エンディングフェイズ1　〈戦いの終わり〉


　勝負に決着がつくなり、ここ一帯を覆っていた闇が晴れる。
　グラフィックの描かれた空間に戻ると、翼が急にその場でへたり込んだ。

「翼！？」

「大丈夫…さすがにちょっと、疲れただけだから…」

　傍にいた凍矢が助け起こすと、疲れの影響か翼は力なく笑う。
　そんな二人から離れた所で、倒れた状態でベルが口を開いた。

「あーあ…これで、終わりか…あっけない、幕切れだよ…」

「何言ってる、悪役にはお似合いの末路だろ」

　息も絶え絶えに呟いたベルの声が聞こえたのか、月は冷ややかな目をして見下す。その眼差しを受けて、何故か乾いた笑い声を上げる。

「クク…それも、そうか…。でも、まあ…何でだろうね。全力出せて、君らも嬉しそうだったしね…」

「嬉しそうだと？」

「そうさ…レネゲイドの力を解放する…ボクはその瞬間になると、とても清々しい気持ちになるのさ…君も獣のような姿になる度、そう思っていたんじゃないのかい…？」

「…さあ、どうだろうな」

　思う所があったのか僅かに間が空くが、ベルの言葉を肯定せずに一蹴する。
　やがて地に倒れる彼女に身体を向けると、腕を獣に変形させるなり鋭い爪を生やしてベルへと見せつけた。

「じゃあ、覚悟はいいな？」

「ムーン！？」

　トドメを刺そうとする月に、凍矢が止めに入ろうとする。しかし、邪魔するように翼が腕を掴んだ。

「凍矢、止めちゃダメ…これが“仕事”であり、ジャームになったものの末路だから」

「でも…！」

　話には聞いていたし、頭では分かってる。だけど、自分達を苦しめてきたとはいえ相手は少女だ。命を終わらせようとする月に、凍矢は何とも言えない感情に襲われる。
　凍矢が葛藤を抱いていると、空も血塗れで倒れたまま虫の息になっている星華の傍に座り込んだ。

「星華…」

「空…？」

「星華…あの研究所で、お前は何があったんだ？　教えてくれよ、早く…！」

　焦りを浮かべながら真実を聞き出そうとする空に、星華は目を虚ろにしながらも口を開いた。

「私は…願った。生きたいって…あなたに会いたくて、暗闇の中で…地獄の中で願った…。研究所に運ばれたあの石が、私の願いを叶えてくれた…」

「そう、か」

「生きれた、のに…私の意思は、無かった…それでも、良かった…だって、ちゃんと…あなたを、覚えていたから…」

「え…？」

「私、欲しかったのは…あなただった。そのあなたを構成する血であり、力……それだけが、私はあなたの存在として、繋ぎ止めてたから…だから、必要に血を求めてた…」

「お前も、俺と一緒…いや、俺よりも立派だ」

　一人納得すると、そのまま立ち上がる。
　そしてすぐに、手の中に赤い大鎌を生み出して大きく振り上げる。
　その姿は、さながら命を刈る死神のようだ。

「空さん！？」

「――ごめん、時間がないんだ…！！　もうすぐ、俺じゃなくなるから…だから…！！」

　凍矢が叫ぶが、空は聞いていないのか星華に泣きながら謝罪する。
　本当の人格――恋人であった自分の手で、彼女の終わりを迎えさせたい。それが空なりの手向けなのだろう。
　彼の気持ちが分かったのか、星華は笑って…全てを終わらせる言葉を放った。

「ころして…空…」

「ッ――！！」

　鎌が振り下ろされ、刃が深紅の光を放って一閃する。
　同じく、月もベルの身体に鋭い爪を喰いこませ突き立てる。
　二人が断罪を放つ光景を、凍矢と翼は見てるしかなかった。

「空――あいしてるわ」

　二人の命が奪われる直前、愛を囁く儚げな声が聞こえた気がした。



　エンディングフェイズ2　〈戻ってきた日常〉
　シーンプレイヤー　海命凍矢


　UGNとFHを巻き込んだ爆破事件から数日後。
　ビルの一角にあるバーガーショップの片隅。沢山の人に紛れながら、凍矢は携帯である人物と連絡を取っていた。
　テレーズ・ブルム。UGN中枢評議員の弱冠15歳の天才少女で穏便派のトップでもある。

「――と言う事があったんです」

《そう…来たばっかりなのに、大変な思いをしたのね。志武谷なら大きな事件も起きないだろうと思っていたのだけれど…ごめんなさい、凍矢。完全にこちらの失念だわ》

「いえ、気にしないでください。テレーズさんの所為じゃないですよ」

　電話越しに落ち込むテレーズに、凍矢は明るく励ます。出会ってからずっと、多忙な合間を縫ってはこちらを助けようと動いてくれたのだ。そんな恩人に文句や不満は何一つ浮かばない。
　とにかく暗い空気にしないように凍矢は笑っていたが、事件の出来事を思い出してしまい次第に口を閉ざした。

《凍矢、どうかした？》

「…テレーズさん。俺、本当にこの町に来て良かったんでしょうか？」

《どう言う事？》

「事件に携わって、最初こんな俺でも役に立てるんだってすごく嬉しかったんです。だけど、敵との戦いで俺は重要な所で失敗して、凄く迷惑をかけてしまって……こんな駄目な人間、ここに…UGNにいる価値なんてあるんでしょうか？」

《誰だって失敗はあるものよ。それに凍矢は初めての任務だったし、無事に帰ってきてくれたでしょ？　気にする必要はないわ》

「いえ。こうして帰れたのだって、翼のおかげです。翼だけじゃない。ムーンも空さんも、みんなが頑張ってくれたから俺は帰ってこれたんです。重要な所で足を引っ張ったのは、俺です…」

　最初は良かった。情報も難なく手に入り、シキとの戦いだってサポート出来た。
　だが、志武谷の命運を賭けた闘いは予想を遥かに超えていた。初めて向けられた殺意、力を手に入れた代償、それらを嫌と言う程味わってしまった。
　初めて命と理性を削りあった実戦。震える自分を尻目に三人はちゃんと戦っていた。経験不足と言えばそれまでだが…なんか嫌なのだ。
　自己嫌悪に陥った凍矢。そんな彼に、テレーズは電話越しで笑った。
　先程元気つけようとした凍矢のように。

《なら、次から頑張ればいいわ。だって、事件はこれで終わりじゃない…これから先も続いていく。FHが、ジャームがいる限りね》

「…はい」

　テレーズと同じように、自分も落ち込んでいる暇はない。
　彼の戦いは、始まったばっかりなのだから。



　エンディングフェイズ3〈友達〉
　シーンプレイヤー　闇代月


　志武谷の大通りにある喫茶店。爆破事件以降、扉には【CLOSE】と書かれた看板が掛けられている。
　閉店状態の店の中で、月は魂が抜けかけたように疲労の色を見せてカウンターに突っ伏しっていた。

「ふぃ〜…やっと終わったぁ…！」

「ムーン、ご苦労様だ！　ようやく上に提出出来るな！」

「全く大変だったぜ…！」

　カウンターの向かい側で笑う羽狛に呟きながら、月は流し目で隣に置いてある分厚いレポートの束を視界に移す。
　事件が終わった後、学校が終わればずっと今回の事件の報告書を書いていたのだ。しかも数日丸々使って。
　本来ムーンは肉体労働、所謂戦闘部隊で報告書を書く必要はない。だが、今回こうして直々に書かなければいけない理由があった。

「ムーン、今回の事件でFHの人と共闘しちゃったもんね」

「ああ、上手い具合に言葉を濁したり誤魔化したりする言葉をいちいち考えなきゃいけねーんだ。こんなので労力使うとは思わなかった…」

　事情を知るシキに、月は慣れない仕事をした所為で頭痛を感じて頭を押さえる。
　そうして恨めしそうにレポートを睨んでいると、自然とある一文に目が入った。

「“友達”、か…」

　報告書に書いた情報に嘘はない。そう思いながら、月は再びカウンターに頭を擦り付けた。



　エンディングフェイズ4〈自分の道〉
　シーンプレイヤー　七雲空


　志武谷の裏にある廃墟のビル群。その一角は志武谷に存在するセルの拠点であるセーフハウスが隠されている。
　初めて来たその場所を、空は黙って歩き続けていた。

「………」

　誰かに呼ばれた訳でもない。目的の場所に行く訳でもない。唯々、歩いては思い返す。
　戦いの最中に意識を奪われた、あの時を。

（あれ以来、“あいつ”は現れない。俺の意志を無理やり乗っ取る事も、話しかけるような事もしない）

　レネゲイドの力が高ぶったと思ったら、消した筈の意識が目覚めて急に支配権を奪われた。
　だが、もう一人が表に出た時こちらの意識はあった。だから記憶もある。変わってからもずっと内から見ていたのだ。辛い感情に苛まれる中で彼が戦う姿を。

（あの事件の時……“俺”は生まれた。貧弱な宿主の意識を壊すついでに、化け物の上官と立ち向かった。そうだ、あいつにあんな力なんてなかった。どうしてだ？）

　大鎌に武器を変形させたり、大量の血を操って――彼は好戦的な自分よりもレネゲイドの力を使いこなしてた。
　それだけの力があるのに、今は何もしてこない。いや…もしかしたら、自分が気づいていないだけで彼は今も裏から見ているのだろうか？
　本来の人格――“本当の空”は。

「なぁ…聞こえるか？」

　何となく口に出して呼びかけるが、すぐに我に返って渋い表情を作る。

（何をやってるんだ、俺は？　宿主と話をしようなんてバカげてる）

　そのまま頭を振って、軟な考えを振り払う。
　軽く溜息を吐くと、少しだけモヤモヤが解消している事に気づく。やる事もないしこのまま帰ろうと、元来た道を戻り拠点となるセーフハウスへと向かった。

（あんな愚かな奴と一緒の道なんて歩まない。俺は――俺が、《七雲空》だ）



　エンディングフェイズ5〈芽生える感情〉
　シーンプレイヤー　御坂翼


　志武谷のショッピング街に位置するビル群。そこは毎日沢山の人で犇いている。
　その人混みの中を慣れたように、ある二組の少女が歩いていた。

「放て！　心ーに、刻んーだ、夢も、未来さえおーきーざーりーにしーて！」

「もー。うるさいわよ、翼。街中で歌わないで」

「いいじゃん、別に〜」

　翼は鼻歌交じりで注意した隣の少女に答える。
　少女の名前はエリー。本名ではなくあだ名で、翼はそう呼んでいる。
　一応声のボリュームを抑えているとはいえ、迷惑になるのは変わりない。とりあえず鼻歌で歌っていると、不思議そうにエリーが訊いてきた。

「ねえ翼、何か良い事でもあったの？」

「え？　ボク、嬉しそうな顔してる？」

「うん、すっごく」

「うーん、なんでだろ？」

　意識してなかったようで、翼は思わず首を傾げてしまう。
　あの事件の後、遺産の回収が出来なかった事でいろいろと大変だった。だが、そこは狩谷率いるエージェント部隊。今日になってどうにか変わらぬ日常を持ち越す事に成功した。
　セルが無くならなかった事は嬉しい。お祝いにエリーと出掛けるのも嬉しい。だが、それだけでは無いように思えるのだ。
　悶々と考えていると、急にエリーが手を引っ張った。

「あ！　もうすぐ超人気の歌姫ミックの限定ライブ始まっちゃうよ！　翼、早く早くっ！」

「わわっ！？」

　エリーに引っ張られながら、翼は疑問の答えを考えるのを止めた。
　今は、無事に訪れた日常を感じていたいから。



　マスターシーン　〈暗躍〉


「そうですか――と言う事は、FHから奪還したEXレネゲイドも？」

　場所は志武谷駅前。
　老若男女混じる人混みを遠くから眺めるように、10歳くらいの黒髪の少女が小型端末に向かって話をしていた。

「必要ないでしょう。確かにあの遺産が齎す結果を拝見したかったですが、一度は似た計画を行った。データは既に取ってあるので、壊されようがこれから始まる“プラン”には何の支障も来さないでしょう」

　淡々と話す少女の姿や声色は、幼さとは真逆の知的な大人を感じさせる。

「それに――この町で興味深い人物を見つけました。私としては、少し彼らを観察して見たいのです。ああ、接触などと言う深追いはしません。UGNとFHの双方に私の存在が気づかれる可能性がありますし」

　クスリと笑いながら、少女は視線を落とす。
　少女の手に握られているのは、四枚の写真。右から順に凍矢、月、空、翼が映っている。どれもピントに顔を向けておらず、全て隠し撮りで撮られている。

「では、私が【ゼノス】を留守にする間そちらはお願いします――“タイガーアイ”」

　その命令を最後に通信を切り、少女は人混みの中へと消え去っていった…。