Fragment7‐1「記憶と思いの力」
―――時は、レプセキアが決戦場に染まる少し前に遡る…。
「少し、いいか?」
テラ達との戦いから帰還し、部屋で傷を癒すフェンに声をかけられる。
振り向くと、金髪金目の男が腕を組んで立っている。この人物に、フェンは『ポーション』を飲みながら訝しげに答える。
「何、“アウルム”。今機嫌が悪いんだけど?」
「ならば、憂さ晴らしに例の少年と戦ってみないか?」
アウルムと呼ばれた男の誘いに、フェンは顔を上を向けながら記憶を引き出した。
「ああ…あのキーブレードを持ったガキの事? でも何だって」
「気になってな…――あの少年も彼女の差し金だと思ったのだが、その痕跡は無かった。しかも、話によれば過去ではなく未来から来たと言う。しかも、異世界のな」
「つまり、どう言う事?」
フェンが先を促すと、アウルムは軽く息を吐いてから話を続けた。
「あの女側の敵でも、彼女の勢力でもない者が干渉している可能性があると言う事だ。我々があの女に影から協力しているように、何者かが彼女の勢力に影から協力するようにな。最も、エンもそれに気づいてはいるが」
「へぇ…で、そのガキがいる場所は分かっているの?」
「ああ…」
辺り一帯が闇に包まれた場所に浮かぶように存在する白い道を、シャオは歩き続ける。
そうして道の最果てまで来ると、奇妙な形をした不思議な城に辿り着いた。
「うわぁ…! すごいお城だ…」
闇と白しかなかった場所に存在する大きな城に、シャオは大きく目を見開いて見上げる。
外から見る限る、あちこちがあり得ない形状で建築されている。一体、どのように構成ているのか分からない。
シャオは城に取りつけている大きな扉を開き、中へと踏み入れた。
「中も広い…」
大理石で作られたような白い部屋に、シャオは辺りを見回す。
そうして進んでいると、妙な感覚が包み込んでとっさに頭を押さえる。
「うっ…!?」
まるで視界が歪んだような感覚が襲い掛かり、シャオは目を強く押さえつける。
どうにかその感覚を振り払うと、目の前にある階段の先にある扉を見た。
「何処か、休める場所でも探そう…」
そう呟くと、シャオは階段を上って扉を開く。
同時に、扉から光が差し込んでシャオを包み込んだ。
光が収まり、シャオはゆっくりと目を開ける。
すると、窓から夕日が差し込む石造りの廊下が広がっていた。
「ここ、どこ…?」
シャオが辺りを見回し、状況を確認する。
前と後ろにはドアと磨り硝子の窓がある廊下、そして近くに上と下に行く階段がある。
ここまで確認すると、シャオは不思議そうに首を傾げた。
「何だろ…妙に見覚えがあるような…?」
そうして思い出そうとしていると、下の方で足音が聞こえてくる。
「早くしろよ!」
「もー、分かってる!」
何処か聞き覚えのある声に、シャオは足音を立てないように階段を下りる。
そぉっと隠れながら覗き込むと、驚くべき光景が目に入った。
「遅いぞ、二人とも」
「悪い、ウィド先生の補習があってさ」
「まあまあ、いいじゃない。さっ、アイスでも買いに行こう」
咎める銀髪の少年に、謝りながら笑う茶髪の少年。そんな二人を宥めて先を行く赤髪の少女。
この三人に、シャオは身体を震わせた。彼らが誰なのか、知っているから。
「何で、昔の伯父さん達が…!?」
昔、ハイネ達と同じように写真に写っていた―――ソラ、リク、カイリの姿に、シャオは震えが止まらない。
思わず目を逸らしていると、ハッと何かに気づいて顔を上げた。
「じゃあ…ここ、学校っ!? 何でお城の中に!?」
自分の世界にある筈の校舎がこうして存在する事に、驚きを隠せないシャオ。
そうこうして居ると、三人の笑い声が遠くに響く。だんだん離れているのに気づき、シャオは焦って階段の手すりを握った。
「とにかく、追いかけなきゃ!!」
手すりを使い、シャオは階段を一気に飛び降りる。
すぐに三人を探すと、校舎の玄関の扉から外に出ていた所だった。
「伯父さん!?」
シャオは急いで駆け出し、後を追おうと三人が出て行った扉を開く。
だが、校舎の外に出た筈なのに何故か明るい室内に入っていた。
この光景にシャオが目を見開いていると、目の前に三人の人物がいた。
「ヴェントゥス、って言うんだな…――俺はテラ、彼女はアクアだ」
「テ、ラ…アク、ア――」
「よろしくね、ヴェントゥス」
優しく笑いかけるテラとアクア。そんな二人を虚ろな目で見るヴェンを見て、シャオは後退りする。
「何で、テラさんとアクアさんも…?」
無意識に疑問が口から零れていると、三人がシャオに気づいて振り返った。
「あら? あなた、新しくこの孤児院に来た子?」
「こじ…いん?」
「それで、君の名前は?」
アクアの問いにただ言葉を返すと、テラが近づいてくる。
これを見て、シャオは逃げる様に入ってきた扉から出て行った。
「何なのさ、ここ!? 何でお城なのにこんなのがあるんだよ!!」
がむしゃらに走りながら叫んでいると、目の前に外に続く扉が見える。
シャオは走るスピードを止めず、勢いに任せて一気に開けた。
「あ、あれ…?」
だが、広がる光景はまたしても何処かの室内だった。
いや、室内と言うよりは住居と言った方がいいだろう。近くには玄関があり、奥にはドアや上に続く階段がある。
シャオがあちこち確認していると、階段の上で何か騒ぎが起きた。
「わーーーーっ!!! 待て、落ち着け!!! ここは冷静に話し合おう、なっ!!?」
「そうそう!! だからバーサクになるのはもう少し――!!」
「待てるかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「「ぎゃああああああああああああああああああっ!!!??」」
辺りに響く怒鳴り声と破壊音と共に、盛大に階段から転げ落ちる見覚えのある二人。
シャオが茫然としていると、騒ぎを聞きつけたのか手前のドアが開いて栗色の少年と金髪の少女が出てきて頭を押さえる二人に話しかけた。
「大丈夫?」
「今度は何やらかしたんだよ、二人とも?」
「いっててて……ちょっと、サイクスの部屋を拝ませて貰おうかなと…」
「こうして問答無用で追い出されたけどな…」
「ははっ…!」
「ふふっ…!」
デミックスとアクセルの説明に、ロクサスとナミネが一緒になって笑った。
「―――っ!?」
誰がどう見ても微笑ましい光景。しかし、シャオは胸を鷲掴みされたような苦しさに襲われる。
思わず胸を掴み、すぐさま玄関から飛び出して駆けだした。
「知らない…こんなの知らない…!! ボクはこんなの知らない筈なんだ…!!!」
必死に自分に言い聞かせるが、苦しさは止まらない。それ所が、段々と息苦しくなっていく。
「何なの、これ…!!! こんな幻、知らないんだ…!!!」
目を閉じて視界を闇に染めていると、身体に何かがぶつかる。
我に返って目を開くと、いつの間にか繁みの中に埋もれている。シャオは息を切らしつつも茂みから出ようとした。
「あの子は…?」
その時、視界に木に隠れる様に立っている肩まである銀髪の少年が目に入る。
シャオもその方向を見ると、少し大きな家の前で、黒髪の少年を後ろから顔を埋めて抱きつく金髪の少女がいた。
「クウ…――私、好き…」
「スピカ…?」
クウと呼ばれた少年が小さく振り向くと、スピカと呼んだ少女は抱き着いたまま顔を上げる。
「私、あなたの事が好きなの……だから、行かないで…!!」
そう言うと、スピカは引き留める様に服を強く掴んで顔を埋める。
遠くから見ているシャオも、彼女が顔を埋めたまま泣いているのが分かる。
クウも分かっているのか、ゆっくりと腕を上げ…途中で何かを堪える様に握りしめ、そのまま下ろした。
「――俺も、好きだ。スピカの事…」
告白の返事に、スピカは嬉しそうに顔を上げる。
クウも笑顔を見せるが、すぐに目を逸らして前を見た。
「俺はお前を忘れないから、お前は俺の事を忘れろ。いい女になって、俺よりいい奴を見つけろ」
「ク、ウ…何を、言ってるの…?」
まるで別れる様な言い方に、スピカの表情が固まる。
それでも笑顔を張り付けるが、クウは目を合わせないまま話を続ける。
「世の中には、俺より強い奴がいる。だったら、俺よりいい男がいてもおかしくないだろ?」
それだけ言うと、何も言えなくなったスピカを乱暴に振り払った。
「さよならだ、スピカ…――皆を頼むぜ」
最後にそう言うと、クウは振り返る事も無く去っていく。
そんなクウをスピカは追いかける事が出来ず、その場に座り込んで顔を俯かせた。
「うっ…あっ―――うぁあああああああああああああっ!!!!!」
好きな人を引き留める事が出来ず、心の限り泣き叫ぶスピカ。
シャオが居た堪れない思いで見ていると、銀髪の少年がスピカから顔を逸らす。
同時に、繁みを掻き分けながらシャオの横を通り過ぎた。
「あっ…!」
急いでシャオも茂みを掻き分けて少年を追いかける。
やがて茂みから出ると、シャオは森の中にある道に出る。
すぐに辺りを見回していると、あの少年は何とクウと対峙するように立っていた。
「ウィド…?」
「何で…何で――っ!」
クウが不思議そうに首を傾げる中、ウィドと呼ばれた少年は顔を俯かせて肩を震わせている。
すると、ウィドは大きく息を吸ってクウを涙目になりながらも睨みつけた。
「――何で姉さんをふったんだぁ!!! あれだけお前の事を思っているのに、どうして抱きしめないんだよっ!!!」
クウに向かって怒鳴り散らすウィドを見て、シャオは何も言えずにただ状況を見守る。
「好きって言ったけど、本当は嘘じゃないかっ!!! 本当に好きなら、どうして姉さんを選ばないんだ!!!」
「…どけよ、ガキが」
一方的に怒鳴るウィドに、クウはそう言って睨みつける。
静かな殺気を纏わせたクウの黒い目にウィドも、そしてシャオも動けなくなる。
「てめえを倒すぐらい、どってことねえんだ。痛い目に遭いたくないならどけ」
そう言うと、クウは歩き出して動けないウィドの横を通り過ぎる。
「……て…やる――」
ある程度距離が離れると同時に、ウィドの口からか細い声が漏れる。
クウが立ち止って振り返ると、激しい殺気を纏わせたウィドがいた。
「――何時か、お前を消してやる。姉さんをふった事、死んで償わせてやる」
「……そうか」
今ではない未来に殺そうとするウィドに、何故かクウは嬉しそうに笑う。
そんな二人の様子に、再びシャオにあの苦しさが襲い掛かった。
「あっ…あぁ…!!」
締め付けられる胸を押さえ、シャオは足取りを重くしつつも二人から離れる。
「見ちゃいけない…これは、ボクが見ていいものじゃない…!!」
苦しさと共に流れ込む悲しみや辛さに憎しみの感情を、シャオは歯を食い縛って抑え込む。
心に湧きあがる感情が、更にシャオの胸を―――いや、心に痛みを作る。
それでも、知っている。分かっている。今まで見てきた情景全てが、自分にとって関係がある物だと。だからこそ、拒絶したい。
どうにか胸を押さえながら前を向くと、また別の場所に変わっていた。