう。
これには、何だかはぐらかされた気分に陥ってしまった。
「…オパール」
無機質な白い回廊を一人で歩く。周りには沢山の記憶の歪みがあるが素通りする。そして、オパールの事を考える。
ルキルの記憶を辿る筈が、いつの間にかオパールと共にアクセルやサイクスの過去を追う事になっていた。そんな二人と繋がっていた、ロクサスと名前を思い出せない人形。どう足掻いても変えられない悲しき定め。
もしかしたら彼女をここに連れて来たのは、間違いだったのかもしれない。
「リクー!」
気が付けば最奥――この城に初めて来た場所まで戻っていたようで、自分を呼んだであろうシーノが手を振っていた。その後ろにはウィドがいて、いち早く着いたオパールが背を向けるように座り込んでいる。
「シーノ、ウィド」
「お帰り。ここに来たと言う事は――君もこれはもう視えていると捉えてもいいかな?」
そう言い、シーノは体をずらして後方を見せる。
そこにはノイズでしか視えなかった白黒の記憶の歪みが輪郭を露わにしていた。
「ああ。ハッキリと見えてる」
「キュ〜ン…」
ようやく露わになった入口に頷いていると、ハナダニャンの鳴き声が響く。
目を向けると、オパールの足元でリュウドラゴンが銅像のようにちょこんと座って項垂れている。
「リュウドラゴン、まだ怪我が痛むのか?」
オパールとハナダニャンに心配されるリュウドラゴンを見ていると、何故かシーノは顔を逸らした。
「…いや、そう言う訳じゃないよ。それより二人とも、この先はいよいよルキルを浸食している元凶との対面だ。覚悟はいい?」
「そっちそこ心の準備は出来てるのか?」
「僕は平気さ。何時でも動ける」
「…私も」
「ん…大丈夫、いこ」
逆に問いかけると、シーノは自信ありげに何処からか剣を取る。更には落ち着きを取り戻したのかウィドも剣の柄を握り、座っていたオパールも立ち上がる。
「あぁ、行こう」
三人の返事を聞き、リクは最奥への記憶へと振り返る。
記憶にない人形についていろいろ思う事はある。だが。
ルキルを助ける。今は、それだけだ。
あの二匹をその場に残して歪みの中に入ると、今までと違い四人に得体の知れない浮遊感が襲い掛かる。
地に足はつかないまま、下に落ちているのか、はたまた上に昇っているのかよく分からない。やがて浮遊感が消えると、四人はトライライトタウンのあの時計台にいた。
「身体が動く? 記憶の中じゃないのか?」
「って言うか、あたし達何でこんな場所にいるの!?」
「まるで床ですね…」
自分の意思で動ける事にリクが身体を見回していると、オパールとウィドが今いる場所に気付く。
全体的に時計台が見える場所――空中にいる。足元には透明な床があるようで踏む度にガラスのような何かが発光している。
四人が辺りを見回していると、不意にウィドの視線が止まる。
「あれは…」
呟きに反応して、三人も向けられた視線の方向に振り返る。
ロクサスが一人時計台に腰掛け、膝に頭を埋めていた。
「どこに行けばいいかも、分からないなんて…」
それなりに距離がある筈なのに、ここまで呟きが聞こえてくる。
明らかに落ち込んでいるロクサスを見ていると、隣から黒コートを来て深くフードを被った人物が現れた。
「“―――”!」
相変わらず言葉は聞こえないが、黒コートの人物――見た目からして少女だろう――は黙って隣に腰かけ、あのアイスを手渡した。
「ありがとう」
ロクサスはアイスを受け取ると、一口齧る。同じように少女もアイスを食べ始める。
何の会話も交わさず、相手を見る事もせず、二人はアイスを食べている。時間だけが穏やかに過ぎていくが、何時しか二人の手に持っていたアイスは無くなってしまった。
そうして食べ終えたのを皮切りに、少女はアイスの棒を傍らに置く。
「そろそろ決めなきゃね」
少女は立ち上がると、被っていたフードを取り払う。
「「「ッ…!?」」」
隠していた顔が見えた途端、リク、オパール、ウィドは言葉を失う。
自分達の知っている顔が、そこにあったからだ。
「あたしの力はもうすぐ満たされようとしている。器に入った水が零れるみたいに、今あたしの記憶はロクサスから貰ったものでいっぱいになってる」
静かにロクサスへと語りながら両手を広げ、胸に手を当てる少女――いや“誰か”。例え顔が一緒でも…彼であるはずがない。
「ロクサスにはあたしがどう言う風に見える? もし、違う男の子の顔になってるなら、それはあたしがもうすぐ人形として完成しようとしているって事」
夕日を見ながら未だに驚いているロクサスに語ると、笑みを浮かべて振り返る。
ロクサスに似た“彼”の顔で。
「ロクサス――これが、“ソラ”だよ」
少女は教える。ソラの顔で。
話が終わると、少女はまたフードを深く被り時計台から足を踏み出す。そのまま何もない所を歩いていき、固まっていた自分達をすり抜けていく。
ある程度ロクサスから距離を取ると、振り返って手を伸ばす。
「あたしはこれからロクサス自身も取り込まなきゃいけないの」
すると、少女を中心に闇が渦巻く。
何かの力を解放しているようで、コートが激しくはためいている。
フードと闇の合間からソラの瞳がこちらを見る。
「それが、あたしの生まれた意味…!!」
少女の叫びと共に、辺りが闇に包まれる。
しかし、闇は一瞬で掻き消えてしまう。同時に、ソラの姿をした少女も消えていた。
「えっ…?」
「消えた?」
「っ、後ろだぁ!!」
目の前でいなくなった少女にリクとウィドが呆気に取られていると、突如シーノが叫ぶ。
急いで三人が振り返ると、時計台をバックにして広がる光景に目を疑った。
「なっ、何よコレ…!?」
「これは、ソラ…っ!?」
身体のパーツが銀色、服の部分が赤や黒の金属。顔にはノーバディの紋章。両手には、歪な形をした巨大なキーブレード。
ソラの姿をした巨大化した人形が、宙に浮きながらこちらを見ている。
「“ソラ”になる事が、あたしの目的――誰にも邪魔はさせないっ!!!」
高らかに宣言すると、四人に向かって両手のキーブレードを振り下ろし広範囲の衝撃波を飛ばした。
■作者メッセージ
えー、前回忙しさが残っていたためメッセージを書けませんでしたが、どうにか春の大きなイベントが終わり投稿する時間を取り戻しはじめました。
と言っても、7月にまた大きなイベントが始まりますのですぐに更新のペースはガタ落ちになるかと…。
とりあえずルキル編もようやく戦闘シーン突入です。ここから二つの話をどう言う順番に投稿するかは分かりませんが、同時に終われる感じには考えています。文字数オーバーしなければ…(オイ
と言っても、7月にまた大きなイベントが始まりますのですぐに更新のペースはガタ落ちになるかと…。
とりあえずルキル編もようやく戦闘シーン突入です。ここから二つの話をどう言う順番に投稿するかは分かりませんが、同時に終われる感じには考えています。文字数オーバーしなければ…(オイ