CROSS CAPTURE80 「差し伸べる言葉」
安らぎの眠りが遠のき、微睡から目覚める。
「んぅ…」
頭の中に残る眠気と戦う様にレイアが身動ぎする。何か固い触感が掌に伝わる。
ゆっくりと目を開けると目の前に広がったのは冷たさを感じる白一色。感触からしてシーツではないようだ。
慌てて起きると、寄り掛っていたのが白いテーブルだと分かる。周りを見ると、全てが白い大理石で出来た部屋に座っていた。
「ここは…? 私、クウさんが起きて…それから?」
いきなり見知らぬ部屋に移動させられて混乱していると、人の気配を感じる。
テーブルの向かい側を見ると、そこには金髪で白いワンピースを来た少女が同じように椅子に座っていた。
「だれ、ですか?」
「私の名前はナミネ」
少女――ナミネが胸に手を当てて答えると、ポカンとしたままのレイアへ微笑んだ。
「あなたの大切な人、無事に戻って来て良かったね」
「え!? あの、どうしてそれを!?」
「あなたを、あの夢の世界に送り届けたのは私だから」
「あの、夢…」
ナミネの語る言葉に、レイアは先程の夢を思い出す。
闇の中で黒い羽根を追いかけた先で、シャオによってクウが倒されていた光景を。
「じゃあ、あの時倒れていたクウさんは…!」
「うん、全部本当に起こっていた事。あの時の彼は記憶を、心を砕かれていたの。そんな彼を助ける為には、あなたが必要だった」
頷いて説明すると、ナミネはレイアをじっと見つめる。
「心を寄せているあなたの存在、そして彼を思う祈り。かつて私がしたように」
「どうして…クウさんを助けてくれたんですか?」
見ず知らずの筈なのに、クウを助ける手助けをしてくれたナミネにレイアは思わず疑問を口にしてしまう。
すると、ナミネは胸元に手を当ててぎゅっと握りしめる。
「あの子の叫びが聞こえたの。《助けて》って声が、記憶で模られた夢を通して私に響いたの。夢と記憶は繋がりがある。だから記憶を操る私の力を使って、あなたの意識を夢の世界に送る事が出来た」
こうしてレイアに種明かしをすると、それに、と呟いてからナミネは寂しそうに笑う。
「今の私は、こんな形でしかあなた達の力になれないから。あなたと接触出来るのは…ううん、あなただから私はこうして夢の中で話が出来る。ほんの少しだけど、ね」
「ナミネ、さん。あなたは…」
ここで何かに気付きかけるレイア。だが、ナミネは寂しく微笑んだまま話を続ける。
「皆が助けたあの子は、未来の形。私が救えなかった人達が存在する未来の証でもあるの。――そしてあなたは、私に似ている。でも、本当に大切な人はすぐ傍にいるから。ちゃんとみんなと繋がってるから」
そうして励ますナミネの姿は、カイリに似ていた。
レイアの中で立てた仮説が核心に変わる。しかし、それと同時に周りが白く染まり始める。
段々と消えていく風景に慌ててレイアは立ち上がった。
「あ、あの! あなたはもしかして――!」
直後、部屋やナミネだけでなく自分の姿までもが白で掻き消された。
全てが消えてしまった所為か、意識が遠のいていく。抗えぬ力にレイアは自分の身体がそのまま浮上するような感覚に陥った。
「大丈夫。皆がいれば――失くさないよ」
夢から覚めようとする直前、励ましてくれるナミネの声が聞こえた気がした。
異空の回廊を歩く、アルガとティオンとアガレス。三人はタルタロスを去り、現在拠点としている世界でもあるビフロンスへと戻っていく。
救出に成功した協力者、ソラと共に。
「まだ着かないのか〜?」
「もう少しよ、頑張って」
「う〜、楽しみなのにぃ…」
ティオンが励ますが、ソラは疲れたとばかりに肩を落とす。
そんな新たな同行人の態度を尻目に、前を歩いていたアルガは頭を掻く。
「それにしても、あれだけ大怪我負ったのによく半日で完治したな…」
フレイアにぶっ飛ばされて永遠城から救出した時、彼はボロボロを通り越してボロ雑巾のような状態だった。まあ、あれだけ蹴られれば当然だが。
急いで町の病院に運んで数時間、全身包帯塗れを覚悟していたが――治療の為病室に篭っていたルシフに呼ばれ部屋に入ると、ベットには少しだけ包帯を巻いたソラが呑気に眠っていたのだ。しかも、診察した医師からは怪我はほぼ完治しましたと言うお墨付きまで貰って。
「ルシフ君の高度な治癒魔法に加えて、フレイアさんが手加減してくれたおかげでしょう。そうでなければ、1ヶ月の入院は必須でした」
「あれが、手加減…?」
星にする程蹴っ飛ばした上に永遠城へと落下させたフレイアの脚力を思い出し、アルガは半目になって訊き返してしまう。
性格と言い戦闘方法といい、あの二人は本当に双子なのかと疑った所で、ふと思いついた事がありアガレスに質問を投げつけた。
「ところで、あの二人を置いて来て良かったのか? フレイアの格闘術はあの威力だろ? ルシフも回復魔法に加えてカオスの力があれば戦力になると思うが」
「確かに。ですが、あの子は私の初めての弟子…そして弟子のお姉さんです。私は育てる者として、無暗に危険な所へ送りたくなかったんです。あの双子がどんなに強くても…私から見たら、まだまだ幼い子供で、守るべき者達ですから」
「そう言うお前も俺達半神から見たら、子供同然だけどな」
悪魔であるアガレスはかなりの寿命だろうが、アルガ達半神からしてみればその年月は遠く及ばない。だが、年齢なんて関係ない。彼らは共に戦う仲間なのだから。
そうこう話している内に、回廊の前方に光が差す。無事にビフロンスへと辿り着いたようだ。
「見えて来たわよ、ソラ。あそこがビフロンスへの入口よ」
「やったぁ!」
すぐにティオンがソラに教えるなり、急に元気になって我先にと駆け出して光へと踏み出した。
「キーブレード使い、しかも世界を救った奴とは到底思えないな」
「確かに。ですが…そこが彼らの強さなんでしょう。心のままに動き、心のままに感じる。心を大切にしているからこそ、強い絆で結ばれている」
どんな力でも、使い方を間違えればそれは破壊へと変わる。かつて住んでいた故郷で、シンク達と戦った事件で。そして今敵対しているカルマやエンのように。
大切なのは己にある力を使う意思。力に溺れず、力を卑下せず。自分と言う個を、良心をしっかり持つ事だろう。
「二人とも、置いて行くわよ」
いつの間にかティオンは二人を追い越し、入口の傍で声を掛ける。
三人がビフロンスへと戻ると、夜明けなのか夜空全体が大分白みがかっていた。
到着した少し先で、何故かソラは足を止めていた。
「ソラ、どうし――っ!?」
「お前は…!」
ティオンとアルガが近づいた瞬間、ソラが足を止めた訳を瞬時に理解する。同時に、警戒を最大限に高めて武器を取り出す。
ソラの前にいたのは、驚いた様子でこちらを見る白い衣装を纏った――“彼”と同じ顔の男性。
敵であるはずのエンが、そこにいた。
何だか城の中が慌ただしい。廊下から響く足音や喧騒を耳にしながら、ウィドは割り当てられた自室のベットに座っていた。
もう一度寝ようとしたが、丸一日以上眠っていた所為か眠気は全く起きない。ルキルの様子をと思うが、思いっきり泣いた後にもう一度会うのも何だか気恥ずかしい。その為、風呂に入った後は自室に篭って時間を潰すしかなかった。
そんな中で襲撃の話が持ち上がったようで、何やら準備を始めている。しかし、自分には関係のない話だ。戦う術を持たぬ自分には…。
「ウィド、ちょっといいか?」
思考に耽っていた時、ドアがノックされる。
何かを言おうとするが返事を待たず、会議に呼ばれていた筈のクウが部屋の中に入ってきた。
「何ですか急に? あなたと世間話するほど、心を許したつもりはないのですが?」
「話じゃねーよ、お前に渡しておきたい物があってさ。やっと渡せると思ったらお前風呂上がってさっさと出て行くわ、探そうとしたら急に会議に出席したりでちょっとバタバタなったけど…」
そう言って前置きを終わらせるなり、訝しるウィドの手を取って無理やり何かを渡す。
仕方なく手に握られた物を見ると、それは銀のロケットだった。
「これは…」
「スピカが『Sin化』に侵されてた時に渡されたんだ。お前に渡そうって思ってたけど…遅くなって、ごめん」
「いいですよ。きっと差し出しても、拒絶してたでしょうから…」
謝るクウにも手に握るロケットも何だか直視出来ず、ウィドは無意識に目を逸らしてしまう。
「中、開けて見てみろ」
クウに言われるまま、ロケットに手を掛けて蓋を開く。
そこには、一枚の家族写真があった。映っている年代を想定すると、自分が8歳の頃…姉がいなくなる1年前くらいの写真だろう。
「これは…!!」
「あいつ、このロケットを大切に持ってたんだ。これを持っていれば、家族との『繋がり』を感じれるからって…例え住む世界が違おうと弟を、ウィドを思っていられるってさ」
穏やかな表情を浮かべて、スピカについての思い出を語るクウ。
弟であるウィドにとってそれは羨ましく感じるが、それ以上に別れてからも姉が自分を思っていた事に対して涙が零れ落ちた。
「ねぇ、さん…っ!」
「お、おい!?」
突然泣き出したウィドの姿に、クウが困惑してしまう。そんな中、ウィドは両手でロケットを握りしめて俯く。
「私も、姉さんを忘れた事はないのに…なのに何で、姉さぁん…!!」
肩を震わせて涙を流すウィド。どこまでも姉思いな彼を見て、クウは肩に手を置いて握った。
「――あの、さ…これ、俺が言える台詞じゃないけど…」
そこで一拍置き、言葉を聞いてくれたであろうウィドが落ち着くのを待つ。
ウィドはゆっくりと顔を上げじっとこちらを見上げる。先を促しているのだと分かり、クウは話を続けた。
「『Sin化』の洗脳は、戦って勝てば解けるそうだ…だから、俺と一緒にスピカを助けてくれないか?」
そうして真剣な目を作り、ベットに座っている涙を溜めたウィドの目へと合わせる。
「俺一人じゃ、助け出せる自信が無いんだ……お前の力、貸してくれないか?」
一人では自信が無い、それは本当の事だろう。
本来ならば他の人に、ここにいる人達に協力して貰った方が戦力的にも助かる。なのに彼は武器も持たず、戦う術の無い自分を選んだ。
それはスピカの家族だからとか、慰めや憐れんだからでもない――信じているからだろう。一人の仲間として。
不安そうに問いかけたクウに、やがてウィドは涙を堪えると大きく頷いた。
「あなた、だけじゃ…不安、ですから…!! 私も…姉さんを、救いたい…っ!!」
「ウィド…」
相変わらず憎まれ口を叩くが、了承を貰えた事に対してクウは自然と笑みを浮かべる。
その時、急に足元や腰かけているベットが小さく揺れ出す。程無くして、壁や窓も小刻みに揺れ始める。
「この、揺れは…?」
「――ウィド!?」
足元に目を向けていると、突然クウが庇うように覆いかぶさり――衝撃が走った。