CROSS CAPTURE98 「エクスカリバー」
塔の頂上で暴風と落雷が収まり、まず初めに起き上がったのはレイアだった。
「う、あ…!」
激しい衝動に襲われたのに、倒れる程の傷は負っていない。
腕に力を込めて身を起こすと、近くに白い剣が転がっている。
視線を辿っていくと、近くで王羅が倒れていた。
「王羅、さん…!」
ここでようやく、彼女が全霊の魔力を使って自分を庇ってくれたのを理解する。
思わず肩を揺さぶっていると、スピカの声が聞こえた。
「まさか――クウではなく、あなたが立っていられるなんてね」
その言葉に、レイアは前方を見る。
スピカの前で倒れているクウ。その隣に、傷だらけでも立っていたのは。
「姉、さん…! あなたの、おかげです…!」
銀のロケットを握り込んだ、ウィドだった。
空いた手でハイポーションを飲み込み、一気に傷を回復させる。それからロケットをポケットに仕舞うと、足元に落ちていた剣を拾い構える。
「レイア、このバカだけでも回復を…この不安定な足場では大人数で戦えません。そうでしょう、姉さん?」
直後。スピカの返答を聞かず、素早く懐に駆け込む。
「ウィドさん!?」
レイアが叫ぶが、ウィドは構わずスピカに高速の連撃を射ち込む。しかし、彼女はそれを見切って刀身で受け流すように弾く。
同じ武器、同じ戦法。スピカも自分と同じ、力ではなくスピードで勝負するタイプだ。魔法と言う副産物はあるが、この攻撃の速さでは使えない。封じたも同然だ。
自分と同じ土俵に持ち込んだ。なのに…どうしてだろう。
(勝てる気がしない…!!)
クウから強いと言う話は聞いていた。気を引き締めていたつもりだった。けど、どこかで大丈夫と言う楽観も存在していた。自分達には沢山の協力者がいる。優しい姉さんが本気で自分を傷つける訳がない。何より、自衛とは言えずっと剣術を習っていたのだからと。
しかし、実際に対峙するとスピカは手加減もせず、更には大人数にも対処して戦っていたのだ。一対一に持ち込んだ所で、勝敗はグッと低くなったかもしれない。
互いに剣で打ち合っている状態なのに、柄を握る手が痺れてくる、軽い筈の一撃が重くなってくる。徐々に押し返されているのが剣を通して嫌でも伝わる。
「っ、はぁ、はぁ!」
これ以上は危険と判断し、剣を弾き、一旦距離を取る。
打ち合ったのは短時間なのに、息切れを起こし額から汗が垂れる。スピカはそんなウィドを、仮面越しに冷ややかに見つめていた。
「――あなたの振るう剣には覚悟が無い」
「…ッ!」
まるで心の内を見透かされた発言に、ウィドが凍り付く。
「今の私はあの兵士達と同じ。彼女の命令に従って動くだけの、感情の無い人形に過ぎない。あなたもクウも大事な存在なのは分かってる――…だけど、それ以上に彼女の命令に従わなければいけない…あなた達を消さなければならないと言う思考を止められない」
スッと細剣を上げて切っ先を向ける。
僅かな動作なのに、脳内で激しく警報が鳴る。ウィドは反射的に片足を踏み込み、スピカの背後に回り込み『一閃』を放つ――が、身を屈んだ事でかわされた。
「あなたは違う。ウィドは優しいから、私を傷つける事に迷いを抱えている。そんな風に考えて―――私を救える訳がないっ!!!」
厳しく言い放つと、スピカはウィドの胴体に蹴りを放つ。
「うあっ!」
思わぬ反撃に身体をよろめかせる。
そうして作った隙。スピカは間髪入れずに、ウィドの握る剣に自身の細剣で一撃を与える。同時に、ピキリと軋む音が鳴る。
目を向けると、刀身に罅が入っていた。それはまるで、自分の迷いが剣に現れているように見えてしまう。
「剣が…!?」
「氷壁破・白柱」
足元が凍り付き、一瞬の内にウィドは氷壁の中に閉じ込められる。
氷の中に捕われて動けなくなったウィドに、スピカが細剣を水平に構えた。
「これで終わりよ」
「やらせるかぁ!!」
割り込んだ怒鳴り声に、弾かれたようにスピカがその場から離れる。
その数秒後、氷壁を壊しながら黒い衝撃波が今しがたスピカがいた床にぶち当たった。前を見ると、回復し終えたクウが片手でウィドを抱きかかえていた。
「う、うう…!」
「よぉ、無事、だな」
「ウィドさん!」
抱えたウィドを下すと、レイアが駆けつけて回復の魔法をかける。
それを見たクウは選手交代とばかりに、スピカに向かい合った。
「スピカ、悪いが俺は本気だ。もしかしたらこの戦いでお前を殺すかもしれない…」
呟き、胸に拳を当てる。いや、押し付けると言う表現が近い。
自身の迷いを、恐怖を押し殺すように。
「それでも、お前を傷付ける覚悟はちゃんと出来てる。だからこそ、俺は…お前を意地でも救う!! お前の手を汚させないっ!! 必ずだっ!!」
キーブレードの柄に手を当て、二つに分離させる。二刀流へと武器を変え、クウはスピカに斬り込む。それを『リフレガ』で防御し反撃を繰り出す。
二人だけの対決。しかし、それはクウが作ってくれる自分達が体制を整える時間だ。レイアはしゃがみこんでウィドに回復魔法をかけた。
「ケアルガ」
焦る心を落ち着けながら、レイアは蹲ったウィドに回復魔法をかける。
凍傷はすぐに治る。どうにか一安心、と思いきやウィドは回復するなり近くに落ちていた剣を握って立ち上がろうとする。
「う、くっ…!!」
「ウィドさん、何をしているんですか!? 傷は治りましたがまだ休んでないと、それにそんな剣で戦ったら今度は折れちゃいますよ!!」
「分かってます…それでも、じっとしていられないんです…!!」
片足で立ちながら、ウィドは二人の戦いに目をやる。
スピカの剣術や魔法を翼や武器で防いでは、再び攻撃する。だが、相手も魔法や細剣で弾き受け流す。タイマンでは厳しいのは彼も一緒だ。
それでも、クウは引く事は一切しない。無理やりにでも攻める手を止めない。
勝てないと分かり、一度引いてしまった自分とは違う。
「姉さんを救いたい…でも、今の私ではどうにも出来ない。それなのに、彼は言ってくれたんです…『一緒に救ってくれないか』って」
自傷気味に笑い飛ばし、その時の事を思い出す。
戦いが始まる前に、憎みはしないと胸の内を話した。だがそれ以前に、何も出来ない存在だった。
しかし、クウは手を差し伸べてくれた。散々酷い事を言ったのに、突き放してきたのに、無力だったのに。今も尚、信じてくれている。
「馬鹿ですよ。散々罵倒した相手にそう言う事言って、根拠もないのに遣り遂げられる様に宣言して、何でも背負おうとして……なのに、姉さんが惚れる理由が何となく理解できるんです」
「ウィドさん…」
「二度も姉さんを捨てたあいつを、私は許した訳じゃない――…でも、あいつを憎んでも何も解決しないって事も分かってしまったんです」
そうして心の内をレイアに明かしてしまったからだろうか。話し始めたら、止まらなくなってしまう。
「だからこそ…一緒に戦って、姉さんを救えれば何かが変われる気がするんです。きっと、本当の意味で彼を―――クウを許す事が出来るんじゃないかって…」
目の前にいるのは、助けなければならない大事な姉――認めてしまった大馬鹿者。
知らず知らずの内に、あと少しで折れてしまう自身の細剣を強く握りしめる。
「――私は、姉さんを救いたい。そして、彼を認めなければいけないんです…これ以上、私の勝手な感情で誰かを傷つけないためにもっ!!!」
建前なんかじゃない、率直な想いを吐き出す。
その時、ウィドの胸に眩い光が灯った。
「えっ!?」
「あれは…!?」
突然の輝きに、クウ達だけでなく階段付近まで避難して治療していた神月達も注目する。
少しだけ輝きが収まると、ウィドの胸元から銀色の柄が伸びている。いきなりの事にレイアは剣が刺さったと思ったのか顔を青ざめる。
「胸に、剣が刺さって…!?」
「これ、は…心、剣…?」
ウィドは誘われるままに、胸から剣を引き抜く。
この世界の住人が使っていた武器と違い、全てが白い光で構築された形になっている。
引き抜くと同時に、引き抜いた剣は弾けて光の粒となるとウィドの持っている心器に吸収されていく。
「剣が剣に吸収されてる!?」
長年生きている王羅ですらこの現象は見た事なく目を見開く。
やがて全てが吸収されると一気に光り輝き、透明な水晶の心器は白い刀身に銀の持ち手の細剣へと姿を変えた。スピカにつけられた罅も修復されている。
「心器…心剣の、器…!」
姿を変えた剣に、王羅は理解する。
心器はただの剣も同類。だが、心剣を取り入れる事でようやく武器として完成する仕組みだったようだ。
今彼が行ったように。
「――エクス、カリバー…」
真に完成した武器に全員が見入る中、ウィドがポツリと呟く。
近くにいるレイアだけが呟きを耳にした事で、何が何だか分からずに顔を見上げた。
「あ、あの…?」
「頭の中で、流れたんです…この剣の、名前が…」
新しい武器――《エクスカリバー》を握り、立ち上がる。
ふと腰を見ると鞘も水晶だったのが金の装飾がついた白銀に変わっている。その名の通り、聖剣を表しているようだ。
1つ1つ確認してからスピカを見据えると、クウが笑いかけて来た。
「――休憩は終わったか?」
「ええ…お待たせしました」
ウィドの瞳にはもう、迷いも怯えも恐怖もない。
あるのは、クウと同じたった一つの決意。
「姉さんの言う通り、私はあなたの力に及びません。下手をすれば、彼の足手纏いになるかもしれない」
弱気な発言をするものの、ウィドは低く構えて居合抜きの構えを作る。
「それでも…助けます。姉さんを傷付ける事になってでも、その呪縛から解放させてみせますっ!! この心と共にっ!!!」
心に正直になった事で手にした力。
それは誰かを傷つけ、拒絶する闇ではない――誰かを護り、救う光。
その証拠に、指を弾いて僅かに抜いた刀身は、暗闇をも貫く輝きを放っていた。