CROSS CAPTURE99 「クリムゾンブリッツ」
精神を研ぎ澄ます。
何も考えず、
何も思わず、
ただただ、思考を白に染めていく。
「【疾風】――」
その一言と同時に、ウィドの周囲を風が包み込む。
次の瞬間、目にも止まらぬスピードでスピカの眼下で剣を振るっていた。
「ッ!」
どうにかその一撃を刃で受け流して防ぐスピカ。しかし、僅かながら動揺が見えている。
「早いっ!?」
「あいつ…やっぱやるな」
風を纏う事で身体能力を強化し、先程よりも強くなったウィドの攻撃に驚くレイア。その隣で、クウもまたどことなく嬉しそうに呟く。
そうしている間も、彼の攻撃は止まらない。
「空衝撃・牙煉!」
「これぐらい「まだまだぁ!!」」
巨大な衝撃波を至近距離から放つが、スピカは魔法の障壁で防御する。
が、間髪入れずに突きを放った。
「散桜・光華!!」
そのまま光の走った怒涛の突きを繰り出す。数の暴力で威力を底上げし、障壁に徐々に罅を入れて…脆くなった一点を突いて、打ち砕いだ。
速さで勝負しているのは変わっていない。なのに、明らかに今までの彼とは強さが違う。
これが心剣の力なのだろうか…。違う。剣だけじゃなく、持ち主も成長したからこそ掴んだ力なのだろう。
「クウさん、ウィドさんの援護はしないんですか?」
ウィドとスピカの戦闘を遠巻きに見ていたレイアが杖を握り締め、落ち着きがなさそうにクウを見上げてくる。
落ち着けずにそわそわとするレイアに、クウはただ優しく頭に手を乗せた。
「今は止めておけ。あいつは今流れに乗っているんだ、俺達が下手に割り込んだら妨げになるだけだ」
「そんな、ものなんですか?」
「そんなものだ。今は大人しく見ておけ、警戒は解かずに――な」
「……ハイ」
一つ頷くと、杖を強く握りながらクウと一緒に二人の戦いを見る。何かあっても、すぐに対処出来るように。
そうして二人が見守る中、ウィドは徐々にスピカを追いつめていた。
(もっと、速く――!!)
振るう剣を、風と同化させる。
(もっと、煌け――!!)
振るう刃に、光を込める。だが、スピカもこれ以上はさせまいと必死で防戦に持ち込んでいる。
まだ足りない。退けているだけで、スピカを倒すまでに至らない。
どうするか。決まっている、今以上の力を発揮すればいい。
片手で振るっていた剣の柄を両手で握り込み、上段に構えスピカを鋭く見据える。これから放つ技は、自分には思い付かなかった技…だけど、今なら使える。
「八刀一閃っ!!」
剣を振るう事に鋭い煌きと共に、力強い斬撃がスピカへ襲い掛かった。
かつて対峙したセフィロスが放った技。本人には劣るが、それなりの威力を持った剣技なのにスピカは尚も剣で防ぐ。
だが何度も何度も攻撃を受けていた刀身が耐え切れなくなり、最後の一閃を受けると同時にスピカの持つ黒い剣が二つに折れて砕け散った。
「ッ…!」
防ぐ手段がなくなった事で、その身に一閃をモロに喰らう。そして、今までの疲労と痛みで体が限界に達したようでスピカはその場に膝を付く。
自身に手を翳し、傷だらけになった身体を即座に魔法で回復しようとする。だが、
「手、貸すぞ!」
「サイレス!」
クウが羽根を投げつけて魔法の詠唱を邪魔する。鋭く飛んでくる羽根にスピカはとっさに転がって避けるが、追撃にレイアが魔法を封じにかかる。
妨害の魔法は難なくかかり、スピカは声が出せなくなった。
「…っ…!」
「私の全力――受け取ってください、姉さぁんッ!!!」
声を出せず魔法を封じられたスピカへ、ウィドは再び剣を上段に構える。
もう迷わない、躊躇わない。
何も出来ず蹲る姉へと吼え――全力を放つ。
「無限空衝撃ィ!!!」
剣を振るい、十八番とも言える衝撃波を繰り出す。だが、それは一つではない。次から次へと剣を高速で振るい、衝撃波をスピカへとぶつける。
何も思わず、何も感じず、ただただ自身の限界が訪れるまで攻撃を続ける。
この猛攻に、遠くにいた神月達も呆然と見ていた。
「あれが、ウィドの心剣の力…」
「すごい…」
「このまま行けば…!」
本来持つ事など出来ない異世界の人物が手に入れた心剣の力を見せつけられ、神月、ゼツ、王羅が感想を漏らしている。
勝てる。誰もがそう確信した。
その直後だった。上空から光る何かが攻撃を続けるウィドに迫ったのは。
「ウィド、離れろぉ!?」
「エ――」
逸早く気づいたクウが叫び、ウィドが我に返る。
瞬間、彼に光線が襲い掛かり爆発した。
「ウィドォ!!」
「一体何が…!?」
爆発に巻き込まれて倒れるウィドに、クウがポーションを持って駆け寄る。
思わぬ攻撃にシェルリアが辺りを見ながら呟くと、何処からか小さな人型の紙が飛んできた。
《まさか、こんな展開になるなんてね。高みの見物をするつもりが出てきちゃったじゃない》
『カルマっ!!?』
紙から聞こえた女性の声に、全員が叫ぶ。
すると、紙はゆっくりとボロボロになったスピカの元に止まって、クウ達に語り掛けてきた。
《それにしても驚いたわ。まさか別の世界出身でも心剣を抜く事が出来るなんて》
「おい、カルマ!! シルビアは、シルビアは無事だろうなぁ!!!」
《あら、恋人を目の前にして他の女の心配? 浮気性のある男はこれだから…他の人が可哀想だわぁ》
「答えろぉ!!!」
《…さあ、どうかしら? それよりも、彼女の弟がこうして心剣を抜いて力にしたのは些か予想外だったわ。世界は広しとは言え、こんな現象が起きるなんて》
紙は――いや、伝達越しに見ているカルマはウィドの心器を目にしてしみじみと呟く。対して、ポーションを飲んで回復したウィドは不快だと言わんばかりに顔を思いっきり顰める。
その嫌な思いは的中し、カルマは驚くべき言葉を放った。
《きっと彼女にも素質があるわよね?》
カルマが発したのは、たった一言。だがそれだけで言葉の意味を理解したゼツは息を呑み込み、怒鳴り上げた。
「カ…カルマァ!! すぐに止めさせろぉ!!!」
「どうしたんですか!?」
「例え素質があっても、今の状態で無理やり心剣を抜かせれば――…彼女は反剣士となってしまう!!」
「――スピカァ!!!」
意味が分かっていないウィドに即座に王羅が答える。どうやら危険だと言う事は分かり、クウが駆けだして手を伸ばす。
だが、その手が届く前に。
《剣を抜きなさい》
命令のままに胸元に伸ばしたスピカの手が、早かった。
手の内からウィドと同じように、胸元に光が灯る。だが、それはすぐに黒に染まる。
それと同時に、足元から闇が噴き出して彼女を包み込んだ。
「…う、ああ、うああああああああああああああああああっ!!!??」
「ぐぅあ!?」
「クウさん!!」
苦痛の悲鳴を上げるスピカから噴き上げた闇に吹き飛ばされてしまい、クウは倒れ込む。
すぐにレイアが回復すると、スピカを覆っていた闇が収まり出した。
姿を現れた彼女の姿に、全員が凍り付いた。
「なん、です…あの、剣は…!?」
「あれが、反剣…!」
彼女の姿に震えながらも、レイアとウィドが呟く。
半分だった仮面は顔全体を覆い、もうどんな顔をしているのか分からない。
そして黒のレイピアではなく、赤黒く染まった銃剣――ガンブレードと呼ばれる武器を握っていた。
「――クリムゾンブリッツ…」
そして、彼女は冷たく呟く。
握り締めた反剣の名前――それは赤き雷光を意味していた。