第三話 「灯」
「ラザード統括〜!見てるか〜?」
敵地に侵入したザックスは勢いに乗っているせいか調子に乗って叫んだ。今彼がいるのは茂みの中から確認できた敵巨地の本堂。ここまで侵入するのにいく人かの兵隊と遭遇したが、それらを倒すのはたいして難しい事でもなかった。
本堂内が無人なので忘れているが、今は任務中。しかも失態は許されない。ザックスは改めてその事に気が付くと急いで先へと進む―――――が、そこでいきなり宙から大きなモンスターが降りかかってきた。手に持っているヌンチャクのような武器の先には棒ではなく巨大な岩が付いていて、相手がそれを振り回したのが建物に当たると物凄い振動がして色々なものがバラバラ崩れ落ちてきた。
「急いでるんだって!」
ザックスは背負っていた剣を手に大きく跳躍すると、モンスターを一撃で仕留める。モンスターはその場に倒れ込み、それを確認したザックスは剣をしまい再び先へ進もうとするが、倒れていた筈のモンスターのここぞとばかりの容赦ない攻撃が彼を襲い、ザックスは勢い良く柱に叩きつけられた。
「―――――ッ」
かなりの痛手を負ってしまったようだ。今まで出会った敵が雑魚ばかりだったからなのか、はたまた彼が相手をなめていたからなのか、とにかく不意打ち。そして同じく斬撃を受けた筈のモンスターは余裕で立ち上がり、気味の悪い独特のリズムでザックスに徐々に近付くと、その右腕を大きく振り上げた。思いの外ダメージの大きいザックスは壁を背にへたり込みながらも剣を構えるが、このままでは確実にやられる。
「マズッた―――・・・。」
振り下ろされた手の衝撃にザックスの頬から汗が垂れる。しかし、当たる筈だった攻撃はザックスのわずか数メートル程で止まり、視界を覆っていた巨大モンスターはあっと言う間に倒れてしまう。ほんの僅かに目に入った青い閃光と、凄まじい斬撃音。何が何だかすぐには理解できなかったが、数秒してやっとザックスはことを理解する。モンスターの背後に立っている見覚えのある男。その男が、普段使ったことのないくらい大切にしている剣を握り締めながら、此方を優しく見つめていた。
「―――また一つ貸し、だ。」
アンジール―――――これ程までに絶大な安心感を与えてくれる男もそうはいまい。
「・・・それよりその剣、欠けちゃったりしたんじゃないの?」
安心感に思わず溺れそうになったが、ザックスは視界にアンジールの手にしている大剣を入れると少々表情を曇らせた。自分が足手まといだったが故に抜かせてしまった剣だ。アンジールにとってはとても大切な剣だ―――――・・・。
「剣よりもオマエの方が大切だ。―――――ほんの少しな。」
アンジールはザックスの方を向くと呆れたように笑ってみせる。その温かい目が、何をバカなことを言っている?とザックスに向かって言った気がした。確かに、落ち込むことの方が何か馬鹿げているような気がする。ここは素直にありがとうと言おう。
そう考えを改めるとザックスは目の前にいるこれ以上ないくらい頼もしい先輩―――――そうして親友に向けて感謝の言葉を述べた。
「・・・サンキュ」
そうして差し出されたアンジールの手を取って、彼はいつものように笑ってみせた。
その後任務についてラザードから直々に良い評価を受け、ザックスは浮かれていた。そして任務に同行していたアンジールの話によると、あの英雄セフィロスが今進んでいる道中奥で待っているらしい。子犬と評される彼のテンションはこれ以上にないくらいにまで上がっていた。こうなってしまっては抑えるのはなかなか難しい。とにかく首輪を精一杯引っ張るつもりでアンジールは興奮を抑えきれないで急かすザックスを落ち着かせながら林道を進んでいた。するとそこに、見知らぬ兵隊が現れる。格好からウータイ兵でないことは明白だが、雰囲気が明らかに逸している。敵地ウータイに潜む新手の敵とは・・・。
アンジールはザックスにラザードを安全にヘリへ送り届けるよう指示すると、自身は戦闘態勢に入る。
「行け!」
言葉でザックスは言われた通り統括をヘリへと誘導した。そうしてタ―クスや神羅兵に統括の身を任せると、自身は再びアンジールが戦っている場所へと走る。自分の危機を救ってくれた恩人だ。彼の力をもってすればあのような相手などわけないのだろうが、駆け付けなくてどうする。そんな思いを胸にザックスはスクワットで鍛えた自慢の脚力ですぐさま舞い戻るが―――・・・。しかし、そこにはいる筈のアンジールの姿はどこにもなかった。
「アンジール!アンジール!?」
辺りには先程現れた兵が二名、倒れているだけだ。おそらくアンジールが倒したのだろう、二人の体には切られた刀傷があった。ザックスは恐る恐るその兵隊に近付くと、その身なりをじっと観察して、
「・・・これ、ウータイ兵じゃないよな?」
とこぼした。不穏な空気が渦巻く中、ザックスの正面に今度は突如燃える火の球が出現する。見たこともない現象にザックスは驚愕するが、火の玉は一気に燃え上がり召喚陣を発動させたと思ったら、今度は辺りが黒く、マグマによって鳴動した暗黒の世界になった。
その世界に住まう灼熱の炎を纏った巨躯―――――。召喚獣―――――イフリートが、ザックスの前にその大きな姿を現す。本日二度目の巨大モンスターだったが、彼自身、強力な召喚獣を相手にするのはこれが初めてのことだった。
「誰が呼んだんだ!?」
考えても状況が変わるわけでもなく、ザックスは仕方なく剣を構えるが、大きな角に鍛え抜かれた躯、そうしてあの炎。加えてザックスには先程受けたダメージがまだ色濃く残っている。コンディションが最悪だ。
辺りを取り巻く火の海が、何もせずただそこでじっとしているだけのザックスの体力を徐々に奪っていく。
「・・・マズイな・・・。」
そう思っていた瞬間、視界を覆った長く美しい白銀の髪が、鮮やかにイフリートをすり抜けたと思ったら、次の瞬間、憤怒の炎で燃え滾っていた召喚獣があっさりと倒れ込んでしまった。見惚れた・・・。恐らくは彼の身長よりもながいであろう刀を鞘におさめ、ゆっくりと此方を振り返る“英雄”の姿。圧倒的な力の差。追い求めてやまなかった男の背中。実感した、英雄の凄さ・・・。
「―――――すげェ」
出た言葉はそれだけだった。それしか言えなかった。他にどんな言葉があっただろう?いや、称賛の言葉など世の中には腐るほどあるというのに、あの時の自分にはただ一言、その言葉しか思い浮かばなかったのだ。
目の前に突如現れた男に恍惚とした視線をとばす少年などさておきといった具合に、セフィロスは何も言わずに倒れている兵の鎧兜を剥ぐと、その低く澄み渡った声で一言、
「ジェネシス・・・」
と呟いた。光景にはザックスも唖然とした。得体のしれない格好をした兵士達の顔が、どちらも脱走したソルジャークラス1stのジェネシスの同じものだったからだ。そんな中でも英雄の態度はいたって冷静だった。彼は冷静に、そして正確に兵士の様子を観察すると、気になるワードを再び呟く。
「ジェネシス・コピーか・・・」
「コピー!?人間の?」
何ともぶっとんだ話だ。しかしもしその話が本当なのだとしたら、いや、実際に起こっているのだから本当と言わざるを得ない状況だが、真実が分からない限りはまだ何とも言えない。しかし自体は思わぬ方向へと向かっているという事くらいは、少なくともこの時点でザックスにもはっきりと確信出来た。
「アンジールはどこだ?」
「―――ここで戦ってた筈なんだけど・・・。」
「―――フン。・・・アイツも行ったか。」
「あ?―――今のどうい意味だよ!?」
状況に付いていくので精一杯、ましてや目の前に広がる光景を素直に受け止められる者が果たして世に何人いようか。頭の回転など関係なく状況に狼狽えを隠せないザックスにかけられた、英雄―――――セフィロスからの思いもよらない言葉。それが耳に入った瞬間、ザックスはセフィロスを振り返り口調を荒らげる。対してセフィロスもザックスほどではないが、徐々に冷静さを欠いた態度へと変わる。
「・・・アンジールも裏切り者になった!そういう意味だ。」
彼は眉を吊り上げ少々気が立っているように見えた。これだけでも普段皆が想像するイメージとはかなりかけ離れている。
「あり得ない!俺、アンジールのことはよく知ってるんだ!そんな事する男じゃない!」
立ち上がり、ヘリへと戻ろうと歩きだしたセフィロスの背に向かってザックスは精一杯の思いで言葉を発した。セフィロスの足が止まる。
確かに、あの熱血漢がそう簡単に裏切るなんて事は考えにくい。付け加えザックスは先程も任務を共にし彼に助けられている。しかし、それだけでは今の状況をひっくり返すようなことは到底できない。
セフィロスは無言のまま、此方を見詰める少年を見詰めた。少年は今にも泣きだしそうな歪んだ顔で後ずさりながら、彼なりに必死の思いで叫ぶ。
「アンジールは・・・俺を裏切ったりなんかしないッ!!」
携帯が鳴った。
青年は、今は神羅の自室でコーヒーブレイクを取っていた。整った部屋の中に充満するコーヒーの香りを満喫すると、用意したカップと皿を黒のデスクの上に置き、それをすすりながら鳴り響く機器の画面を開く。
着信はセフィロスからだった。
「―――――もしもし?セフィロス?・・・何の用?」
風呂上がり、広い自室で夜景を見ながらコーヒーを飲むのは彼の日課だ。その事は仲の良い人間なら誰でも知っている事だから、この時間、しかもセフィロスから電話がかかってくる事には少々驚いている。
「あぁ、君がウータイに赴いた事は知ってるよ。俺が無理やりアンジールと2ndの子に頼んだやつね。・・・え?・・・・・・・。」
沈黙が訪れた。
青年はコーヒーカップを皿の上に置くと無言のまま相手の声を聞いていた。相手―――――セフィロスは想像出来るのであろう、青年―――――ロゼの態度を察し、ゆっくりと丹念に事を説明した。そうして全て話し終えた後も、沈黙はしばらく続いていた。
『―――とうとう俺とお前だけになったな・・・』
そう言って、セフィロスはこの沈黙に終止符を打った。
携帯を閉じるとロゼは何も言わずにコーヒーを飲みほし、そうして無表情のまま立ち上がり部屋を後にした。
アンジールが消えた・・・。これは自分の選択ミスが生んだ結果なのではないか?ジェネシスとアンジールは幼馴染で昔から仲が良かったから、もしかしたら戻ってくるかもと思ってあの人選にした。勿論自分が体調さえ崩さなければ、誰が何と言おうと自分が向かっていただろうが・・・。しかし逆だった。何もかもが甘かった。俺のせいで、また一人、仲間が減った。また一人―――――・・・。
「・・・アンタは凹んでいい人間じゃない。・・・だからホラ、顔上げな。」
さまよっていた先に、一つの光が見えた。ひどく冷たい口調の光だったが、その言葉には自然と勇気づけられた。
「アンタの仲間はもっとたくさんいる。失った仲間を正しく導いてやる為にも、アンタは前を向いて進まなきゃならない」
その光が俺の手をそっと掴んで、俺を引っ張り上げてくれた。言うとおりだった。そうだね、その通り・・・。
「―――俺がお前を守らなきゃね・・・。」
その日、ロゼは夢を見る。