Another chapter7 Terra&Aqua side‐2
駅前通りの坂の下にある一つの店。
その店で、ルキルはアクア達の為にジュースを買っていた。
「はい、ジュース4本ね。全部で200マニーだよ」
「すみません、これで」
そう言うと、ポケットから少し大きめのマニー硬貨を店員に渡す。
「500マニーだね。はい、お釣りの300マニー」
「どうも」
お礼を言いながら、少し小さめのマニー硬貨を三つ受け取る。
渡されたお釣りを再びポケットに入れると、カウンターに置かれたジュースを入れた袋を持って三人の待つ空地へと歩き出した。
「ああ、君! ちょっといいかい?」
「え?」
急に店員に引き留められるので、ルキルは足を止めて振り返る。
すると、店員はルキルを見ながら首を傾げていた。
「うーん…やっぱり少し似ているなぁ」
「似てる?」
「少し前に、ここでパフォーマンスを見せてくれた子がいてさ。どことなく君に似てる気がして…」
「そうですか。じゃあ、これで」
店員が説明していると、ルキルは何処か冷めた声でその場を去って行く。
そうして先程いた路地裏に足を踏み入れると、軽く舌打ちする。
「…この町にも来てたのか、ホンモノは」
自分に似ている人物とくれば、おのずとホンモノ―――リクと言う事になる。
一年経って再会しても、姿が一緒だったのだ。ニセモノとして生まれた自分が間違われるのは当たり前だ。
その時、何処からか鐘の音が響く。見上げると、そこには時計塔の鐘が鳴っていた。
思わず立ち止まって時計台を眺めていると、不意に昔の記憶がよぎる。
「時計台、か…そう言えば、あの城の部屋にはなかったな」
小さく呟きながら、忘却の城で作られた『トワイライトタウン』を思い出す。
アクセルによって連れて貰った、ホンモノと戦った場所。あそこは記憶で作られた部屋だったが、こうして見ると何も変わらない。
何処か懐かしく鐘の鳴る時計台を見ていると、周りで空間が揺らいだ。
「っ!? 今の、何だ…?」
揺らぎを感じ、警戒しながら辺りを見回すルキル。
そうしていると、後ろの方で何らかの気配が過る。
振り向くと、黒コートを着た人影が自分を背に駅前通りに歩いていた。
「あの黒コート…!?」
見覚えのある黒いコートに驚いていると、その人物は角を曲がって物陰に消えていく。
「待てっ!!」
見失わないと、ルキルはすぐさま黒コートの人物の後を追った。
「鐘の音…?」
空き地のベンチに座っていたアクアが顔を上げ、時計台に目を向ける。
同じく、隣に座っていたゼロボロスとウィドも時計台を見ると取り付けられた鐘が鳴っている。
だが、ここで二つの時計の針が合っていない事に気づいた。
「でも、時計の針が合ってませんね…故障しているんですかね?」
「さあ…しかし、この世界ではこの時間帯に鐘を鳴らすと言う考えもありますが」
ウィドが合ってない時計台の針を見ながら推測していると、不意にアクアが顔を俯かせた。
「アクア、どうしたの? さっきから考え事?」
「ええ、まあ…」
「どうしたんです? 良ければ聞かせてくれませんか?」
ウィドも心配そうに聞くので、アクアは俯きながら重い口を開いた。
「――あの子達の、事なんです」
そう述べながら、ソラとリクを思い浮かべる。
二人の持つキーブレード、光と闇の力。そして、彼らと一緒にいるヴェンとカイリを思い出しながら、アクアは二人に話をした。
「私は過去でソラとリクに出会った事があるんです。その時に、私は今後の事を考えて二人の内のどちらかにキーブレードの継承をさせようと考えました…ですが、テラがリクに継承を行っているのを知って、思ったんです。私達と同じ道を歩ませてはいけない、と」
だからこそ、ソラには継承を行わせずに大事な事を教えたつもりだった。
闇の所為で、自分達のように離れ離れにならないように。しかし…。
「だけど、あの戦いで二人はキーブレードを持っていました。しかも、リクは闇を使っていた…まるで、私とテラみたいに…」
「――不安、なんですね? あの子達が道を踏み外さないかが?」
ゼロボロスが結論を述べると、アクアは黙って頷く。
自分達が干渉した所為で、ソラとリクが仲違いをしてしまう事。守るべき光を持つカイリまで巻き込んでしまう事。何より、純粋なヴェンまでもが彼らの中にいる事が…とても不安でたまらない。
「私は、どうすればいいんでしょうか? あの子達まで、私達と同じ道を歩ませてはいけないのに……やっぱり今からでも戻って、ヴェン達には何処か安全な世界に戻した方が――」
「アクア、一つ聞いていいですか?」
決意を固めようとするアクアの言葉を、突然ウィドが遮る。
思わず口を閉ざしていると、ウィドはベンチに座りながらもアクアの目を見た。
「それは、キーブレードマスターとしてですか? それとも、あなた個人の思いですか?」
この問いかけに、アクアは息を飲む。
その間にも、ウィドはじっとアクアを見ながら答えを待つ。
アクアは顔を俯かせ…やがて、答えを口にした。
「キーブレードマスターの使命もありますが…――私個人の思いもあります」
ハッキリと答えるアクアに、ウィドは満足そうに笑みを浮かべた。
「でしたら、一人で悩まずに信じましょう。あの子達の事」
「え?」
予想もしなかった言葉に、アクアが目を丸くする。
そんなアクアに、ウィドは笑いながら話を続ける。
「私の見る限りでは、ソラもリクも良い子です。仲違いをしたとしてもカイリやヴェン、それにオパールもいますし、きっと大丈夫ですよ。それでも駄目なら、私達でどうにかすればいいんです…私は教師もしてましたから、一人の生徒の矯正ぐらいお手の物です」
笑みを浮かべながら分厚い本を見せつけるウィドに、アクアは思わず顔を引くつかせる。
しかし、それはすぐに穏やかな表情になって羨ましそうな眼差しを向けた。
「…強いんですね」
「さっきも言ったでしょう? 私は教師だったんですよ」
そう言うと、笑みを浮かべながら本を戻す。
そのまま軽く腕を組むと、顔を俯かせながら話を続けた。
「教師に一番必要な事…――それは生徒を信じる事ですから。どんな時も、何があっても生徒を信じる。それが私の信条です」
「どんな時も、何があっても…信じる、か」
ウィドの教師としての信条に共感したのか、アクアは笑みを浮かべる。
そんなアクアに、今まで黙っていたゼロボロスが顔を覗き込んだ。
「アクア、少しいいかな?」
「え?」
「君に見せたい景色があるんだ。ここからそう遠くないし、いいかな?」
「私は別に構いませんが…」
突然のゼロボロスの申し出に、アクアは困ったようにウィドを見る。
すると、ウィドはベンチから立ち上がってゼロボロスを見た。
「良かったら、私もいいですか? 待っているだけなのも暇ですから」
「でも、そうなるとルキルは…」
「大丈夫ですよ。とりあえず、これでも置いておけば待ってくれるでしょう」
そう言うなり、腰に巻いている細いベルトにつけられた剣を取り外す。
「いいの、その剣? 大事な物じゃないの?」
「まさか。この剣は元々、拾った物ですから」
「拾った?」
ゼロボロスが首を傾げると、ウィドは剣を見ながら説明した。
「ええ…少し前に、家の周りを歩いていた時に見つけたんです。丁度雪の中に埋もれていたんですが、人が来るような場所でもなかったからこうして自分の武器として使っているんです」
「ふーん…それでも、武器を手放す訳にはいかないよ。ちょっと待ってて」
ゼロボロスは何処からか黒い羽根を取り出すと、小さな魔方陣を練り込む。
そのまま羽根を上空に投げ飛ばすと、まるで意思を持ったかのようにヒラヒラと夕空の中に飛んで行った。
「とりあえず、これでいいかな」
「あの羽根は一体?」
「あれにちょっと『式』を使って、伝言の言葉を込めてルキルに送ったんだ。あの羽根を受け取れば《少し用があるから、あの場所で待ってて》と伝えられる」
そうやってアクアに説明すると、彼女の口から感心した溜息が零れた。
「凄いのね、ゼロボロス…魔法だけでなく、こんな事まで…」
「いえ、褒められるほど大した事ないですよ……じゃあ、行きましょうか。さっきの場所から坂を上ってすぐだから」
そう言うと、さっき通った道を戻るゼロボロス。
アクアはウィドはお互いに顔を見合わせたが、すぐに後を追いかけた。
丁度その頃―――テラ達三人は列車に乗って別の場所へと移動していた。
「綺麗な夕陽ですね…」
「ああ…俺も初めてだ」
列車の窓から見える夕日に、レイアが椅子から身を乗り出して眺めている。
隣に座るクウも背凭れに寄り掛りながら見ていると、向かい側に座っていたテラが思い出したように二人を見た。
「そう言えば…二人は、どうやって知り合ったんだ?」
「え?」
「いや、クウと随分親しくしているから少し気になってな。世界の事も知っているし、何よりその年齢で世界を渡るには訳があるのか?」
レイアが振り返るのを見て、テラは疑問をぶつける。
クウと一緒にいるとは言え、ヴェンに近い年齢の少女がこうして世界を渡るのは危険だ。戦う力は持っているようだが、まだまだ未熟と言える。
そんな彼女が、どうしてクウと共に行動を共にしているのだろうか? それも、世界を渡ってまで。
そう考えながらテラはレイアを見ると、向かい合うように座り直しつつも困ったように顔を俯かせていた。
「えっと、その…私――」
「レイアとは、少し前に別の世界で知り合ったんだ。その際、ある男に誘拐されそうになった所を俺が助けてさ。それ以来、行く当てもなくて俺と一緒に旅をしているんだ」
途切れ途切れに質問に答えようとするレイアだったが、クウが割り込むようにして答える。
これを聞き、驚いたテラは目を見開いて二人を見る。
「そうなのか!?」
「は、はい……初めてクウさんと出会ってから今までずっと、クウさんは私の事を守ってくれて…――最近は、その心配もなくなったんですけど…」
「どう言う事だ?」
未だに俯きながら説明するレイアに、テラはクウを見る。
すると、クウは顔を逸らすと髪を掻き乱して何処か投げやりに話し出した。
「いろいろ、だよ。それでも元居た世界にレイアは帰せない。だから、こうして一緒に旅をしているんだ」
「二人は一体…」
深まる疑惑にテラが聞き返した直後、次の駅に近づいたのかアナウンスが鳴る。
これを聞き、レイアは顔を上げてクウに笑いかけた。
「駅に到着しますね…折角ですし、少し見て回ってから戻りましょう」
「あんまりはしゃぐなよ」
クウも笑い返すなり、レイアに優しく釘を刺す。
そんな微笑ましい二人を見て、テラはこれ以上何も言えずに口を閉ざしてしまった。