エンディングフェイズ2
エンディングフェイズ2〈本当に求めていたモノ〉
シーンプレイヤー 闇代月
風切冷牙との戦いから、数日が経った。
凍矢と月が事件の一連を報告すると、霧谷とテレーズの監修の元で再度UGNが調べる事となった。その結果、FHと繋がっていると言う情報は巧妙に仕組まれた冷牙の偽装工作である事が判明した。
闇代家の疑いは晴れたものの、FHが会社に出入りしていた事、そして陸もまた長年無意識化の洗脳が行われていた事を含めて、当分の間社長や会社を中心にUGNの監視が付く事となった。
「それじゃ、ムーンの疑惑が晴れてまた一緒にいられる事に乾杯っ!」
「「「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」」」
そして今日。志武谷支部では休日であるこの日を使って、喫茶店を貸し切り状態にして月の為のささやかなパーティが開かれていた。
支部長である羽狛によって乾杯の音頭が取られると、逸早くシキとビイトが主役である月に話しかけた。
「良かったね、ムーン!」
「どうなるかと思ったけど、無事に済んで良かったぜ!」
「ったく、何もここまでする事なかったじゃねーか…」
「何を言ってる! めでたい時はパーッとやるのが一番だ! 今この時を楽しまず、いつ楽しむんだっ!」
「いって!」
羽狛に背中を叩かれ、月は困ったような恥ずかしいような表情を浮かべる。
むず痒い思いをしていると、凍矢も嬉しそうに笑いながら月の隣に座った。
「ははは…! ムーン、俺もムーンがいなくならなくて良かったと思ってる。ありがとう」
「お礼を言うのは俺の方だろうが…ありがとな、グラッセ」
互いにそう言うと、二人は持っていたグラスを鳴らす。こうして二人の絆がまた強固なものとなっていく。
本当なら、助けて貰ったお礼にこの場に空や翼も呼びたい所だが、敵対組織の人間だ。疑いは晴れたとはいえ、おいそれと呼んで新たな疑惑を作る訳にはいかない。
ジュースを飲み、料理に手を伸ばした所で月の携帯が鳴った。
「なんだ?」
すぐに携帯を取り出して確認すると、月は冷めた顔になって立ち上がった。
「――悪い、ちょっと出てくる。すぐに戻るから、パーティ続けておいてくれ」
「うん? 分かった、行ってらっしゃーい」
そのまま外に出ようとする月を、ライムが手を振って見送る。
月は背を向けたまま軽く手を振ると、志武谷の町に繰り出した。
月が辿り着いたのは、志武谷にある広い公園の噴水前。
都会には珍しい自然溢れる場所と言う事で、現在色んな人達が訪れている。
そんな人達を眺めながら噴水前で待っていると、月に近付く人がいた。
「――こんな所に俺を呼びだして、何の用だ」
やってきた人に、月は目を合わせずに言い放つ。
「…その様子だと、まだ俺の事を許してはいなんだな」
「当たり前だろうが。助けたのもあいつがしつこかったからだ」
断言し、ようやく月は顔を上げる。
現在監視されている筈の、仕事に差し支えない黒いスーツ姿の陸がそこにいた。
今も尚拒絶を見せる月に、陸は軽く溜息を吐くと噴水に目を向けて話し出す。
「…月、覚えているか? 俺と母さんとお前の三人で家族水入らずで海に行った事。あの時真っ先に海に飛び込んで溺れるもんだから、慌てて助け出したものだ。それでも、あの日は母さんもお前も喜んでいたな」
「思い出話しに来たのか? お前と話す事なんて何もない、帰らせて貰うぜ」
「全ては冷牙の所為だった。それでも、俺が憎いか?」
「ああ、憎いね」
何の迷いもなく、断言する月。
陸は僅かに黙るものの、すぐに真剣な表情に変えた。
「確かに、お前には酷い事をした――…だったら、俺を殺せ。お前に殺されるのなら本望だ」
SM「そう言って、陸はあなたをじっと見つめます。どうしますか?」
ムーン「殺す」(即答)
全員「「「ファ!?」」」
ムーン「相手は殺せって言ってるんだろ? だったら遠慮なく殺す慈悲などない」
SM「了解です」
ソラ「え!? 了解していいの了解しちゃっていいのぉ!?」
ツバサ「ま、待ってムーン!? その陸はれ「もう遅い」むごぉ!?」(GMに口を塞がれる)
月は《ワーディング》を展開する。同時に、ここ一帯の時が止まる。
その空間の中でも、陸は動いている。じっと、こちらの行動を待っている。
月は腕を変形させ鉤爪を作り上げる。そうして――陸の身体を抉るように切り裂いた。
「ッハ! どうだ、最後に相応しい末路だな…!」
血だらけになって倒れる陸。それでも月は満足することなく殺し足りないとばかりの視線を送る。
《ワーディング》の効果が効いているのなら、非オーヴァードである彼はまず助からないだろう。
そう――ただの人間ならば。
「――よーく分かりました、坊ちゃん」
倒れていた陸の口から、陸ではない声が零れる。
認識すると共に、血だらけの陸が月の胸に飛び込み…激痛が襲い掛かった。
「エ…!」
「いやー、危ない危ない…オーヴァードでなかったら死んでましたよ…」
「な、んで…!」
胸にナイフが刺さっていて、目の前にいた陸の顔が変化する。
やがてその顔は、薄っぺらい笑顔を浮かべた風切冷牙となった。
「傷も癒えたので迎えに来ましたよ、坊ちゃん?」
「ぐっ…!」
完全に油断して反撃を喰らってしまい、月は血を流しながら膝を付く。
冷牙は倒れる月を受け止めると、痛む傷を押えながら笑いかける。
「闇は手に入りませんでしたが…まだ坊ちゃんの中で憎しみが眠っていた事が分かって嬉しいです。闇代家の血はあるのです、いい素体になってくれるでしょう」
(くそ…! 凍矢、みんな、悪い…!)
相手の罠にまんまとかかって捕まってしまい、月は心の中で謝罪する。
直後、一発の銃声が響き冷牙の心臓を貫いた。
「グフッ…!」
撃たれた個所から鮮血が飛び散り、口から血を吐き出しながら膝を付く。
ここで月は気づく。時が止まった空間で、自分たち以外に影響を受けていない人物がいる事に。
「りく…」
スーツにコートと言う格好をした陸が、離れた所から険しい表情で冷牙に銃を向けている。急いできたのか、若干息を荒くしている。その後ろに、数人のボディガードに扮したUGNの監視役もいる。
彼らが一歩踏み出すが、陸はそれを片手で制する。すると、銃口を冷牙から逸らすことなく近づき、陸は月を庇うように二人の間に割って入った。
「旦那様…」
「――ゼムナス、いや風切冷牙。どうして俺をここに呼んだ?」
そう言って、取り出したスマホはメール画面になっている。メールを見てすぐにここに駆けつけたようだ。
「月を連れていくのが目的なら、俺に連絡を入れる必要なんてなかった。仲違いを起こすだけなら、数年も使わずもっと効率よく出来た筈だ――お前は、俺達に何を求めていたんだ?」
冷牙が行ってきた作戦にある数々の疑問を指摘すると、どこか諦めたような顔をしたまま腰を下ろした。
「最初は、あの方の為に力を手に入れるつもりで秘書として潜入した。でも、何ででしょうかね…」
血に塗れた口元で、冷牙は皮肉を込めた笑みを浮かべる。
「あなた達家族の温かさに触れてから、おかしくなったんですよ…」
「冷牙…」
「これまで強い力を求める事で、強い力を持つあの方に従う事でしか私の渇きが癒される事はなかった…だけど、事ある度にあなたと家族の仲介をしていると心の飢えが満たされるようで…仲をこじらせる様子は、妙な不快感に襲われた…」
厳しいながらも、接し方が分からずとも、多忙な中で家族を思っていた父親。
大変で寂しさもあったのに、何も言わず父親の代わりに家と息子を守り育ててきた母親。
普通とは程遠く家族としての時間を過ごせない環境で反感していたが、それでも絆を求めていた息子。
下らないものなのに、三人の家族を思う心にとても暖かく感じてしまった。
「こんな感情いらない。とにかく坊ちゃんを陥れようと、育てようと壊して消したのに…最後の最後で、割り切れずに……ならばと旦那様の助けが間に合うかどうか、賭けをしてみた…いや、この場合どう転がっても私の敗北は決まってますね……あの坊ちゃんの闇を振り切った一撃を受けてしまった時に…」
「…それだけじゃない。お前は月の憎しみを消そうとした、そうじゃないのか?」
「これだから、“絆”と言うのは厄介極まりない…ここまで人を弱く、脆くさせる…まあ、私もあの子達の事をどうこう言える立場ではなかったと言う事か…」
「違う。お前が飢餓していたのは“力”じゃない――自分と誰かを結ぶ“繋がり”だったんじゃないのか?」
思わぬ陸の答えに、歪な笑みを浮かべていた冷牙の表情が消える。
だが、次の瞬間。冷牙の口から笑い声が漏れる。
「ハ、ハハっ…――繋がり…ああ、繋がりか…しっくりくる言葉だ…!」
冷牙が浮かべた笑みは、人を嘲笑うでも、歪なものでも、貼り付けた無機質なものでもない。
心から感じたからこそ浮かべられる、偽りない喜びの笑顔だった。
「…そろそろ教えろ。お前達の目的を」
一頻り笑った所で、陸が本題に入る。
その問いに、冷牙は一つ息を吐くと囁くように呟いた。
「――【解放のインフィニティコード】…」
「インフィニティコード…! それは」
「教えられるのは、ここまでですよ…旦那様?」
敵意はなくとも、これ以上は口を割らないと冷牙が宣言する。
「…後は俺達で調べろ、って事か」
「さあ、トドメを刺しなさい…再び生き返らないように、徹底的にね…」
冷牙は死を受け入れるようにして空を仰ぐ。
身体が頑丈でも前の戦闘で治りきれなかった傷。更に月によって致命傷を与えられ、陸の銃弾を受けたのだ。それでなくとも、彼は既にジャームと化している。衝動を満たした所で、どうにもならない。それだけ歪な存在なのだ。
陸は黙って冷牙に向かって引き金に手をかける。ここで、冷牙は思い出したように月に顔を向けた。
「坊ちゃん…」
「奥様と一緒に行った、最初で最後の海――楽しかったですよ…」
そして、銃声が響き――冷牙は笑顔のまま事切れた。