第二十七話 「ルーツ」
「難しい顔してる大男の顔覗いてくるけど、君達も来る?」
最近よく見かける銀髪の美形が口にした言葉はセフィロスいじりの誘いの意を言外に含んでいた。興味ないといった様子でカップのコーヒーを口にするクロウはさておき、ザックスも今はそれどころではなかった。
「遠慮しとく。ってかロゼ、セフィロスの居場所知ってるなら携帯繋がるようにはしてくれって伝えといて欲しいんだけど。」
「ん、分かった。」
じゃあね〜、とひらひら手を振りながらロゼは自慢の白銀の髪を靡かせながら廊下の角を曲がっていった。
休憩ブースのソファに座りながら男女は無言のまま昼食を済ませていた。ついこの間までは一緒に食事するような仲でもなかったのだが、セフィロスがここ最近姿を現さないのと、ロゼの任務が不定期に入るのとを理由に二人で過ごす時間が自然と長くなった。勿論会話は無い。こんなんで足りるのかといった量の簡易栄養食とカップ一杯のブラックコーヒーを手に、クロウは毎日ブースに足を運んでいる。以前とは違い対人訓練の間に挟む休憩が短くなった所為か、ザックスも外食や同僚とのランチといったものに時間を割く余裕もなく、半ば連れ添うような形で同じブース内で食事を摂る。食べ終われば訓練再開。そんな無機質なサイクルの繰り返しだったが、特に嫌気がさすこともないのが事実だ。以前と比べるとクロウの機嫌が少し穏やかになっているという目に見えた変化がある為でもあった。
「あと五分で済ませろ。」
数日前、自分から電話をかけたあの時からかもしれない。訓練兵への指導も変わらず続けてはいるが、クロウの自分との対人訓練に割く時間の割合が大きくなった。あの後は超絶不機嫌な形相でいきなり訓練に入り、思い切り鬱憤を晴らされるというとんでもない被害に遭ったが、よく考えれば自分と訓練している方が何かとマシだと考えての結果のようにも思える。
セフィロス、ロゼと強大な戦力も戻った為、クロウが一級任務を引き受ける必要もなくなったわけで。元通りの干された状態の中、彼女の訓練相手に自分の存在が挙がっているという事実が、嫌気のささない理由であろう。言葉では決して語られることはないが、少しずつ変わっていく彼女の態度から自身の実力の向上を実感したザックスは手の中の栄養食を口に放り込み演習場へと赴いた。
男は一冊のファイルを手に、そこに収められている人物についてのデータを隅々まで凝視していた。自身の所属する管轄の人間ではない為無理を言って拝借してきた貴重な資料だ。とは言っても、ここに記載されているデータは名前や身長、体重、年齢、付け加え宝条博士が課す実験により得た身体的な能力に関する情報のみで、肝心なところは一切が不明となっている為大して参考にもならないが。
「矢張り本社の方にも記録なし、か。」
出身まで不明になっているのが引っ掛かっていた。当時は単なる記憶喪失で処理されていたと聞くが、彼らが入社してもう十年になる。持ち前の能力の高さで瞬く間に1stへと昇級し、知名度の高さも英雄と何ら遜色ないレベルまで達していると言うのに、それにも関わらず、彼らの幼少期を知る人物は一人として現れなかった。それでも不信感を抱かなかったのは、彼らの人柄を直に見てきた上で信頼するに足る人物だと判断したからだ。それがどうだ。ここ最近の彼らの行動の粗雑さは。クロウの場合今更何を言おうが元々トラブルメーカーの気質があった為どうにもなるまいが、それ故に殊更ロゼのここ最近の調子の波が目立つ。
「考えすぎだと良いんだが。」
ツォンが懸念しているのはロゼとジェネシスとの繋がりだった。二人が特別仲が良かったというわけではないが、元々1stにいた時代はよく四人でつるんでいる様を目撃した。それにだ、今回のロゼの異様な行動は決まって彼絡みの任務中に起きている。作戦が難航した、陣を敷くのに時間が掛かった。どれもジェネシスが関与しているとなれば別段おかしな話ではない。が、連絡が取れなくなったり、ザックスをこちらに寄越し一人になる時間を作ったのは何故だ?直接コンタクトを取っているからではないのか?
ファイルをデスクの上へと置き、自身も近くの椅子に腰を下ろしてツォンは頭を抱えた。
ジェネシスの脱走を聞いて体調を崩すような男だ。仲間思いな一面もある。説得を行っている可能性もないわけではない。が、直接干渉しているとすれば向こうからの勧誘を受けている可能性だってある。ロゼがそれを受ける理由等皆無に等しいが、そう割り切って考えられない理由もあるにはある。如何せん彼までもを敵に回すことは避けなければならない。今のうちに不安材料は消し去っておくべきだ。
ツォンは携帯を取り出すとコールボタンを押した。通話相手は暫く無言のまま彼の話を聞いていたが、その後一言分かったとだけ言うとすぐに会話は終了した。
眼前に迫る白と黒。これがクロウの持つ二刀の刀筋だと脳が認識する前に、体は回避行動に移るべく動いていた。
「よっしゃ、だんだん慣れてきた!」
以前と比べると受ける攻撃の数も徐々に減ってきている。未だ一撃を入れるところまでは到達出来てはいないものの、いつかセフィロスが言ったようにその日が近いというのが実感として感じられるにまでなってきた。
「―――――――――。」
前回は表立って怒りを露わにしていたクロウだったが、予想外なことにザックスのこの成長ぶりを目の当たりにしてもその様子は至って平然。ほぼ無反応に等しかった。とは言え、顔付きは普段と変わらず鋭さを保ったままなので、傍から見れば若干怒っているように見えるだろうが。この無反応はザックス以外の人間にとっても半ば想定外のことであった。特にロゼなんかは切れ長の目を丸々と見開いてひどく感心したような表情だった。
「っしゃここだぁッ!!」
防戦一方だった形勢も徐々に変化し、クロウの攻撃の継ぎ目に反撃に出られるまでになった。しかしそこは流石1stというべきか。子どもと言えどこのクラスに長く在籍していたという事実は、その実、彼女の戦闘技術の高さをも裏付ける。反撃に出たザックスの剣を最小限の動きで難なくかわしていく姿の滑らかさは、まるで時の流れにすら影響を及ぼしているかのように流麗で。斬撃速度は決して遅くはないのにも関わらず、彼女は持ち前の二刀で防ぐことすらせずただただ見惚れる動きでそれら全てをかわしていく。そうして数秒としないうちに彼女は二刀で無理矢理反撃に転じるのだ。
「・・・なぁ、クロウの戦い方って独自?それとも誰かを手本にしてたりすんの?」
ふと休憩の間に口にしてみた。何気ない質問だったが彼女の戦闘スタイルは良く言えば万能型、悪く言えば独特のスタイルだと思う。セフィロスやアンジールらのように絶対的な武器もなさそうな上、任務に同行する際には稀にではあるが銃器を使う様も目撃した。加えて反撃に出る際、仮にも男の振るうロングソードを難なく押し返してくるところから察するに、身体能力も異常に高いと見える。
「・・・強いて言うなら兄譲り、だな。兄は父から習っていた分、ルーツは私の親にあるがな。」
「へぇ。ロゼが剣使うとこ見たことないけどこんな感じなんだな!親父さんはどんな人?」
「・・・・・・。」
「アレ・・・?」
「覚えていないな。・・・下らん詮索に時間を費やすつもりはない。私はもう行く。」
珍しく会話に乗ってくるその様子は矢張り普段のそれと比べて少々珍しかった。が、踏み込み過ぎたらしい。クロウはタオルで顔の汗を拭うと乱暴に後ろへ放ってトレーニングルームを出てしまった。ザックスは落ちたタオルを一瞥し、視線をそのまま上へと向ける。時刻は既に昼の三時を回ろうとしていた。おそらく訓練兵の指導に向かったのだろう。
「ルーツ、ねぇ・・・。」
この時初めて、ザックスはクロウの背後に続くルーツに興味を持った。掴みどころのない彼女の何かを、先程の会話の中で、垣間見た瞬間だった―――――。
■作者メッセージ
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
ご無沙汰しておりました、日常が思いの外多忙を極め、更新に影響が出てしまったことをお詫び申し上げます。
今回はロゼとクロウの背景に少し手をかけるようなお話になっております。今後ザックスらとどう絡んでいくのかに注目下さい。
では次回更新まで!
ご無沙汰しておりました、日常が思いの外多忙を極め、更新に影響が出てしまったことをお詫び申し上げます。
今回はロゼとクロウの背景に少し手をかけるようなお話になっております。今後ザックスらとどう絡んでいくのかに注目下さい。
では次回更新まで!