エンディングフェイズ1
エンディングフェイズ1 〈闘争の果てに〉
シーンプレイヤー 海命 凍矢
ようやく符宴との決着も付き、誰もが安堵の息を吐く。
そんな中、まず初めに声を出したのは翼だった。
「終わった、ね」
「みんな、無事で良かった…」
「無事じゃないだろ…グラッセ、無茶しやがって…」
「それはお互い様だろ、ムーン」
お互いに符宴の攻撃を喰らって、ボロボロの状態で笑い合う二人。攻撃を受けた際に体内に侵入した毒による不調もオーヴァードの治癒能力で中和し始めたようだ。
「そちらも終わったようだな」
三人で話していると、別の所で戦ってくれていた黒須が近づいて来る。少し煤けてはいるが、自分達と違って大した怪我は見当たらない。
「黒須さん、助けてくれてありがと。凄く助かったよ」
「言った筈だ。俺は人に仇名すオーヴァードとジャームを駆逐出来ればそれでいいと」
大した事でないと言った風に話すと、目つきを鋭くする。
彼の視線の先は、凍矢と月。この戦いで有耶無耶だった問題が浮上し、二人は身構えてしまう。
「あ、あの…!」
「……ライトニング、いや御坂翼。FHであるお前はどうしてUGNと関わっている?」
凍矢が口を開くが、無視するように黒須は翼に厳しい目を向けて追及する。内容によっては容赦しないとばかりに。
嫌でも張り詰める空気。僅かに沈黙が流れるが、翼は臆する事無くハッキリと告げた。
「友達だからだよ」
「友達?」
「UGNとかFHとか、そんなの僕らには関係がない。困った時に助け合って、一緒に笑い合って、ご飯を食べて――ボクにとっては凍矢と月は敵じゃないし味方でもない。組織に関係なく付き合える友達なんだ」
「…あの、俺黒須さんの事を少しだけ教えて貰いました。元は俺と同じUGNイリーガルだったって。ある事故でUGNの人に家族を殺されて、FHに鞍替えした事も」
その話題を口にすると、黒須は目を細める。同時に、纏った空気に殺気が滲み出ている。
下手な事を行ってしまえば先程敵に見舞った雷が飛んでくるだろう。まさに一発即発の状況でも、凍矢は語る事を止めなかった。
「押し付けがましいって分かってます。でも、一つだけ言わせてください――俺は、ムーンと…月達と出会った事を後悔しません。俺を助けてくれたこの町の支部に居続けます」
「グラッセ…」
「俺には戦う力はありません。守る力も、正直完璧じゃない…だけど、俺にとってUGNは大切な居場所なんです! 俺は全部失ったからあなたの悲しみも少しだけ分かる…だけど、それを奪うと言うなら、俺は…!!」
「御託はもういい。肩や足を震わせているお前の言葉は薄っぺらいにも程がある」
「てめぇ! グラッセは勇気を振り絞ってあんたと話をしてるんだぞ! それが分からないのかよ!」
冷めた目をして背を向けると、月が怒りを爆発させて掴みかかろうと腕を伸ばす。
だが、黒須はその手を最低限の動作で避けると、三人を見回して大きな溜息を吐いた。
「…ここらに集まった戦闘用人格のジャームやオーヴァードは全て倒し、俺の目的は一通り達成した。その上でお前達みたいな奴らと相手をしても疲れるだけだ」
「黒須さん…!」
「勘違いするな。オーヴァードは全て殺す。俺も、アイツも…例外なく全てだ。いずれ会った時は容赦しない。精々生き残れるように精進するんだな」
最後にそう言い捨て、黒須はそのまま去っていく。
ようやく危険人物が去った事で安心したのか、凍矢が崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
「は、ははは…!」
「グラッセ!? 無茶しすぎだろ!?」
乾いた笑い声を上げる凍矢を思わず月が助け起こす。その身体は恐怖を溜め込んでいたのか小刻みに震えていた。
それでも、凍矢の胸には小さな達成感が存在していた。
「ちく…しょう…!」
子供組が黒須と話終わった頃、符宴は壁に凭れ掛かったまま悪態を吐いている。
どうにかして起き上がろうとした所に、目の前に巨大な深紅の鎌が添えられる。
見上げると、赤い瞳の人格――蒼空が符宴を鋭く睨みつけていた。
「一つ聞きたい。お前、俺が…星華も関わったUGNの違法実験の何を知っている?」
「ハッ…! たかが実験体がギャアギャアギャアギャアやかましい…!」
「質問してるのは俺だ。答えろ、あの実験に何が隠されている――お前らの目的は何だっ!?」
蒼空の怒鳴り声と共に、符宴の首に刃が当たる。そのまま首を刎ねてやるとばかりに。
何時でも命を刈り取られる状態と只ならぬ剣幕に、さすがの符宴も顔を引き攣らせて慌てて手を振った。
「わ、分かった、分かったよ…! 教えてやるから、ちょっと立たせてくれよ…」
ようやく話をする気になった彼に、蒼空は顔を顰めつつも武器を収めるとどこか乱暴に腕を掴んで符宴を起こし上げる。
その音に気付いて月が振り返り、蒼空が立たせた符宴を見る。
野生じみた視力で捉えたは、僅かに歪んだ符宴の口元。
「――ッ、離れろ蒼空っ!!」
「なーんてな――」
月の忠告と符宴の呟きは、ほぼ同じだった。
蒼空が反応するよりも先に、首元に何かを打たれる。すると、落ち着いていたはずのレネゲイドの力が突然活性化し出した。
「カ、ハッ…!?」
急激な身体の変化に、意識が混濁してその場に立っていられなくなってしまう。思わず膝を付くと、符宴によって抱きかかえられてしまった。
捕まってしまう。そんな考えが及ぶが、身体は全く動かせないまま蒼空は意識を闇に沈めてしまった…。
安堵していた空気から一変、凍矢達は愕然としていた。
月の叫びに二人も顔を向けると、符宴が注射器のような物を握って蒼空の首筋に打ち込んでいた。
それから蒼空は武器を手放して倒れ込んだ所を、符宴が抱き寄せる様に担いでいるのだ。
「蒼空さん!?」
「てめぇ!!」
「ハッ! 騙された方が悪いんだよ!! これで俺の、いや! 俺達の目的は一先ず達成したぜ――《シューティングスター》よりも強い素材の確保が!」
「お前ぇ!!」
得意げになって蒼空を確保した符宴に、月が怒りを表して腕を作り替える。
しかし、それと同時に、黙っていた翼が激しい電流を放出させると共に足元の床に罅を作り上げて隆起させる。
それは、彼女自身の怒りを電撃で表しているかのようだ。
「コンクリートに押し潰されたくなかったら、今すぐ蒼空さんを返せ…っ!!」
「翼…っ!?」
静電気によって広がる長い髪、バチバチと激しく発光させる電撃、怒気を込めた眼光。月よりも激しい怒りの表現に、凍矢は固まってしまう。
今まで見た事もない翼の姿に月も言葉を失う中、符宴は歪に笑いだした。
「誰が返すかよ…UGN、これから面白い事が起こるぜ!! こんな戦いや騒動なんて目じゃない!! 俺達FHセル、【ダークカオス】が起こす世界改革がなぁ!!!」
「【ダークカオス】…世界、改革?」
「お前らガキ共には分からねーよ。UGNとFH、ゼノスの起こす闘争なんて目じゃない――素晴らしくも楽しい事が」
「喋りすぎだ、“ディザイアーペイン”」
突如、背後から第三者の声が乱入する。
全員が目を向けると、そこには黒コートを羽織った大人と子供の二人組がいた。
「だ、誰!?」
「お、おう…!? 俺が、折角任務をこなしているってのに」
「任務をこなしている? 子供と実験体如きにボロボロになり、あたかも実力が上だと言い張っている奴など――
この子の餌ぐらいしかなりませんよ」
直後、符宴の背後から闇が現れて彼を飲み込んだ。
味方と思っていた人物からの攻撃に、符宴が情けない悲鳴を上げる。だが、彼を飲み込んだ闇はまるで生き物のように蠢いている。
「あ、あの力は…!?」
見た事もない力に凍矢が青ざめる横で、あれだけ放出していた雷の力を失くす程翼は恐怖を露わにしていた。
あの力は危険だと、本能が告げている。
あの闇…違う、影はレネゲイドを吸収する力――捕食する力だから。
「永劫の象徴、円環の蛇――“ウロボロス”…!」
符宴を喰らう力の正体を口にすると、大人の方がようやく翼に顔を向けた。
「ああ。あなたには天敵でしたね、レネゲイドビーイング」
「ま、まてよ…! 俺は、まだ…!」
「見苦しい」
たった一言吐き捨てるなり、大人の方が素早く近づき…一瞬の内に彼の心臓部分を腕で貫いた。
そのまま腕を引き抜くと、亡骸となった符宴は床に倒れる。すると、喰らいついていた影が興味を失くしたように子供の所に引き寄せられ足元に戻ってくる。
この一連の出来事に凍矢は吐きそうになるが、必死で口元を抑えながら嫌悪感を耐えた。
「味方を、殺した…!? な、なんなんだ…何なんだよあんたらぁ!!」
「…我々はFHセル【ダークカオス】。我らは《盟主》の手足、彼が求める世界の為に動くもの」
「言ってる意味が訳分からないが…敵って事だけは認識したぜぇ!!!」
敵意を剥き出しに、月は大人を引き裂こうと駆け出す。
だが、その前に子供が割り込むなり、変化した月の腕を素手で掴んで押さえつけた。
「なっ…!?」
「我々は子供の遊びに付き合っている暇はないのでね。用が済み次第、すぐに消えますのでご安心を」
そう言うと、月を子供に任せて倒れたままの蒼空に近付く。
連れ去る気だと瞬時に理解し、翼がコインを取り出す。
「させない――!!」
「タベテ、イイ?」
コインを弾いたのと同時に、月を押えた子供の背後から影が伸びる。
その影は、真っ直ぐに翼へと喰らいつく為に伸びていく。
「ヒッ…!」
「翼っ!!!」
このままでは影に喰われる。月は無理やり子供の手を振り払うと、持てる限りのスピードで翼に駆け寄る。
影が翼に襲い掛かる――寸前、月が翼を抱きつく衝撃と共に地面を転がる事で回避した。
「あか、りぃ…!」
どうにか翼を助けた。が、蒼空に近付いた人物は彼の腕を掴んでしまう。
―――そして、辺りに鮮血が飛び散った。
「な、に――!?」
腕を切り裂かれ、彼は動揺の声を上げる。
そのすぐ近くには、大剣を振るい正気でない目をしている蒼空がいる。
「ウア、アアァ…アアアアアアアアアアアッ!!!!!」
「なに、これ…!?」
「まさか、こいつ…ジャームになったのか…!?」
「チッ、符宴め。最後の最後で手を煩わせるとは…!!」
翼と月が思い思いに呟くと、彼は忌々し気に吐き捨て蒼空に攻撃しようと腕を伸ばす。
「させません」
直後、黒コート二人と共に蒼空まで見えない力で地面に叩き伏せられた。
「ギャ…!?」
「くっ!?」
「ガァ!?」
「これで二度目ですかね…あなたを沈静化させるのは」
そう言って奥の方から、新たな人物が現れる。
それはスーツを着た男――依頼人の仲介をした御剣祥耶だった。
「だ、誰だ…?」
「何を呆けているんですか!! 彼を抱えて脱出しなさい!!」
「で、でも蒼空さんはジャームに…!?」
「彼は暴走していただけで、まだジャームにはなっていない!! 然るべき処置をすれば戻れる可能性はある!! 私の力も長くは続きません、急ぎなさい!!」
「「「は、はいぃ!!」」」
鋭い指示を飛ばす御剣に、戸惑っていた三人はすぐに行動をする。
凍矢は翼の手を取って走り、再び気絶した蒼空は月が抱えてその場を後にして逃げる。四人が去るのを見送ると、オルクス能力で地面に縫い付けたままの大人の方が声をかけてきた。
「マスターレイスに、鴻央会の組長…全く、ここまで実験体に協力するとは聊か予想外でした…!」
「彼と私には、少なからず因縁があります。彼が私の“領域(シマ)”にいる限り、そう簡単に手出しはさせません」
「…まあ、いいでしょう。こちらとしてはジャームとなった彼を手に入れたかったが、あの様子では最低限の理性もなく手を煩わせそうですしね。最後の実験体を使った増員は諦める事にしますよ」
会話を終えた瞬間、バチンと何かが弾ける音が響く。すると、二人は何事もなかったかのように立ち上がった。
「では、ごきげんよう。ジャームになった際は、キッチリとそちらで始末してください」
その捨て言葉を最後に、二人はその場から消え去った。
二人のいた場所を黙って御剣は睨むが、やがて彼もその場を後にした。
シーンプレイヤー 海命 凍矢
ようやく符宴との決着も付き、誰もが安堵の息を吐く。
そんな中、まず初めに声を出したのは翼だった。
「終わった、ね」
「みんな、無事で良かった…」
「無事じゃないだろ…グラッセ、無茶しやがって…」
「それはお互い様だろ、ムーン」
お互いに符宴の攻撃を喰らって、ボロボロの状態で笑い合う二人。攻撃を受けた際に体内に侵入した毒による不調もオーヴァードの治癒能力で中和し始めたようだ。
「そちらも終わったようだな」
三人で話していると、別の所で戦ってくれていた黒須が近づいて来る。少し煤けてはいるが、自分達と違って大した怪我は見当たらない。
「黒須さん、助けてくれてありがと。凄く助かったよ」
「言った筈だ。俺は人に仇名すオーヴァードとジャームを駆逐出来ればそれでいいと」
大した事でないと言った風に話すと、目つきを鋭くする。
彼の視線の先は、凍矢と月。この戦いで有耶無耶だった問題が浮上し、二人は身構えてしまう。
「あ、あの…!」
「……ライトニング、いや御坂翼。FHであるお前はどうしてUGNと関わっている?」
凍矢が口を開くが、無視するように黒須は翼に厳しい目を向けて追及する。内容によっては容赦しないとばかりに。
嫌でも張り詰める空気。僅かに沈黙が流れるが、翼は臆する事無くハッキリと告げた。
「友達だからだよ」
「友達?」
「UGNとかFHとか、そんなの僕らには関係がない。困った時に助け合って、一緒に笑い合って、ご飯を食べて――ボクにとっては凍矢と月は敵じゃないし味方でもない。組織に関係なく付き合える友達なんだ」
「…あの、俺黒須さんの事を少しだけ教えて貰いました。元は俺と同じUGNイリーガルだったって。ある事故でUGNの人に家族を殺されて、FHに鞍替えした事も」
その話題を口にすると、黒須は目を細める。同時に、纏った空気に殺気が滲み出ている。
下手な事を行ってしまえば先程敵に見舞った雷が飛んでくるだろう。まさに一発即発の状況でも、凍矢は語る事を止めなかった。
「押し付けがましいって分かってます。でも、一つだけ言わせてください――俺は、ムーンと…月達と出会った事を後悔しません。俺を助けてくれたこの町の支部に居続けます」
「グラッセ…」
「俺には戦う力はありません。守る力も、正直完璧じゃない…だけど、俺にとってUGNは大切な居場所なんです! 俺は全部失ったからあなたの悲しみも少しだけ分かる…だけど、それを奪うと言うなら、俺は…!!」
「御託はもういい。肩や足を震わせているお前の言葉は薄っぺらいにも程がある」
「てめぇ! グラッセは勇気を振り絞ってあんたと話をしてるんだぞ! それが分からないのかよ!」
冷めた目をして背を向けると、月が怒りを爆発させて掴みかかろうと腕を伸ばす。
だが、黒須はその手を最低限の動作で避けると、三人を見回して大きな溜息を吐いた。
「…ここらに集まった戦闘用人格のジャームやオーヴァードは全て倒し、俺の目的は一通り達成した。その上でお前達みたいな奴らと相手をしても疲れるだけだ」
「黒須さん…!」
「勘違いするな。オーヴァードは全て殺す。俺も、アイツも…例外なく全てだ。いずれ会った時は容赦しない。精々生き残れるように精進するんだな」
最後にそう言い捨て、黒須はそのまま去っていく。
ようやく危険人物が去った事で安心したのか、凍矢が崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
「は、ははは…!」
「グラッセ!? 無茶しすぎだろ!?」
乾いた笑い声を上げる凍矢を思わず月が助け起こす。その身体は恐怖を溜め込んでいたのか小刻みに震えていた。
それでも、凍矢の胸には小さな達成感が存在していた。
「ちく…しょう…!」
子供組が黒須と話終わった頃、符宴は壁に凭れ掛かったまま悪態を吐いている。
どうにかして起き上がろうとした所に、目の前に巨大な深紅の鎌が添えられる。
見上げると、赤い瞳の人格――蒼空が符宴を鋭く睨みつけていた。
「一つ聞きたい。お前、俺が…星華も関わったUGNの違法実験の何を知っている?」
「ハッ…! たかが実験体がギャアギャアギャアギャアやかましい…!」
「質問してるのは俺だ。答えろ、あの実験に何が隠されている――お前らの目的は何だっ!?」
蒼空の怒鳴り声と共に、符宴の首に刃が当たる。そのまま首を刎ねてやるとばかりに。
何時でも命を刈り取られる状態と只ならぬ剣幕に、さすがの符宴も顔を引き攣らせて慌てて手を振った。
「わ、分かった、分かったよ…! 教えてやるから、ちょっと立たせてくれよ…」
ようやく話をする気になった彼に、蒼空は顔を顰めつつも武器を収めるとどこか乱暴に腕を掴んで符宴を起こし上げる。
その音に気付いて月が振り返り、蒼空が立たせた符宴を見る。
野生じみた視力で捉えたは、僅かに歪んだ符宴の口元。
「――ッ、離れろ蒼空っ!!」
「なーんてな――」
月の忠告と符宴の呟きは、ほぼ同じだった。
蒼空が反応するよりも先に、首元に何かを打たれる。すると、落ち着いていたはずのレネゲイドの力が突然活性化し出した。
「カ、ハッ…!?」
急激な身体の変化に、意識が混濁してその場に立っていられなくなってしまう。思わず膝を付くと、符宴によって抱きかかえられてしまった。
捕まってしまう。そんな考えが及ぶが、身体は全く動かせないまま蒼空は意識を闇に沈めてしまった…。
安堵していた空気から一変、凍矢達は愕然としていた。
月の叫びに二人も顔を向けると、符宴が注射器のような物を握って蒼空の首筋に打ち込んでいた。
それから蒼空は武器を手放して倒れ込んだ所を、符宴が抱き寄せる様に担いでいるのだ。
「蒼空さん!?」
「てめぇ!!」
「ハッ! 騙された方が悪いんだよ!! これで俺の、いや! 俺達の目的は一先ず達成したぜ――《シューティングスター》よりも強い素材の確保が!」
「お前ぇ!!」
得意げになって蒼空を確保した符宴に、月が怒りを表して腕を作り替える。
しかし、それと同時に、黙っていた翼が激しい電流を放出させると共に足元の床に罅を作り上げて隆起させる。
それは、彼女自身の怒りを電撃で表しているかのようだ。
「コンクリートに押し潰されたくなかったら、今すぐ蒼空さんを返せ…っ!!」
「翼…っ!?」
静電気によって広がる長い髪、バチバチと激しく発光させる電撃、怒気を込めた眼光。月よりも激しい怒りの表現に、凍矢は固まってしまう。
今まで見た事もない翼の姿に月も言葉を失う中、符宴は歪に笑いだした。
「誰が返すかよ…UGN、これから面白い事が起こるぜ!! こんな戦いや騒動なんて目じゃない!! 俺達FHセル、【ダークカオス】が起こす世界改革がなぁ!!!」
「【ダークカオス】…世界、改革?」
「お前らガキ共には分からねーよ。UGNとFH、ゼノスの起こす闘争なんて目じゃない――素晴らしくも楽しい事が」
「喋りすぎだ、“ディザイアーペイン”」
突如、背後から第三者の声が乱入する。
全員が目を向けると、そこには黒コートを羽織った大人と子供の二人組がいた。
「だ、誰!?」
「お、おう…!? 俺が、折角任務をこなしているってのに」
「任務をこなしている? 子供と実験体如きにボロボロになり、あたかも実力が上だと言い張っている奴など――
この子の餌ぐらいしかなりませんよ」
直後、符宴の背後から闇が現れて彼を飲み込んだ。
味方と思っていた人物からの攻撃に、符宴が情けない悲鳴を上げる。だが、彼を飲み込んだ闇はまるで生き物のように蠢いている。
「あ、あの力は…!?」
見た事もない力に凍矢が青ざめる横で、あれだけ放出していた雷の力を失くす程翼は恐怖を露わにしていた。
あの力は危険だと、本能が告げている。
あの闇…違う、影はレネゲイドを吸収する力――捕食する力だから。
「永劫の象徴、円環の蛇――“ウロボロス”…!」
符宴を喰らう力の正体を口にすると、大人の方がようやく翼に顔を向けた。
「ああ。あなたには天敵でしたね、レネゲイドビーイング」
「ま、まてよ…! 俺は、まだ…!」
「見苦しい」
たった一言吐き捨てるなり、大人の方が素早く近づき…一瞬の内に彼の心臓部分を腕で貫いた。
そのまま腕を引き抜くと、亡骸となった符宴は床に倒れる。すると、喰らいついていた影が興味を失くしたように子供の所に引き寄せられ足元に戻ってくる。
この一連の出来事に凍矢は吐きそうになるが、必死で口元を抑えながら嫌悪感を耐えた。
「味方を、殺した…!? な、なんなんだ…何なんだよあんたらぁ!!」
「…我々はFHセル【ダークカオス】。我らは《盟主》の手足、彼が求める世界の為に動くもの」
「言ってる意味が訳分からないが…敵って事だけは認識したぜぇ!!!」
敵意を剥き出しに、月は大人を引き裂こうと駆け出す。
だが、その前に子供が割り込むなり、変化した月の腕を素手で掴んで押さえつけた。
「なっ…!?」
「我々は子供の遊びに付き合っている暇はないのでね。用が済み次第、すぐに消えますのでご安心を」
そう言うと、月を子供に任せて倒れたままの蒼空に近付く。
連れ去る気だと瞬時に理解し、翼がコインを取り出す。
「させない――!!」
「タベテ、イイ?」
コインを弾いたのと同時に、月を押えた子供の背後から影が伸びる。
その影は、真っ直ぐに翼へと喰らいつく為に伸びていく。
「ヒッ…!」
「翼っ!!!」
このままでは影に喰われる。月は無理やり子供の手を振り払うと、持てる限りのスピードで翼に駆け寄る。
影が翼に襲い掛かる――寸前、月が翼を抱きつく衝撃と共に地面を転がる事で回避した。
「あか、りぃ…!」
どうにか翼を助けた。が、蒼空に近付いた人物は彼の腕を掴んでしまう。
―――そして、辺りに鮮血が飛び散った。
「な、に――!?」
腕を切り裂かれ、彼は動揺の声を上げる。
そのすぐ近くには、大剣を振るい正気でない目をしている蒼空がいる。
「ウア、アアァ…アアアアアアアアアアアッ!!!!!」
「なに、これ…!?」
「まさか、こいつ…ジャームになったのか…!?」
「チッ、符宴め。最後の最後で手を煩わせるとは…!!」
翼と月が思い思いに呟くと、彼は忌々し気に吐き捨て蒼空に攻撃しようと腕を伸ばす。
「させません」
直後、黒コート二人と共に蒼空まで見えない力で地面に叩き伏せられた。
「ギャ…!?」
「くっ!?」
「ガァ!?」
「これで二度目ですかね…あなたを沈静化させるのは」
そう言って奥の方から、新たな人物が現れる。
それはスーツを着た男――依頼人の仲介をした御剣祥耶だった。
「だ、誰だ…?」
「何を呆けているんですか!! 彼を抱えて脱出しなさい!!」
「で、でも蒼空さんはジャームに…!?」
「彼は暴走していただけで、まだジャームにはなっていない!! 然るべき処置をすれば戻れる可能性はある!! 私の力も長くは続きません、急ぎなさい!!」
「「「は、はいぃ!!」」」
鋭い指示を飛ばす御剣に、戸惑っていた三人はすぐに行動をする。
凍矢は翼の手を取って走り、再び気絶した蒼空は月が抱えてその場を後にして逃げる。四人が去るのを見送ると、オルクス能力で地面に縫い付けたままの大人の方が声をかけてきた。
「マスターレイスに、鴻央会の組長…全く、ここまで実験体に協力するとは聊か予想外でした…!」
「彼と私には、少なからず因縁があります。彼が私の“領域(シマ)”にいる限り、そう簡単に手出しはさせません」
「…まあ、いいでしょう。こちらとしてはジャームとなった彼を手に入れたかったが、あの様子では最低限の理性もなく手を煩わせそうですしね。最後の実験体を使った増員は諦める事にしますよ」
会話を終えた瞬間、バチンと何かが弾ける音が響く。すると、二人は何事もなかったかのように立ち上がった。
「では、ごきげんよう。ジャームになった際は、キッチリとそちらで始末してください」
その捨て言葉を最後に、二人はその場から消え去った。
二人のいた場所を黙って御剣は睨むが、やがて彼もその場を後にした。