メモリー編29 「SPHILIA」
全てが黒に包まれた深層の世界。だが、先程まで静寂で包まれていた筈のこの場所は今、失望と狂気に満ちてしまった。
まるで容赦なく威圧される暗黒と化した悪夢の中で、激しい戦いの謳歌が舞う。
金属音、氷の割れる音、爆音――絶え間なく鳴り響く戦いの音色に掻き消される事無く、慈しむ詩(うた)は奏でられる。
『レーヴァテイルの力…凄いわね』
イリアから奏でられる詩魔法(うたまほう)を聴きながら、レプキアはほぅと息を吐く。
レーヴァテイル特有の言語で歌いながら、闇の中で閉じ籠るあの子に語りかけつつ三人に力を与えている。本来、詩魔法を使うにはレーヴァテイルの遺伝子を持っていないと使えないが、この部分でもイリアにはそんな常識通用しないようだ。
だが、攻撃や補助と言った戦闘で使う魔法と違い、心に語る・何かを構築し発動する詩は繊細な為にどうしても無防備になってしまう。それは神理であるイリアも同じだ。それ用の力を使うのだから当然だろう。
だからこそ、従来のレーヴァテイルのように力を発揮するには護る人が必要なのだ。
「ブラッディ・ウェーブ!!」
「サンダガ・ランス!!」
「そこっ! 絶氷麗刃!!」
黒い衝撃波と雷撃の槍がシャオの居る場所を襲う。
追撃とばかりに放電が広がり、シャオの視界が奪われる。そこを狙い、ペルセは刀身を凍らせてシャオに斬りかかる。
当然視界を奪われたシャオにペルセの斬撃は避けきれず、斬られると共に氷漬けになった。
「やった――!」
氷の中に閉じ込め、ペルセは安堵を浮かべる。
だが、一瞬で罅が入るとシャオが氷結を壊して脱出する。あまりにも早すぎる。その証拠に、すでに彼はキーブレードの切先を向けている。
「スパークブラスト!」
反応出来ないまま、一番近くにいたペルセは雷の爆発に巻き込まれてしまった。
「きゃあ!」
「ペルセ!?」
「余所見すんな、イオン!!」
吹き飛ばされるペルセに気を取られたイオンの前に、いつの間にか『スピード・モード』に変わったシャオが二つの剣で斬り裂こうとする。
とっさにクウは間に入り込んでキーブレードでシャオの攻撃を受け止め、どうにか鍔迫り合いの形へと持って行く。
『今の所、どうにかシャオを抑えてはいるけど――段階が進めばどうなるか』
イリアの目に映っている四人の攻防戦に、レプキアは固唾を呑み込む思いになる。
幾ら攻撃が通るとは言え、このフィールドはシャオの思いのまま。現に攻撃を喰らっても傷は全く負っていない。
理を持っていなくても、シャオは彼女が生み出した存在。領域にいる限り倒すのは不可能なのだ。
『不安定――死、破壊…か』
アルカナの占いは本当に良く当たる。代行者とは言え、母であるレプキアは息子の力に感心する。
不安定になった精神。死はシャオの存在を示していた。破壊はまだ分からない――いや、この後に待っているのだろう。
そうこう思慮しながら戦いを見守っていると、イリアの詩が変化する。同時に、少女を囲む闇の中に一つの光の入口が作られた。
「道が出来たぞ!」
「はいっ!」
僅かに詩を止めてイリアが叫ぶと、先にイオンはペルセと共に少女の元へと走り出す。
「行かせるかぁ!!!」
足止めを振り払うかのように、シャオはキーブレードに光を溜め込むと爆発的な力でクウを吹き飛ばした。
「ぐっ! このガキ…!」
「どうしても行くのならボクが行ってあげるよ。そしてあいつを消す!!! あいつが消えれば、ボクと言う存在が完璧になるんだ!!!」
「ざけんじゃねえぞ!! クソガキィ!!」
すぐにクウがシャオに斬りかかろうとするが、その前に高く飛び上がって双剣から大剣に変える。先程同様の早さで『パワー・モード』に変わると、二人に向かってキーブレードを振り下ろした。
「メテオレイン!!」
そのまま少女とイオン達に割り込む形で、幾つもの隕石が降り注ぎ爆発した。
「うわわぁ!?」
「くっ…!」
「グランドクロスっ!!」
強力な攻撃に二人が足止めを喰らう中、離れていたクウは直撃しようとした隕石にクロスの衝撃波をぶつけて相殺する。
攻撃が止むと、即座にクウはイオン達の前に立ってシャオに切先を向けた。
「イオン、ペルセ! こいつは俺が抑える! その隙にあの子の所に行け!」
「「えっ!?」」
「いいからさっさと立ち直らせて来い! 言っとくが、そんなに長く持たないからな!」
「でも、僕なんかよりもクウさんの方がっ!!」
イオンが反論していると、背中を向けていたクウが振り返る。顔には怒りの表情が張り付いている。
「ぐだぐだうっせぇんだよ!! てめえも男なら、さっさと行って涙の一つでも拭ってこいっ!!!」
「クウさん…――分かりました!! ペルセ!!」
「うんっ!」
叱咤して先を促すクウをその場に残し、二人は一斉に駆け出す。
光の入口に入ろうとするイオンとペルセに、シャオが牙を剥き出しに駆け出す。
「させな――!!」
「ぶっとべぇ!! チャージドロップ!!」
何も持っていない左手に魔力を溜め込み、シャオに拳を叩き込んで思いっきり吹き飛ばした。
「ぐふぅ!?」
その力強い攻撃に、威力を殺しきれずにシャオの身体が何度か床にバウンドする。
そんなシャオを睨みながら、クウは乾いた笑いを上げて宣告した。
「お前の相手は、俺だ。クソガキ」
直後、クウの覚悟を感化するようにシャオの身体が光り『ライト・モード』へと変化する。あれだけ吹き飛ばされたと言うのに、怪我らしき部分は何処にもない。対して、自分はまだ大きな怪我は負っていない…のだが。
さあ、この身体で何時まで抵抗出来るだろうか?
イリアの作り出した光の入口に入ったイオンとペルセは、闇の壁をすり抜けるように少女の作り出したオーラの中へと足を踏み入れる。
外からでは分からなかったが、中は濃厚な黒い靄で凝縮している。すぐ近くにいるペルセですらも姿を捉えるのも一苦労だ。
「なに、これ…こんな闇、見た事無い…」
『ウェ…! ウッ…!』
さすがのイオンも戸惑っていると、あの少女の泣き声が近くから聞こえる。とっさに声のする方に手を伸ばすが、こんな視界では距離感が掴めない。
それでも一歩ずつ近づいて蹲る少女を見つけて触れようとする。が、まるで見えないバリアに覆われているかのように伸ばした手に衝撃が走り弾かれてしまった。
「無理やり連れだすのは駄目みたい。説得しかないね」
「うん…ね、ねぇ! そんな所で泣いてないで、僕達の話を聞いて!!」
『…ヒッゥ…!』
ペルセの助言を聞き入れて、イオンが少女に話しかける。しかし、少女は聞く耳がないのか尚も泣き続けている。
「どうしよう、ペルセ…」
「イオン、諦めちゃ駄目。もっと話しかけないと」
「え、えーと…す、好きな食べ物は? 趣味とかないの? なーんて…」
どうにか会話を捻り出すものの、効果は全くと言っていい程現れない。
何だか、女の子一人救えない自分が情けなくなってしまう。
「…父さんなら、こんな時どうするかな」
思わずイオンの口からポツリと弱音が漏れる。
どんな時でも笑顔を作っていた父親。自分が拒絶していた時期でさえ、何も言わなかったけど見守っていてくれた。
二人が打つ手も無く困っていたその時、背後から何かが滑り込む音が響いた。
「うぐぁ!!」
直後、足止めをしていた筈のクウが後ろで倒れていた。
「クウさんっ!?」
「わり…! マジで抑え切れねえ…!」
「これで――消えろぉぉぉ!!!」
声をかけるペルセに、最後まで手放さなかったキーブレードを使って立ち上がろうとするクウ。同じように光の入口を使ってここまで踏み入れたシャオが、『ダーク・モード』となってキーブレードを地面に突き刺す。
その対象は三人――ではなく、蹲っている少女の足元から闇が溢れ、呑まれていく。
危ない状況だと言うのに、少女は涙を止める。そして…初めて、僅かながら笑みを浮かばせる。
「ダメ――っ!?」
「――タイム・スフィアァ!!」
消える事を受け入れる少女にペルセが手を伸ばすと同時に、キーブレードを使いイオンが周囲の時間を止める。
それでも効果を受けないのか、シャオの時間は止まらない。が、闇に呑まれる少女の時間は止まった。
「ペルセ、早くその子を…ぐぅあ!!」
中途半端だが、闇に身を落とす状態の少女を見て、ペルセに指示を出すイオン。
だが途中で、闇の炎の魔法が容赦なく襲い掛かった。
「イオンっ!!」
「邪魔するなぁ!!! 魂王界燼剣!!!」
ペルセが悲鳴を上げると、『ダークファイガ』を放ったシャオはキーブレードに阻むものを焼き払う緋炎を発現する。
(オルガさんの技!? ダメだ、避けられな――!!)
時間を止めた代償に体力を奪われた上に不意打ち同然の追撃されたのだ。ダメージはかなり蓄積された状態であんな大技を喰らえば、戦闘不能は免れない。
反射的に目を閉じたイオンに、無慈悲にシャオは一閃を放つ。
「――ダーク・オブ・イーター!!!」
そんなイオンを守るように、クウが右腕を闇に染めて巨大な鋭利の手に変えると燃える刃を掴み上げた。
「クウ、さん…!?」
「何、モタモタしてんだ…――それでも男かよ…ッ!!」
「それは…!!」
何か言おうとしたイオンだが、剣を掴み上げたクウの腕に緋炎が纏わり徐々に破壊されていく。
「クウさん、腕がっ!?」
「俺に構うな!! そうするぐらいなら自分に自信持て!!」
そうやって怒鳴りつけると、イオンへと振り返る。
今しがた怒鳴っていたとは思えないくらい、彼は笑っていた。
父親がよく見せてくれた、光のような笑顔を。
「お前なら出来る――連れ戻して来い」
シャオの攻撃を相殺しながら、何も持たない左手で胸を強く押される。
気付いた時には、既に少女が呑み込まれてしまった闇の沼が目の前に広がっていた。
「エ…!?」
少女を引き込んだ闇の中に、イオンが水に落ちたかのように入ってしまう。すると、炎が激しく爆発する。
炎によってか、闇を作っていた少女が闇に消えたからか…視界を遮っていた黒い靄だけでなく周りを覆っていたオーラが消える。
急いでクウを確認すると、剣を抑えていた腕は傷だらけになってダラリと下げている。あれでは武器を持つ事も出来ないだろう。
「クウさんっ!?」
シャオの攻撃を恐れ、ペルセが武器を持って前に立つ。
だが、クウは苦しそうにペルセの肩を掴んだ。
「ペルセ…お前、も…行け」
「でも…!」
「――見たく、ねえんだ…」
突然、そんな言葉を口にするクウ。それによりペルセも動きを止める。
「俺の、せいで…周りの奴らが消えるの、傷つくの…もう、嫌なんだよ…それに」
ここで口を閉ざすと、掴んでいる手に力が篭る。まるで放してはいけないとばかりに。
「イオンが、あいつの息子だって知った時…思ったんだ。今度こそ、守りたい…俺の世界の、ソラのようには…したくないって」
「だから、私達を戦わせないように…?」
「それもあるが…――今の俺じゃ、あの子の闇を払う事は出来ない…光を持つイオンじゃないと、出来ない事だ…」
そこまで言うと、掴んでいたペルセの肩を引いて後ろに下がらせる。
直後、シャオの放ったキーブレードが間を割り込む。自分達が話している隙に『マスターキー・モード』にまでなっていた。
ふと気づく。少女の作り出すオーラは消えたのに、イリアは尚も歌い続けている。下手をすれば飛び火が来るかもしれない状況で。
しかし、ペルセは理解する。意味する事は一つ――少女の意識はまだこの場と繋がっている。希望は、あるのだ。
「行ってくれ…――俺の所為なのに、こう言うのはアレだが…悲しむ顔、見たくないんだ…!」
「っ…! すぐに戻りますっ!!」
この場をクウに託し、ペルセは今も尚床に染みついた闇の中へと入りこむ。
それを横目で見送ると、クウは二本の武器を構えたシャオを睨み付けた。
■作者メッセージ
えー、まず初めに。一ヵ月近くも投稿できずに本当に申し訳ありません!! 何でこんなことなったかは…やる気が起きなかったり、動画見てたり、別のサイトの作品とか優先したりで…はい、言い訳の言葉もありません。
まあこうして手間取ってる間にKH3のトレーラーが出たりスマホ版KHχが出たりした訳ですが。…発売されるまでにこの作品、本当に終わるのかな…?
まあこうして手間取ってる間にKH3のトレーラーが出たりスマホ版KHχが出たりした訳ですが。…発売されるまでにこの作品、本当に終わるのかな…?