CROSS CAPTURE94 「因縁の襲来・4」
エンとの戦いの最中に割り込んだ攻撃にソラが怯む中、前に現れたのは三人の戦士。アイギス、ローレライ、リヒターだ。
三人は背後で呆然とするソラを差し置いて、エンと対峙している。
「こんな所で親玉の一人が現れるとは思ってなかったわね…!!」
「確かに、顔は彼とそっくりですね…いえ、若干あなたの方が年上のようですが」
「まずは我らを洗脳した恨み――貴様で晴らさせて貰うぞぉ!!」
アイギスとローレライが油断なく構えていると、リヒターが襲い掛かる。すると、エンは無表情のまま懐に手を入れる。
そこから僅かに見せたのは、黒い宝玉。これを見たソラは理解する。
このままでは、リヒターによって攻撃ついでに壊されてしまう。
「っ、駄目だっ!!」
反射的にキーブレードをリヒターに投げつける。
急に後ろからキーブレードが飛んでくるものだから、流石にリヒターも足を止めて武器を弾き飛ばした。
『ストライクレイド』を使ってリヒターを足止めして破壊を防ぐことは出来た。だが、一つの誤解を生んでしまう。
「小僧、邪魔をするか!?」
「違うんだ! ええと、とにかく話を聞いて――!」
「テレポ」
ソラが狼狽えて説明しようとした瞬間、エンは魔法でその場から瞬間移動して姿を晦ました。
「え、あぁ!? 逃げるなー!!」
姿を消したエンに対して、ソラは思わず文句を叫ぶ。
こんな状況なのに子供っぽい彼の立ち振る舞いに、アイギスとローレライは互いに顔を見合わせる。
「…見た所、仮面は付けてないようだけど…」
「それに、キーブレードを使っていましたし…ん? そう言えば、どこかで…?」
ローレライの中にある記憶が引っかかりを覚えて、再度ソラを観察する。
一方、リヒターは妨害の事もあってソラに敵意を向けていた。
「奴を庇ったと言う事は、貴様も敵か!!」
「ええっ!? だから違うんだって!?」
「問答無用だ!! この場で叩き切ってくれる!!」
そう言うなり、ソラを倒そうと剣を振るう。慌ててソラも手元にキーブレードを戻してリヒターとの戦いに持ち込まれてしまう。
一方的にソラと戦いを始めてしまい、アイギスが止めに入ろうとする。
「ちょっとリヒター! ここは落ち着いて…!」
「落ち着いていられませんよ! まだ来ます!」
ローレライの呼びかけに上を見ると、退けた筈のハートレスがまた襲ってくる。
すぐに心剣の力で巨大な光の十字架をぶつけると、ローレライも剣で追撃する。どうにか対処したものの、結果的に止める筈の二人と距離を離されてしまった。
「分担されたわ…あの少年、大丈夫かしら?」
「恐らくですが、彼なら大丈夫でしょう――なんたって」
直後、光の爆発が起こった。
「世界を二度も救った、あの子の父親ですから」
上空から襲い来るハートレスを倒しながら、ローレライは爆発が起きた方向を見る。
かつて敵対していたイオンと、同じ立ち姿をして戦っているソラがいた。
「――よっと」
魔法を使って瞬間移動をして、塔の頂上にある広場に辿り着いた王羅とシェルリア。
かなりの高所によって寒さを伴った暴風が吹き荒れるが、シェルリアが詩魔法を使って冷風の防護をしてくれた。
「これで寒さと強風は軽減されるはずよ…本当にここまで来るのかしら?」
「三人とも、戦闘となると血が滾る性格のようですから。いずれは…」
噂をすれば、下の方から剣をぶつけ合う音が響く。
シェルリアは僅かに緊張を見せる横では、王羅が妖刀ムラマサを取り出してじっと構える。
数秒か、数十秒か…音がすぐそこまで近づき、やがて三人が姿を現した。
「ゼツ! 神月!」
「だあぁ!!」
シェルリアが声をかけると同時に、王羅がムラマサを握って床を蹴って攻め込む。
二人が翼を使ってスピカから離れる。邪魔者がいなくなり、王羅が呪いを込めた一閃を放つ。
しかし、間一髪でスピカは魔法の障壁を発動させて王羅の攻撃を防御した。
「くっ!」
『リフレク』によって弾き返されながら、王羅は再び塔の頂上へと着地する。
同じく神月とゼツも足を付け、スピカも『レビデト』の効果が切れかかっていたのか広場へと着地した。
『ほぉ。今の奇襲を防ぐとは…この者はなかなか面白い技を使うの』
「ええ、敵である事が惜しいくらいに。是非とも仲間に加えたいものですよ」
話しかけるムラマサに、王羅は神妙な顔で頷く。究極心剣を持つ自分や神月にも渡り合える実力に、何時しか口元を歪める。
そうして王羅とスピカが対峙していると、シェルリアが軽く息切れを起こしている二人に声をかける。
「二人とも、このままだと体力を奪われるわ。今補助を」
「それなら…まずは、あいつらにしてやってくれ」
歌おうとするシェルリアに、ゼツが後ろを指す。
「「はぁ、はぁ…!」」
「はぅ…!」
天庭の入り口にいたのは、クウとウィドとレイアの三人だ。翼を使ったクウだけでなく、ウィドとレイアも飛び上がるスピードに付いていくのが大変だったのか若干息切れを起こしている。
彼らの姿を目にしたスピカは、僅かに唇を噛む。同時に、張り詰めていた糸が緩み始める。
「どうやら、役者が揃ったようですね」
王羅は呟き、スピカに笑いかける。対して、スピカは何も喋らないが今すぐ戦う様子は見受けられない。
それもそうだろう。もう彼女を突き動かす目的は達成したのだから。本番は、ここから。
シェルリアに防護を纏ってもらいながら、三人は神月達に見守られながらスピカと対峙する。
「――来たわね」
ようやく、スピカ自ら口を開く。
てっきり襲い掛かると思っていたからか、レイア以外の二人は少しだけ安堵を見せる。
話したい事は沢山ある。聞きたい事も山ほどある。だけど、こんな状況では出来ない。
それでも、今だけは許されたこの一時の会合を無駄にはしたくない。与えられた少ない時間、まず最初に口を開いたのはクウだった。
「自我はあるんだな」
「ある程度はね。ホント、どうしてこうなったのかしら」
「姉さん…」
仮面による洗脳の所為か、何処か冷たいスピカの声色にウィドは何も言えなくなる。
レイアも先程の事があってか口を開こうとしない。彼らの間で、何とも言えない沈黙が過ぎる。
その沈黙を破ったのは、またしてもクウだった。
「ったく、一貯前に仮面なんかつけてさー! 似合わないんだよ、そう言うの!」
「こんな仮面でも役に立つわよ。今の私の顔、見られたくないもの」
「見られたくないって……そうだよな、さすがに顔も老け「サンダガ」ごはぁあ!!?」
言葉の途中でクウの頭上から激しい雷が落ちた。
一瞬で黒焦げと化して床に倒れ込むクウに、魔法を放ったスピカは打って変わって冷酷を露わにする。
「次は本気よ」
断言し、何も持っていない左手に魔力が溜め込まれる。女性に対するタブー発言で、元恋人に対する情けは完全に消し去ったようだ。
今すぐにでも殺すとばかりのスピカに、クウも即座に復活して首だけでなく手を振って落ち着かせようとした。
「マテマテマテっ!!! 冗談!! 軽いジョークだっての!?」
「何が軽いジョークだ!! 姉さんは何時だって綺麗です!! 確かに多少肌は荒れてますが、そんなの気にもしない!!」
「どうやらウィドにもお仕置きが必要みたいね?」
「あ、あわわわ…!?」
今にもとんでもない魔法を放って来そうな覇気を纏うスピカの姿に、レイアも青ざめる。
折角の再開の筈が一発即発な状況に変わり、神月達も言葉が出ない。このまま戦闘に突入―――かと思いきや、溜めていた魔力を収めてスピカは小さく笑みを浮かべた。
「こんな時でも、そう言うふざけた事言って…変な所は変わらないのね」
「変に気構えるよりマシだからな。ほら、もっと肩の力抜けよ」
「…わたし…」
服の汚れを取るようにコートを叩いて立ち上がるクウ。それを見て、スピカは剣を握る手に力が籠る。
そんなスピカに、クウは呆れた目で見据えた。
「手加減して貰ったらこっちが困るんだよ。そりゃあ、そっちの方がありがたいが…」
大事を言いつつも、最後にはちゃっかりと本音も呟く。
こんな時なのにふざけている? 違う、空気を柔らかくしてお互いの肩の力を抜かせているだけだ。全力を出せるように…後腐れないように。
今の自分はカルマの命令に従う操り人形…抵抗したり、全力を出した瞬間、自我はなくなる。今だってある程度自我はあるとはいえ服従されている状態だ。
それでも、彼らならば――。
「…簡単には勝たせないわよ、それでも?」
念の為に、問いかける。きっとこれが最後の会話だ。
仮面越しにじっと見つめるスピカの瞳に、ここにいる全員が笑った。
「姉さんを救えるのなら、私はどんな傷だって負います。戦いで付けられる傷だけじゃない、傷つける事で心に作る痛みだって。もう、目を逸らしません」
「私も…戦います。あなたには、負けたくない。その為に、返すべき物だってありますから」
「昔交わしたあの時の約束は、守るさ…それに借りはちゃんと返す、今度は俺達が助ける番だ」
「もちろん、俺達も戦うぜ」
「あなたを助けたい思いは、皆一緒ですからね」
ウィド、レイア、クウ、神月と王羅、ゼツもシェルリアも。誰もがスピカに向かって戦闘の構えを作る。
倒す為ではない。仮面の呪縛から救い出す為に。
大切な人を、この手に取り戻す為に。
「なら、来なさい。私を…止めて見なさいっ!!!」
7人の覚悟を受け取り、スピカも同じように剣を構える。
カルマの指示通り、大切な人達を、邪魔者を始末する為に。
「――ふぅ、これでよしと」
ソラが額を縫って一息を吐く横で、リヒターが固まっていた。
一瞬の内に、自分達に襲い掛かっていた大量のハートレスが全滅していたからだ。
「な、何が…!?」
「じゃ、俺急ぐから! とにかく、エンは俺に任せといてよ!!」
「お、おい!? 逃げるのか!?」
「逃げたんじゃないわ。リヒター、あなた助けられたのよ?」
先に走っていくソラをリヒターが呼び止めるが、横からアイギスが呆れながら近づく。
何が何だか分かっていないのか、リヒターが困惑を顔に浮かべる。すると、ローレライも便乗するように説明した。
「彼、何をしたと思います? あなたに『ストプガ』を使って動き…いえ、時間を止めた後、あなたを巻き込まない形でハートレスを倒してくれてたんですよ?」
「敵、じゃないのか?」
ようやくソラに対する誤解が解かれ、敵意を収める。
そんな中、ローレライは走り去ったソラと姿を消したエンを思い浮かべる。
「ですが、どうして彼がエンを庇ったのか。あの子自らが追いかけなければならないのか…事情を知る必要がありそうですね」