Fragment7‐2
「つらい…くるしい…いたい…」
か細い少女の声が、暗闇の中から聞こえる。
シャオが周りを見ると、何処かの建物の中にいた。その目の前に柵が付けられた小さな部屋があり、中に誰かがいた。
「どうして…どうしてあたしがこんな目にあうの…!?」
牢屋のような部屋で、一人の黒髪の少女が苦しそうに蹲っている。
少女は冷たい石で造られた床に置いた手を、力の限り握りしめる。
「たすけて…だれか、たすけてよ…!!」
必死になって助けを求める少女に、シャオは目が離せない。
その時、後ろから一つの足音が響き渡る。
振り返ると、そこには白衣を纏った青い髪に青い目をした女性が鍵束を持ってこちらに近づき、牢の扉の前で立ち止まった。
「だれ…?」
「静かに、見つかるから」
「やっ…! こないで…!」
女性が鍵を開けようとするのを見て、少女は怯えて床に座り込みながら後退る。
そうしていると、女性が扉を開けて中に入る。少女はさらに後退るが、すぐに背中が壁に当たって追い詰められた。
「いや…っ!」
最後の抵抗と言わんばかりに、少女は手を伸ばして拒絶する。
しかし、女性はその手を糸も容易く握り、引き寄せて―――少女を抱きしめた。
「…ごめんなさい。私達のせいでこんな目にあわせてしまって…」
心から謝る女性に、怯えていた筈の少女は茫然となって目を丸くする。
「謝って許される行為じゃないのは分かっている。それでも、言わせて欲しいの」
そう言うと、女性はさらに力強く抱きしめる。
これには少女も大人しくなっていると、不意に女性は腕を放して笑いかけた。
「お腹、空いてるでしょ? 良かったら、食べて」
ポケットを探りながら取り出したクッキーに、少女の目に少しだけ輝きが灯る。
女性がクッキーを渡すと、すぐに少女はクッキーを口にした。
「――おいしい?」
優しく笑いかける女性に、少女は小さく笑みを返す。
この光景を見ながら、シャオはいつの間にか後退りしていた。
「ボクは…ボクは…」
一歩一歩下がっていると、足に固い何かが当たる。
振り向くと、先程よりも若干明るい部屋であちこちにさまざまな機械が置いてある。
再び別の場所に変わっていると、奥の方で白衣を着た男が何かを見ながら話していた。
「レプリカ技術、か……こうして実際に作れるとな…」
「最低限の記憶と技術で本当に作れるとはな……あとは、器として適応するかだな」
「適応しなかったらどうする気だ? まさか、そのまま殺すのか?」
「人聞きの悪い事言うな。せめて処分と言ってくれ」
「どっちも一緒だろ」
そんな会話をして笑う科学者の二人に、シャオは思わず膝を付く。
「ボク、は…!!」
耳を押さえ、目を閉じてその場に蹲るシャオ。
何も聞きたくない。何も見たくない。そんな思いで外部からの情報を入れないようにするが、それを許さないとばかりに彼の脳裏に知らない情景が浮かぶ。
廃墟となった場所で、黒髪の男性が座り込んで息を絶え絶えにした下半身が蛇のようになっているあの少女と居た青い髪の女性を抱えていた。
「待ってろ…――すぐに、すぐに助けるから…」
男性は泣きそうになりながらも、女性に手を翳す。
だが、女性は息を荒くしながらその手を掴んで自分の胸に当てた。
「もう、いいから…――私を…殺して…」
「何言ってるんだよ!? 俺にはそんな事出来る訳ないっ!!!」
「あなただから…頼みたいの…」
思わず怒鳴る男性に、女性は辛そうに目を合わせて懇願する。
「私…あなたに、ずっと迷惑かけてた――ずっと嘘をついていた……だから、最後はあなたの手で殺されて…あなたの中で死にたい…」
「“―――”…」
男性が何かを言ったのに、聞き取れなかった。まるで、そこだけ抜けているように。
そうしていると、男性は女性の胸にあった手をゆっくりと上げて光と闇を纏わせ、何と白黒の翼で出来た鍵状の剣―――キーブレードを出現させる。
覚悟を決めたのか、手を震わせながらもゆっくりと女性の胸へと切っ先を向ける。何時でも突き刺せる体制になると、男性の目から涙が零れ落ちた。
「誰かを守る…これからはその為の力にする…――約束する…」
男性は泣きながら歯を食い縛り、心からの決意を口にする。
それを聞き、女性は一筋の涙を流すと嬉しそうに笑い……別れを合図を送った。
「ころして…“クウ”…」
「っ…!!! うおああああああああああああああっ!!!」
「やめて…っ!!」
クウの叫びと共に襲う感情を、シャオは耳を押さえる手に、視界を遮る瞳に、歯を食い縛る顎に力を込めて必死に抑え込む。
だが、突然何かが胸を貫いたような痛みに、まだ子供である彼の精神は限界を迎えた。
「――やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
他人の感情に呑まれかけ、シャオは声が枯れてしまうぐらいの大声で叫ぶ。
やがて息が切れて地面に手を付けると、激しく鼓動する心臓を鷲掴みするように押さえつける。
そうして空っぽになった肺に空気を取り込もうと、シャオは必死で呼吸をした。
「――これは、また面白い」
その時、前方から男性の声が聞こえた。
慌ててシャオが顔を上げると、地平線の彼方まで続く真っ白な部屋に足元まである金髪金目の男が腕を組んでこちらを見ている。
明らかに今までの幻と違うと分かり、シャオは警戒の目で男を見た。
「だれ…!? まさか、あんたがこの幻を…!?」
「残念ながら、私ではない」
「じゃあ、誰なのさ…!?」
シャオが睨みながら聞き返すと、男は顔を上げて答えた。
「――この城だ」
「城…?」
思わぬ答えに、シャオは目を丸くする。
対して、男は鼻を鳴らしさらに説明を続けた。
「この場所は訪れた者の記憶を見せつけ、何時しか忘却の彼方に誘い来た事すら忘れてしまう特殊な城…――それが、ここ『忘却の城』だ」
「忘却の、城…」
男の説明に、シャオは茫然となりながらも引っ掛かりを覚える。
どうにか頭を働かせ、引っ掛かりを辿っていると一つの記憶を思い出す。
まだ幼い頃、ある人物が幾度となく読み聞かせてくれた物語に。
「ウィド小父さんの、本…」
「話は終わった?」
シャオが思い出していると、続けて声をかけられる。
再び顔を上げると、そこには時計台で対峙したフェンが剣を持ってこちらを見ていた。
「あの時の、オジサン…」
「前は逃げられたけど、今回は逃がさない……俺をコケにしたんだ、お前の魂をアウルムのエサにしてやる」
「くっ…!!」
剣先を向けられるのを見て、シャオはすぐさま立ち上がる。
そうしてキーブレードを握ると、上に掲げて八個の地雷を出現させた。
「行け…――っ!!」
『デトネチェイサー』でフェンを攻撃しようとするが、途中で水が湧き上がり地雷が勝手に爆発を起こす。
見ると、フェンの隣にはマリェースが召喚されていた。
「援護はお任せください、フェン様」
「助かる、マリェース」
マリェースの攻撃で地雷全てを爆発させるのを見て、フェンは一気にシャオに駆けこんだ。
「『仙牙嵐』!!」
剣を振るうと、まるで牙のような鋭い暴風がシャオを襲う。
この攻撃を受けつつも、シャオは腕をクロスした。
「くっ…!! 第一段階…――『ヒート・モード』!!」
【モード・スタイル】の力を解放すると共に、キーブレードに炎の力を纏う。
そうしてキーブレードを構えると、何故か周りの風景が歪んだ。
「え…?」
思わずシャオが見回すと、何と『トワイライトタウン』の駅前広場に立っている。
何が何だか分からず、不意に時計台を見上げるとそこに三人の人物がいた。
「どうだ、シオン。ここが俺とアクセルの秘密の場所なんだ」
「…すごいね」
距離は遠い筈なのに、二人の会話が耳元で聞こえる。
そんなロクサスとシオンに、座っていたアクセルが二人にアイスを差し出した。
「ほら、お前ら。さっさとアイス取らないと溶けるぞ」
「あっ、ごめん!」
「ったく…」
謝るロクサスに、アクセルは呆れながら笑う。
この二人を見てつられる様に笑うシオン。微笑ましい光景を、シャオは目を丸くして見ていた。
「なんで…?」
「余所見してるとは随分余裕だなぁ!!! マリェース!!」
「『ウォタガ』」
疑問を浮かべるシャオに、フェンがマリェースに指示して魔法を放たせる。
足元に水が湧き上がるのを見て、シャオは我に返ると後ろに跳んで巨大な水柱を回避する。
しかし、それを読んだのかフェンが待ち構えて剣を振り下ろしていた。
「『ファイアブラスト』!!」
それでも、シャオは炎を纏ったキーブレードを持ちながら回転してフェンの攻撃をはじく。
後ろによろめくフェンに、シャオはキーブレードだけでなく何もない左手にも炎を纏わせた。
「『ファイアカッター』!!」
キーブレードや腕を振るって円形状の炎を飛ばし、更に連撃を繰り出す。
しかし、炎はフェンに届く前にマリェースの操る水によって消火されてしまった。
「攻撃が届いてねえぞぉ!!! 『ファイガ』!!」
マリェースの援護によって救われ、フェンはお返しとばかりにシャオの足元に炎を生み出す。
すぐにその場を離れると同時に、そこから巨大な火柱が噴き上がった。
「炎が無理なら…」
魔法を回避しながらそう呟くと、シャオは再度腕をクロスしてより身体を光らせる。
「第二段階…――『フィルアーム・モード』!!」
光が弾けると共に、シャオの両腕には手袋の付いた黒いアームガードが施されている。
そして、キーブレードだった物は両端が光の弦で結ばれて弓へと変形していた。
「武器が変わった!?」
「ウィングア――!!」
驚くフェンに、シャオは弓状のキーブレードを構えると弦を引く。
だが、その途中でまたしても風景が歪み、今度は何処かの病室に変わった。
ハッと横に目を向けると、そこにはベットで眠るヴェンを見て泣いているアクアがいる。隣には、テラも悲しそうな表情で二人を見ている。
「ヴェン…ごめんさない、私の所為で…」
「アクアは悪くない……悪いのは、俺だ」
「でも!! テラはちゃんとやってくれた!! 悪いのは、私よ…」
「アクア…」
どう見ても悲しんでいる二人の様子に、シャオは思わず息を呑む。
「どうなってるのさ…!?」
さっきから自分の知り合いの若い頃の情景を見せられ、シャオの思考が混乱に陥る。
その隙を狙ってか、フェンは剣を振るった。
「『青破』!!」
「うわぁ!?」
青い衝撃波は動きの止まったシャオに見事に当たり、思いっきり吹っ飛ばされる。
シャオが倒れると同時に、手放したのか武器がフェンの少し手前に乾いた音を立てて落ちた。
「チッ、面白くねぇ……にしても、どうなっているんだ?」
「――なるほどな」
先程から見せられる幻に訝しむフェンに、後ろにいた男が納得したように遠くで倒れるシャオを見る。
「その変化…――他者の記憶を媒介に使って行なっているな」
「―――っ!!?」
男の放った言葉に、シャオは身体をビクつかせて目を見開く。
まぎれもない事実だと確信し、男はじっとシャオを見て話を続ける。
「他者の記憶をコピーしたり吸収する事で、自分の能力にする…――お前も、“レプリカ”と言う奴か?」
「レプリカ……つまり、ニセモノって事か。ははっ、こりゃ面白い!!」
何処か愉快そうに笑うと、弓となったシャオのキーブレードに近づいて拾い上げる。
「って事は、このキーブレードもニセモノか…――作り物の魂でも、足しにはなるよな」
弓を肩に担いで、フェンが笑いながら男に振り向いて聞く。
だからなのか、ここにいる三人は誰も気づかなかった。
―――ドクン…!!
シャオの中で、大きく鼓動が鳴った事に。
「――さ、ない…」
「あ?」
シャオの小さな呟きが聞こえたのか、フェンが訝しげに振り返る。
それと同時に、何とフェンの持っていたキーブレードが一瞬で消えて再びシャオの手に握られた。
「なっ!?」
「――フェン様!!」
座り込んだ状態で弦を引くシャオに、マリェースは即座に前に出て水の壁を作り出す。
シャオは構わずに光の矢を放つが、水の壁により屈折を起こして横に逸れてしまう。
思わずフェンは安堵の息を吐いていると、ゆっくりとシャオが立ち上がった。
「許さない…!!」
■作者メッセージ
発売された『3D』にハマってしまい、予定より執筆の時間が遅くなってしまっていました。
ちなみに、本体は持っておらず友達が持っているのを何日か交代制で使わせて貰っています。今は友達に本体返してソフトも貸している状態何で、次に借りる日までには完成してバトン交代したいと思っております。
ちなみに、本体は持っておらず友達が持っているのを何日か交代制で使わせて貰っています。今は友達に本体返してソフトも貸している状態何で、次に借りる日までには完成してバトン交代したいと思っております。