メモリー編30 「痛みに捧ぐ光と祈り」
見知ったキーブレードが、こちらに牙を向けて襲い掛かる。
最初は両手の二本だけ。だが、一本、また一本と数を増やし今では六本にまで増えてしまった。
「クソッ…!」
ソラとヴェンのキーブレードが横切る。テラとリクのキーブレードが回転しながら飛んでくる。アクアと花を模ったハート型のキーブレードが魔法を繰り出す。
治癒できないまま傷が増える。身体は重い。右腕は使い物にならない。明らかに不利――いや、ここまで来たら無謀だ。勝敗は目に見えている。
碌な回避も出来ずに足取りが重くなる中で、クウにある考えが過る。
(俺は、正しい事をしているんだよな?)
泣いているあの子を救いたい。シャオと妹にとって、一番に望む未来を作りたい。
そう決めた事なのに、揺らいでいる。
(あの子を助けるのが最善と思って、こうして戦っている…だけど、本当に正しい事なのか? 誰かを殺してしまった記憶だ。乗り越えたとしても、心の傷を思い出させて背負わせる事になるんじゃ…)
出来る出来ないじゃない。根本的な部分を否定してしまう。
分からなくなる。不安で、怖くて、苦しくて…。
この世界に来てから、自分の感情が負へと塗り潰されている。
(…いろんな感情が渦を巻いて、気持ち悪い…! ちくしょう、何だよコレ!)
「当然だよ。師匠はあの時、この世界の負荷を背負っちゃったんだから。身体だけじゃない、心にだってそれは蝕む」
まるで心の中を見据えたかのように、攻撃の手を止めてシャオが話してくる。
周りだけでなく手に握るキーブレードを消し、何とそのままモード・解除を行った。
「今の師匠が戦っても、勝てる訳がない。足止めなんて出来っこない」
酷く落ち着いた様子でボロボロのクウを見るシャオ。その姿が、ぶれる。
(エ――)
何が起こったのかクウが全てを認識する前に、腹を剣で貫かれた。
「ガ、ハっ!!」
せり上がる激痛。だが、妙な既視感を覚える。
痛みで薄れていた視界が戻る。目の前にいるのは、銀の細剣を握った銀髪の青年。
ここにいる筈のない人物。
「ずっとお前が憎かった。幾度となく私から大切なモノを奪い取って…」
(シャオ…違う、これは…!)
「こんなものじゃない…――お前から与えられた私の苦痛はぁ!!!」
自分に向けて憎悪の炎を瞳に宿し、罵倒するウィドの姿。
(紛れも無く、ウィドなんだ…)
怒り、憎しみ、悲しみ、嘆き。自分に対する彼の本心が伝わる。
ここにいるウィドはシャオだ。頭では理解しても、激しい負の想いに心が軋む。
そうして――。
「あいつの心は闇に還った。先輩達も後を追った。師匠は始末した。後はあんたを消せばボクは目覚める」
ウィドの姿から元の少年の姿へと戻るシャオ。足元には、倒れ込んだクウ。
こんな状況でも謳い続けるイリアへと目を向けたシャオは、キーブレードを握ったまま近づく。
『イリア…!』
(詩は止められない。あの子達が帰って来れなくなる)
未だに残っている闇の沼。この深層意識と無の回帰との境目を結ぶ唯一の出入り口だ。
シャオが迫る。イリアは謳いながら、一つのチャンスを見定める。
「…ん?」
その時違和感を覚えたように、シャオが足を止める。
彼が足に視線を落とすと、黒い羽根が突き刺さっている。
すぐに振り向くと、倒れながらもクウが腕を伸ばしている。どうやら羽根を投げて足止めしようとしたらしい。
「師匠ってば本当にしぶといよね。どれだけ傷付けても立ち上がろうとする、抗おうとする、護ろうとする…どの世界でも変わらない」
足に刺さった羽根を掴み、引き抜く。やはり傷は負っていない。
だが、どう言う訳かイリアではなく倒れているクウの所へ戻り、そのまましゃがみ込む。
とてもいい笑顔を見せつけて。
「そんな目障りな師匠でも…こうすれば、消えてくれるよね?」
「ェ――」
何の前触れも無く、頭に手を置かれる。
直後、大量の知らない記憶がクウの中に流れ込んだ。
「ア、ガ…! アア……ウアアアアアアアアアァ!!!」
『あんた!? こいつに何を見させるのよ!? あんたの世界のクウの記憶なんて、見せたら混同しちゃうのよ!!』
「ボクの邪魔をするのがいけないんだ。この世界ではボクが本物でなければならない。例え相手が師匠だろうと、家族だろうと、友達だろうと――ボクを認めない奴は、みんな、みーんな消えちゃえばいい」
思わずレプキアが口を借りて叫ぶと、尚も悲鳴を上げるクウに冷たい笑顔を見せる。その目は、完全に見下している。
「ねえ、師匠。ボクが与えたその記憶の一部、とっても重要なんだよ。それはシルビアの与えた力の真髄。繋がりによって生み出される二つにして一つの力。その全てを受け入れれば、今のシルビアにとって一番に望む方法を使える」
シャオの語る内容に、レプキアは文字通り内心で凍りつく。
彼が与えた記憶は、クウが力を得る過程で必要な事。だが、決してクウには見せてはいけない記憶でもあるのだ。
何故なら、あの世界での彼はその記憶の所為で――。
『あ…あんたぁぁぁ!!! クウ、その記憶を見るなぁ!! 幾らあんたが大人でも、そんなの受け入れたら――!!』
「レプキア」
僅かに詩を止め、イリアは焦るレプキアへと呟く。
「あれー? もう、師匠ったら全然聞いてないや。ま、しょうがないか」
冷たい態度から一変し、可笑しそうにクスクスと笑う。
対象に、クウの悲鳴は止んでいる。それどころか表情を動かさない。目も虚ろになって何も映さない。
まるで、物言わぬ人形となって倒れていた。
「心、完全に壊れちゃったし」
辺り一面が暗闇に包まれた空間。
気を抜けば闇の中に呑み込まれそうな中で、イオンは少女を探していた。
「どこにいるんだ…!!」
まるで水の中を泳ぐように手探りの中で探すイオン。こんな恐ろしい空間を作り出したのは、紛れも無くあの子なのだ。
底に沈む様に下に向かうと、微かに掠れた声が聞こえた。
《ヒック…グスッ…!》
急いで声の方へと向かうと、沈みながら泣いている少女を見つける。
いつ消えてもおかしくない状況なのに、未だに自分を責めて泣き続ける少女にイオンは近づいて声を掛けた。
「君は…ずっと、泣いていたの?」
《…だれ…?》
イオンが声を掛けると、初めて少女が顔を上げる。
ようやく話を聞いてくれた少女に、イオンは胸に手を当てる。
「僕はイオン。君を…連れ戻しに来たんだ」
そう言って、泣いている少女の手を取る。
「一緒にここを出よう。君はこんな闇の中にいちゃダメなんだ」
《どうして…?》
やはりと言うべきか、少女は尚も悲しそうにイオンを見つめる。
《お兄ちゃんをあんな目にあわせたのに…こうしないとお兄ちゃんが生きれないのに…》
直後、少女の周りの更に闇が深くなる。
意思を持ったように纏わり、捉えようとする闇にイオンの表情は強張る。だが、反対に少女は安堵の笑みを浮かべる。
《やっと、消えることが出来るのに…》
「ダメだ!! 闇に呑まれたら、君はもう…!!」
目の前で消えゆく少女の姿に、必死になってイオンは闇から脱出を試みる。
しかし、思いっきり少女を引っ張っても闇の中から引き上げる事が出来ない。それどころか、イオンの身体にも闇が浸食し少女ごと深淵へと引きずり込もうとする。
(このままじゃ僕も呑み込まれる…どうすればいいんだ!?)
「イオン! 掴まって!!」
その時、鋭い声と共に腕に何かが絡みつく。
視線を向けると、蛇腹剣の関節が腕に絡んでいる。それを辿ると、上空の方でペルセが自分達を助けようと武器をロープ代わりに引っ張っていた。
「ペルセ!?」
「早くその子の闇を…っ、くぅ…!!」
二人を引き込む力が一段と強くなり、ペルセが歯を食い縛る。
(闇…心の、闇…!)
ペルセの言葉に、イオンの脳裏で戦慄のような何かが走る。
思い立ったらすぐ行動とばかりに、イオンは更に闇に沈むのを躊躇わず少女を抱きかかえた。
「やっぱり駄目だ…――このまま君が消えてしまったら、お兄さんは喜ばない!! 悲しむだけだ!!」
《え…?》
「僕は君の記憶で作られたシャオしか知らない…それでも、シャオは君を消してまで生きたいとは望まないはずだ!! これだけはハッキリ言える!!」
《そんなの、うそだよ……こうすれば、お兄ちゃんは生きれるんだよ…? いないほうが、幸せなんだよ…》
「そんな事ない!! シャオが君のお兄さんなら分かるはずだ!! シャオがどう言う人なのか!!」
シャオと知り合ったのは昨日…いや、もう三日になるかもしれない。
たった二日間しか交流を持っていないが、もう彼とは“友達”なのだ。
「シャオは凄く真っ直ぐで、明るくて、それほど危なっかしい所があるけど…仲間思いの優しい子だ」
友達の視点で見たシャオの事を語り、イオンは少女に笑いかける。
優しく、しかしどこか寂しそうに。
「ねえ、そんなお兄さんが君を消してまで“生きたい”って思うかな?」
《…ァッ…!》
初めてイオンの言葉に反応すると、少女の胸に光が灯る。
同時に、少女とイオンを引き摺りこんでいた闇が光を恐れるように霧散してしまった。
「闇が…!」
「今だペルセェ!!」
完全に闇が離れるのを見て、イオンは少女を抱いたまま叫ぶ。
ペルセは有りっ丈の力を籠め、今も尚イリアによって開かれたまま上空にある出口へと蛇腹剣を振るった。
「「い――っけぇぇぇ!!!」」
だれかの声が聞こえる。
かすれたような、ろれつが回ってないような本当に、本当に小さい声。
なのに、聞こえる。分かる。
『タスケテ』って、言ってる。
どういう…いみなのだろう?
だれに、いっているのだろう?
あ、れ……おれ、だれ…だったっけ…。
「――クウさんっ!!」
…くう…?
くうって…だれ…。
「クウさぁん!!」
このこえ…なんか、すごくあったかい…。
だれか、さけんでる。くろいがいのいろが、うつる。
おんなのこ、ないてる。うしろに…おとこのこ?
きんいろのかみ、はいいろのかみ。
あのこ、しってる…?
なんだろう、くろいはね…とんで…。
―――タスケテ、シショウ。
「ッ!!」
ガバリ、と目が覚める。
すぐに辺りを見回す。明かりの無いベットの運び込まれた大部屋。窓の外は完全に真夜中。
自分が寄り掛っていたベットには、クウが眠っている。
「今のは、夢…!?」
顔を青ざめながら、レイアは今見た夢を思い返す。
いつの間にか暗い場所にいて、不安がっていたら誰かの声が微かに聞こえた。『タスケテ』って声が。
そしたら、風も無いのに目の前で黒い羽根が舞って飛んで行ってしまった。
その羽根はスピカさんが持っていた、クウさんの羽根。早く取り返さなきゃ、そう思って必死で羽根を追いかけた。
追いかけて――見つけた。
満足げに武器を持って立つシャオの姿、そして足元でボロボロになって傷ついたあの人を。
虚ろな目で倒れた身体に、私は手を伸ばして名前を叫んで――目を覚ました。
「クウさん…」
クウを見るが、別段おかしな様子はない。ただただ眠っている。
だけど、あんな夢を見た所為か不安は拭えない。
「クウさん…!」
胸の中に芽生えた不安に耐えきれずにレイアは手を取ると両手で握りしめる。
「帰って来るって、信じてますから、だから…お願いです」
そう言うと、祈るようにクウの手を握る両手を額に当てた。
「諦めないで…!」
さっき見た夢のように、私には何も出来ない…けど。
せめて、この祈りが届きますように…。