Another chapter7 Terra&Aqua side‐7
町のある入り組んだ地下の通路を、少女は息を切らして走っていた。
やがて、住宅街の外れにあるトンネルの中へと出る。だが、そのトンネルの広い場所で銀髪の少女は何かを感じて足を止めた。
「くっ!?」
「もう逃げられないぞ」
悔しそうに足を止める少女に、何と金髪の男が目の前に現れる。
完全に追い詰められたと感じたのか、少女は静かに男を睨みつけた。
「…まさか、こんな所まで追ってくるとは」
「それはこちらのセリフだ。よくこんな異世界にまで逃げれたものだ」
男は何処か呆れながら言うと、目を細めて少女を睨む。
「そして、この世界にもお前が選んだあの女達がいる。これも計算しての行動だろうが…その為に、あの女はこの世界にとって重大な《禁忌》を犯した」
その言葉に、少女が反応して男に反論するように叫んだ。
「スピカは悪くない!! 禁忌と言うのならば…悪いのは、我らだろうっ!!?」
「選ばれた者を庇うのは当然の行為だな。だが、それをお前を助ける者達に言っても通るのか?」
「それは…!!」
男が聞くと、少女が顔を俯かせる。
この世界の過去と現在の勇者達。世界を、友を救うと言う正義感や絆が強い彼らが、果たして自分達が犯した行為を知ったらどうなるのか。
何も言えなくなった少女に、男はさらに話を続ける。
「キーブレードは主に強い心の持ち主が手に入れる。そんな奴らがお前達が作った『歪み』を知ったら、只では済まないぞ?」
「…だから、一つになれ。お主はそれを言いたいのか?」
少女は静かにそう言うと、顔を上げて再び男を睨んだ。
「一つだけ、言っておく。我はクウ達を信じておる」
そう。それが、彼女がこの異世界に逃がしてくれた理由だ。
彼女だけでは、エンに太刀打ち出来なかった。だから、異世界の彼女と自分に関わる人達に託す事にしたのだ。
何の接点もないこの世界の人達を、彼女は信じた。ならば、自分も信じなければ。
「例え、『歪み』が悲劇を生んだとしても……あの者達ならば、受け入れてくれる。傲慢だとも思うが、我はそう信じている」
この少女の言葉に、男はただ鼻で笑った。
「そうか。ならば…確認するといい。私と共に、お前の信じる者達の選択を――」
そう言いながら、男は少女に近づき手を伸ばした。
だが、少女の足元から紅蓮の炎が壁となって阻止した。
「何だっ!?」
突然の事に男が後退りしていると、後ろで風を切る音が響く。
気づいた時には、男は灼熱の炎に呑まれていた。
「うぐおおおおおおっ!!?」
何が起きたか分からず、少女は茫然と燃える男を見る。
そうしていると、こちらを守るように無轟と炎産霊神が目の前に立った。
「それは、こちらのセリフだ」
『怯える女の子に近付くなんて、意外と悪質だね』
「くっ…!!」
この二人の登場に、男は炎に呑まれながらも舌打ちする。
しかし、男は手を振って一瞬の内に炎を霧散させると、身体を押さえながら睨みつけた。
「ここは引こう…――だが、覚えていろ」
何処か辛そうに少女を睨むと、歯を食い縛りながら声を出した。
「例え全てを望む通りに終えても…――過去と未来が混じるこの世界を存続させる術はない事をな…」
まるで呪詛のように少女に言うと、男はその場から消え去った。
「消えた…?」
まるで幻の消えてしまった男に、無轟だけでなく炎産霊神も訝しむ。
そんな中、少女は顔を俯かせ誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「お主に言われなくとも…分かりきっている、そんな事」
噛み締める様に吐き出すと、少女は再び顔を上げる。
それを見て、炎産霊神が心配そうに顔を覗き込んでた。
『危ない所だったね、大丈夫?』
「どうにか、の…」
何処か弱々しく笑いかける少女を、無轟はじっと見つめる。
この少女には覚えがある。テラと共に未来に送られる際に目にした事がある。
その事を思い出しながら、無轟は口を開いた。
「お前が、俺やテラ……そして、彼らの友人をこの未来に送ったそうだな」
「…そうじゃ。我がお主等をこの世界へと連れてきた」
一つ頷くと、無轟に真剣な目で話し出した。
「彼らとの戦いには、今現在に存在する勇者達では太刀打ち出来ない。その為にも、お主達が生きる時代での戦力、そして絆を持った者達が必要なのだ」
『だから、無轟だけでなくテラ達も連れてきたんだね』
炎産霊神が納得したように頷くが、それでも無轟は分からない事があった。
「しかし、何故過去からなのだ? 俺は歳の問題があるが、この世界のテラ達はクウと同じように成長して強くなっているのでは――」
そうして疑問をぶつけていると、不意に言葉を止める。
少しだけ口を閉ざすと、無轟は己の答えを口にした。
「――この世界のテラ達に、何か遭ったのか?」
「…過去の事は、話せぬ。未来に関わるのでな」
少女は顔を逸らすと、無轟と炎産霊神の横を通り過ぎる。
背を向けて離れていく少女に、炎産霊神が訝しげに睨んだ。
『ちょっと、何処に行くの?』
「我には、まだやるべき事が残っている。それをしに行くだけじゃ」
ある程度離れた所で少女が振り向くと、悲しげな表情を浮かべた。
「お主を巻き込み、すまないと思っておる。しかし、今回の件についてお主はどうしても必要なのじゃ」
「必要…?」
『確かに純粋な強さなら、皆の中で無轟が一番だよね』
無轟が首を傾げると、炎産霊神が何処か誇らしげに言う。
テラ達はキーブレードを持っていたり、クウやレイアは世界を旅しているが、それでも若いからか経験が浅い。それに比べ、無轟は幼い頃に自分と契約し世界を旅しては戦いだけを求めていた。皆の中で圧倒的な強さを持っているのは当然だ。
しかし、少女は静かに目を伏せて首を振った。
「それもある。だが、今回の首謀者の正体。それが分かった時……きっとお主が必要になってくると我は思っておる」
「敵の正体? それは一体――」
「時期が来れば分かる。その時は、皆を頼む」
まるで覚悟を浮かべる少女の銀色の瞳に、無轟は思わず引き寄せられる。
「絆は強い力を生むが故に、一度壊れれば修正が難しい。しかし、お主の強さを求める思いは、何時か彼らの中で必要となる日が来る筈じゃ」
そう言うと、少女の身体が透ける。
無轟だけでなく炎産霊神も驚いていると、少女は笑みを浮かべた。
「お主の中に眠る強い炎。それで闇を払ってくれる事を祈っておるぞ…」
その言葉と共に、少女は男と同じようにその場から消え去った。
後を見て、無轟は顔を俯かせ胸を押さえた。
「俺の、思いか…」
『無轟?』
いつもとは違う無轟の様子に、炎産霊神が首を傾げる。
そうしていると、無轟が笑みを浮かべながら炎産霊神に話しかけた。
「なあ、炎産霊神。契約を覚えているか?」
『もちろんだよ、当たり前でしょ?』
無轟の問いに、炎産霊神は呆れながら返す。
今ではもう遠い昔。故郷である荒れた混沌の世界で幼い頃に親を亡くし、生きる為に食料を盗み、殺されかけた。
しかし、その直前に炎産霊神と契約した事によりこうして生き延び、世界を巡る力も手に入れた。
契約。それは生きる代わりに、『戦う』事を続ける事。炎産霊神が満足するような戦いをしなければ、真に力を得れない。
「俺は生涯、強き者達と戦ってお前を満足させるような戦いをする。そこにはあいつらのような誰かを信じる絆の力は無いだろう」
今まで誰とも交わる事なく、一人で戦っていた。だからこそ、テラ達と出会ってからは戦う事を控えていた。
彼らは共に戦う者達を信じて動いている。それに自分が加われば、連携のバランスが崩れるのが目に見えていたのだ。
「そんな俺が、あいつらと同行して良い物か考えたが……彼女と話をして、憂いが取れた」
自分の持つ強さは、彼らと肩を並べて戦えるほど柔い物ではないと無意識に感じていた。その為、ここでもレイアの誘いを断り一人行動していた。
しかし、そんな化け物の強さを持つ自分が何時か彼らの中で必要となる日が来る。その言葉に、何とも言えない温かさが胸の中に込み上がる。
思わず笑みを浮かべる無轟に、炎産霊神も何かを感じたのか笑いかけた。
『無轟、満足そうだね。テラ達と同行してから少し変わった?』
「かも、しれんな」
否定することも無く、無轟は心に湧く思いに浸っていた。
同時刻、駅前広場では。
「さっきから全然当たらないぞ!! おらぁ!!」
フェンが氷結の魔法を放つと、ゼロボロスは避けながら拳を振るう。
すると、拳から白黒の炎が弾丸となってフェンに落ちるが、中には的外れな方向に飛んだりしている。
攻撃しては反撃し、また攻撃の繰り返しが続いた頃、突如ゼロボロスがフェンに向かい合う形で地面に降り立った。
「どうした? さすがに疲れたか?」
ゼロボロスが何もせずにじっと立つのを見て、フェンが歪んだ笑みを浮かべる。
一撃で仕留めようと剣を構え直していると、ゼロボロスは顔を俯かせて口を開いた。
「あなたの放った炎は、確かに厄介な能力ですね……普通の治療では治せない火傷を負わせ、じわじわと体力を削るんですから」
ゼロボロスの言葉に、フェンは諦めたと思ったのか笑みだけでなく歓喜を瞳に浮かべる。
その直後、ゼロボロスの腕や背中に付いた火傷の部分に白黒の炎が激しく包み込んだ。
「何だ!?」
「僕が何もしないであなたから逃げてると思いました?」
喜びから驚愕の表情に返たフェンに、ゼロボロスは炎に包まれなら顔を上げる。
「あなたから逃げている間、僕はずっとこの炎―――『式』を使った火傷を治す方法を根気よく試し、二万に差し掛かった所で見つけました…『溶炎弾』の炎を無力化する『式』をね」
ニヤリと笑うと、自身に激しい風を巻き上げ炎を霧散させる。
辺りに白黒の火の粉が舞う中、ゼロボロスの腕にあった筈の火傷は跡形も無く消えていた。
「火傷が消えてるぅ!?」
普通の回復魔法や薬では治らない筈の火傷が治った事が信じられないのか、フェンが目を大きく見開く。
そんなフェンを見て、ゼロボロスはクスリと笑って腕を伸ばした。
「そうそう…使い終わった炎は、再利用しませんとね?」
そう言うと、手を上にバッと掲げる。
すると、火の粉が煌めくと同時にゼロボロスが先程放った炎が魔方陣へと変わり、やがてフェンを包み込む。
逃げている間、闇雲に攻撃していた訳ではない。方法を試しつつ、使い終わった『式』を転換させて地面に張り付ける事で、何時でも攻撃出来る様に舞台を作っていたのだ。
「さあ、覚悟して貰いましょうか!? 『アブソルート・メテオ』ォォォ!!!」
「お、『朧晶夜』っ!!」
ゼロボロスが巨大な隕石を召喚すると、フェンは闇のオーラで攻撃を跳ね返そうとする。
しかし、あまりにも強大な力に障壁は跳ね返す事も出来ずにやがて隕石に砕かれた。
「ぐっ…ぐあああああああああああっ!!!??」
そうしてフェンに巨大な隕石が衝突し、辺り一帯に大爆発を起こす。
ゼロボロスがそれを見ていると、やがて息を絶え絶えにして膝を折っているフェンがいた。
どうにかあの攻撃を生き延びたフェンは、やられると感じてある方向を見た。
「マ、マリェース…!! こいつを何とか――っ!?」
フェンが増援を頼んでいると、驚くべき光景が目に入った。
やがて、住宅街の外れにあるトンネルの中へと出る。だが、そのトンネルの広い場所で銀髪の少女は何かを感じて足を止めた。
「くっ!?」
「もう逃げられないぞ」
悔しそうに足を止める少女に、何と金髪の男が目の前に現れる。
完全に追い詰められたと感じたのか、少女は静かに男を睨みつけた。
「…まさか、こんな所まで追ってくるとは」
「それはこちらのセリフだ。よくこんな異世界にまで逃げれたものだ」
男は何処か呆れながら言うと、目を細めて少女を睨む。
「そして、この世界にもお前が選んだあの女達がいる。これも計算しての行動だろうが…その為に、あの女はこの世界にとって重大な《禁忌》を犯した」
その言葉に、少女が反応して男に反論するように叫んだ。
「スピカは悪くない!! 禁忌と言うのならば…悪いのは、我らだろうっ!!?」
「選ばれた者を庇うのは当然の行為だな。だが、それをお前を助ける者達に言っても通るのか?」
「それは…!!」
男が聞くと、少女が顔を俯かせる。
この世界の過去と現在の勇者達。世界を、友を救うと言う正義感や絆が強い彼らが、果たして自分達が犯した行為を知ったらどうなるのか。
何も言えなくなった少女に、男はさらに話を続ける。
「キーブレードは主に強い心の持ち主が手に入れる。そんな奴らがお前達が作った『歪み』を知ったら、只では済まないぞ?」
「…だから、一つになれ。お主はそれを言いたいのか?」
少女は静かにそう言うと、顔を上げて再び男を睨んだ。
「一つだけ、言っておく。我はクウ達を信じておる」
そう。それが、彼女がこの異世界に逃がしてくれた理由だ。
彼女だけでは、エンに太刀打ち出来なかった。だから、異世界の彼女と自分に関わる人達に託す事にしたのだ。
何の接点もないこの世界の人達を、彼女は信じた。ならば、自分も信じなければ。
「例え、『歪み』が悲劇を生んだとしても……あの者達ならば、受け入れてくれる。傲慢だとも思うが、我はそう信じている」
この少女の言葉に、男はただ鼻で笑った。
「そうか。ならば…確認するといい。私と共に、お前の信じる者達の選択を――」
そう言いながら、男は少女に近づき手を伸ばした。
だが、少女の足元から紅蓮の炎が壁となって阻止した。
「何だっ!?」
突然の事に男が後退りしていると、後ろで風を切る音が響く。
気づいた時には、男は灼熱の炎に呑まれていた。
「うぐおおおおおおっ!!?」
何が起きたか分からず、少女は茫然と燃える男を見る。
そうしていると、こちらを守るように無轟と炎産霊神が目の前に立った。
「それは、こちらのセリフだ」
『怯える女の子に近付くなんて、意外と悪質だね』
「くっ…!!」
この二人の登場に、男は炎に呑まれながらも舌打ちする。
しかし、男は手を振って一瞬の内に炎を霧散させると、身体を押さえながら睨みつけた。
「ここは引こう…――だが、覚えていろ」
何処か辛そうに少女を睨むと、歯を食い縛りながら声を出した。
「例え全てを望む通りに終えても…――過去と未来が混じるこの世界を存続させる術はない事をな…」
まるで呪詛のように少女に言うと、男はその場から消え去った。
「消えた…?」
まるで幻の消えてしまった男に、無轟だけでなく炎産霊神も訝しむ。
そんな中、少女は顔を俯かせ誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「お主に言われなくとも…分かりきっている、そんな事」
噛み締める様に吐き出すと、少女は再び顔を上げる。
それを見て、炎産霊神が心配そうに顔を覗き込んでた。
『危ない所だったね、大丈夫?』
「どうにか、の…」
何処か弱々しく笑いかける少女を、無轟はじっと見つめる。
この少女には覚えがある。テラと共に未来に送られる際に目にした事がある。
その事を思い出しながら、無轟は口を開いた。
「お前が、俺やテラ……そして、彼らの友人をこの未来に送ったそうだな」
「…そうじゃ。我がお主等をこの世界へと連れてきた」
一つ頷くと、無轟に真剣な目で話し出した。
「彼らとの戦いには、今現在に存在する勇者達では太刀打ち出来ない。その為にも、お主達が生きる時代での戦力、そして絆を持った者達が必要なのだ」
『だから、無轟だけでなくテラ達も連れてきたんだね』
炎産霊神が納得したように頷くが、それでも無轟は分からない事があった。
「しかし、何故過去からなのだ? 俺は歳の問題があるが、この世界のテラ達はクウと同じように成長して強くなっているのでは――」
そうして疑問をぶつけていると、不意に言葉を止める。
少しだけ口を閉ざすと、無轟は己の答えを口にした。
「――この世界のテラ達に、何か遭ったのか?」
「…過去の事は、話せぬ。未来に関わるのでな」
少女は顔を逸らすと、無轟と炎産霊神の横を通り過ぎる。
背を向けて離れていく少女に、炎産霊神が訝しげに睨んだ。
『ちょっと、何処に行くの?』
「我には、まだやるべき事が残っている。それをしに行くだけじゃ」
ある程度離れた所で少女が振り向くと、悲しげな表情を浮かべた。
「お主を巻き込み、すまないと思っておる。しかし、今回の件についてお主はどうしても必要なのじゃ」
「必要…?」
『確かに純粋な強さなら、皆の中で無轟が一番だよね』
無轟が首を傾げると、炎産霊神が何処か誇らしげに言う。
テラ達はキーブレードを持っていたり、クウやレイアは世界を旅しているが、それでも若いからか経験が浅い。それに比べ、無轟は幼い頃に自分と契約し世界を旅しては戦いだけを求めていた。皆の中で圧倒的な強さを持っているのは当然だ。
しかし、少女は静かに目を伏せて首を振った。
「それもある。だが、今回の首謀者の正体。それが分かった時……きっとお主が必要になってくると我は思っておる」
「敵の正体? それは一体――」
「時期が来れば分かる。その時は、皆を頼む」
まるで覚悟を浮かべる少女の銀色の瞳に、無轟は思わず引き寄せられる。
「絆は強い力を生むが故に、一度壊れれば修正が難しい。しかし、お主の強さを求める思いは、何時か彼らの中で必要となる日が来る筈じゃ」
そう言うと、少女の身体が透ける。
無轟だけでなく炎産霊神も驚いていると、少女は笑みを浮かべた。
「お主の中に眠る強い炎。それで闇を払ってくれる事を祈っておるぞ…」
その言葉と共に、少女は男と同じようにその場から消え去った。
後を見て、無轟は顔を俯かせ胸を押さえた。
「俺の、思いか…」
『無轟?』
いつもとは違う無轟の様子に、炎産霊神が首を傾げる。
そうしていると、無轟が笑みを浮かべながら炎産霊神に話しかけた。
「なあ、炎産霊神。契約を覚えているか?」
『もちろんだよ、当たり前でしょ?』
無轟の問いに、炎産霊神は呆れながら返す。
今ではもう遠い昔。故郷である荒れた混沌の世界で幼い頃に親を亡くし、生きる為に食料を盗み、殺されかけた。
しかし、その直前に炎産霊神と契約した事によりこうして生き延び、世界を巡る力も手に入れた。
契約。それは生きる代わりに、『戦う』事を続ける事。炎産霊神が満足するような戦いをしなければ、真に力を得れない。
「俺は生涯、強き者達と戦ってお前を満足させるような戦いをする。そこにはあいつらのような誰かを信じる絆の力は無いだろう」
今まで誰とも交わる事なく、一人で戦っていた。だからこそ、テラ達と出会ってからは戦う事を控えていた。
彼らは共に戦う者達を信じて動いている。それに自分が加われば、連携のバランスが崩れるのが目に見えていたのだ。
「そんな俺が、あいつらと同行して良い物か考えたが……彼女と話をして、憂いが取れた」
自分の持つ強さは、彼らと肩を並べて戦えるほど柔い物ではないと無意識に感じていた。その為、ここでもレイアの誘いを断り一人行動していた。
しかし、そんな化け物の強さを持つ自分が何時か彼らの中で必要となる日が来る。その言葉に、何とも言えない温かさが胸の中に込み上がる。
思わず笑みを浮かべる無轟に、炎産霊神も何かを感じたのか笑いかけた。
『無轟、満足そうだね。テラ達と同行してから少し変わった?』
「かも、しれんな」
否定することも無く、無轟は心に湧く思いに浸っていた。
同時刻、駅前広場では。
「さっきから全然当たらないぞ!! おらぁ!!」
フェンが氷結の魔法を放つと、ゼロボロスは避けながら拳を振るう。
すると、拳から白黒の炎が弾丸となってフェンに落ちるが、中には的外れな方向に飛んだりしている。
攻撃しては反撃し、また攻撃の繰り返しが続いた頃、突如ゼロボロスがフェンに向かい合う形で地面に降り立った。
「どうした? さすがに疲れたか?」
ゼロボロスが何もせずにじっと立つのを見て、フェンが歪んだ笑みを浮かべる。
一撃で仕留めようと剣を構え直していると、ゼロボロスは顔を俯かせて口を開いた。
「あなたの放った炎は、確かに厄介な能力ですね……普通の治療では治せない火傷を負わせ、じわじわと体力を削るんですから」
ゼロボロスの言葉に、フェンは諦めたと思ったのか笑みだけでなく歓喜を瞳に浮かべる。
その直後、ゼロボロスの腕や背中に付いた火傷の部分に白黒の炎が激しく包み込んだ。
「何だ!?」
「僕が何もしないであなたから逃げてると思いました?」
喜びから驚愕の表情に返たフェンに、ゼロボロスは炎に包まれなら顔を上げる。
「あなたから逃げている間、僕はずっとこの炎―――『式』を使った火傷を治す方法を根気よく試し、二万に差し掛かった所で見つけました…『溶炎弾』の炎を無力化する『式』をね」
ニヤリと笑うと、自身に激しい風を巻き上げ炎を霧散させる。
辺りに白黒の火の粉が舞う中、ゼロボロスの腕にあった筈の火傷は跡形も無く消えていた。
「火傷が消えてるぅ!?」
普通の回復魔法や薬では治らない筈の火傷が治った事が信じられないのか、フェンが目を大きく見開く。
そんなフェンを見て、ゼロボロスはクスリと笑って腕を伸ばした。
「そうそう…使い終わった炎は、再利用しませんとね?」
そう言うと、手を上にバッと掲げる。
すると、火の粉が煌めくと同時にゼロボロスが先程放った炎が魔方陣へと変わり、やがてフェンを包み込む。
逃げている間、闇雲に攻撃していた訳ではない。方法を試しつつ、使い終わった『式』を転換させて地面に張り付ける事で、何時でも攻撃出来る様に舞台を作っていたのだ。
「さあ、覚悟して貰いましょうか!? 『アブソルート・メテオ』ォォォ!!!」
「お、『朧晶夜』っ!!」
ゼロボロスが巨大な隕石を召喚すると、フェンは闇のオーラで攻撃を跳ね返そうとする。
しかし、あまりにも強大な力に障壁は跳ね返す事も出来ずにやがて隕石に砕かれた。
「ぐっ…ぐあああああああああああっ!!!??」
そうしてフェンに巨大な隕石が衝突し、辺り一帯に大爆発を起こす。
ゼロボロスがそれを見ていると、やがて息を絶え絶えにして膝を折っているフェンがいた。
どうにかあの攻撃を生き延びたフェンは、やられると感じてある方向を見た。
「マ、マリェース…!! こいつを何とか――っ!?」
フェンが増援を頼んでいると、驚くべき光景が目に入った。