外伝・月の決意3(リラさん誕生日作品)
「何だ!? ぐうう…!」
戦闘中だが、月はその場に蹲って胸を抑え込む。
勝手に沸き立つ闘争心。これは何度も経験している。強大な敵と相対した時、何らかの作用で自身のレネゲイドが異常に騒めいた時に起こる、レネゲイドの衝動反応だ。
これまで衝動を抑え込む事に成功しているとはいえ、次も抑え込めるとは限らない。月は必死に暴走しないよう、意思を強く持って自身の衝動に抗う。
「はあ、はあ…!」
闘争による衝動が収まり、どうにか正気を保つ事に成功する。
息を整えながら立ち上がる月の前に、ある光景が映った。
「蒼空…?」
同じように衝動に襲われていたのだろう。こちらは立ったまま息を荒くしている。
だが、赤くなった瞳は異様にギラついている。宿るのはドス黒い歪んだ意思。
戦闘用人格(空)に負けず劣らず…いや、それ以上に今の蒼空は憎悪に染まり切っている。その鎌の矛先は、倒れているチルドレンに向けられている。
「止めろぉ!!!」
寸での所で庇う様に前に出て、蒼空の刃をその身に受ける。
先程の不可解な現象の所為でレネゲイドの浸蝕率もグッと上がったが、辛うじて危険域には達していない。大鎌によって大怪我を喰らうが、自動的に傷を治す。
「てめえ、何やって…ッ!?」
痛みを堪えて蒼空を見て、思わず言葉を失った。
「(よくも、やってくれたな…!!)」
蒼空も空もこちらを見ていない。後ろのチルドレンに向けて、止まる事のない憎悪を抱いている。
「(コロス…!! アイツハ、コロスゥ!!)」
獣と言うには禍々しく、殺人鬼と言うほど快楽を抱いてる訳でもなく。
例えるならば、今の彼らは…あらゆる者を敵視する程の憎悪を抱いた復讐者だ。
(これが、変異暴走って奴か…!)
レネゲイドによる衝動を、力に変えた事で得てしまう代償。
本来の衝動の暴走ならば振り回される事はあるが、レネゲイドコントロールなどの訓練を積む事である程度は理性を保つ事が可能だ。だが、今の彼にその理性は全く存在しない。衝動を使い熟す事に失敗すれば、あっという間にジャームと同等に理性が呑まれてしまう。
「ッ…蒼空、正気に戻りやがれぇ!!」
「(ウアアアアオオオオオオ!!!)」
月の言葉を無視し、蒼空はチルドレンをも巻き込む鮮血の刃を繰り出す。
流石に防ぐ手立てがなく、月もチルドレンも切り裂かれて吹っ飛ばされる。
「がぁ!?」
マストに激突して悲鳴を上げる。身体は限界を迎えて意識を沈める…が、目の前の蒼空を思い出し、気力を振り絞ってレネゲイドによる回復を無理やり奮い立たせて立ち上がった。
そして、目撃する。
「なんだよ、これ…!?」
自分達のいる甲板より上にあるデッキ。そこで、沢山の人が狂ったように暴れまわっている。
味方陣営であるUGNがFHと、UGNとUGN、そしてFHとFH。もはや敵も味方も関係なく、目に映った相手に対して見境なく戦っているのだ。
何故このような事態になっているのか分からず、月は固まっていた。
「なんだ? まだ正気を保ったオーヴァードがいたか?」
すると、上の方から男の声が投げつけられる。
見上げると、船から立ち上る炎に照らされた眼鏡をかけた男が宙に浮いている。彼は月を文字通り見下しており、右手には小さな箱が握られている。
「実に愚かだ。衝動を拒むとは」
「誰だてめえ! 一体何をしやがった!!」
黒幕と理解し、怒鳴りつける月。だが、男はどこ吹く風と言う様にクイと眼鏡を上げる。
「UGNから奪い取ったこいつを使って、オーヴァードとしての本質を開放して上げたまでだ。感謝はされど、怒る要素など何もない筈だが?」
「何がオーヴァードの本質だ!! ここにいる奴らがおかしくなったのはお前のせいだろうが!!」
「おかしい? おかしいだと? ハハハ、バカな事を言うものだな少年! 彼らがおかしいと言うのならば、君もまたおかしいと言う事になるだろう…オーヴァードとはそう言う生き物なのだからな!!」
「なに、言ってっ…!」
「オーヴァードはレネゲイドウイルスが覚醒した事により変異した存在! ならば、ウイルスが起こす衝動こそが、我らの力の源! オーヴァードとしての在り方! なのに自ら衝動を抑え込むなど愚策、そうであろう!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!! いいから降りてきやがれぇ!!」
話が通じないと分かり、月が身を低くして戦闘態勢を取る。
いざとなれば飛び掛かろうと足に力を込めると、男は宙に浮いたまま嘲り笑う。
「オーヴァードとしての生き様も理解出来ないと見える。ならば――教えてやろう! 起動せよ、《妖鬼の荒魂》!! この愚か者にもレネゲイドの本質を与えるのだ!!」
男が天高く箱を掲げると箱が怪しげに光輝き、重苦しい何か――衝動が再び襲い掛かる。
月は膝を付いて胸を押さえる。だが、先程よりも嫌な感覚が重く圧し掛かる。近くにいるからか、対象を一人に絞っているからか…段々と、意識が朦朧としてくる。
「う、あああ…!!」
「そう、そうだ! 貴様らの衝動に身を任せるのだ!! それこそがオーヴァードの真意!! 完全への道!!」
男が何かを叫んでいる。戦いの音が聞こえる。
戦いたい。もっと、戦いたい。こんな所で蹲っている場合じゃない。
立ち上がる。まずは、あそこの男だ。その後で、あの喧騒に紛れ込めばいい。だってほら…相手は“戦う気満々”だ。その証拠に、こちらに手を翳して電撃を溜めているのだから。
凝縮された電撃が大きめの球体となって放たれる。コインを媒介にしないと威力を強化できない翼と違って、素で行えるのだ。かなりのブラックドック使いだろう。そんな事よりも、攻撃が来る。いいさ、お前の強さをこの身体で見極めてやる。
月は何もせずに、攻撃を受け止める――つもりだった。だが、出来なかった。
蒼空がかばうように割り込んだのだから。
「がは…!」
「そ、ら…!」
「貴様、なぜ邪魔をする!?」
突然入ってきた部外者に、月は僅かだが反応する。一方、蒼空を味方として認識しているのかFHの男は騒ぎ立てる。
二人の声に蒼空は反応する事なく、月に背を向けたまま気力を振り絞って電撃によって焦げ付いた腹部を回復させた。
「…月、衝動を受け入れろ」
依然としてかばう体制のまま、蒼空は背に隠している月に言う。
「呑まれず、心で受け入れるんだ…! だが、忠告はしておく…感覚を知ったら最後、もう戻れなくなる…」
そして、蒼空は振り返る。
赤い瞳は正気を取り戻しており、真っ直ぐに見つめている。
「それでも、求めるか…!?」
「そん、なの――最初から決まってるぅぅぅ!!!」
僅かに残っていた理性を使って高らかに宣言し、月は内の中の衝動――『闘争』に呑み込まれる。
だが、さっきみたいに振り回される訳ではない。衝動を奥深く知り…自分の物にするのだ。
「俺は――俺に従ってやる」
何故戦いたい。
敵を倒す為か? 自分を強くしたいからか? 自身の快楽の為か? 復讐の為か?
どれもこれも合っている。俺には戦う為の力しかない。戦闘だけが、俺の存在意義だ。
でも、今は違う。
「この力で、俺は――っ!!」
今の俺が戦いたい理由――それは、友達を傷つけない為。守りたいと誓ったから。
蒼空を思い浮かべたように、凍矢の絆を糧に月は正気を取り戻す。同時に獣の鉤爪の腕が、黒く染まりあがる。
「あ、あれは…!」
「だあああああああぁ!!!」
月は勢いよく跳躍する。こちらも重力を操るバロール。相手が空中にいようが、移動すれば攻撃は届く。
そして、己の闘争心によって形作られた漆黒の腕で敵を思いっきり殴りつける。骨が折れ、眼鏡も砕け散り、そのまま甲板へと叩き落した。
(荒療治だが、出来たじゃねーか…!)
「へっ…当然だろうが!」
内側にいる空に、着地して答える月。その顔は、妙に清々しい。
男はと言うと、立ち上がろうとするが闇が阻害するように纏わりついている。払おうと腕を振るっても、実態が無いから空を切るだけだ。
「なん、だ…!? これは、この闇は…!?」
「あんたはやり過ぎた」
蹲る男に、蒼空は大鎌を持ちながら冷ややかな目で近づく。
すると、男の手から離れて転がっていた箱を、目の前で思いっきり足で踏みつけて粉々にした。
「ああああああああああ!!! 貴様あぁ、私の壮大な計画が!!! オーヴァードを完全に出来る道が途絶えたではないかぁ!!! FHの全てを持って、貴様を始末してくれる裏切り者!!!」
(FHの全て、ねぇ…何様のつもりで語ってんだてめえ?)
「お前は俺達の仲間を危険に晒した。邪魔する理由はそれで十分だ。それ以前に…FHは何時繋がりが切れてもおかしくないだろ?」
憤慨する男に正論とばかりに言い立てると、黙って大鎌を上段に構える。
握っている鎌のオーラは赤黒く染まっており、蒼空の髪も黒から白に変化する。
冷牙の戦いで見た事がある。彼の衝動――『憎悪』の力を使った技だ。
「(これもまた、お前の見たかったオーヴァードによる衝動の力だ。冥土行きのチケット代わりにくれてやらぁ!!!)」
ブン、と力任せに振り落とし…男を一閃する。
切り口から、口から、鼻から、血を噴き出し、男は歪んだ妄念と共に息絶えた。
時刻は5時。少しずつ空も明るくなっていく時間帯の中、戦闘を行った港はUGNによって撤収作業に入っている。
月は倉庫の屋根から眺めながら、隣にいる蒼空の話を聞いていた。
あの貨物船はUGNの所有物だったそうで、今回《妖鬼の荒魂》と言う遺産を運んでいた。昔、持ち主の周りで己の欲望…衝動による暴走を引き起こしては、殺し合いを引き起こし、不幸な事件を数多く作っていたそうだ。
それを今回UGNが回収し、遺産を封印する施設に運ぶ為にこの港で受け渡しを行う予定だった。それに目を付けたのが、蒼空達『ブラックスカル団』を雇ったFHセルだ。強奪し、暴走させる事でオーヴァードとしての本質を思い出させてやろう…そう言う計画だったそうだ。
「で…あの遺産、壊して良かったのか?」
「いいんだろ。欲しかったセルリーダーはもういないしな」
悪びれもなく返事を返す蒼空。白かった髪は、半分以上が黒に戻っている。あと少しすれば、人格の方も入れ替わる事だろう。
(何だかんだで、修行の方もクリアだな。もう俺から教える事もねーよ)
「だな…」
空に頷くと、月は右手を広げて掌を見る。
土壇場で使える様になった、衝動の力。これから先は、簡単に暴走しないように気を遣わなければならない。それが、闇に心を明け渡す為に支払った対価だ。
新たに決意を胸に抱くと、蒼空は背を向けた。
「じゃ、そろそろ帰るよ。またな、月」
「おい、お前ら」
月が呼び止めると、蒼空はすんなりと立ち止まる。
「…礼は言わないからな」
「言われるつもりもないさ。辛いのはここからだ…頑張れよ、月」
「――お前もな」
短い返答を終え、蒼空はその場を立ち去った。
月もまた、《ディメンジョンゲート》を呼び出して中に消えた。
帰ったら風呂に入りたい。その思いのまま、月はシャワーを浴びていた。
傷は治っているが、戦闘で汚れてしまい汗も結構掻いている。おまけに血だって流しているのだ、流石にこのまま学校に向かう訳には行かないだろう。
体と髪を洗い、シャワーを止める。これだけ綺麗にすれば十分だろう。タオルで体に付いた水分を拭っていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
タオルを首にかけてから、最低限の着替えを済ませてドアを開ける。そこには、凍矢が慌てた表情で立っていた。
「ムーン!」
「グラッセ、どうした?」
「聞いたよ、任務に言ってたんだろ! 何で俺も呼んでくれなかったんだよ!!」
「いや、今回はグラッセ向きの任務じゃないから…」
どうやら、一緒に行けなかった事が相当嫌だったらしい。怒るように詰め寄る親友に、尤もな事を言って宥めに入る。
実際、嘘は言っていない。今回の任務は戦闘部隊による増援だ。イリーガルの凍矢はまず声をかけられないし、本職は支援と防御役だ。敵を倒すには不向きな能力だ。
自分の与えられた任務内容を説明すると、渋々だが受け入れてくれた凍矢。そんな彼を見て、思わず笑みを零した。
「あのよ、グラッセ」
笑みを浮かべたまま、月は心に浮かんだ言葉を口にした。
「――ありがとう」
戦闘中だが、月はその場に蹲って胸を抑え込む。
勝手に沸き立つ闘争心。これは何度も経験している。強大な敵と相対した時、何らかの作用で自身のレネゲイドが異常に騒めいた時に起こる、レネゲイドの衝動反応だ。
これまで衝動を抑え込む事に成功しているとはいえ、次も抑え込めるとは限らない。月は必死に暴走しないよう、意思を強く持って自身の衝動に抗う。
「はあ、はあ…!」
闘争による衝動が収まり、どうにか正気を保つ事に成功する。
息を整えながら立ち上がる月の前に、ある光景が映った。
「蒼空…?」
同じように衝動に襲われていたのだろう。こちらは立ったまま息を荒くしている。
だが、赤くなった瞳は異様にギラついている。宿るのはドス黒い歪んだ意思。
戦闘用人格(空)に負けず劣らず…いや、それ以上に今の蒼空は憎悪に染まり切っている。その鎌の矛先は、倒れているチルドレンに向けられている。
「止めろぉ!!!」
寸での所で庇う様に前に出て、蒼空の刃をその身に受ける。
先程の不可解な現象の所為でレネゲイドの浸蝕率もグッと上がったが、辛うじて危険域には達していない。大鎌によって大怪我を喰らうが、自動的に傷を治す。
「てめえ、何やって…ッ!?」
痛みを堪えて蒼空を見て、思わず言葉を失った。
「(よくも、やってくれたな…!!)」
蒼空も空もこちらを見ていない。後ろのチルドレンに向けて、止まる事のない憎悪を抱いている。
「(コロス…!! アイツハ、コロスゥ!!)」
獣と言うには禍々しく、殺人鬼と言うほど快楽を抱いてる訳でもなく。
例えるならば、今の彼らは…あらゆる者を敵視する程の憎悪を抱いた復讐者だ。
(これが、変異暴走って奴か…!)
レネゲイドによる衝動を、力に変えた事で得てしまう代償。
本来の衝動の暴走ならば振り回される事はあるが、レネゲイドコントロールなどの訓練を積む事である程度は理性を保つ事が可能だ。だが、今の彼にその理性は全く存在しない。衝動を使い熟す事に失敗すれば、あっという間にジャームと同等に理性が呑まれてしまう。
「ッ…蒼空、正気に戻りやがれぇ!!」
「(ウアアアアオオオオオオ!!!)」
月の言葉を無視し、蒼空はチルドレンをも巻き込む鮮血の刃を繰り出す。
流石に防ぐ手立てがなく、月もチルドレンも切り裂かれて吹っ飛ばされる。
「がぁ!?」
マストに激突して悲鳴を上げる。身体は限界を迎えて意識を沈める…が、目の前の蒼空を思い出し、気力を振り絞ってレネゲイドによる回復を無理やり奮い立たせて立ち上がった。
そして、目撃する。
「なんだよ、これ…!?」
自分達のいる甲板より上にあるデッキ。そこで、沢山の人が狂ったように暴れまわっている。
味方陣営であるUGNがFHと、UGNとUGN、そしてFHとFH。もはや敵も味方も関係なく、目に映った相手に対して見境なく戦っているのだ。
何故このような事態になっているのか分からず、月は固まっていた。
「なんだ? まだ正気を保ったオーヴァードがいたか?」
すると、上の方から男の声が投げつけられる。
見上げると、船から立ち上る炎に照らされた眼鏡をかけた男が宙に浮いている。彼は月を文字通り見下しており、右手には小さな箱が握られている。
「実に愚かだ。衝動を拒むとは」
「誰だてめえ! 一体何をしやがった!!」
黒幕と理解し、怒鳴りつける月。だが、男はどこ吹く風と言う様にクイと眼鏡を上げる。
「UGNから奪い取ったこいつを使って、オーヴァードとしての本質を開放して上げたまでだ。感謝はされど、怒る要素など何もない筈だが?」
「何がオーヴァードの本質だ!! ここにいる奴らがおかしくなったのはお前のせいだろうが!!」
「おかしい? おかしいだと? ハハハ、バカな事を言うものだな少年! 彼らがおかしいと言うのならば、君もまたおかしいと言う事になるだろう…オーヴァードとはそう言う生き物なのだからな!!」
「なに、言ってっ…!」
「オーヴァードはレネゲイドウイルスが覚醒した事により変異した存在! ならば、ウイルスが起こす衝動こそが、我らの力の源! オーヴァードとしての在り方! なのに自ら衝動を抑え込むなど愚策、そうであろう!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!! いいから降りてきやがれぇ!!」
話が通じないと分かり、月が身を低くして戦闘態勢を取る。
いざとなれば飛び掛かろうと足に力を込めると、男は宙に浮いたまま嘲り笑う。
「オーヴァードとしての生き様も理解出来ないと見える。ならば――教えてやろう! 起動せよ、《妖鬼の荒魂》!! この愚か者にもレネゲイドの本質を与えるのだ!!」
男が天高く箱を掲げると箱が怪しげに光輝き、重苦しい何か――衝動が再び襲い掛かる。
月は膝を付いて胸を押さえる。だが、先程よりも嫌な感覚が重く圧し掛かる。近くにいるからか、対象を一人に絞っているからか…段々と、意識が朦朧としてくる。
「う、あああ…!!」
「そう、そうだ! 貴様らの衝動に身を任せるのだ!! それこそがオーヴァードの真意!! 完全への道!!」
男が何かを叫んでいる。戦いの音が聞こえる。
戦いたい。もっと、戦いたい。こんな所で蹲っている場合じゃない。
立ち上がる。まずは、あそこの男だ。その後で、あの喧騒に紛れ込めばいい。だってほら…相手は“戦う気満々”だ。その証拠に、こちらに手を翳して電撃を溜めているのだから。
凝縮された電撃が大きめの球体となって放たれる。コインを媒介にしないと威力を強化できない翼と違って、素で行えるのだ。かなりのブラックドック使いだろう。そんな事よりも、攻撃が来る。いいさ、お前の強さをこの身体で見極めてやる。
月は何もせずに、攻撃を受け止める――つもりだった。だが、出来なかった。
蒼空がかばうように割り込んだのだから。
「がは…!」
「そ、ら…!」
「貴様、なぜ邪魔をする!?」
突然入ってきた部外者に、月は僅かだが反応する。一方、蒼空を味方として認識しているのかFHの男は騒ぎ立てる。
二人の声に蒼空は反応する事なく、月に背を向けたまま気力を振り絞って電撃によって焦げ付いた腹部を回復させた。
「…月、衝動を受け入れろ」
依然としてかばう体制のまま、蒼空は背に隠している月に言う。
「呑まれず、心で受け入れるんだ…! だが、忠告はしておく…感覚を知ったら最後、もう戻れなくなる…」
そして、蒼空は振り返る。
赤い瞳は正気を取り戻しており、真っ直ぐに見つめている。
「それでも、求めるか…!?」
「そん、なの――最初から決まってるぅぅぅ!!!」
僅かに残っていた理性を使って高らかに宣言し、月は内の中の衝動――『闘争』に呑み込まれる。
だが、さっきみたいに振り回される訳ではない。衝動を奥深く知り…自分の物にするのだ。
「俺は――俺に従ってやる」
何故戦いたい。
敵を倒す為か? 自分を強くしたいからか? 自身の快楽の為か? 復讐の為か?
どれもこれも合っている。俺には戦う為の力しかない。戦闘だけが、俺の存在意義だ。
でも、今は違う。
「この力で、俺は――っ!!」
今の俺が戦いたい理由――それは、友達を傷つけない為。守りたいと誓ったから。
蒼空を思い浮かべたように、凍矢の絆を糧に月は正気を取り戻す。同時に獣の鉤爪の腕が、黒く染まりあがる。
「あ、あれは…!」
「だあああああああぁ!!!」
月は勢いよく跳躍する。こちらも重力を操るバロール。相手が空中にいようが、移動すれば攻撃は届く。
そして、己の闘争心によって形作られた漆黒の腕で敵を思いっきり殴りつける。骨が折れ、眼鏡も砕け散り、そのまま甲板へと叩き落した。
(荒療治だが、出来たじゃねーか…!)
「へっ…当然だろうが!」
内側にいる空に、着地して答える月。その顔は、妙に清々しい。
男はと言うと、立ち上がろうとするが闇が阻害するように纏わりついている。払おうと腕を振るっても、実態が無いから空を切るだけだ。
「なん、だ…!? これは、この闇は…!?」
「あんたはやり過ぎた」
蹲る男に、蒼空は大鎌を持ちながら冷ややかな目で近づく。
すると、男の手から離れて転がっていた箱を、目の前で思いっきり足で踏みつけて粉々にした。
「ああああああああああ!!! 貴様あぁ、私の壮大な計画が!!! オーヴァードを完全に出来る道が途絶えたではないかぁ!!! FHの全てを持って、貴様を始末してくれる裏切り者!!!」
(FHの全て、ねぇ…何様のつもりで語ってんだてめえ?)
「お前は俺達の仲間を危険に晒した。邪魔する理由はそれで十分だ。それ以前に…FHは何時繋がりが切れてもおかしくないだろ?」
憤慨する男に正論とばかりに言い立てると、黙って大鎌を上段に構える。
握っている鎌のオーラは赤黒く染まっており、蒼空の髪も黒から白に変化する。
冷牙の戦いで見た事がある。彼の衝動――『憎悪』の力を使った技だ。
「(これもまた、お前の見たかったオーヴァードによる衝動の力だ。冥土行きのチケット代わりにくれてやらぁ!!!)」
ブン、と力任せに振り落とし…男を一閃する。
切り口から、口から、鼻から、血を噴き出し、男は歪んだ妄念と共に息絶えた。
時刻は5時。少しずつ空も明るくなっていく時間帯の中、戦闘を行った港はUGNによって撤収作業に入っている。
月は倉庫の屋根から眺めながら、隣にいる蒼空の話を聞いていた。
あの貨物船はUGNの所有物だったそうで、今回《妖鬼の荒魂》と言う遺産を運んでいた。昔、持ち主の周りで己の欲望…衝動による暴走を引き起こしては、殺し合いを引き起こし、不幸な事件を数多く作っていたそうだ。
それを今回UGNが回収し、遺産を封印する施設に運ぶ為にこの港で受け渡しを行う予定だった。それに目を付けたのが、蒼空達『ブラックスカル団』を雇ったFHセルだ。強奪し、暴走させる事でオーヴァードとしての本質を思い出させてやろう…そう言う計画だったそうだ。
「で…あの遺産、壊して良かったのか?」
「いいんだろ。欲しかったセルリーダーはもういないしな」
悪びれもなく返事を返す蒼空。白かった髪は、半分以上が黒に戻っている。あと少しすれば、人格の方も入れ替わる事だろう。
(何だかんだで、修行の方もクリアだな。もう俺から教える事もねーよ)
「だな…」
空に頷くと、月は右手を広げて掌を見る。
土壇場で使える様になった、衝動の力。これから先は、簡単に暴走しないように気を遣わなければならない。それが、闇に心を明け渡す為に支払った対価だ。
新たに決意を胸に抱くと、蒼空は背を向けた。
「じゃ、そろそろ帰るよ。またな、月」
「おい、お前ら」
月が呼び止めると、蒼空はすんなりと立ち止まる。
「…礼は言わないからな」
「言われるつもりもないさ。辛いのはここからだ…頑張れよ、月」
「――お前もな」
短い返答を終え、蒼空はその場を立ち去った。
月もまた、《ディメンジョンゲート》を呼び出して中に消えた。
帰ったら風呂に入りたい。その思いのまま、月はシャワーを浴びていた。
傷は治っているが、戦闘で汚れてしまい汗も結構掻いている。おまけに血だって流しているのだ、流石にこのまま学校に向かう訳には行かないだろう。
体と髪を洗い、シャワーを止める。これだけ綺麗にすれば十分だろう。タオルで体に付いた水分を拭っていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
タオルを首にかけてから、最低限の着替えを済ませてドアを開ける。そこには、凍矢が慌てた表情で立っていた。
「ムーン!」
「グラッセ、どうした?」
「聞いたよ、任務に言ってたんだろ! 何で俺も呼んでくれなかったんだよ!!」
「いや、今回はグラッセ向きの任務じゃないから…」
どうやら、一緒に行けなかった事が相当嫌だったらしい。怒るように詰め寄る親友に、尤もな事を言って宥めに入る。
実際、嘘は言っていない。今回の任務は戦闘部隊による増援だ。イリーガルの凍矢はまず声をかけられないし、本職は支援と防御役だ。敵を倒すには不向きな能力だ。
自分の与えられた任務内容を説明すると、渋々だが受け入れてくれた凍矢。そんな彼を見て、思わず笑みを零した。
「あのよ、グラッセ」
笑みを浮かべたまま、月は心に浮かんだ言葉を口にした。
「――ありがとう」
■作者メッセージ
ムーン「――と、言う話を作って見たんだがどうだ?」
スズ「お前は天さんか!? てか凄いなこれ、もはや妄想の域じゃん」
ムーン「妄想言うな! 闇代月の知られざる特訓と戦いの短編作品だ!」
スズ「はいはい…まあ、感想としては中々良いと思うよ。世界観もそんなに崩れてないし、アージエフェクトの習得理由もかっこいいし。でも何で僕に見せたの?」
ムーン「まあ、なんだ…闇代月が出来たのも、GMであるお前のおかげだしな。まあ、作ろうと思っても簡単に出来なくて大変だったからさ…こんな形だけど、話を作り上げるって言う苦労を思い知ったよ。最近は何だかんだで俺達の無茶振りとかでシナリオ作りも大変だっただろ。それに比べたら、全然かもしれねーけど…」
スズ「ムーン…! ようやく僕の苦労が…!」
ムーン「泣く程かよ? …いや、泣く程だったな」
ツバサ「――あれ? 二人ともここで何してるの?」
クウ「おーっす。ん、スズ? 何でお前泣いてるんだ?」
スズ「うう、ずびっ…! おう、お前らも読んでみるかこれ…!」(小説の束を差し出す)
ムーン「ふふん、GMからお墨付き貰った俺の自信作だ!」
ツバサ「へー、読む読むー!」
クウ「ほう? どれどれ…」
10分後――
クウ「……ぶっ」
ムーン「ぶっ?」
クウ「ぶわっはははは!! 何だこれ、自分の事美化しすぎだろー!! あっははははは、腹いてー!! ヒー!!」(爆笑)
ツバサ「師匠、流石にそれは……あ」
スズ「………」(無言で後退り)
クウ「んだよ、お前ら…!! 誰が読んだってこんなの爆笑ものだろあーはははは――ハッ!?」
ムーン「そーかそーか…俺の自信作をよくもそこまで貶してくれたなこのやろおおおぉぉぉ!!! ダークオブリンクゥゥゥ!!!」
クウ「ぎゃああああああああ!!?」
これにて、誕生日作品終了です。本当に一週間以上お待たせしてすみません!
そして、アトガキの方ですがいつもの形式でなく作者の独白と言う形で書かせていただきます。
今回のテーマは「何でもいい」と言われました。さて何にするかと考えた所で、リラさんの方は「刀剣乱舞」を元にした作品を出す事になっていました。なので、こちらも違うジャンル…今書いているダブルクロスの短編を出そうと思いました。前に夢さんの誕生日作品として出したクトゥルフでも良かったんですが…怖いんだもん、ダイス運。前にリラさんとお試しで私GMで簡単なシナリオやったんですが…うん、あれはひでえよ。私のリアル友人誘っての二人プレイだったけど、結託して犯人を火だるまにするとかなんだよ。なんで悉く判定成功するの?
そんなこんなで、この短編作品を作り上げました。時期は第三章と第四章の間。月がアージエフェクトを習得するにあたってどのような事があったのかを書いています。普通のファンタジーと違って現代異能アクション系なので、これはこれで楽しかったです。ただ、今年は色々あって時間が無かったですが…来年はちゃんと間に合うようにしたいです。
遅くなりましたが、誕生日おめでとうございます。健康に気を付けて、これからも頑張りましょう。