CROSS CAPTURE82 「心器」
時間は、ほんの数分だけ遡る――。
「オパールの奴、本当にどこに行ったんだ?」
まだ日も昇らぬ早朝。敵の襲撃に備えて、城の中が慌ただしくなっていく。
忙しなく移動するさまざまな人達を通り過ぎながらオパールを探すリク。そんな時、一緒に付いてきているカイリが後方で足を止めている事に気付いた。
「カイリ?」
「あ、ごめん。何かボーっとしちゃって…」
振り返って声をかけると、カイリはすぐに気が付いて駆け足でリクに近づく。
そうして駆け寄った直後、二人の足元が揺れる。
「な、なに? 地震?」
「違う…! カイリっ!」
「きゃ!?」
戦いに身を置いていた故に瞬時にリクは揺れの正体を見抜き、カイリを引き寄せる。
同時に、激しい揺れと共に辺りに轟音が響き渡る。本当に奇襲してきた敵の攻撃の余波を耐えていると、近くの部屋から硝子の割れる音が聞こえた。
「今の音っ!」
「誰だっ!?」
カイリが反応する中、リクは武器を取り出して部屋の扉を乱暴に開ける。
部屋の中は外側から割れたであろう窓、一部が壊れた机と椅子――そして、ベットで横たわるウィドに覆いかぶさるクウの姿だった。
「…お、お邪魔しちゃったかな?」
「すまん、そんな趣味があったとは知らなくて」
「「ち、違うっ!?」」
表情を固まらせたまま部屋の扉をそっと閉めようとする二人に、ベッドで横になったままクウとウィドが叫ぶ。
誤解を受けた二人の勘違いを解こうとした瞬間、部屋の死界にいたのか一体の鎧がベッドにいる二人に飛びかかった。
「排除――」
「「話を邪魔するなぁ!!!」」
キーブレードのような武器を振り上げる鎧に、クウとウィドが横の状態で同時に上方へと蹴りを放つ。
予期もしないカウンターで鎧は天井へと叩きつけられ、そのまま力無く床に転がった。
「なに、この鎧…!?」
扉を閉める寸前で見えた鎧――KRにカイリはヴェンと同じ鎧と言う事で思わず凝視する。
同じくリクもKRに気づくと、即座にクウとウィドが起き上って扉を開け放つ。そのまま二人の腕を掴んで部屋の中へと戻すなり、説得を始める。
「とにかく話を聞いてくれ!? 俺が好きなのは女性であって、男には何の感情も持ってない!!」
「何ですか、その言い方は!? 勘違いしないでください二人とも、私だって同性愛者などでは全くありません!! いえ、私としては彼らの思考を否定する訳ではないのです、ですがそれとこれとは別の問題であって」
「ふ、二人共! 後ろ!」
「「邪魔するなって――!!」」
背後を指さしてカイリが叫ぶと、二人は睨むように振り返る。
そこにいたのは、2体のKR。さらに割れた窓から梟型のノーバディが入ってくる。この光景にクウとウィドはやっと事の重大性を認識した。
「この鎧!? まさかKRか!」
「クォーツのノーバディ!? これは一体!?」
「敵襲だ! カイリ、部屋から出ろ!」
「う、うん! …ダメ、リク!!」
カイリは急いで部屋に出ようとしたが、入り口にもう一体KRがいて逃げ場を塞がれる。
結果、四人は部屋の中央に追いやられる形となってしまう。互いに背中越しに対峙していると敵が襲い掛かった。
KRは贋作キーブレードを振るい、ノーバディは鉤爪で裂こうとする。狭い部屋での乱闘にリクはカイリを抱えて武器を振るう。クウもウィドを庇いながらキーブレードを出さずに格闘術で対応する。
「ちくしょう! こんな狭くちゃ武器なんて出せねぇぞ!」
「一旦通路に出るぞ! 俺に続け!」
リクが手に闇の力を込めるのを見て、クウは対峙していたKRの一体を扉側に蹴り飛ばす。
「『ダークオーラ』!!」
直後、幾つもの闇の気弾を放ち、扉を破壊しながらKRを通路へと追いやる。
こうして脱出経路を作り出すと、リクはカイリの手を取って通路へと駆ける。クウも続けて部屋を出るが、残っていたノーバディが最後に出ようとしたウィドの背後へと体当たりした。
「うわっ!」
「ウィド!」
倒れこむウィドに、ノーバディは立てないように背中に乗り鋭い嘴で体を貫こうとする。
「どけぇ!」
すぐにクウが手に黒い羽根を具現化し、投げつける。
振り下ろした瞬間に鋭い羽根がノーバディに直撃して、空間に溶けるように消える。間一髪で倒すと、ウィドに駆け寄って肩を抱いた。
「な、何をっ!?」
「いいから離れるな! 戦えないんだろ!?」
「そ、それは…!」
正論を言われて口籠るウィド。その時、通路に吹き飛ばしたKRの一体が襲ってくる。
「うざってぇんだよ!! 『ダークソード』!!」
上空から闇の剣を降らせ、鎧を串刺しにする。魔法は得意ではないが、雑魚ぐらいは倒せる力量は持っている。
こうしてKRを倒すと、抱えているウィドの肩が微かに震える事に気づく。
(一緒に戦ってくれっては言ったが、守らなくちゃなんねーのが現状か…! どうするか…)
戦う術を持つのに、剣がなければ発揮できない。どこかで武器を調達するまでは守らなければならないだろう。そんな思考を巡らせ、右手にキーブレードを握る。
こうしてクウが腹を括っていると、腕の中にいるウィドの視線が遠くに向けられていた。
「あれは…!」
呟いた声にクウも視線を追うと、戦闘の痕か花瓶や像などの調度品が無残にも壊されていた。
「おいおい、ハデにぶっ壊してるな…」
「――さん…」
「え?」
思わずウィドに目を向けると――弱気から一変して、激しい怒りの炎をまき散らしていた。
「きっさまらあああぁぁ!!! 見るからに美術品の価値がある調度品を壊しまくるとは、精神がなっておらん!!! 許さん!! 成敗してくれるわぁ!!!」
突然浴びせられた罵声に、ピタリと敵が立ち止まり注目する。
同時にリクとカイリも動きを止めたが、敵と違い何故か恐怖が浮かんでいる。
「これ、終わったな…!」
「うん、終わったね…!」
「え、なぁ、どうい」
「喰らえぇ!! 我が怒りの鉄脚制裁ぃ!!」
クウの腕から抜け出すなり、近くにいたKRに対して高速の蹴りを放つ。
かなりの威力だったのか、それなりに重量がある筈のKRはあっけなく吹き飛ぶ。そのまま壁に激突し破損させるほどへこませ、最後は砕け散った鎧からハートが飛び出した。
「一撃ぃ!?」
「対象を危険人物と断定。即刻排除を」
「ごちゃごちゃとやかましい!!」
他のKRが無機質な声と共にウィドをロックオンした瞬間、何と顔面に分厚い本が投げつけられる。すると兜の部分が粉々に破壊され、そのまま再起不能となって床に崩れ落ちた。
剣無しでKR達を倒すウィドの姿に、もはやクウは唖然とするしかなかった。
「ほ、本で鎧を砕いた…!? あいつ何なの!?」
「リク…新しい武器、要らなかったんじゃないかな…?」
「俺もそう思う…さすがは学者モード…」
一度被害に…基、巻き込まれた学者モードの記憶が蘇り顔を青ざめる二人。しかし、そんな事を一切知らないクウは混乱するしかない。
そうしている間にも、暴走したウィドは次々と現れる敵をやっつけていく。もう見ているだけとなった三人の背後から、足音が聞こえてきた。
「やっと見つけたぞ、ってなんだぁぁ!!?」
男性が声をかけてきた瞬間、ウィドによって蹴り飛ばされたハートレスが飛んできて間一髪で避ける。
やがてこちらに近寄ったのは、五人の人物だった。
「あんたはキルレスト、それにベルフェゴルにラムリテ…レギオンとサーヴァンか?」
クウの言う通り、現れたのは半神であるキルレスト、ベルフェゴル、ラムリテ。その護衛なのかレギオンとサーヴァンがいる。
こうして彼らが合流して、最初に見た光景は。
「お前らも手伝えぇ!! こいつらを一匹残らず駆逐しろぉぉぉ!!!」
学者モード全開で蹴りと本を使って暴れるウィドの姿だった。
「なに、あれ…!」
「お、俺にも何が何だか…」
「えーと…その内説明するね?」
固まるレギオンにクウも目を逸らす中、事情を知っているカイリが代わりに答える。
そんな中、リクはキルレストの持つ大きな箱に気づく。
「それより、その箱は?」
「ああ。彼にお届け物だ――悪いが、時間をくれないか?」
キルレストの指示を受け、レギオンとサーヴァンが剣を構え、走る。
丁度ウィドと対峙していたハートレスを二人は一気に叩き切る。いきなり獲物を取られて動きを止めたウィドに、すかさずクウが肩を叩く。
「ウィド、交代だ。こいつらは俺達に任せて引け」
「俺達が代わりに始末していてやるから、キルレストの元に行け」
「え、ええ…?」
更にリクにも言われ、ウィドは学者モードを解いて下がる。それを見て、二人もレギオン達へと加勢に入る。
四人と交代でウィドがキルレストの元まで下がると、どこか喜々とした様子でベルフェゴルが箱の蓋に手をかける。
「さーて、見てみるがよい」
ベルフェゴルが蓋を開ける。箱の中に収められているのは、昨夜出来上がった透明感のある細剣に近い形をした武器――『心器』だった。
「これは、剣?」
「昨日、お前の仲間だけでなくここにいる者達が協力して素材を集めて作り上げた…お前の為の武器、『心器』だ」
「私の、為の…」
「持ち主となるお前の心次第ではこの剣を渡す事を拒むつもりだったが……渡してもさして問題はなさそうだ」
キルレストの説明に反復して呟くと、ラムリテが剣を箱から取り出してウィドへと手渡す。
剣を受け取ったウィドは、慎重に鞘から刀身を引き抜く。その刀身はやはり全体と同じく透明感がある。新しい武器に思わず状況も忘れて眺めていると、カイリが声をかけてきた。
「どう、ウィド?」
「…不思議な感じです。でも、何と言うか…《何か》が足りない?」
柄を握る感触越しに伝わる欠落。例えるなら不完全。まだこれは完全、完璧ではない。
感じたままの事を口にすると、作り手であるキルレストは満足気に頷く。
「そうだ。この剣は単なる器、つまるところ中身が無いためにまだ未完成の状態だ。剣を完成させるに当たり、最後に必要なのは――“光”らしい。これが何を意味するかは分からない、分かっているのは…お前にしか完成できない事だ」
「私にしか完成できない…か」
しみじみと、心器を見ながら心に刻むように呟く。
そうして新たな剣を見つめると、ウィドは意を決するようにキルレスト達に向かい合う。
「あの…」
「ん?」
「ここに来てから、ずっと…迷惑かけて本当にすみません。そんな私をずっと信じてくれて…ありがとうございます」
そう言うと、武器を作ってくれたキルレスト達に深々と頭を下げるウィド。
反省を見せる彼に、ベルフェゴルは肩をすくめる。
「頭を上げろ――その言葉は、我々に言う言葉ではないじゃろう?」
「そうですね。カイリ、これが終わったらみんなを集めてください…心から謝らせてください」
「分かった」
大きく頷くカイリを見て、ウィドは早速剣を横に持つ形で居合の構えを作る。
その状態で振り返り、敵と戦っている四人の姿を見据える。
今までと同じように、負の感情に囚われる事無く、その心のままに――放つ。
「空衝撃――牙煉!!!」
居合抜きを放つと同時に、巨大な衝撃破を前方に飛ばす。
味方には一切傷をつけず、見据えた敵を巻き込むように直撃させる。
衝撃破をぶつけてこの付近の敵を全滅させると、クウが振り返って笑いかけた。
「ったく、やるじゃねーか」
クウが声をかけると、ウィドは引き抜いた刀身を鞘に納めながら不満げな視線を送った。
「当たり前です。さあ、行きましょう!」
「あぁ!」
新たな武器を手にし、駆けるウィド。その後をクウ、リク、カイリが続く。
戦場へと化した城を進む彼らの後ろ姿を、キルレスト達は見送る。
自分達が力を合わせて作り上げた武器を正しく使ってくれる。それは作り手として、最も幸福に満たされる瞬間なのだから。