第五話 「曲者揃い」
ザックスはタークスのツォンと共にジェネシスの故郷―――――バノーラ村へと向かっていた。曰く重要な任務らしく、本来はセフィロスが派遣される筈だったが本人が命令拒否、ソルジャー統括のラザードは残る二人の1stにも派遣命令を出したが、『女王』―――――ザックス自身は未だ会ったことは無いが、恐ろしく女らしい容貌の1stはカンセルによればここ最近は体調不良を訴え休養中らしく、残るもう一人の異例の飛び級ソルジャーはセフィロス同様に命令拒否。というのも、『女王』の分の任務が一気に回って来たらしく、流石の天才も現地をいくつも掛け持ちして飛び回るのは不可能だという。そうして話が自分に回ってきたのを知ると、ザックスはあまりこの人選に納得していないようだった。
「―――――何か1stって勝手すぎないか?任務拒否とかって出来るもんなの?」
この不満の意のたっぷりこもったザックスの質問に、ツォンは表情一つ変えず、言葉にも詰まることなく淡々と答えた。
ツォンは前髪でさえもかき上げ後ろで綺麗に束ねており、そのきりりとした目つきや振る舞いから相当な堅物のように思われるが、以外とそうではないらしく、このようにザックスの何気ない呟きや不満に対しても柔軟に対応してくれる。
「―――――いくら1stだからといって、命令拒否の権限はない。が、今回は元戦友が標的な為、クロウはともかく、ロゼやセフィロスには少々キツイものがあるのかもしれないな・・・。」
「・・・クロウとロゼ?それが残りの1stなのか?」
ヘリの窓から見渡せる景色から視線を外そうとはせず、ザックスはトレーニングも出来ないこのさほど面白くは無い時間中に、それでもツォンの視線を自分に向けるには十分な質問を繰り出した。勿論本人は無自覚である。
「・・・二人に会ったことは無いのか・・?」
「うーん、ぜんっぜん!俺が親しかったのはアンジールだけだったし、アンジール通して1stと会う事もなかったしさ。セフィロスとだって、こないだ会ったばっかだし。」
「・・・そうか。」
予想だにしなかった質問にツォンの無表情には少々驚きの色が入っていた。ソルジャーなら誰しも―――――いや、ソルジャーに限らず神羅の人間なら誰しもが五人の1stについての多少の知識は持っているものだと思っていたからだ。しかしまぁ、この少年なら有り得そうな質問である。
ツォンはザックスに当てていた視線を彼同様窓の外へとやると、何やら考え始めた。その間、ヘリの内部はプロペラの回る音以外は無音状態で、内部にいる人間はみな大体この延々と広がっていそうな山々をただ眺めているだけであった。
沈黙が続く中、ツォンの脳内を占めていたのは五人の1stの存在であった。
アンジールは―――――時に厳しく、時に優しく、確かに誰からも尊敬され、好かれていて、人望も厚かった。その人望の厚さはかの英雄セフィロスをも遥かに凌いでおり、幾度か任務を共にしたツォン自身の目から見ても、彼は大いに信頼できるソルジャーだった。
セフィロスはアンジールには劣るもののやはり信頼の厚いソルジャーだが、彼の詳細については交流のあるごく一部の者しか知らず、人物像でも実力面でもまだまだ謎の多いソルジャーだ。そこに惹かれてファンクラブを形成する人間も多いが、実質彼の素性については半分も知らない。
一方今回の事件の首謀者であるジェネシスは、セフィロスとはまた違ったミステリアスな面を持っており、それが言動によく表れる変わった人物だ。常日頃から愛読書『LOVELESS』を持ち歩いており、その文面を口にすることがあったが、それ以外の事は正直あまり知らない。
ロゼに関してはアンジールにも劣らない人望の厚さに付け加え、セフィロスに次ぐ二位の実力と、かなりのつわもので知られている。実際彼に『英雄』の肩書を付けてセフィロスとの二枚看板にするという方針案が数年前まで上がっていた程に神羅の彼に対する人望は厚く、ファン多数という申し分ない人材ではあるが、彼の出生から入社までのパーソナルデータは公開されておらず、彼もまた謎の多い人物だ。時たまに見せる彼の笑いには何か暗いものを感じるという声も、人気の裏、後を絶たない。
そうしてそんな兄とは似ても似つかないクロウは、1stの中では一番情報量が少ない。とある事情からツォンはクロウの過去については全て知っているが、本来それは兄であるロゼ以外は誰も知らない事で、かくいう本人も他人との接触は避けており、口数も少ない為、基本的に情報が出回ることはない。しかしその分どこから来たのか根も葉もない噂が飛び交っており、その冷たい印象から受ける人物像はマイナスにマイナスを重ね、任務同行者の証言を足して、ついたあだ名が『鬼神』。ちなみに彼に至っては“歳を取らない”というような不気味な噂まで存在しているらしい。―――――とまあ、1stには曲者が揃いに揃っているわけである。
ツォンは退屈そうに目を細めるザックスに対し再び視線を向けると、少し笑った。
「・・・すぐ会えるだろう。多分だが、な。」
この時彼が何故笑ったのかは、不明である。
「―――――宝条、薬が切れたぞ。」
そう言って研究室に入ってきたのはクロウだった。この身長140ちょっとの小さな戦士は研究室のパソコンにべったりと視線を張り付かせている眼鏡にオールバックのやつれた感のある研究員に向かってそう言うと、持っていた小さな瓶を彼向かって差し出した。このやつれた男こそが宝条―――――神羅カンパニー科学部門の第一・最高責任者である。
「―――――最近飲む量を増やしたのか?カムフラージュもそう長くは持たないぞ、何せ今までにこういった薬の注文は入らなかったものだからな。いくらこの私の作った薬と言えども、試作品の域は超えていない。」
「・・・元はと言えばここの連中の勘違いから始まったものだ。俺の情報が漏れても困るんでな。で、いつ出来る?」
「1日あれば十分だ。」
「・・・そうか。」
そう言って彼に対し背を向けたクロウに宝条は何も言わなかった。彼は再び画面に向き直ると新しいウィンドウを開く。そこに載っているのは彼の出す実験を受け、彼自身で収集したクロウの身体的なパーソナルデータであった。それに視線を移すと彼の口元は不気味に綻び、そうしてまた不気味な笑い声が室内に響き渡る。
「ククク・・・。面白い研究材料だ。“歳を取らない”ソルジャーとはよく言ったものだな・・・。クク・・・くははははははっ!!」
研究室から退出するとともに聞こえてきた宝条の不気味な笑い声にもクロウは表情一つ変えなかった。あの男に関わると面倒事に巻き込まれることは重々承知している。先程依頼した薬についても、兄のロゼからは脱却を迫られているし、自分でもあまり良くない事は分かっていても、止められない。
あの薬を初めて宝条に頼んだ際、副作用は免れないと言われた。とはいっても、副作用が単なる激痛であると分かった途端に、抱いていた懸念やらなんやらは吹っ飛んでしまった。しかし、この激痛が普通の人間やら動物やらの場合は3日ともたずに死んでしまうほどのものであるという事を知った時には、ソルジャーが本当に化け物じみていることを改めて実感した。そうして俺は、その一員であるという事を―――――・・・。
そうして無言のままに廊下を歩いていると、バノーラへの任務を拒否したらしいセフィロスが壁にもたれながら此方を見詰めている事に気が付いた。
「・・・さっきロゼに会ってきた。体調ももう心配いらないそうだ。」
「・・・・・・。」
こんな時、この男と自分との関係はひたすらに曖昧なものだと思う。括りとしては同じ1stの仲間であることに変わりはないし、そこを否定するつもりもない。―――が、意識的にこの男を『仲間』と思ったことは一度としてなかった。
兄さんが親しいからといって、別に自分も同様に親しいわけじゃない。セフィロスの方は案外友好的に接してくれるが、自分の場合、別だった。
ここに来て強くなって、仲間意識とか協調性とか、そんなものはどうでもよくて―――――俺がこの男に抱くものは、好意ではなく敵意だ。無論その背中は強くなる為の目標であり、追いつくべき存在であり、越えなければならない壁だった。同じ1stという階級にいても、その実力にはまだまだ差があるだろう。それはこの男に次ぐといわれる兄に勝てない時点で、痛いほど実感している。
「お前に謝っておいてくれと言われた、心配をかけた、と。」
「・・・・・そう。」
心配―――――しなかったわけじゃない。でも俺には心の底から心配できるような余裕も、優しさも、なくなってしまったんじゃないか・・・。
あの人は本当にお優しい人間だよ・・・。お前だって、あの人だからこそ、こうして仲良くやってるんだろう・・・?でも俺は違うね、優しくなんかない。
だから兄さんにも、謝ってほしくない・・・
「また宝条のところで例の薬を頼んで来たんだろう?話を聞いたが―――――アレは止めとけ。」
ふと聞こえたセフィロスの言葉に、また兄さんが口を滑らしたのか、と思った。あの人は心配性だから・・・。
いらぬ気遣いとでもいうのか。兎に角あの人は何でもかんでも心配する。時には煩わしいと思うそれさえも、今はたった一人―――――自分に残された肉親からの愛情故なのだと思うと、張り詰めていた緊張やらはどこか遠くへすっとんで、無表情を装っていた頬が自然に緩んでいくのだ。本当に、厄介この上ない迷惑だ。
薬のことだって、副作用の激痛にはもう慣れたし、わざわざセフィロスにまで言う必要は――――――・・・
そこまできて、思考が停止した。自身の頭の中を渦巻いていた何やらが全て白へと還元されてゆく。そんな感覚に見舞われた。
・・・ということは、セフィロスは俺の素性を全部知ったことになるのか?漸く回り出した頭の中が認識を始める。これまで必死になって隠していた事実が目の前の男に露呈してしまったという、信じたくもない事実を。汚名を背負ってまでひた隠しにし続けた秘密が、よりにもよって組織の核たるこの男に知られてしまったという現実を―――。
ただでさえ深海のように深い色を刻むその眼に、更なる影が下りた。少年の顔が、睨むような形相でセフィロスの方を向く。
「・・・戻れと言うのか?・・・折角今まで隠し通してきたんだっ・・・。そんなことしたら・・っ・・・一体何のために・・・。」
その言葉にセフィロスは少々哀しげな表情でクロウに近付くと、うなだれたその頭を静かに撫でる。
「・・・無理をするな。特にお前は―――――・・・
・・・―――――女の子なんだから。」
そうしてその日、バノーラに向けて爆弾を投下、住民に関するその他一切の情報を消滅させたという連絡が入った。