CROSS CAPTURE79 「張り詰める緊張」
城の上層にある一室。
「母様、まずは無事に帰還した事に安堵しました」
そこには半神たちが揃って母イリアドゥスの帰還を心から歓んだ。
ただし、アルカナとキルレストは負傷によって、アルガとティオンはある目的のために、この部屋にはいない。
そして、もう一人、帰還した人物が彼女の隣に居た。
「はぁ……カウントされてない?」
夢を司る半神シーノは複雑な表情を浮かべ、物悲しげにつぶやく。
クウたちの夢の精神世界での異界行を終えてすぐの為か、疲労の顔色が消えずにいる。
だから、同族たちに怒る気力も意義も曖昧であった。
「『まずは私の帰還』を、『次にシーノの帰還』に安堵しているわ。よく頑張ってくれたわ、流石よシーノ」
「……!」
そう言うや消沈する彼をイリアドゥスは微笑みと共に頭を優しく撫でた。
感極まって声を失ったシーノは撫でを甘んじて受けていた。疲れも吹き飛ぶ幸せに緩んだ笑みをこぼしている。
ついでに、彼の幸せな様子に色々な感情で目を輝かせる半神が何人かいたが気にしない。
「――で、アルカナたちは?」
「実は…」
優しく撫でる手を止めず、表情を切り替えてイリアドゥスはこの場にいない半神たちの状況を求めた。
城主アイネアスは皆より一歩前に出て、その報告を告げた。
彼の話を終えた頃に撫でを止め、
「そう。高位な精神体を有した存在は興味深いけれど―――…エンたちに組する襲撃、罠……状況は、進んでしまうわね」
「と、言いますと……」
母の不可思議な言葉に、大変怪訝に思うアイネアス他半神たちがじっと母へ、答えを待つ。
当然、この場にいる全員は何も考えていない訳ではない。胸中に抱いている推論があった。
だが、推論通りならば―――。
「敵が動き出す。早くても明日、いえ」
部屋に備えた時計を見やる。あと2、3時間で早朝となるだろう。
「早すぎても…あと2、3時間かしらね……本気の度合いはわからないけれど、手を抜く必要は彼らにはもう無い筈」
アイネアスは首肯と共に、滔々と言葉を紡いだ。
「ではビフロンス全域の警戒レベルを最高にし、要所への人員配備を。後者については神無たちも交えて、と言うことで」
「ええ。お願いするわ。まずは各員らに最上階層の大広間に集合を。そうね、30分後でいいかしら」
「至急彼らに伝えに参ります。では、失礼します」
アイネアスはサイキに目配せし、彼女も頷き返して二人は、イリアドゥスたちに一礼してから部屋を出て行く。
「あなた…」
部屋を出て回廊を急ぎ足で歩く中で、サイキは夫たる彼に声をかける。
「いづれ来る事態だった。それだけ――」
振り返らず平静に返すも、その足取りやその根底にある声は焦りの色が濃い。
だが、自分の袖をサイキが強く引っ張った事で姿勢を崩しかけた。
動きを止め、妻へと振り向く。彼女は慈愛の表情で彼の手を包むように握る。
「落ち着いて、アイネアス。……ね」
「すまない。とりあえず城に残っている彼らにも手伝ってもらおう」
「ええ。そうしましょう」
現在、場内にいる使用人たちは昼間と比べて深夜は一握りの者らしか行動していない。
当然、連絡用の術式を各部屋に施している。神無たちをそれで直接呼び起こす方が手っ取り早いが、要らぬ衝突も引き起こしかねない。
使用人らや自分らで直接彼らのいる部屋に呼びかけた方がまだ衝突は少ない。
「すまないが、各部屋に彼らを呼び起こしてほしい。『代表者』を30分後に最上階層の広間に来るようにと」
「畏まりました。アイネアス様、サイキ様。それでは」
使用人たちに呼び起こすものたちの名前を告げて、彼らは主に一礼を返してから散開する。
神無やチェルといった『代表者』たちは最上階層の広間の席についていた。テラやクウたちも在席している。
まだ眠気があるものの、既にいる半神たちの物々しい雰囲気で暢気な事は許されなかった。
全員が集合したことを確認した半神ヴェリシャナは中央の席にいるイリアドゥスへ近づき、囁くように耳打ちして告げた。
「――集合しました」
その言葉に小さく笑みで返してから話を切り出す。
「みんな、まずは夜更けにたたき起こすような真似をしてごめんなさいね」
「それは構わないぜ。でも、何かあったのかを聞いてもいいか?」
イリアドゥスの謝罪を睦月が柔和に笑んで、次に不思議そうに尋ねる。
怪訝に思っているものは神無を含めてそうだったからだ。彼女は小さくうなずき、
「昨日――素材探索とやらをしていた時に、エンに組するものが襲撃してきた事は知っている?」
「その襲われたメンツ……テラたちやクェーサーから話くらいは聞いている」
チェルがクェーサーやアルビノーレを見やりながら応じる。
この場にいる殆どはそうやって襲撃の事を知っているものばかりであった。
そうして、イリアドゥスは彼らの反応を見てから話を続けた。
「あなた達はこれが『偶然襲ってきた』とは思っていたりするのかしら」
「……つまり意図して襲ってきた、と」
ゼツの隣に座っているアダムが剣呑な様子で口にする。
「敵が間諜を放ってきている事はすでに分かっていたことよ。結果的にこうして私たちに襲い掛かった」
「……」
イリアドゥスの言葉に、一同は口を噤む。
しかし、気をつける意味がもはや無いことに気付いたのか神無が呆れたように口を開く。
「はあ……アイネアス、もうちょっと対処できねえものか?」
「ええ。嘘の情報でも流せば良かったかもですね」
と、他愛ない言い合いを交えつつ、神無はイリアドゥスへ尋ねた。
「敵が俺たちを狙って襲ってきたんだから―――次は此処を襲ってくる、ってことか」
「それも直ぐに来る、という事だな」
それらの観点からゼツは結論を口にする。
「戦力は凡そ未知数だな。全戦力かもしれないし、小手調べかもしれない」
平静な声音でチェルが外へ視線をやりつつ、言葉を投げかけた。
「これからの事を話すわ」
慌ただしくなり始めた空気を制するかのようにイリアドゥスは言葉を放った。
そうして落ち着いた様子で一同は彼女の言葉を待つ。
「――ビフロンスにある重要箇所を襲われる可能性を考慮して、その重要箇所の防衛と警戒をお願いしたいの」
今までは殆どの戦力を城に置いていた。
それはこれまでが自由行動とした結果だ。
だが、もはや敵がいつ襲撃してくるか分からない現状、各地にある重要な箇所を無防備にできなくなった。
神無たちや半神をそれらの箇所に配備し、防衛と警戒など迎撃する措置をとった。
「重要な箇所は幾つかあるわ」
イリアドゥスが手を掲げると彼らの視線が注ぐ中心にビフロンスの立体が現れる。
彼女が言った『重要な箇所』がそこから赤くマーカーされた。
城や町は当然、箱舟モノマキアや外周にある見慣れない3か所などが対象になっている。
「この3か所はビフロンスを維持するエネルギー循環の要的な箇所と思ってください」
それぞれ、アル・ファースト、アル・セカンド、アル・サードと称された場所を城主アイネアスが説明する。
これら3つの設備がビフロンスを維持するに必要な起点である。敵の攻撃で失うわけにはいかない。
「城や町も守らないとならないが、これらも同じく防衛しなくてはならないわけか」
クウはそう言い、イリアドゥスは黙して席に座っているものらの顔を見やる。
既に眠気を堪える顔をしているものはいない。
臨戦態勢ともいえる戦いに臨むものの雰囲気と気配を纏っていた。
「編成についてはまず3か所のアルシリーズの方から取り決めたいわ」
そして、イリアドゥスたちは各要所の防衛のメンバーの大よその編成を決めるべく会議を始めた。
4日目の朝を迎える時、戦いの火蓋は切って落とされるだろう。