外伝・月の決意(リラさん誕生日作品)
「俺は――俺に従ってやる」
朧気な視界の中で、一人の少年は決意する。
潮の香り、揺れる足元、炎の熱、悲鳴、慟哭――全てが混じり合う戦場で、少年は己の中の本能に向き合う。
戦ってやる。誰の為でもない、俺自身の衝動の為に。
「この力で、俺は――っ!!」
一週間前―――。
「七雲空。頼みがある」
「…頼み?」
日本の関東地方に位置する大都会、志武谷。人が大勢集まる最先端の街の、その路地裏。密かに存在するFHの溜まり場の廃ビルがある。
ビルの入り口近く。そこに、UGNチルドレンである闇代月が、FHイリーガルの何でも屋…七雲空と話をしていた。
「俺を強くする特訓をさせてくれ」
「特訓? 何でFHの俺にそんな事頼むんだよ? やるならUGNの施設でも借りて勝手にやれよ」
何度も共闘したとはいえ、敵対関係にあるからだろう。馬鹿にした言い方で、月の頼みを一蹴する。
「お前じゃないと駄目なんだよ! 俺も自分の力を使いこなせるようになりたいんだ!」
しかし、月は食い下がり空に頼み込む。それどこか必死の彼に、内側の人格――蒼空が声をかける。
(月?)
「頼む! 俺にも教えてくれ、“衝動”の力って奴を!」
頭を下げて言い放った言葉に、二人の表情が強張った。
衝動の力――それは、月を陥れようとした冷牙の戦いで見せた、空の…いや、蒼空の新しい能力だ。レネゲイドに宿る衝動を開放し、更なる力を引き出す諸刃の剣。
UGNでは、衝動を抑える事を重点としてシンドロームの制御をおこなっている。衝動を抑えずに自ら使いこなす技を習得するとなると、身近にいる人では空が適任となるだろう。
「なるほど…そっちが狙いかよ」
(…月、教えてやりたいのは山々だが正直辛いぞ?)
「覚悟の上だ!」
嫌がる空とやんわりと厳しさを教える蒼空の言葉に怯む事無く、月は言い切る。
覚悟を持って自分達と向かい合っているその姿に、空は感心ではなく苛立ちを覚えていた。
「ちっ…俺は宿主の特訓でもう疲れ切ってんだ。他を当たれ」
(そんな事言うなよ、ここまで頼んでるだろ?)
「…あーもー! どいつもこいつも…!」
外側と内側で言い寄られ、空は癇癪を起こしてワシャワシャと乱暴に頭を掻きむしる。
それから月に向き合うと、尚も固い意志を持ってこちらを見上げている。
「一つだけ教えておく。仮に俺が教えた所で、お前が望む力は手に入らないぞ」
「どう言う意味だ?」
「お前の衝動は『闘争』だ。戦闘に向いていると言われているが、本来この衝動は敵を倒す為に動くんじゃない、戦いを長く続けたいと思わせる感情だ。相手が倒されるのはもちろん、自分が倒れても戦闘は終わる。だから、この衝動による力は如何に相手より優位に立つか、戦闘で倒れないよう自分の身を強化させるかになる」
月自身のレネゲイドが齎す衝動について説明を終えると、空は腕を組む。
「お前は切り札となる妨害が使えるが、主体は俺と同じ攻撃型だ。お前のシンドロームを考えても、相手の妨害…もしくは攻撃を削る方法しか習得出来ない。正直、無意味だと思うがな」
発症したシンドロームはバロールとキュマイラ。重力と獣によるごり押しの一撃が月の最も得意とする能力だ。
その他には、時に干渉する事で一時的に相手の行動を妨害する技を持っている。そのおかげで幾度となく助けられてきたが、一発限りの大技だからこそ出来る芸当だ。
敵を倒すのが仕事ならば、そちらに能力を伸ばせばいい。無理に別の方面に習得するとバランスが崩れる恐れだってある。
「それでもいい。俺に伝授してくれ」
けれども、月はリスクを恐れる事無く迷いなく言い切った。
(月、本当にいいのか?)
「――全部が終わった後、冷牙の戦いを思い返してたんだ」
口から出たのは、街で起きた第三の事件――闇代家に関する因縁によって起きた騒動だ。
「あの時、グラッセは何度もボロボロになって傷つけられた。防御能力が追い付かなくなったが、それでも身体を張って俺を、俺達を守ってくれた。だから俺達は戦えた、けどそんな事を続けていたら何時かグラッセの身体が壊れてしまう日が来る」
黒幕である冷牙の攻撃は、今までと違って相当苦しめられた。
翼の得意とする攻撃(超電磁砲)は至近距離では発動出来ず防がれる形となり、影と鎖による広範囲の攻撃。更には毒まで仕込まれてじわじわと体力を削られた。
そんな不利な状況の中で、凍矢は文字通り自分を犠牲にして月達を守り通した。あの戦いで凍矢がいなかったら、ギリギリまで守ってくれなかったら、まず確実に自分達はここにいないだろう。
敵もまだまだ強力な奴らが残っている。きっと、今まで通りの戦法を押し通していたら何れは限界が来るはずだ。
「復讐の為に使っていた力だが、それだけじゃグラッセの力になれない! 今の俺が欲しいのは倒す力でも、護る力でもない。友達を助ける為の力なんだ!」
ギュっと拳を握り、月は改めて自分の決意を口にする。
少し前までは考えられない月の成長に、蒼空も空も知らず知らずの内にため息を零していた。
(誰かの為に振るう力、か…)
「……俺は何でも屋だ。受けてはやるが、依頼料は寄越せよ」
「依頼料?」
どれだけの大金を占めるつもりだ。そんな考えを表情に出す月だったが、次の言葉を聞いて毒気を抜かれた。
(特訓の日に、夕食を奢ってくれ。それが何でも屋としての依頼料だ)
「…おい、学生に飯代高る気かよ?」
(これは学生だから払える料金でもあるだろ。悪くない内容のはずだぜ?)
「…分かったよ」
蒼空の甘いとも言える依頼料に、月はその対価を承諾する。
こうして、UGNチルドレンとFHの何でも屋の特訓が人知れず始まった。
平日は学生生活とUGNの任務である羽粋の護衛の両立。羽粋が帰った後に、空と連絡を取って夜遅くまで衝動を身につける特訓。
時間的にはカツカツのスケジュールを、月は弱音を吐く事なく、また他のメンバーにも悟られる事もなく、1週間が経過した――。
「はぁ…はぁ…!! ぐう、うあああああああ!!!」
一般人に、また他のオーヴァードに気づかれる事のないように小規模のワーディングが夕闇に沈む路地裏に張られている。
その内で、月は悲鳴を上げながら獣の姿になってしまい、空を睨んでいる。
「まあ、こうなるよ、なぁ!!」
爪を立てて勢いよく飛び掛かった月に、空はその手に持っていた赤い大剣で薙ぎ払う。
大剣は月の胴体に命中し、そのまま壁に叩きつけられる。他人が見たら酷い光景に思えるが、本来の月は力を開放する時は腕だけを獣の形に変える。全体を獣の姿に変えているのは、暴走して力をコントロール出来ない証拠。やらなければやられるし、ちゃんと配慮として峰打ちで行っている。
空が大剣を下すと、一発が効いたようで月は蹲ったまま元の姿に戻った。身体は頑丈な事もあって、大した傷は負っていない。
「お、俺…!」
「…今日はここまでだ。さっさと帰って、明日に備えて寝るんだな」
それだけ言うと、空は持っていた大剣を塵にしてワーディングを解く。
痛そうに起き上がる月だが、空は振り向く事なく近くに停めていた移動用のバイクにキーを刺し込む。
「どこ行くんだよ?」
「この後、仕事抱えてんだ。今からバイク飛ばさないと時間までに間に合わねーんだよ」
「仕事…」
バイク用の手袋を嵌めて日常会話のように話す空に、月の目つきが自然と鋭くなる。
彼の言う仕事は、十中八九FHがらみ。最近は他の勢力の依頼も受けていると蒼空は言っていたが、依頼主の大半はUGNに利益を齎すような奴らではないだろう。
月の視線の意味に気づいたようで、空は被ろうとしたヘルメットを下して鼻で笑い出す。
「不満なら邪魔するか? 今のお前に負ける気はしねーがな」
「ハッ…またボコボコにされたいようだなお前…!」
挑発に乗っかる形で、月は威嚇するように歯を見せる。
不穏な雰囲気になってしまうが、蒼空は月の味方で気遣う声を送ってくれる。
(とにかく、ちゃんと休めよ? 今からUGNと交戦しに行く俺が言う言葉じゃないが…)
「敵に心配される筋合いはねーよ。とっとと行って来い」
シッシッと手を振って追いやる動作をする月に、空は何も言わず持ったままだったヘルメットを被る。準備も完了し、バイクに跨るとキーを回して起動させる。エンジンを吹かせると、そのままどこかに走り去っていった。
最後まで見送った月も帰ろうと、邪魔にならない場所に置いていた通学鞄を持って帰宅する。
「…なーにやってんだろうな、俺」
学生生活と任務の両立。特訓もこれだけ頑張っているのに、空に手荒い方法で止められるだけで衝動の力を自分の物に出来ない。
いつしか月の心に、迷いや諦めと言った感情が芽生えていた。
暗い。
痛い。
うるさい。
嫌な臭いが充満している。
ああ、何で、俺は、ここにいるんだろう…?
――また失敗か。
――オーヴァードに発症はしてる。成功してもおかしくないが…。
…そうだ。俺は、親父に売られたんだ。
次期社長として、ずっと厳しく育てられた。
上に立つ人間として、世間一般の普通の生活も、普通の友達も、持てずにいた。
あいつ(陸)は俺を俺として見ていない。道具にしか思ってない。
それで我慢の限界が訪れて、反抗した。
がむしゃらに叫んだつもりだった。八つ当たりで物を床にぶつけるつもりだった。
でも――俺の腕は獣へと変貌し、持っていた道具は粉々に砕けていた。
その後の事は、全く覚えていない。気づいたらここにいた。
この…悪夢のような施設に。
――駄目だ、全く変質しない。
――仕方ない、ジャーム化ギリギリまでレネゲイドを投与して…。
俺は親父が許せない。化け物になった途端、こんな場所に突き放した。
どんなに苦しんでも止めようとしない。
どんなに叫んでも眉1つ動かさない。
どんなに力を振るうのが嫌でも、強制させてくる。
…俺は、みじめだ。そして救われない馬鹿だ。
――あかり…いきて…
こんな力があるにも関わらず。
たった一人の家族すら、守れなかったのだから。
「――っ!」
嫌な夢を見て、月は弾かれたように目を覚ます。
ここはUGN支部のメンバーに用意された宿泊施設。月はTシャツと短パンと言うラフな格好を寝間着にしている。
昔の記憶を夢で見た所為か、全身が汗だくだ。月は落ち着かせようと頭に手を置いて呼吸を整えた所で、鞄の中から着信音がしているのに気づく。
すぐにベットから降りて手を突っ込むと、スマホの液晶画面には『霧谷』…UGN日本支部長からの連絡だった。
「…もしもし?」
『月さん、宜しいでしょうか?』
「…任務か?」
『はい。港区の方でFHの襲撃が起こっています。その地区のUGN支部長から援軍を要請されたのでUGNチルドレンである月さんに連絡を入れさせてもらいました…お願い出来ますか?』
「了解だ。すぐ向かう」
月は慣れたように返答をしてから、通信を切る。
流石にこの格好で現場に向かう訳にもいかず、すぐに私服を取り出して着替えを手早く済ませる。その後、メールで送られてきた地図を確認する。そのまま手を掲げると、闇のような虚空が部屋の中に現れる。月の空間を繋ぐバロールの能力――《ディメンジョンゲート》だ。
戦闘になるだろうが最低限の荷物を持って中に入り込もうとした直前、ふと夕方の特訓の事を思い出す。
(あいつも、あそこにいるんだろうな…)
仕事と言って去って行った空を思い出すが、気持ちを切り替える様に首を振って戦いの場へと赴いた。
■作者メッセージ
これは、リラさんの誕生日作品の一環で作り上げたものです。
前半の方は作りましたが、後半がまだです。多分誕生日までに完成は間に合わないので、出来ている分まで出します。またあとがきの方で。
前半の方は作りましたが、後半がまだです。多分誕生日までに完成は間に合わないので、出来ている分まで出します。またあとがきの方で。