メモリー編36 「夢の目覚め」
人形による干渉も無くなり、平穏を取り戻した夢の世界。
夢の持ち主であるルキルは時計台に腰を掛け、夕日を眺めていた。既に夢に侵入していた四人の姿は何処にもない。
そのまま隣に目を向けると、ハナダニャンが夕日を見ながら座っている。
もう一度夕日を見てから、再び隣に視線を送る。その一瞬で、ハナダニャンは黒コートを纏った黒髪の少女――シオンへと姿を変えた。
「行っちゃったね」
「…ああ」
元の姿に戻ったシオンに軽く返事を返し、ルキルは夕日に視線を戻す。
この場所は彼女が作り出した幻影だ。自分にこの風景の記憶はない。
記憶で作られた贋物の筈なのに…本物に思えるのは彼女が『特別』だからだろうか。
「良い所だな、ここは」
「うん。ロクサスとアクセルとあたしの、思い出の場所なの」
「そうか」
助けて貰った恩人なのに、何故か素っ気なく返してしまう。だが、ルキルの態度を気にしてないのかシオンは微笑んだまま夕日を眺めている。
このままじゃいけないと思い、ルキルはどうにか話題を口にした。
「シオン、って言うんだな。お前の名前」
「機関から貰った名前だけどね」
「それでも、お前は幸せだよ。俺は名前すらも与えてくれなかったし…お前のように、友達や親友を作る事も出来なかった。人形として、ずっと利用されていた…」
同じ製作者の元作られたレプリカの筈なのに、力も、能力も、思い出さえも彼女よりずっと劣っている。そんな彼女が羨ましくて、眩しくて…嫉妬心を抱いてしまう。
複雑な思いも込めて言葉をぶつけるが、シオンは微笑みを崩さすに振り返った。
「それはあたしも一緒だよ? サイクスにはずっと人形として見られていたし、望んでもいないのにロクサスの力奪い取って…――最後にはゼムナスに利用されて、ロクサスと戦わされたから…」
「シオン…」
思わずルキルも振り向くと、シオンは悲しそうに俯き胸を押え出した。
「あたしが自分の正体知った後、ロクサス達と一緒にいれたらいいのにって願ってた。どっちかしか存在出来ない未来よりも、ここで三人と一緒に笑い合える未来が欲しかった…」
そう言って、また夕日に目を向ける。
凛とした真っ直ぐな瞳、内に秘める強い意思。彼女はナミネやカイリと同じ顔なのに――何故か思い浮かべるのは“あいつ”の顔。だが、それも当然だろう。彼女は――ソラの記憶を元に作られた存在なのだから。
これ以上何も言えずに黙っていると、突然シオンが顔を覗き込んで笑いかけた。
「だから、あなたに全部あげる! あたしの思い…あなたなら、叶えてくれるって信じてるから!」
笑顔で告げたシオンの言葉に反し、ルキルは顔に戸惑いを浮かべてしまう。
「…本当に、いいのか?」
「あたしは、人形に残ってたシオンの『思い』だよ? ソラが目覚めてるって事は、ロクサスも本当のあたしも元の場所に還ってる。それに…――あたしは、“ソラ”だから」
「確かにあいつが今のお前だったら、同じ事言いかねないな」
「こうして誰かの力になれるんだもん。当然だよ」
どんな時でも友達を大切にするソラを思い出しながらシオンが笑う一方で、ルキルは友達の為ならどんな危ない行動も厭わないソラが脳裏に浮かんでしまい呆れた表情を浮かべたままだ。
同じ人物を考えているのに真逆の感情を抱く二人。とここで、シオンが笑みを消して胸に手を当てる。
そこにあるモノを探るように。
「ねえ、ルキル…私達、本当に心は無いのかな? あたしはシオンの思いだけど…分からないよ」
「さあな。でも…」
口を閉ざし、忘却の城での会話が過る。
マールーシャを倒し、ナミネ達の元から去ろうとした。その時に交わしたソラの言葉が。
「ソラは言ってくれた。人形とか関係ない。ここにいる俺達は、俺達だけの心を、記憶を持っているって。あいつがそう言うのなら…俺達は、もしかしたら心を持っているかもしれないな」
「ソラ…!」
ソラの言葉を伝えると、シオンが手で顔を覆う。その隙間から涙が一粒伝っていた。
自分はソラと出会えたが、彼女は違う。寧ろソラを目覚めさせない存在だった。もし会えていたら…何かが変わったのかもしれない。最後まで受け入れず変わらなかった俺と違って。
ルキルは立ち上がると、シオンの肩に触れる。この意図が伝わったのか、すぐにシオンは顔から手を外して立ち上がる。こうして二人が真剣な表情で向かい合うと、ルキルが肩を掴んだ。
「シオン…お前の思い、無駄にしない。必ず、あいつらを守って見せる」
「――うん、信じてる」
そうして見せたシオンの微笑みは儚げで――ナミネによく似ていた。
ルキルは空いた右手に闇を纏い、ソウルイーターを取り出す。
ナミネを守る。ロクサスを守る。理由はどうあれ、俺達は同じ思いを持っていた。
だけど、二人はもういない。ならば、誰かを守るための力とする為に――。
握った剣を大きく振り翳し――その刃で、シオンの身体を切り裂いた。
「もう大丈夫なの?」
シャオとの会合を終え、今まで泣いていた少女にペルセが声を掛ける。
すると、少女は大きく頷く。完全に心の闇を振り払ったのか、その顔にもう憂いはない。
「うん――何だか凄くスッキリした感じがするんだ。あ、あれ…? ボクはお兄ちゃん――シャオじゃないのに…お兄ちゃんのように言っちゃってる? それに、記憶も…」
時を止めた幼い記憶と一緒に、シャオの記憶が普通に混じっている。なのに、どう言う訳か違和感を全く感じないのだ。
今までとは違う頭の中に少女が戸惑っていると、イリアが説明する。
「今のあなたは本来の記憶とシャオの記憶が混同した存在になっている。言い換えれば、一つの身体に二つの心が宿っている状態なの」
それを聞き、少女は心を感じ取ろうとするのか両手でギュと胸を押える。
イリアは屈んで少女に目線を合わせると、優しく頭を撫でた。
「あなたはシャオだけどシャオでない中途半端な存在。だから、ここからはあなた自身が決めなさい。シャオとして生きるのか、本当の自分として生きるのかをね。その際に片方の記憶を消してもいいし、両方持っていても構わない。あなたが本当に良いと思う事を選びなさい」
これからのシャオと少女への選択肢を与えると、イリアはクウ達に目配せする。送られる目線の意味を理解し、三人は黙って頷く。
こればかりは当人が決めなければいけない。そしてどんな答えでも受け入れなければならない。これは自分達が与えた事であり、然るべき務めだから。
突然の選択に、少女は多少不安なのか俯いてスカートの裾を握りしめる。
「時間、掛かってもいい…?」
「もちろん。あなたにとって、大事な選択になるのだから」
最後までイリアは少女の頭を撫でると、徐に立ち上がった。
「さあ、帰りましょう。現実ではそれなりに時間が経っているし――この子ももう大丈夫でしょう」
「だな」
同意してクウが頷くと、イリアは手を翳して光の空間を作り出す。どうやら出口のようだ。
その中に迷わずイリアが入っていき、自分達も行こうとした所で急に少女が引き留めた。
「あ、あのね。ありがとう、師匠…お兄ちゃんの残してくれた思いに気づかせてくれて」
「俺は何もしていない。見ようと決意したのはお前自身だろ?」
「でも、師匠が…皆がいなかったらきっとボクの心は記憶と共に消えてた。だから、ありがとう」
笑顔でクウにお礼を言うと、少女はイオンとペルセにもお礼を言う。
「イオン先輩もペルセさんもありがとう。大変だったよね、お兄ちゃんと戦うの」
「気にしてないよ。こうして君を救えたから」
さらりとかっこいい事を言って、笑顔を見せつけるイオン。すると、少女も自然と笑みを浮かべる。
傍から見れば身長も年も違うし、シャオの時と同じやりとりだ。微笑ましい筈なのに、何やら釈然としない苛立ちがペルセの中で生まれた。
「…イオンの、バカっ!」
その苛立ちのままに、ペルセは不機嫌になって頬を膨らませ顔を背ける。
こうして突然そっぽを向いてしまうペルセに、イオンは慌てて振り返った。
「えええっ!? い、いきなりどうしたの!?」
「くくっ…お前がデレデレしてたから拗ねてんだよ」
「そ、そんな事ありませんっ! もう帰るよ!!」
「帰る、って…ちょ!? 待ってよペルセー!!」
その場にいる人達を置いてさっさとペルセが出口へと入る。これには堪らずイオンも後を追いかけてしまう。
二人が出口へと入っていく様子に、少女は可笑しそうに笑い出した。
「ふ、ふふ…あははっ! イオン先輩も隅におけないね!」
先程のように重すぎる責任に押し潰される事無く心から笑う姿に、思わず安堵してしまう。もう彼女は大丈夫だろう。これからの選択もきっと良い未来へと選べる。
確かに少女を救えたのだと感じながら、クウは軽く背伸びを始めた。
「んー…じゃあ、俺も戻るか。今度は現実の世界で会おうな」
「ま、待って!!」
背を向けた瞬間、少女はさっきよりも強く引き止める。
クウが足を止めて振り返ると、何やら少女は上目づかいになって口を開いた。
「師匠…お願いが、あるんだけど」
「いいぜ、言ってみろ」
先を促すと、少女は勇気を出してクウに『お願い』を言った。
「もし、もしだよ? 本当の姿になって現実で再会したら…本当のボクの名前、呼んで欲しいんだけど…」
「分かった。じゃあ、教えてくれないか? お前の名前」
「うんっ!! ボクの、本当の名前は――」
「《ツバサ》――そう呼んで! 師匠はボクの【名付け親】なんだから!!」
そして二つの夢が覚める。
幻が消えて――現実に戻る。
■作者メッセージ
ようやく…ようやくメモリー編が終了です!! 本当に、本当に長かった…!!(切実)
本来なら、COM&358編に加えシャオの世界の捕捉部分を補うと言う意味合いで内容を考えていたんですが…あまりの長さに回想部分結構削ったりしたんですよねー、これ。結構収縮してますハイ。
で、別で夢さんに書いていただいたんですが、こっちが長すぎて夢さんが先に終わったりとかしてしまって…本当に長い間待たせてしまって申し訳ありません…。
さて、今後ですが…四日目に続く断章を出したいとは思ってます。出来れば3日以内にね…うん。夢旅人さんにも見せましたが内容ではOKを貰ってますので。
本来なら、COM&358編に加えシャオの世界の捕捉部分を補うと言う意味合いで内容を考えていたんですが…あまりの長さに回想部分結構削ったりしたんですよねー、これ。結構収縮してますハイ。
で、別で夢さんに書いていただいたんですが、こっちが長すぎて夢さんが先に終わったりとかしてしまって…本当に長い間待たせてしまって申し訳ありません…。
さて、今後ですが…四日目に続く断章を出したいとは思ってます。出来れば3日以内にね…うん。夢旅人さんにも見せましたが内容ではOKを貰ってますので。