CROSS CAPTURE92 「囚われた者達の叫び」
あちこちで戦闘は起こるが、被害は城の中だけではない。
城外では、大量の水が荒れ狂っていた。
「フラッド!!」
「ヴァッサー!!」
リリスが地面から放った清水、イリシアの操る水の化身がぶつかり合って弾ける。
互いの放った大量の水は上空に舞い、激しい雨となって頭上から降り注ぐ。全身がびしょ濡れになるが、そんな事気にせずに相手を睨んで対峙していた。
「…やはり、あなたも水の化身か」
「邪魔をするなぁ!!」
何か通ずる事があったのか、目の前の敵の本性をイリシアが掴む。しかし、リリスは構うことなく槍を持って襲い掛かる。
「敵は一人じゃないわよっ!」
リリスの背後から、声が飛ぶ。
上昇気流を使って上空に浮いているシムルグが、指先に風を宿す。
「切り刻まれなさい!!」
パチンッと音が鳴り響くと、幾多の巨大な風の刃を飛ばす。
「こんなのっ!」
リリスは手を振りかざし、水で形成されたバリアを作る。
水を使って飛ばした風を防ぐ――瞬間、刃は水をすり抜けるようにリリスの身体を切り裂いた。
「うぐあぁっ!?」
「ただの風なら防御は出来たでしょうね。でも、私が作り出したのは真空刃――空気の通わない刃なら、水は切断出来るわ」
「それが、どうしたぁ!!」
原理を説明するシムルグに、リリスは負けじと怒鳴る。
槍を構えると、辺りに飛び散って地面を濡らしていた水が足元を濡らす――違う、リリスの力で辺りに散った水が増幅している。
その事に二人が気づくと、リリスは口元を歪める様に吊り上げた。
「このまま海の藻屑と成り果てろぉ!!」
天高く手を振り上げ、リリスを中心に渦潮を作り出す。
足元が引き込まれ、水の嵩は一気に増える。脱出しようとするが、渦潮が作り上げた波に二人が飲み込まれる。
敵がいなくなったことに、リリスはほくそ笑む。あとはこのまま溺れさせるだけで、終わる。
その算段は、水中――それも渦上の激流を物ともせずに突っ切って破ったイリシアとシムルグによって打ち破られる。
「え…!?」
予想とは全く違った出来事に、思考が一瞬だけ固まる。
一瞬と言う時間は、二人にとって十分な好機だった。
「ヴァッサー!!」
「嵐刹!!」
「ぐ、うぁ…!!」
両側から激しい水と風の衝撃波が容赦なく襲い掛かり、リリスの体力が尽きて倒れてしまう。
彼女の魔力が途絶えた事で、渦を作っていた大量の水は引いていく。そんな中、シムルグとイリシアは涼しい顔で倒れたリリスを見下ろしていた。
「溺れさせる計画だったろうけど、無駄よ。風を操れるんだもの、水の中でも空気を取り込むなんてお手の物」
「あなたは確かに水を操る事に長けている。けど、神の力を持つ私には及ばない」
「ま、“人間相手”なら苦戦は必須だったわ――戦う相手が悪かったわね、リリスサン?」
「くそぉ…!!」
あれだけの攻撃を受けたのに、槍を杖代わりにして立ち上がろうとする。
彼女が繰り出した水から漏れて伝わる感情。それは穢れきったドス黒い想い。
到底水には相応しくない穢れきった感情だが、イリシアは覚えがあった。
(この子も、アニマヴィーアと同じ。浄化する筈の水が穢れ、歪んでしまった意思)
この子はSin化された人達と違う。自ら関わり、行動している。本来ならば容赦なく消すべき対象だ。
だが、そんな気にはなれなかった。半神達の趣に背く形になろうとも…水を司る半神として、この子を救いたいと思った。
掌に風の刃を纏うシムルグに手を伸ばし、制止させる。そのまま、傷だらけのリリスの四肢をヴァッサーで拘束する。
「何を!?」
「あなたは取り込ませてもらう…今のヴァッサーのようにかつての姿に戻してあげる」
「いや…イヤァァァーーーーーー!!?」
ヴァッサーを媒介にして力を取り込み始めた直後、リリスは悲鳴を上げる。
力が抜けていくのを感じるのか、リリスは悲鳴を上げながらも抵抗しようとする。
だが、イリシアは動じない。
(抵抗はするけど、アニマヴィーア程じゃない…いける!)
イリシアは半神として完全に覚醒し、アニマヴィーアと言う邪悪溶かした巨大な意思を取り込み力と化したのだ。水…いや、海の化身である彼女の意思は大きいが、人間一人分のサイズに収められている。負ける要素は無い。
意識内では水の力は真っ黒に染まっている所為で、闇にいるみたいだ。それでも、自分のモノと化しながら浄化する。
そんな意識の中で、闇の奥に光が見えた。
(この光は…?)
彼女が抱える感情に似つかわしくない代物。正体を確かめようと、イリシアが触れようとした。
―――止めてぇ!!!
瞬間、突然強い力に意識の世界から弾き飛ばされた。
「っ!?」
「イリシア、どうかした!?」
無理やり現実に戻されたせいで、よろめいたイリシア。すぐにシムルグが声をかけて身体を支える。
「お願い、止めて…!」
戸惑う二人に、拘束が解かれたのか胸を押さえながらリリスは叫んだ。
「『彼女』を消さないでっ!!」
そう叫ぶリリスは、誰かの声で。
リリスではない、涙を流した顔をしていた。
「虹天剣!」
「閃光滅崩瀑!」
「空衝撃・牙煉」
迫る虹色の衝撃波と光の爆風を、巨大な衝撃波で薙ぎ払う。
攻撃を防いだスピカだが、上空から更なる追撃が迫る。
「刃黒斬翼閃!」
「白聖光天!」
「アトモスクエイク!」
ゼツの背から生えた刃翼が迫り、無数の光の剣が降り注ぐ。
だが、スピカは高重力で無理やり光の剣を捻じ曲げ、重力内に囚われたゼツに作られた岩をぶつけて吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
「ゼツ!」
床に叩きつけられてダメージを追ったゼツに、シェルリアが駆け寄って回復する。
冷静に攻撃を対処する彼女の姿に、王羅と神月は睨みながら対峙した。
「話には聞いてましたが、本当にお強いのですね」
「………」
王羅が語り掛けるが、スピカは黙ったまま動かない。とは言え、空気を読んだのか攻撃はせずに構えていた剣を下す。
とりあえず話をしてくれる様子に、神月も口を開いた。
「あんた、仮面が半分しか付いていないって事は自我を保っているんだろ? 少し話をしないか?」
「………」
「僕達は敵ではありません。クウさんやウィドさん達と共に戦うと決めた同志みたいな者です」
「………」
幾ら話しかけても、どう言う訳かスピカは反応を示さない。
ゼツの回復が終わるのを待ってから、神月は剣を構える。
「あんたの恋人や弟が待ってる。だから――倒れてくれっ!!」
刹那。神月はスピカに一閃をぶち込んだ。
あまりの速さに、王羅でさえ捉える事が出来なかった。これは対処しようがないだろう。
普通の人間なら。
「――出来ない」
神月の剣は当たっていた。スピカの胴体――ではなく、半透明な光の壁に。
攻撃を防がれた。神月が認識したと同時に、スピカが剣を振って光の壁ごと斬撃をお見舞いした。
「神月!?」
カウンターを喰らって倒れる神月に、今度は王羅が叫ぶ。
『閃光』を使ったスピカは、四人に剣先を構え言い放つ。
「あなた達じゃ、私は倒せない」
この発言に、誰もが不快な反応を見せた。
「随分な自信ね…傲りじゃないけど、私達も相当強いと自負しているつもりよ?」
「シェルリアの言うとおりだ、過信は堕落を生むぞ?」
「自信でも、過信でもない」
シェルリアとゼツが棘を込めて言うと、スピカは否定を見せる。
静かに、それでいて強い何かを言葉に宿すように宣言した。
「倒される訳にはいかない――彼らが来るまではっ!!」
叫びと共に、スピカは駆ける。
彼女が繰り出した高速の剣――その一閃を、神月が受け止めた。
「気持ちは分かるぜ。俺もあんたと同じ立場の時、そうだった」
スピカと鍔迫り合いになりながら、その顔に付けられてしまった忌まわしき仮面を見る。
その状態で、神月は背に羽を具現化して光らせる。
「だからと言って、待ってやるほど気は長くない!! 虹煌く破壊と創造(レインボー・ツァラトゥストラ)!!」
至近距離で数多の光線をぶつける。
二人のいる地点で激しい閃光と煙幕がはじけ飛ぶ。煙の中から瓦礫に混じってスピカが身体を丸めた状態で出てきた。
丁度飛ばされた先にあった塔の壁へと体制を立て直す形で足を付ける。スピカの姿を見ると、ダメージはそれほど負っていない。
「レビデトを使って軽減した!」
「だったら追いつめるまで!!」
王羅が彼女の行動を分析すると、負けじと翼を使って神月とゼツが追いかける。
対し、スピカは重力に囚われない身体をフルに活用に壁を登るように二人と上手い具合に戦う。
この一連の光景は、塔に続く城外にいたクウとウィドも目撃していた。
「姉さん!!」
「あの塔か…! 行くぞ、ウィド!」
ようやくスピカに追いつき、クウが塔へと駆け出す。
「待ってください!!」
その時、聞き慣れた声が響く。
振り返ると、息を切らしたレイアがいた。後ろには護衛をしてくれていたのか、別れた筈のキルレスト達もいる。
「レイア! お前、何でここに!?」
「クウさん! 私も一緒に行きますから!」
「バカ! スピカはお前が思ってるほどの強さじゃ――!!」
「だからです!! 私、何がなんでもお二人について行きますから!! 私もスピカさんを助けたいんです!!」
強い意思を宿しながら、青い瞳でじっと見上げる。
こうなったレイアは、言い聞かせても引こうとしない。その事をよく知っている為、クウは頭を掻きながら大きく溜息を吐くしかなかった。
「…無理はするなよ」
「ハイっ!!」
「なら、私達はここで別行動だな。健闘を祈る」
「後は頑張れよ、レイア」
「みなさん、ありがとうございました…!!」
キルレストとサーヴァンに応援され、レイアは再度頭を下げる。
レイアを合わせた三人はキルレスト達に見送られ、スピカ達に追いつこうと塔の中へと入る。
初めて足を踏み入れたウィドは、中の構造を見て思わず見回した。
「凄い、吹き抜けになっているんですね…」
「上ってる時間はねえ、一気に行くぜ! レイア!」
「はいっ!!」
クウが手を伸ばすと、レイアが近寄って掴む。
そのままギュッと互いに抱き着くと、クウは背中に白黒の翼を纏う。
更に、残った片手でウィドを抱え込む形で抱き締めた。
「おら、ウィド! しっかり掴まれ!!」
「ま、また!? わあぁ!?」
二人を抱えた状態で、クウは一気に塔の上へと飛びあがった。