第七話 「シスネ」
移動の最中は三人の1stは一言も口を利かず、セフィロスが社長室へ向かうのに離れてからは特に子供1st、クロウの表情が更に冷たくなった。この子供はどうやらザックスとはウマが合わないらしく、そんな中に起こった非常事態に対しラザードは何を考えてか二人を同じ現場に派遣、クロウの機嫌は悪くなっていく一方だった。
エレベーターがエントランスに到着、扉が開くと同時にザックスは走り出したが、その横を信じられない速さで何かが走り去っていく。クロウである。
毎日の日課であるスクワットで鍛えられた下半身のために、ザックスは脚力にはそれなりの自信があった。訓練兵時代でも、その育ちと馬鹿げた体力のおかげで演習にはそれほど苦しさを感じなかったらしく、その機動力はあのアンジールでさえも買っているほどだった―――――が、この間のセフィロスといい、今度のクロウといい、1stに属している人間はそんな自分を軽々と置いていってしまう。英雄と称されるセフィロスならまだしも、明らかに自分より年下の、しかも愛想が最悪の子供にさえかなわない―――――というよりも、1stの人間は自分とは段違いに速い。
「・・・うっそ・・。」
呆然として立ち止まってしまったザックスだが、その後聞こえた受付係の悲鳴に我に返ると、すぐさまクロウの後を追い走り出した。
そうして八番街まで辿り着くと、ザックスの目の前で一人の女性がジェネシスコピーに囲まれ、後がなくなっていた。
「おねーちゃん大ピンチ!」
背に背負っていた剣を手に駆け付けようとすると、いきなり警棒のようなものを持った男に静止をかけられる。男に視線を向けてみると、サングラスを上げ、赤く目立った髪を後ろにセットした、目の横に髪と同じ赤い色の入れ墨を入れた特徴的な青年が、得意げにこちらを見下ろしている。
「八番街はタークスの担当だぞ、と。」
男が言葉を言い終えるか終えないかというときに、ザックスの後ろから足音が聞こえ、慌てて振り返ると赤髪の男と同じ、スーツに身を包んだサングラスのスキンヘッドの男が現れる。赤髪の男とは違い、スキンヘッドの男は着崩すことなく、黒いスーツを見事に着こなしている。そうしてそのあとからもう一人―――――彼は知っている、バノーラでの調査の際、自身に同行したオールバックのタークス、ツォン。
「それどころじゃないだろ!ツォン、何とか言ってくれよ!!」
「アイツなら心配ない。」
「・・・騒がしい奴だな、鬱陶しい。」
事態にツォンは意外にも冷静だ。付け加え、いつの間に来ていたのか、足音なんて聞こえなかったはずだが、街に出た瞬間に見失ってしまったクロウまで駆け付けており、いらんことにまた冷たい言葉を浴びせた。
セフィロスの話じゃ無口で他人との接触を拒むと聞いていたが、どこがだと突っ込みたくなるほど、しゃしゃり出てきては自分のことを罵る。なんなんだ、一体。
溜息交じりに視線を前へと移すと、先ほどジェネシスコピーに囲まれ窮地に陥っていた事態は一変、なんと女性の手にはあまり目にしない武器が握られ、コピーはその周りで倒れこんでいた。
「あらまー・・・。」
光景にザックスは本日二度目の呆気にとられた。
「他のエリアの様子は?」
「ミッドガル中モンスターだらけだぞ、と。」
「ソルジャーたちも苦戦している。」
ツォンの言葉に反応したのは、赤髪の男にスキンヘッドの男。かなりの時間をモンスター退治に費やしたと思っていたが、まだいるのか。
「―――――粗方片付けた。」
会話にクロウが割って入る。まぁ、どれほどの強さなのかは分からないが、この子供もソルジャーのクラス1stなのだ。召喚獣レベル以下のモンスター程度なら朝飯前、とでもいったところなのだろう。
「そうか、助かる。レノ、ルード、残りを頼む。」
「はいよ、と。」
「了解。」
レノ、ルードと呼ばれた二人が駆け足に去っていく。反応から推測するに、赤髪の男がレノ、スキンヘッドの男がルード、というらしい。
彼らの去った後、その場にザックスとツォン、クロウ、そうして先ほどの女性の四人が残った状態になった。
「・・・タークスまで駆り出されてんのか?」
「そうよ、ソルジャーが出払っているからね。」
階段を駆け上るレノとルードの姿をただぼーっと見つめながら呟いた言葉に、聞き慣れない女性の声が返ってきた。歩み寄ってきた女性はジェネシスコピーを倒したさっきの女性で、赤みがかった茶髪のセミロングヘアに、ツォン達と同じ黒のスーツを着ている。年齢は、見た感じだと自分とそう変わらないのではないだろうか・・・?
「・・・あんたもタークス?」
「シスネよ。」
「俺、ソルジャーのザックスな。」
シスネ、と名乗った目の前の彼女に握手をしようと右手を差し出したのに、今度はツォンが割って入った。
「任務中じゃないのか?」
「こいつには期待していない。」
またまた登場―――――嫌味ばかりを投げつけてくるクロウだ。
「・・・アンタさぁ、どの辺が人と関わるの避けてんの?俺すっごい嫌味いわれてんですけど・・・。」
四人の中じゃ一番小柄で身長の低い、おそらくは一番年下であろうクロウは、中身だけ、いわば精神年齢だけで見るとザックスよりも随分老けている。嫌味を言うにも、まるで他者には頼らない、頼りにしていない、自分は一匹狼なのだといった風な口ぶりだ。言うなれば子供らしさが微塵も感じられない。
「あら、クロウ!久しぶりじゃない、最近全然連絡くれないわねー!」
「・・・それどころじゃない。」
顔見知りなのか、シスネはその子供の姿を確認すると嬉しそうに笑顔を見せた。表情豊かな彼女に対し、クロウは何を言われても基本表情を崩さない。嫌悪感を抱くものに対しては驚くほど冷たいが、それ以外は無表情が板についているのだろうか―――――目線の先は相手を見つめてはいるが私情、というよりも相手に対して何も感じてはいないといったふうな様子だ。
「あれ・・・二人、知り合いなの?」
「まあ、そんなところね。」
「へー。」
女の子友達なんていそうな雰囲気ではないが、タークスの人間とは案外それなりの付き合いをしているらしい。それともシスネの人が良すぎるだけなのだろうか。見た目はかなり優しそうな感じだし、何となく気の強そうな感じもするし、そういったところで気が合ったり・・・とか・・・。
「あ、そうだ!俺手伝おうか?目的は同じだし―――・・・。」
「ありがたい申し出だが・・・。」
「あら、心強い!」
明らかに申し出を断ろうとしたツォンの言葉を遮り、シスネは少々大げさな言い方をして笑った。そうして二、三歩前へ進んで後ろの三人を振り返ると、またまた笑顔で別れの言葉を告げ、前方へと走って行ってしまった。
「・・・クロウはどうする?」
「同行する。あの人も街に出たらしいから、散っても意味はない。」
「ロゼまで駆り出されたか。余程人手不足なんだな・・・。」
ツォンが尋ねたのに対し淡々と答えを返したクロウだったが、『あの人』という単語を口にした瞬間だけ、僅かだがその無表情が緩んだ気がした。目元が優しくなったというのか、張り詰めていた表情筋が緩んだというのか。
ロゼ、とツォンは言ったが、前に聞いた話では、ロゼとは残る最後のソルジャークラス1stの名前ではなかっただろうか。確か恐ろしく女みたいな奴だって―――。
「そーいえばクロウってさ、そのロゼって奴のことだけ『あの人』って呼ぶよな?なんで?尊敬してる人なのか?」
「言ってなかったか?ロゼはクロウの実の兄だからな。」
「えっっ!?」
「・・・やはり言ってなかったか。ちなみに付け足すとロゼのことは悪く言わないほうがいい。驚くほど怒るからな。」
「え、感情の起伏が激しい奴なのか?」
「違う。クロウが、だ。」
「・・・あぁ、そう・・・。」
既に遅いような気もする。いや、悪く言ったつもりは毛頭ないが、奴呼ばわりしたことも何となく後悔するほどに今睨まれているからだ。
「・・・仲いいんだな・・・。」
そう引きつって言ってはみても、クロウのじと目は変わらず、かなり気分を害しているようだった。
―――――が、そこからは言葉通りにクロウも行動を同行したまま、ザックスらは八番街を中心に引き続き任務を続行した。