CROSS CAPTURE87 「アル・セカンド防衛戦・2」
「…どうした、ヴァイ」
それはビフロンスへと到着し、様々な仲間たちと合流した夜の事だった。
あの時は聖域レプセキアの奪還戦の前夜だ。当然、ヴァイは緊張していた。
張り詰めた緊張を解こうと場内にあった庭園に散歩していた所を凛那が見かけて、彼女に歩み寄って問いかける。
「あはは……ちょっとね」
彼女らしからぬ陽気に混じった苦みの含んだ笑顔に、不思議に思う凛那は首を傾げつつ、じっと見つめる。
その眼差しにばつが悪いと根負けしたのか、ヴァイは夜空を見据えながら、打ち明けることにしたのだった。
「――やっぱり世界は広いなーというか、強い人って一杯いるんだなーって……」
此処に来て抱いてしまった不安を、彼女の心の吐露を、凛那は真摯に受け止めた上で厳然と返す。
「当然の事だろう。…だが、お前はお前の意思で、戦うことを選んだことだ。
それは、お前が勇気を振り絞り、この戦いの舞台へと立ち上がった事に―――私は素晴らしく思う」
その言葉に、ヴァイは彼女へ向き合うも、返す言葉を失ってしまう。
そんな彼女に凛那は、凛とした中にある穏やかな微笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「お前はお前だ」
「……うん。やっぱり凛那は強いね」
数秒の間を経て、込められた万感の想いを拳に握りしめ、小さな頷きでヴァイは素直に言う。
そして、もう一つ秘めていた想いを打ち明かした。
「あたし、父さんやお爺ちゃん、お兄ちゃんみたいに色んな世界を旅したことがないの。
夢というか…いつか、色んな世界を旅したい。父さんたちみたいに、ね」
「悪くない夢だ」
何処か嬉しそうに凛那は率直に讃え、首肯した。
そんな彼女の賛同に喜びつつも、やはり不安の本音を漏らす。
「でも、強くない私が世界を旅できるのか……そこも不安だったりする」
「身を護る強さは当然、必要だな。――なら、お前なりに強くなればいい。
お前にはお前にしかない強さがある。……そうだな、これならどうだ」
凛那は何処か考える様に黙って、数秒後に口を開く。
「なら……その時は、私も旅に同行しようか」
「え」
「強くなったお前なら私を振るうのも悪くないし、いいだろう?」
思わぬ同道の言葉に、ヴァイは唖然としていたが、すぐに彼女らしい明るい笑顔で了承した。
「うん、そんな願っても無い事だから、あたし…強くなる!」
「その意気だ」
そうして、二人は楽しく笑い合った。いつか叶えるその夢のような願いをヴァイは胸に秘めて、心を強く決意した。
「凛那を、取り戻す」
あの時の己に、凛那の姿を思い浮かべ―――強き決意の宣言を口に、行動を熾(おこ)す。
グローブに刻まれた銀色の紋章が呼応するかのように、輝き始めた。
「……ほう」
声と共に、高まっていくヴァイの戦闘力に気づいたナハトは双鍵剣に纏った茜色の波濤を振り放つ。
だが、その波濤の斬撃は攻撃対象だった彼女の姿が消えた事で届かない。
「――!」
消えた事に理解を示す前に、ナハトは咄嗟に、身を翻す。
それは高まる戦闘力の気配を読み取り、反応した結果だ。
双剣を盾のように構え、予測した箇所へと、その強撃を受け止める事ができた。
銀色を纏った一撃は刀身に叩き込んだ――失敗に終わるも、防いだナハトは、繰り出したヴァイを視認、捕捉する。
「まだ、まだ――!」
防がれても動揺することなく、ヴァイは素早く飛び退る。引くのが一歩遅れれば、振り放たれた二つの斬撃に切り裂かれていただろう。
だが、それを上回る斬撃のスピードを銀色のオーラを纏っているヴァイは、それをたやすく可能にしていた。
驚異的な能力の上昇を理解したのか、忌々しく言葉にする。
「強化か…!」
「ええ。―――モード・アージェント、それがあたしの切り札。そして!」
再び、至近へと一瞬で踏み込み、瞬間加速で放たれた銀光纏う拳と蹴りのラッシュを防ぎきれずにナハトは呻く。
「くっ…!」
攻撃を受け止めながらも反撃と牽制を鍵双剣ではなく、自身を起点とした闇を纏った茜炎の爆発として解放した。
しかし、ヴァイは下がらずに銀色のオーラを剣のようになった纏い、手刀の一閃が奔る。
「なに!」
爆炎は、銀光る一閃によって『斬り裂かれた』。そうして炎を踏み越え、ヴァイは再び――接近する。
続けて片手へと銀光のオーラを集束収斂させ、刃は長大化し、
「銀輝舞闘刃!」
奔る銀刃の斬閃に華麗に舞うごときヴァイの猛撃に、
(――この強化、これほどか…! だが―――)
ナハトは耐え凌ぎながらも、怜悧に思考を巡らせていた。
飛躍的に強化されるものにはデメリットが間違いなく存在する。
セーフティされた強化、それらを度外視、無視した強化、これは後者に当たるとナハトは考えた。
「いつまで、持つかしら―――その強化は!」
「!」
凛那の炎を使わず、純粋な剣術で押し返してきた。ヴァイは攻撃から防御や回避に集中する。
彼女の言葉で、すでにモード・アージェントの弱点を見抜いている。
事実、この強化が途切れてしまったらヴァイは身動きも取れずに敗北してしまう。
だが、今―――此処には彼女だけではない。
「おのれ!」
更に膨れ上がった2つ力に、ヴァイを一閃で追い払ってナハトは気づいて、間合いを取るべく飛び退く。
力の気配のうちの1つ―――紗那は黒い心剣、無限刃エクススレイヤーを振りかざす。
彼女がヴァイに加勢できなかったのは『ある事』を果たす為に専念するために潜んでいたのだ。
「行くわよ…! 幻魔無限刃――ッ!」
時が力が満ちて、口火を切る紗那の言葉と共に、無数に現れた紗那たちが黒き心剣を揃えて、斬り掛かる。
ナハトはこれに動揺はしない。迫り来る無数の分身を双剣と凛那の炎で対処していく。
「まだまだ――! ファントム・オーバーレイッ!!」
攻撃で残る数体となった時、紗那たちは揃えた剣尖をナハトへ囲い込んだ上で刺し向ける。
それらの切っ先から一気に収束した破壊光が、
「―――!!」
ナハトへと一斉に放射される。
だが、身を護るように闇色のオーラ『闇夜』と茜色の炎が攻撃を受け止める。
大量の分身で身動きを封じ、追撃の砲火を叩き込む戦法かと黙考するも同時に疑問が生じた。
残った二人は何処に。そう、紗那が無数の分身で攻めかかったと同時に、ヴァイがそれ以前にはアーファが姿を消していた。
気配を辿ればすぐに気づく筈だった。
しかし、無数の分身たちは一人ひとりが幻術の機能を備えているのか、他にもあるのか、正確な気配の位置をジャミングされる。
どうにか破壊光を凌いだナハトは残った分身が消え去って、本体たる紗那が疲労か、身動きが取れない事に気づき、追い討つべく進みだした。
「――青龍神殺槍!」
「――銀輝天墜脚!」
その瞬間を狙ったかのように二人の声が重なり、吼える。
天地、神速に閃く銀光と雷光が迸る。必殺の飛び蹴りがナハトのオーラと貫き、鎧を砕き、抉った。
「 !? 」
ナハトは声も出ず、攻撃を終えた二人は間合いを取る。
それでも、頽れることが許さないのか、軋みあげながらも立ち尽くす。
同時に、周囲と自身から、闇色のオーラと凛那の炎が渦を巻き始めた。これ以上の追撃を防ぐための、辛うじての防壁を張ろうとしていた。
しかし、阻むように、突如と黒い光を纏った銀の鎖が幾つも伸び、ナハトの四肢を絡めとる。
「な、に……!?」
身動きを封じる鎖など残された力で引きちぎろうと身じろぐが、なおも鎖は縛りあげる。
ただの鎖ではなかった。夥しい魔力を帯びた鎖がオーラで防御したナハトをもろとも封殺していた。
「誰が…」
紗那も、アーファも、ヴァイも鎖を扱うような能力を持っていない。
隠している可能性もあるが、3人の可能性は―――。
「!」
漸く気づく。『ここ』には、まだ居た。
「気づくの遅いわね」
相手を心の底から嘲笑うように答えた声の主―――アナザが姿を現す。
彼女の傍にフィフェルが、元居た彼女の周辺にはKRの兵士たちの残骸があった。
二人へと襲い来たKRは、ヴァイたちとの戦闘の合間に全て倒されていた。
「二人の蹴りと一緒に『打ち込ませ』たのお」
アナザがそう言うや、アーファに抉られた胸鎧、ヴァイに抉られた背面にも紋章のようなものがそれぞれ浮かび上がる。
「『それら』が何なのかもう解るかしら? 答えは『2つ』」
一つは、ナハトの動きを封じる鎖を起動するためのもの。
一つは、ナハトに『取り込まれているだろう凛那を救い出すため』のもの。
「な、に――!?」
胸鎧の奥の『闇』から少しずつ姿を現すもの。
それは刀の柄だった。それが何かは理解していたが、その答えを口にする間を与えずに、
「…凛那、返してもらうわよ」
眼前に銀色のオーラを纏ったヴァイが現れ、現れた刀の柄を握りしめる。
「行くよ、凛那――ッ!」
刀を見つめて言うや、一気に引き抜く。
引き抜く動作から流れるように続けざまの茜色の魔刀を、振り下ろす。
「―――『銀炎霊神刃(しろがねかぐつち)』ッ!」
「 !!」
解放された茜色と彼女の銀色が混じり合った炎の奔流となり、封殺されたナハトを一刀のもとに斬り裂き、焼き尽くし、呑みこんだ。
至近にいたヴァイは気づく。炎に呑まれて完全に消えかけていくナハトが別の力によって姿を消したことを。
更に何かを叫んだことを。だが、ヴァイはそれが何を言ったのか、どうしてかわからなかった。
それでも気配は完全に消え去った。静かに残心し、怜悧に戦いに勝った実感、凛那を救い出した実感を柄を強く握り込む事で再確認した。
すると、刀は茜色の火の粉に散り、ヴァイの傍に舞うあがった。
「……よくわかったな」
ヴァイの手を取り、姿を現した凛那が満足げに尋ねる。
「ナハトが凛那の力を使う発生源を必死に探ったからね」
ヴァイたちは戦う中で、ナハトが凛那の炎を使う為の発生源がある事に気付いた。それが胸鎧の奥に在ると気づく。
あの状況を打破するべく、まずはアナザと連絡を密かに取り合い、アーファたちの連携と協力を生かした。
手順としてはヴァイがモード・アージェントを解放し一人でナハトの足止めと気を引き、紗那らはアナザを救援して、気配を隠す。
次に紗那の分身の攻撃による飽和で動きが止まった所へ、入れ替わるようにヴァイとアーファは受けった術式を込めた一撃をそれぞれ同時に叩き込む。
最後は、ヒットする事で起動する『鎖』で身動きを封じ、封じ込められている『凛那』が離脱できるようにした。
「具現化するための力、絞り取られる中で貯め込むのは苦労した」
そう、凛那は無作為にナハトから力を搾り取られていたわけではなかった。
内側へと気取られることない極小の力を貯め込み続け、『チャンス』を待っていた。
『鎖』から感じ取った凛那はそうして、意図を読み取って具現化を行い、相応しい主に必殺の一刀を振るわれた。
「ヴァイ、よくやった」
「えへへ――」
同じく満足げに笑顔で返すもヴァイは倒れ込みそうになったのを受け止めた凛那は驚くも安堵する。
「……そういう事か。力を解放した反動、だな」
モード・アージェントの代償で、ヴァイの文字通り全力で戦うことから、大きすぎる反動のあまりに倒れてしまうほどだった。
疲弊に眠りについたヴァイを抱えなおした凛那はゆっくりとした歩調で紗那たちへと歩み寄る。
「すまない、よもや私が足を引っ張るとはな」
まずはと、紗那たちに首を下げ、深く詫びる。
「いいよ。どうにか切り抜けたわけだから」
「こっちもクタクタよ。ヴァイと同様のリミッター解除だから少し休ませて…」
そういってアーファは疲労を隠さないでその場に座り込んだ。
そんな姿に微苦笑しつつアナザとフィフェルも応じる。
「あなた達は奥で休んでなさい、私とフィフェルはまだ戦えるから」
「なら素直に甘えるとしよう。――何かあればすぐに」
「もちろん」
アナザの提案に、凛那たちは従い、奥に控えて一時の休息を取った。