エンディングフェイズ3
エンディングフェイズ4 〈Blue Sanction〉
シーンプレイヤー 七雲 空
空は曇天に覆われ、激しい雨が降っている。
余計に薄暗くなったどこかの路地裏。そこで、雨粒に紛れて血が飛び散っていた。
「くそ…くそぉ…!!」
自分の血で作り上げた大剣を握り、その辺に倒れているガラの悪い男達に悪態を吐き続ける。
これだけ暴れても、まだ満足できない。
自分を不快にさせる苛立ちが、収まらない。
「ゆ、許してくれ…!! 謝るから、命だけは…!!」
「うぜぇ…」
まだ息が合ったのか、三下の男の言葉に、余計に苛立ちに――憎しみに拍車がかかる。辛うじて繋がってた、理性が切れるのを感じた。
「うぜぇんだよ!!!」
大剣を振り被り、胸元目掛けて振り下ろす。
このままこいつを、周りの奴らを殺したら、この苛立ちも多少は収まるだろうか。
そんな思いで命を絶とうとした大剣は――何かに阻まれたように、男の前で動かなくなった。
「オーヴァードが暴れていると聞いてやってくれば――黒羽の息子じゃないですか」
声のした方へと振り返ると、そこには御剣が数人のボディーガードを携えていた。その顔は、呆れや侮蔑が混ざっている。
「噂は聞いていましたが…輝かしい未来から一変、堕ちる所まで堕ちましたね」
「ッ、黙れぇ!!!」
まるで胸の内を見透かされ、憎しみのままに目の前の相手をぶった斬ろうと駆け出す。
「組長!?」
「心配は無用」
その瞬間、何も無い筈なのに急に身体が地面に叩きつけられた。
体を動かそうとするが、まるで全身が地面に縫い付けられたかのように動かない。それでも衝動に任せて身を動かすと、御剣がすぐ傍でしゃがみこんだ。
「なるほど――憎しみの絆で自我を繋ぎ止めている訳ですか。それもまた、あなたが選んだ事ならば…」
協力しましょう。あなたが人として生きる事を。
それを聞き終えた瞬間、蒼空の意識が途切れた。
ある都市のUGN支部。他の支部と違いそこそこ大きい為、施設は階層ビル丸ごとある。そこに配属されて…UGNに入ってから、数ヶ月が経とうとしていた。
任務を終え、その廊下を黙って歩いていた。
「空、待ちなさい!」
「…あ?」
急に手を引っ張られ、不機嫌全開で振り返る。
偽りでもある名前を呼んで引き留めたのは、怖い顔で睨んでいる星華だった。
「どうしてあんな事したの?」
「あんな事?」
「どうしてジャームだけでなく味方まで攻撃したの!! ずっと単独行動が目立つし、勝手に突っ込んで作戦滅茶苦茶にするのはまだいい!! だけど、今日と言う今日は――!!」
「オーヴァードなんだから、傷なんて勝手に癒えるだろ? それよりとっとと放せよ!」
「っ!」
その手を叩くように乱暴に払いのける。すると、星華は痛むのか手を押える。
そんなやりとりをしていると、他のエージェント達も騒ぎを聞きつけて集まってきた。
「おい貴様! 星華さんに暴力を振るうとは!」
「女を殴るなんて最低!」
「うぜぇよ、化け物ども!! 何時までも人間のフリして虫唾が走るんだよ!!」
その場にいる全員に一喝して、苛立ちを露わにして背を向けて離れる。
人間じゃないのに、人間と違うのに。まるで人のように感情を見せて、人と同じように身振りして。
こっちはUGNを差別するよう刷り込まれたのだ。簡単に受け入れられる訳がない。
(あいつ何様? 入ってきたばっかりのクセにあたしらの事いっつも見下して)
(噂じゃ、特調の人間らしいぞ。オーヴァード排除主義掲げている)
(自分だけは違うって思ってるのか? 俺達が化け物ならお前も一緒だろっての)
(さっさとジャームになっちゃえばいいのに)
嫌でも…いや、わざと聞かされる陰口に胸がざわめく。
自業自得だと分かっている。それでも、頭も、心も、彼らを受け入れる事を拒絶している。
「うるさい…憎い…! あいつらが…!」
いっその事、滅茶苦茶にしてやりたい。ここにいる奴ら全てを根絶やしにしたい。
けど、その考えを実行しようとすると、自分の中で声が囁くのだ。
人として生きる事を手放してしまう、と。
地下に隠された研究施設の全てが炎に包まれている。
激しい炎の中でただ一人立っているのは、上官にも当たる人物。
その上官が、刀の切っ先を自分に向けている。
「なん、で…どう、して…!?」
「死ね」
たった一言だけ言うと、疑問ごと身体を刃で切り伏せる。
《リザレクト》しないと。そう思っているのに、身体のウイルスは許容範囲以上に浸食されているのか回復が出来ない。
(ふざ、けんな…! 何で、何であんたが…!)
何も分かってない。彼らがここで何をしていたのか。ようやく心を開いた人達がどこにいるのか……何故一人だけ、助かっているのか。
目の前の人物に、この場所で働いている奴ら全員に対して、憎しみを湧き上がらせるには十分な要素だ。
けど――出てきたのは、諦め。消失。
(死ぬのか、おれ…このまま…)
―――憎めよ、これまで通りに
そんな時、声が聞こえた。
声は語る。憎めと、それが力になると。
(分かってる…なのに…)
―――あいつを憎めば、力が手に入るぞ
力が欲しい。その欲求はある。
憎しみだって、ある筈なのだ。
なのに…思い出が邪魔をする。
絆を結んでくれた人達が教えてくれた、憎悪以外の感情。
大切な恋人が思い出させてくれた、人として生きる事を。
(いやだ…もう、誰かを憎みたくない…)
―――なら、諦めるのかよ?
憎悪に塗れたら、きっとまた関係ない誰かを傷つける。自分を痛めつける。
それならば、いっそのこと…。
(そう、だな…なんか、もう…どうでもいいや…)
―――だったら、俺が全部貰い受けてやる
暗闇の意識の中で、腕を掴まれる。
気づいた時には――大鎌を携えて立っていた。
自分の意思とは関係なくだ。
「おい、待てよ…!!」
「貴様、なぜそのような力を!? いや、この現象は――!」
「グダグダうるっせぇんだよ!!!」
一蹴するなり、手に持つ鎌で上官に攻撃する自分の身体。
意識しても動きは止まらない。自分では言わないような汚い言葉を吐いている。操られているのとは違う。まるで、内側から眺めているような感覚だ。
そうこうしていると、一瞬の隙をついて上官にトドメを刺す。傷が深いのかよろよろと後ずさると、真上から大量の瓦礫が降り注ぐ。
「チィ…!」
部屋の崩壊を目にして軽く舌打ちすると、その場から撤退するように逃げ出す自分。やはり、自分の意思とは無関係に動いている。
地下の放火は建物全体に起きていたようで、脱出した頃には全てが火の海と化していた。
そこでふと、自分の手を不思議そうに見つめる。
「戻らない? もうレネゲイドの力は収まってるのに」
手首を動かして掌や手の甲を見ていたが、やがて興味が失せたのか手を下して歪に笑った。
「ま――どうでもいいか」
この出来事を境に、自分達の人格が入れ替わった。
憎悪に塗れた記憶だけが浮上しては消えるを繰り返す。
あの闇に覆われた意識の空間で、蒼空は苦しそうに倒れこんでいた。
衝動に呑み込まれまいと。
「ハァ――ハァ…!」
こんな夢のような世界で目覚めてから、どれくらい時間が経ったか分からない。
今はどうにかレネゲイドが落ち着いているのか、憎しみの記憶が蘇る事はない。けれど活性化すればまた拷問にも等しい時間が始まる。
やっと訪れた貴重な休息の一時を無駄に出来ない。だらしなく倒れこんでいると、二つの足が視界に移った。
「ずっと、こうだった。誰かを憎んでいないといけなかった」
ゆっくりと顔を上げると、そこにはもう一人の自分――空が無表情のまま見下ろしていた。
「翼の言う通りだ――俺はお前の一部。ずっと心に積もり続けた憎悪で作られた感情。だから、憎む事でしか存在出来ない…お前を助ける事も出来やしない」
「そんな事、ない…だって、お前は…俺の手を取ってくれた――俺に力を貸してくれただろ…?」
「…お前は俺と手を取り合った。なら、どうして拒んでるんだよ? その記憶を、俺の中の憎悪を」
放たれた疑問に、蒼空は一瞬だけ固まる。
だが、すぐに弱々しくも笑った。
「憎しみを、拒んでいる訳じゃない…俺が、本当に、拒んでいるのは――」
瞬間、脳裏に過去の記憶が蘇り始めた。
「く、そ…! また…ぁ!」
過去の記憶によって理性を剥ぎ取られながら、苦しそうに叫びだす。
そんな蒼空に、空は無言で傍にしゃがみこむ。
分かっている。宿主は憎しみを、自分自身を拒んでいる訳ではない。
本当に拒んでいるのは、人としての心を失う事…。
「それが答えなら――望み通り貰い受けてやる…」
今日も起きなかった。
翼はそう思いながら、ベッドで眠っている空から夕暮れが映る窓を見上げる。その腕には、体内のレネゲイドがどれだけ浸食されているか分かる機器を取り付けている。
病院に運ばれ、もう一週間が経過している。このまま目覚めないのではないか。そんな考えさえ浮かんでしまう。
そうして諦めの感情が芽生えた時だった。変化が起きたのは。
「……ん…」
ベットから声が聞こえ、急いで翼は目をやる。
今まで眠っていた空がゆっくりと目を開いたのだ。
その瞳は…黒に戻っている。
「空、さん…?」
「…よぉ」
「え、えーと…」
ようやく目覚めてくれたのに、翼は戸惑いしか浮かばない。
まだ、分からないのだ。彼が人間なのか、ジャームなのか。
緊張の眼差しで見つめる翼に、彼は急に頭を押えて呟いた。
「…“ただいま”、だとさ」
「へ?」
思わずポカンとすると、彼は恥ずかしそうに顔を逸らした。
「だから、そう言ったんだよ――宿主が」
この言葉で、彼が何者か理解する。
同時に、翼の目から大粒の涙が零れた。
「う、うっ…」
「お、おい…!?」
「うわあああああああん!! 空さーーーーーんっ!!!」
大声で泣き叫びながら、翼は空へと抱き着いた。
わんわん泣き叫んでいると、廊下からバタバタと足音が鳴り、慌てて月が病室に入ってくる。
ようやく目覚めた空、泣いている翼、最後に彼に繋がれた機械を見て、月は全てを理解して笑みを零した。
「――奇跡の生還、か」
―――浸食率 99%―――
液晶画面に記されたその数字は、ギリギリながらも彼が人として戻ってきた証だった。