メモリー編35 「兄妹の絆」
全力で攻撃を出し終えたクウは、肩で息をしながらじっと床で横になるシャオを見ていた。
イリアによる夢の理の力か、思いっきり殴った影響か、シャオは倒れたまま動かない。
「ハァ――ハァ…!」
「終わった?」
「一先ずは」
タイミングを見計らってペルセが口を開くと、イリアが頷く。
ようやく戦いが終わった事に誰もが緊張を解くと、イリアと手を繋いでいた少女が駆け出した。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!」
よほどシャオが心配なのか、少女は傍に駆け寄って身体に触れる。
その瞬間、少女の小さな手をシャオがパンと払った。
「触らないでよ…ボクを殺したくせに…」
「っ…!」
こんな状態でも冷たい態度で拒絶するシャオに、少女は身を震わせる。
少女の中で再び恐怖心が芽生えたのかその場に座り込む。だが、シャオは消そうとしない。いや、出来ないのだろう。既に夢の理はイリアが掌握しているのだから。
「あなた達も薄々感じている筈だ。これからどうすればいいか」
そのイリアが、二人のやりとりを見て突然そんな事を言い出した。
だが、三人はその言葉に黙って頷く。
これからどうすればいいか、理解出来ているから。
「いきなさい。二人が一番に望む方法を選びたいのだろう?」
「クウさん」
「分かってるよ」
イオンが声を掛けると、即座にクウは返事を返す。
そして、三人はシャオの傍で座り込む少女へと近づいた。
「そう、だよね…やっぱり、消えなきゃダメなんだよね…?」
「消える必要はないよ」
虚ろな瞳で譫言のように少女が呟くと、ペルセがやんわりと否定する。
同意するようにイオンも頷き、少女の肩に手を置いて話し出す。
「さっきも言った筈だよ。シャオはそんな事を望んでいない。そこにいるシャオは、君の罪悪感で作り出した幻影なんだ」
「げん、えい…?」
意味が分かってないのか、少女は目をパチクリさせる。クウも軽く頭に手を置くとポンポンと優しく叩く。
「早い話、このシャオはお前の思い過ごしだ。俺はお前の中にあるシャオの良心に助けられたんだからな。自責の念であるこいつの支配権の中で、確かに聞こえたよ――『助けて』って声がさ」
「たす、けて?」
呆然としながらも言葉を返す少女に、クウは大きく頷く。
心が壊れ、自分が何者か分からなかった時に助けを求めた声。あれは紛れも無くシャオの声だった。その際、レイアの姿も見た気がしたが…いや、そんな訳がないだろう。
それからイリアによって記憶を回復してくれた間に起きた事は、記憶を砕かれた影響かよく覚えていない。だけど、不思議とやり遂げた感が心にあるのだ。自分にとって良いと思う事をしたのだろう。
その事をクウが思い出していると、イリアも近づく。
「これが、この想いが偽物ならば。本物の想いは何処か? 答えは、この中に」
イリアが倒れているシャオへと手を伸ばすと、彼の姿が眩く光り始める。
「あっ…!」
少女が驚く間に、シャオから放たれた光が収束する。
すると、そこにいた筈のシャオは消えていて、代わりに小さな白い光が残っていた。その光を、イリアは右手でそっと掬い上げる。
「これはあなたが確かに取り入れた記憶の一部であり、自ら見る事を拒んで封印した思い出。シャオが刻んだ最後の記憶」
スッと手に持つ光を掲げるように、座り込む少女へと差し出す。
「本当にあなたを憎んで死んでしまったか、そうでないのか。これを見ればはっきりするでしょう」
この記憶は、言わば真実への鍵だ。そんな大事な記憶を差し出され、少女は身体を震わせて頭を抱えるように身を縮こませた。
「い…いや! 見たくないよ! だって、だって…お兄ちゃんが死んだんだよ! やくそく、やぶったから…! 言うこと、きかなかったから…わるい子だから…! だからぁ…!」
どれだけ説得しても、兄は恨んでいたのだと少女は頑なに信じて疑わない。それだけの事をやった罪の重荷と、自分を許せないと言う戒めからだろう。
そうして記憶から目を背ける少女の肩に、大きな手が乗っかった。
「――だったら、俺達も一緒に見てやる。それならいいだろ?」
「し、しょう…?」
温かな笑顔と優しさを向けるクウに、少女はポカンとしながら顔を上げる。
すると、イオンとペルセも同じように隣で少女に笑顔を向ける。
「一人じゃ怖い…でも、今は僕達が傍にいる」
「一緒なら平気。どんな気持ちだって分かち合える。だから、ね?」
「でも…でも…ッ」
一瞬だけ心が揺れ動くものの、少女は否定するように頭を強く振る。
しかし、クウは肩を掴み少女の顔を己へと向かい合わせる。そして、真剣な目をして少女に話しかける。
「怖いのは、誰でも一緒だ。でも、それを乗り越えないと本当の事が何も分からない事もあるんだ。壁にぶち当たって、恐怖に呑まれて…そこで終わりたかったら、このままじっとしてればいい」
そうしてクウが言い終わると、そっと少女の胸に指を当ててトンと軽く叩く。
「だけどな、もしお前の中にほんのちょっとの…今にも無くなりそうな一欠けらの勇気があるなら、玉砕覚悟でぶつかって呑みこまれるぐらい突き進んでみろ。その勇気は、シャオがお前に託したモノなんだからな」
「お兄ちゃんの…ゆうき…?」
怖々とクウの叩いた胸に手を当てる。しかし、すぐに表情を歪めるとまた頭を抑え込んだ。
「ダメ…こわい、ヤダよ…!!」
「それでも見るべきだよ。このまま目を逸らして逃げたら、君は絶対に後悔する」
「大切な人を失う気持ちは痛い程分かる。だけど、その人の本当の気持ちを知れるのに知れない事は、失うよりも悲しい事なの」
怯える少女に、イオンとペルセも言い聞かせる。
かつて、家族や島の住人に対して壁を作り孤独を生んだ。ハートレスにより天涯孤独にされてしまい、心まで失ってしまった。二人共家族と別れて独りとなる経験を味わっているからこそ、今の自分達のように救われて欲しいと願っているのだ。
そんな二人の思いが伝わったのか、少女は僅かに顔を上げる。それを見て、クウとイリアも声を掛ける。
「大丈夫だ。言っただろ、俺達がいるって」
「信じなさい。シャオはあなたのお兄さんなのでしょう?」
「…ッ…!」
周りの人達の声に、震えながらも少女はようやく覚悟を決める。
まだ幼い心を占めるように恐怖が膨れ上がる。それでも、わずかに残る勇気を振り絞りながら少女はゆっくりとイリアの持つ記憶へと手を伸ばし――光に触れた。
広がった光景は、あの崖の下で夜の上空には星が広がっている。
ここに来る前に見たのと同じだが、違う点を上げるなら――第三者では無く、シャオの視点だと言う事だろう。
『…ぅ…』
少女は目を覚ましたのか呻き声を上げる。その数秒後、身体が揺すられてシャオも瞼を開ける。
だが、その視界は定まってなく薄ぼんやりとしている。
『“―――”…ぶじ…?』
『お兄ちゃん…?』
シャオが声を掛けると、少女が震えながら手を伸ばす。すると、滲んだ視界でも認識したのかシャオも伸びてくる小さな手を掴もうと腕を上げる。
だが、その手は力尽きたように地面に落ちてしまい…暗闇に包まれた。
『おにい、ちゃん…お兄ちゃん…!!』
視界が黒に染まり、少女の声だけが響き渡る。
(『―――』…なんで、ないてるのかな…?)
そんな時、シャオは次第に薄れゆく意識の中で考える。
(でも、よかった…『―――』が、おおけがしなくて…)
そうしてシャオは――最後に心の中で笑った。
(――ちゃんと、まもれたよ…)
「――ッ…!!!」
記憶を全て見終わると同時に、少女はその場に崩れ落ちて涙を流す。
シャオの…兄の本当の気持ちを知ったから。閉ざしていた心でも、その優しさがちゃんと伝わったから。
「これが、本当にシャオが最後に思ってた事だったんだね…」
「あなたを憎んでなんていなかった。ううん、最後まで思ってくれていたんだよ」
「あぁ…俺の弟子らしく、ちゃんと教えを貫き通していたな」
同じように記憶を見ていたイオン、ペルセ、クウも最後に見せたシャオの思いに自然と微笑みを浮かべる。
だが、三人よりもシャオの気持ちを強く感じた少女は只々大粒の涙を零している。
「お兄ちゃん、うれしかったの…? わるい子、なのに? 死んじゃったのに?」
「それ以上に、シャオはあなたが大切だった。あなたの存在を犠牲にしてシャオとなったのと同じように」
そう言うと、イリアは少女の頭を優しく撫でる。それは泣き止まない子をあやす母親のように。
「シャオはあなたを守ったが、同時に心に深い傷を作ってしまった。あなたも記憶を使ってシャオとなったが、それは本人の意思とは逆の行為だった。それでもお互い、愛し愛されていたからこその行動だ。その証拠に…ほら」
急にイリアが後ろに顔を向けるので、少女だけでなく三人も振り返る。
すると、そこから一つの光が輝くようにして現れる。四人が驚いていると、その中からシャオが現れた。しかし、その姿は全体が薄く向こう側まで透けている。
「お兄ちゃん…!?」
「あなたの中にちゃんと、シャオの『心』があるでしょう? あのシャオは紛れも無く本当のお兄さんの思いであり、あなたが表に出して生きてきたシャオでもある。あなたが思い描いていたシャオじゃない」
目の前に現れたシャオの事をイリアが説明し終わると、シャオは徐に手を差し伸べて少女へと笑いかけた。
《おいでよ!》
恨みでも憎しみでも、怒りでも悲しみでもない。生前と同じように妹である自分を大切にする優しい心。
そんな兄に、少女は弾かれる様にシャオへと駆け出した。
「おに、いちゃん…おにいちゃぁん!!」
シャオの胸へと飛びこむと、わんわんと泣き叫ぶ。それは悲しみでも罪の意識でもない。純粋な喜びからだ。
ようやく心の闇から解放された妹を、シャオはしっかりと抱きしめる。兄として、守るべき存在として。
《どんな時だって、ボクは傍にいるよ――ずっと――》
まだ小さな少女の背中をポンポンと叩くと、段々とシャオの身体が薄くなっていく。それに比例するように、少女の身体が淡い光に包まれ始める。
シャオの身体を構築させ心があるとはいえ、本体は少女なのだ。シャオは少女の中へと消える――いや、きっと統合するのだろう。
少女を抱いたまま消えゆくシャオは、最後に四人の方に顔を向けて満面の笑顔を浮かべた。
《みんな、ありがとう!》
その言葉を最後に、シャオは光と共に消えてしまう。
そうして、彼の心は妹である少女の中へと回帰していった。
■作者メッセージ
ようやく次でメモリー編が終わります。ここまで本当に長かった…一年はゆうに立ってるよな…。
予定ではこの話が終わった後に四日目に入るのですが、話の内容が内容でしてちょっと夢旅人さんとの打ち合わせが必要になってまして。(現段階で話し合い中です)
なので、書き終わり次第四日目には入らずこちらで一話分の断章を出すつもりです。
予定ではこの話が終わった後に四日目に入るのですが、話の内容が内容でしてちょっと夢旅人さんとの打ち合わせが必要になってまして。(現段階で話し合い中です)
なので、書き終わり次第四日目には入らずこちらで一話分の断章を出すつもりです。