エンディングフェイズ1
エンディングフェイズ1〈繋ぎ合う手〉
シーンプレイヤー 大晴響
圧し折られた端末から流れていたノイズが止まる。響の一撃で完全に壊れたようで、爆発しながら崩れ落ちていく。
「終わった…?」
その光景を響は変身を解きながら眺めていたが、途中で足を崩す。
重力に従って身体が床に倒れる前に、近くにいたリカが受け止めた。
「響、大丈夫か!?」
「エヘヘ…」
「なに笑っているんだ? どこか頭でも打ったか?」
「違うよ…聞こえない? 絶望なんかじゃない、希望の歌が…」
「歌…?」
響に言われたように耳を澄ますが、歌など聞こえない。
そんな中で、星華、蒼空、エンは端末の残骸を眺めながら感傷に更けていた。
「……嘆き、苦しみ、憎しみ。今の世界には強大な闇が隠されているのは事実だ。それがこうした事件を生んでは誰かが揉み消して、仮初の日常へと戻しての悪循環を作り出す」
「それでも、この欲望に塗れた世界はそれが全てじゃない…大切なモノだってある。どんなにちっぽけで踏み躙れるモノでも、世界を揺るがす力を得れる程に」
《ルピナス…ヒスイ、運切。彼らは世界が生んだ被害者。だが、それを知るのは私達だけになるでしょうね…》
「エン、今更こいつらに同情してる?」
《そうですね…彼らなりに打破したかったのは認めます。ですが、それだけです。彼らと私では、分かりあう事は出来ません。永遠に》
「そう…」
「蒼空、君…」
「なに?」
『ある事』に気づいてどこか驚いた表情を浮かべる星華に、蒼空は不思議そうに顔だけ振り向く。
反応を見るに、本人は全然気づいていない。思わず問いかけようとしたが、すぐに口を噤んだ。
「…いや、何でもない」
「何でもなくない、どうして顔にやけさせてるの? あっ、エンまで!? 二人してなんなの!?」
蒼空が騒ぐ度に、笑いが顔に出てしまう。それも仕方ない。滅多に聞けない女言葉を使っているのだから。
こうした大人達の会話に、響を楽な体制にするためにしゃがんでいたリカが眉を顰めた。
「何騒いでいるんだ、あのカップルは?」
「ふふ…リカもだいぶ遠慮がなくなったよね」
「わ…悪いか?」
「そんな事ないよ…ね、手握っていい?」
横になった体制で手を広げながら言ったお願いに、リカは頷いて響の手を握る。すると、彼女もギュっと握り返す。
「急にどうしたんだ?」
「…あたし、リカの手を握ってるんだね」
「当たり前だろ、お前が握りたいって言ったんだから」
「そうじゃないの」
ふるふると首を横に振り、互いに握った手を見ながら微笑む。そして、響の瞳から一粒の涙が零れる。
「あの人と同じように、あたしも歌で誰かを守れた…あの人はあたしを守っていなくなったけど、あたしは守った今もちゃんと手を握れてる…それが、凄く嬉しいの…!」
「響…」
笑顔のまま響の頬を伝う雫をリカは拭う事をしない。代わりに、優しく頭を撫でる。
リカの優しさに甘えて撫でられていた響だが、急に涙を拭うと困ったような表情を向けた。
「リカ…辛いかもしれないけど、ちょっと立たせてくれないかな? あたしもう、立ち上がるだけの力残ってなくて…」
「ああ。それで、どうするんだ?」
そう訊くと、響は1人の人物を指す。
この事件の元凶――倒れているルピナスに。
「あっちに、行かせて」
端末が崩れ去り、少しずつ静寂が破られる。人が正気を取り戻し嵌めた証拠だ。
もう、人間を破滅に追いやる歌声は聞こえない。
「ごめん…ごめんな…!」
計画が失敗に終わり、倒れたままルピナスはすすり泣く。
絶望に陥ったルピナスの前に、誰かが近づいて来る。
見上げると、邪魔をした二人――響と彼女を肩にかけて支えているリカがルピナスの傍で足を止めた。
「何の用だ…人間…! 俺をあざ笑いに来たのか…それとも、トドメを刺すつもりか…!?」
もう戦えない身体でも敵意を浴びせるルピナスに――響はしゃがみこむと、右手を握った。
「…なんの、マネだ…」
「救いたいって、思ったの。あなたの心を…あなたの抱える悲しみを」
「ふざけるな…! 貴様の所為で、俺達の同胞は人間に差別され続ける事になった…貴様の正義で何万何億の人ならざる同胞の命を蔑ろにして殺しやがって!!! 俺を傷つけたその拳で、殺戮の歌で救えるか…救われるものなど一人もいないっ!!! 貴様の力は俺達も、人間もぶっ殺すためだけ力だぁ!!!」
「…確かにあたしの拳は、あなたを傷つけた。だけど、この拳は傷つけるだけじゃない」
「放せ人間っ!! 貴様のような奴がこの俺に触れるなど…!!」
「放さない。この手は、誰かと繋ぐ為にあるんだから――まだ聞こえない? さっきからずっと、あんたに捧げる歌を歌っている人がいるんだよ?」
「え…?」
世界は理不尽で、悲しみに包まれてるけど
それでも僕たちは、戦うしか無かった…
「この歌は…声は…! まさか…!」
信じられないとばかりにルピナスが目を見開き、歌のする方へと向く。
陽が沈んで星が瞬く夜空に、半透明の身体をした少女が宙に浮かびながらルピナスへ笑っていた。
(もういいんだよ、とうや…)
「――う、い…!」
そう言って、ルピナスは事切れる。
最後の最後で復讐と言う鎖から解き放たれたルピナスの穏やかな顔に、響は満足そうに笑った。
「ありがとう、リカ。リカのおかげで、あの子の歌をルピナスに届けられた」
「それはこっちの台詞だ」
左手には響の手。もう片方には、闇の鍵が握られていた。
「この鍵だけじゃ、あいつの心は開けても歌は届かなかっただろうからな…」
〈天義さん、マスター・ルピナスと幹部が倒された事で『ワルプルギス』は混乱。事態が収束した事でようやく他のセルが鎮圧に動き出しました〉
「そろそろ潮時だな…世界中の暴走を沈めたとはいえ、俺達はUGNだ。放送された中で派手に目立ったし、これ以上の戦闘は回避した方が賢明だ」
「……行くぞ、エン」
愛衣と通信機越しに会話をしていると、蒼空は自分達に背を向けてその場から立ち去ろうと歩き出す。
「蒼空?」
「俺は俺の欲望(ネガイ)を果たした。だからお前らとはここでお別れだ。もう二度と会う事はないだろう」
「そうだな…俺はUGNエージェント、君はマスターエージェント。きっと次に会えるとしても敵同士だろう」
「戦うのが嫌なら、FHに鞍替えするか? お前の実力なら、ずっと一緒にいれるだろうぜ?」
「君こそUGNに転職したらどうだ? FHよりも多くの敵と戦えるぞ?」
「ばーか、俺はこの環境を手に入れるまで血の滲む努力をしてきたんだ。今更変えられるか」
「奇遇だ、俺もこの環境に染まり切ってしまったんだ。君と同じで変えるのは難しい」
「ハッ、結局平行線じゃねーか…」
「だが、俺は諦めない。何時の日か君を手に入れて見せる。世界の風評を押しのけてでも、組織の垣根をぶち壊してでもな」
未だに振り返らない蒼空の背中にそんな言葉を投げつけるが、彼女が振り向く事は無かった。
「ふん…くだらねえ。じゃあな」
最後まで星華に顔を向けずに去っていく蒼空。
エンはその後をついて行くが、少し歩いた所で星華に振り返った。
《――その時を気長に待ってやる、だそうです》
もちろん、エンの声は星華達には聞こえないし姿だって見えない。それでもエンは本心を伝えると満足そうに蒼空の後を追って立ち去った。
二人が去ると、入れ替わるように響とリカが星華の所にやってくる。響はいなくなった蒼空の姿を探す。
「蒼空、行っちゃったの?」
「ああ。目的を果たしたからな」
「まだお礼言ってなかったのに…」
「また会えた時、俺が代わりに伝えてやろう――さて。響、リカ。ここにいると危険だ、今から脱出するから俺とワンダについて来て欲しい」
「危険って?」
意味が分からずリカが訊くと、星華は背中越しに親指を観客席に指す。
「このステージの放送で、派手に暴れまわっただろう。FHの部隊が来る前に離れないと、俺達は捕まる。俺とリカは追われる側、響も映像解析で賢者の石持ちとバレるのも時間の問題だからな」
「「あ…」」
「分かったら急ごう、俺達について来てくれ」
こうして星華とワンダが先行で走る。その後を二人も追いかけた。
エンディングフェイズ2〈崩れた世界で戦う者達〉
シーンプレイヤー 天義星華
『ワルプルギス』の起こした事件から数日――彼らはFHに反逆し、セルに関わっていた者達は全員逮捕されたと一般的に報道された。
だが、セルのリーダーであるルピナス。重役のヒスイと運切が死んだ事で、残りのメンバーは雲隠れ、あるいは裏切り者として他のセルに引き取られて実験動物の扱いを受けているらしい。中には粛清された者、逃げ切って復讐の期を伺っている者も少なからずいるらしい。
どちらにせよ、この事件を以てしてもFHの真実が露見されることはない。
「これが全てだ…霧谷」
「ご苦労様です、天義星華さん」
夕日の沈む廃ビルの一室。窓が割られて埃被っている部屋で、星華は愛衣と共に目の前に置かれた小型通信機で今回の事件について報告をしていた。
UGN日本支部のトップを務める男性、霧谷雄吾。上司でもあり、UGNの生命線となった人物に。
「くれぐれも、彼を…リカの事を頼む」
「もちろんです。UGNとして、彼を守る事を約束します」
「――あなたが変わっていなくて良かった」
「それは私も同じです。全世界が注目する中で、マスターエージェントに告白するんですから。UGNを裏切ったのではないかと色んな人達が騒ぎたてました」
「安心しろ。霧谷が今も変わらぬ理想を求めている。だから俺も理想の為に戦う」
「ありがとうございます、天義星華さん。お互いに頑張りましょう――この崩れかけの世界で」
励ましの言葉を最後に、霧谷からの通信は切れる。FHの統べる世界の中で、彼を狙う者達は大勢いる。通信の際は毎回秘匿回線を使っているが、極力誰にも足を付かせないために長い時間喋ったり、同じ場所に留まる事が出来ないのだ。
それはUGNに所属している自分達も一緒だが。
「さあ行こうか、愛衣」
「了解です」
愛衣が頷くのを見て、星華は銃を取り出して通信機に標準を向ける。
そのまま引き金を引くと、銃弾の代わりに通信機が部品へとバラバラに分解されていく。
更に愛衣がワンダとバットに指示を出して部品を粉々に破壊する。自分達の痕跡を埃に混じらせて完全に消し去ると、銃を仕舞い部屋を後にした。