チェルは一息ついて、距離を開けながらもイザナギで撃つ。銃を持つ者として距離を置いて戦い方法は普通であった。ベロボーグも余裕とした動きで弾道を読み取って躱していく。それでもチェルは引き金を引き、魔弾を繰り出した。
　黒い雷光がひらめき、射ぬかんと突き走ったが迎え撃つようにベロボーグも魔弾を撃つ。チェルの
記憶にはベロボーグによる戦い方が刻み込まれている。無論、魔弾も彼から流用したものが多い。
　彼のイザナミより放たれた白い雷光が黒い雷光と激突し、相殺される。けれども、チェルは突っ立った引き金を引いておらず、狙い撃ちを回避するように俊敏に動いていた。魔弾と魔弾の応戦――何十もの銃声が響き、轟いた。その末に、膝を屈したのは

「―――くっ…！！」

「ハッ…もう限界か」

　チェルであった。彼が相手にしているモノは『チェルの記憶』を元に再編されたベロボーグ。培われた戦闘経験――その全ても取り込んだ偽りのベロボーグとの勝負では決着を早めた。
　父が屈する姿を見たシンクはヘカテーに黙して視線を促す。結界を解除するのではなく「結界を薄める」ことで悟られずに救助する、と踏んだ。
　ベロボーグはイザナミの銃口を突きつけ、トドメを誘うとした瞬間だった。

「父さん！！」

　結界を突きぬけ、シンクの愛銃『開闢の使徒』から放たれた高密度のエネルギー弾がイザナミを狙い打った。

「なに！？」

　気づく間もなくベロボーグの銃を持つ手ごと消し飛ばされ、チェルはイザナギの銃口をベロボーグへ向け、装填された魔弾――貫く光『レイン・クロウ・ブラスト』が轟いた。
　躱す間もなく、ベロボーグの体を貫き走り、決着はついた。唖然とした表情を浮かべたまま、その姿は薄らぎ、

「――――」

　何かを言おうと唇を動かすも、声は無く、完全に消え去った。
　シンクは苦虫を噛み締めるように険しい顔を俯かせながら父へと駆け寄り、頭を深く下げる。

「……父さん、ごめん」

　父の命令を反駁した。チェルは手助けを不要と言ったが、彼はその命令に背いて、勝利の一手を担ってしまった。ヘカテーも彼を宥める様に黙して頭を撫でる。

「何を謝る」

　銃を下ろし、チェルは無愛想な顔のまま笑みを作った。

「俺自身の手で偽者のベロボーグは倒したかったが、どうも俺では実力不足だった―――それだけだ。それに所詮、戦いにルールは無い。お前が横槍刺そうとも、俺は気にしない」

　そう言って、チェルはシンクの頭を撫でた。
　内心、己の実力の劣れぶりに嘆いているのは口にしてはならない事だった。己の記憶から再編されたベロボーグにさえ、持久の差で敗北の危機へ陥りかけた。
　チェル自身に誇りといったモノは無い。非情な始末者として生きてきた彼には無用のものだし、足手纏いになる。故に、シンクの援護射撃を喜ばしく思っていた。

「それに俺のトラウマみたいなやつと戦うのも嫌気が刺していたところだ」

　シンクがベロボーグの手に持っていたイザナミを諸共消し飛ばした事を思い出し、苦笑交じりのほろ苦い顔を作って、この異空間の崩壊を肌で感じ、眩い光が残された彼らを包み込んでいった。


　アダムもまたアバタールの罠にかかり、異空間へと飛ばされ、彼の記憶にある『敵』を再編された。
　長い刀を携えた美麗の青年と屈強な体躯をコートで羽織った男性。二人の姿に見覚えは当然あった。『参謀』と『将軍』。かつては己を『盟主』と呼び、共に日々を過ごして来た旧友だった。
　アダムという男の過去、刹那と夢那と別れた理由もまたこの二人と密接に関わっているのであった。
　世界の境界を越え、自由に行き来を果たしてしまった存在を『旅人』と称される事がある。いつの時代にも『旅人』は存在し、善悪多彩かつ放埓な存在であった。
　アダムはそんな数多の『旅人』たちを束ね、１つの組織を作り上げた。組織は瞬くうちに巨大化し、彼は『盟主』として秩序ある『旅人』の統制、世界に害を為す『旅人』の規制と処罰を図ろうとする。そんな日々の中で、参謀と将軍が対立する。
　対立し、抗争へと発展する事をとめようとかつてのアダムは中立として、両者を宥めようとしたが、参謀の一刀を受けて倒れる。更に、参謀はアダムの存在を２つにわけ、片方を新たな盟主として仕立てようとした。もう片方は異世界へと捨て去った。前者は夢那、後者は刹那である。
　だが、夢那を盟主に仕立てても組織はもはや崩壊寸前だった。参謀派、将軍派と分かれて抗争が始まり、組織は崩壊。夢那は飾りのまま、その抗争を見届けた。両者の相討ち、将軍・参謀と共に盟主をサポートしていた巫女は最後まで抗争には参加せず、両社の派閥の残存したメンバーを説得し、組織は崩壊する。
　捨て去られた刹那はその後、旅人としてめぐり、巫女に保護されていた夢那と再会を果たし、夢那と『元に戻る』ことでアダムへと還り、巫女はその身を彼を護る剣となって共に歩む事を決めた。


「―――よもや、あなた方か」

　アバタールの情報を知らされたアダムは記憶から再現された二人を前に、苦笑交じりに透き通った水色の刀身をした十字の大剣を取り出した。それこそが巫女が変貌した聖剣。
　二人は黙したまま、刀と巨大な槍でアダムへと襲い掛かる。参謀の一閃を躱し、将軍の怒濤の槍撃を繰り出された一撃を聖剣の刀身で殺ぎ、受け流した。

「っ……私の記憶の二人――面倒だ」

　こうして顔を見るのでさえ、気分が悪くなる。忘れたい、思い出す必要の無い酷い存在を直視しつづける―――耐え難い苦痛だった。それ以上に、掘り返された二人と戦わされるのはもっと腹立たしい。
　アダムは静かに表情を強張らせ、聖剣を握り締める。呼応するように刀身に輝きが収束されていく。

「記憶のそこで眠っていてくれ――――ッ！！」

『……消滅（き）えなさい』

　アダムの一喝と巫女の怜悧な囁きと同時に彼は聖剣を振り払い、収束した光を放出した。膨大な炎熱の光は二人を一瞬で消滅させた。
　焦土と化した地平を睨み、胸いっぱいに嘆息し、共に剣気を収める。異空間の崩壊を感じ、静かに佇んでいた。



＊



「ッらあ！！」

　一振り一振りに全力をこめる神無の一撃は爆炎を再び纏った宝刀に受け止められ、すかさず爆炎が濁流のように流れ込んだ。無轟の奥義たる技「炎産霊神」は攻防一体の真髄に到達している。必殺の一刀を受け止めようが弾こうが、爆炎の濁流が無慈悲に敵を飲み込む。

「黒翼―――！」

　神無は瞬時にその身を覆うように黒い翼が広がりつくした。爆炎の波を受け、大きく吹き飛ばされる。炎の中から黒い球体がなお燃やされず耐え切ると、球体は欠片となって砕け散った。

「幻龍千牙！！」

　黒いガラスのように砕けた欠片は一瞬にして『黒龍』へと姿を変え、その鎌首が一斉に無轟へと飛び掛る。『明王・凛那』に纏っていた爆炎は先の一撃で消えている。
　しかし、無轟の強みは「炎産霊神」の力、その炎だけではない。戦いの果てで、修練の末に会得した剣術はもはや神無とは異なりながらも極まっていた―――そうして、彼は刀一振りで黒龍の怒涛を切り伏せていく。
　本来の父とは差異はあるだろう。けれども、神無の記憶ではほぼ同格の剣術を持っているのであった。

「―――っ」

　だが、無数の黒龍の牙を全て切り伏せず、体に無数の傷が走るも再び、その身を炎で癒す。この能力は神無の記憶にある無轟には無い技能だった。

「…」

「そうだとも」

　神無の訝しげな視線を読み取ったのか無轟は含んだような苦笑を浮かべる。

「わが体内に勾玉がある。これが傷を癒すのだ。――倒すなら『この身を丸々消し去るしかない』のだ」

「なぜに応えるんだよ」

　この無轟は己に備えられた機能を打ち明け、更にはその対策を打ち明けた事に訝しさは更に深まり、表情を険しくしながら問いただした。

「フッ……こちらも最大威力で挑むからだ」

　返った言葉と共に、『明王・凛那』を振りかざす。溢れんばかりの闘気が火となし、刀身を廻るように爆炎が渦巻き、収縮される。
　そう、一気に解き放つためであることは神無は見抜いた。最大限の威力で敵を討つ、それを為す為に。迎え撃つように神無もまた、黒い魔剣を強く握り締める。呼応するように黒い魔剣はその形を変貌していく。

「！？」

　神無の記憶より生み出された無轟には今、彼が『何をしている』のかが理解できない。心剣たる魔剣バハムートの形が次第に刀の形状になっていくのが見て取れた。
　そして、変貌を終えた刀は紛れも無く『明王・凛那』と同型の刀だった。唯一の相違は深みのある青色の刃、炎を纏っていることだ。

「なぜ、お前が？」

　翳したまま、無轟はやや瞠目した様子で神無に尋ねる。神無は何処か遠い日に思いをはせるように視線を自身が握り締めた『黒い明王・凛那』へ向けつつ、口を開いた。

「神威開眼―――ざっくばらんに言えば心剣をより強化した事だが、思ったんだ。
　『心は定型なのか？』『それを起源とした心剣は定型であるのか』？　色んな心剣士を見てきた。
　中には「剣」というカタチではなく槍やら弓やら―――魔神剣バハムートではなく…凛那をモデルとした魔神剣……って事だ」

　この『黒い明王・凛那』に確たる呼称を銘付けるならば―――『魔�K刀リンナ』。魔神剣バハムートと違う形での神威開眼であった。
　

「それはお前が無轟（ちち）の姿を見続けてきた故の可能性、か？」

「……そうだな」

　視線を無轟へと向けなおし、リンナを持ち構えた。青黒い炎が刀身に渦巻き、無轟に引けをとらない闘気を剥き出す。溢れんばかりの闘気と打って変わって彼の顔に刻まれた壮年の表情には悲哀にも似た困った顔をしている。

「親父を越える……それが俺の親父への親孝行だったかもしれねえ。もう、遅すぎるがな」

「――ゆくぞ」

　今の無轟にその言葉に気にかけてやる気は無かった。『敵』として――自分の使命を全うすべく、振り放った。茜色の大瀑布は神無の視界全てを飲み込み、一気に彼へと迫る。
　だが、彼は臆せず、怯みもせず、ただ―――その手に握ったリンナを全霊の炎と一振りを伴って打ち出すだけだった。迫ると同時に放たれた青�Kの炎が龍となって茜の大瀑布を喰らいつく。
　途方も無い大轟音、両者は同時に真っ直ぐに駆け出した。青�Kの龍の果てに、茜色の大瀑布の果てに――――『斬らねばならない敵』がいたのだから。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ――――――！！！！！」

「はぁあああああああああああああああああああッ――――――！！！！！」

　爆炎と爆炎の狂い咲く中間、相殺しあう火の粉の吹雪の中、
　策謀により己の記憶を元に再現された父の幻影とそれに挑む息子が全身全霊の一刀を抜き放った。