第五章 三剣士編第一話「前夜」
ビフロンス。半神アイネアスとサイキが作り出した異空間が今やの残存の半神たち、そして、神無たちの拠点であった。
協議の後、それぞれが休息などをしている時であった。決戦の間近となると、変な緊張感が身体を支配する。支配されると呑気に休む事もまま成らない。アイネアスにより外出は城外の近くまでしか許されなかった。
「――此処は凄い場所だな」
「そうね」
神月と紗那の二人は城の中に聳えたつ塔の頂の広場に居た。高さも相まって吹き抜ける風がとてつもなく寒いが二人とも厚めのコートを(使用人から渡された)羽織っている。
彼らから見ればこのビフロンスはまさに自分たちが住んでいる異世界『秘密の花園』と同じだが、何もかもがこちらが上だった。
「……俺もまだまだだ」
「大丈夫よ、神月ならもっと上達していくわ」
紗那は屈託の無い笑顔をみせ、彼を励ます。神月は何処か顔を赤くして、うん、と頷き返した。
そして、一息はいて真っ直ぐな双眸で彼女を見つめた。
「――紗那、俺はお前を信じて居る。『無理はするな』とか余計な心配の言葉は掛けない」
「それでいいよ。変な気遣いはお互いにしない方がいいもの」
「……とはいえ、ヴァイや母さんに関しては少し心配になる。親父も了承しているけど、内心、心配だろうな」
「この戦いは一人ひとりで戦うわけじゃない。皆で戦う……皆を信じることね」
「ああ…信じるって決めたんだ。―――さ、もう降りよう。この風景、しかと刻み込んだ」
紗那は頷き返し、二人は広場を後に塔を降りていった。
*
「オルガはいいのかー? アーファと一緒じゃなくて」
使用人たちに案内された部屋で一緒になった菜月とオルガの二人は部屋から出ずにそれぞれベッドで横になって雑談に浸っていた。そんな中、菜月が意地悪そうな口調で彼に尋ねた。
彼にとっては何もかも手厳しい女性だけれども、何よりも愛おしい人である。同じく愛する人を持つ菜月だからこそからかった。
雑談で笑みを浮かべていた彼の顔は言われると、さも気にしていない様子で返した。
「んー…今、アイツに会ったら変に怒ってぶん殴られそうだからいいわ。って、菜月こそ、首のマフラーはどうした? 置き忘れたのか?」
「いや、出立する前に黄泉に預けている」
「かああーっ」
尋ねた自分が馬鹿になったとオルガはあきれ果てた声を出した。だが、お互いに心配をかける必要が無い事を理解しあっている事に気づいた。
「……他の皆は、きっと心配で不安なんだろうなー」
「ああ。でも、それが「らしい」ったら「らしい」だろ。皆、緊張してんだよ」
オルガは用意された自分のベッドに仰向けに寝転んだ。
その顔は険しくも不安さ、緊張しているようすではなかった。神月たち、皆を案じている表情だった。
「そうだな。オイラたちだけでも、しっかりやるか!」
「ふふ」
菜月の笑顔につられて、オルガも小さく微笑みを浮かべた。
そうして、再び雑談を再開した。
*
時に人に噂にされているとくしゃみを引き起こす事が在る。
「――っくしゅん!!」
アーファの突然のくしゃみに仮眠を取っていたペルセフォネが起き、ヴァイはビクンとはね上がった。
3人も使用人に案内された部屋から出ず、ペルセフォネは横になってアーファとヴァイは静かに雑談をしていたところであった。
「……」
起きた彼女は無言のまま、半目でアーファを睨んだ。
「ご、ごめんね」
睨み据えられたアーファは直ぐに彼女に謝罪の言葉を言った。ペルセフォネは何も言い返さないまま、再び眠りについた。
すぐに寝付いたのか、すうすうと静かに寝息を立てていた。確認したヴァイは微笑を浮かべて、もと居た席に戻る。
「どうしたの? 急に」
声のボリュームを下げ、静かに口火を切ったヴァイにアーファは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
「なんでかしら……」
「ねえ……アーファはやっぱり緊張してる?」
「当たり前よ。でも、アイツはやってこないし……はあ」
アーファは頬杖をついて深いため息をこぼし、そんな彼女の愚痴をヴァイは苦笑いで流した。
自分も兄の神月や両親にでも会って、緊張感を解したかったがきっと手はいっぱいだろう。それを見通して、ヴァイはアーファと静かな雑談を楽しんでいた。
「じゃ、他のヒトと仲良くなった?」
オルガに恋しがるアーファの気を紛らわせようと、別の話題に取り入った。
此処にたどり着き、直ぐに多くのヒトたちと出会った。
「え? ……うーん、半神って奴らは気に入らないわ」
「バサッと言うね…」
お互いに最低限の自己紹介をしたアーファは、半神たちの独特の雰囲気に何処か不信に思っていたようだ。確かに、全員が心優しく接しては居ない。
距離を置いて話す半神もいたし、声を掛けただけでどこか苛立つように睨まれたこともあった。
「……でも、ちょっと凹んだ」
思い返してしまったヴァイは少し涙目になって、呟いた。すると、
「――半神たちも大変なのよ」
「うわわ!?」
「ぺ、ペルセ! 起きてたの!?」
ヴァイの耳元で声を掛けた彼女に二人は大きく驚き、ペルセフォネに振り向いていた。
「寝付けなかったから」
「……そう」
アーファは肩を落として、嘆息する。ヴァイは先ほどの言葉に首をかしげ、彼女に尋ねた。
「大変なの、って?」
「……在る程度の話は聞かされていた筈よ? 半神たちはカルマと彼女に協力した自分の兄弟に、母親、故郷は奪われているもの」
その答えに、アーファは口をつぐんで、反省の色を顔に見せ、ついに俯いた。
「うう」
「ま、まあ…仕方ないよ、気が立っている……って事で」
「アーファは一緒に行動する半神はイリシアだけでしょ?」
「私は…確か、キサラさんだったわ」
アーファと紗那は自分たちメンバーの割り当てを思い返す。
特に文句は無かったが、大丈夫だろうかと言う不安が残る。
「ペルセフォネは居なかったわね。でも、別の世界の二人よね」
「フェイトとカナリア……不思議な、雰囲気がする」
「雰囲気、ねえ……」
*
カナリアは一人、フェイトに城内にある回廊の一番奥に呼びだされていた。壁にもたれ掛り、暗がりの中、彼は彼女が来ると金色の双眸が細く、身体を静かにもたれるのを止めた。
普段見ない異質な雰囲気に、彼女は息を呑んだが怖気ずに真っ直ぐ見据える。
「っ――フェイト、何かしら?」
「……ああ…ちょっと大切な話だよ」
「大切な、話……」
彼がふざけている様子は毛ほども無い。むしろ、必死さすら感じ取れるほどに言葉の重みが壮絶だった。
「もしかすると、僕は睦月を助け出す前に死ぬかもしれない」
「え」
「破面としての性か、因果か……僕も色々『限界』のようなんだ」
吐き出る重みの言葉を淡々とした様子で話し、いつの間にかカナリアの目の前に。
カナリアは身動きが取れなかった。鋭く射抜いた双眸と戸惑う双眸が合う。フェイトは口火を切った。
「これから言う事を『絶対に守ってほしい』、『果たしてほしい』。
次の奪還戦、最悪―――――――――」
「―――……君にしか頼めないんだ」
「……」
そう言い残し、フェイトの姿が一瞬で消え、カナリアは彼の『頼み』の内容の余りに力無く座り込んだ。
どうすればいいのだろう。そんな『頼み』を託されてしまうなんて。
彼女は言葉を失い、愕然の表情を浮かべたまま、考えるのを止めた。
一方、フェイトは使用人に用意された部屋に戻り、ベッドにふて腐るように横になった。カナリアに『頼み』を託した事に心がざわめく。
「……もう、悔いはない」
一人、虚しく呟いた彼はまぶたを重々しく下ろした。
*
城内の庭園。アイネアスとサイキが育て、使用人たちが庭師としての裁定をしている事で変わらぬ綺麗さを保っている。
既に裁定を終え、設置されている休憩所の日差しよけの屋根、壁の無い休憩所にはチェルとシンクの親子、チェルの肩には猫に変えたイヴ、シンクの膝を枕にヘカテーが眠りについていた。
彼女を起こさないように彼は動きをとらずに父に尋ねる。
「いいの? 父さん。前線に出ないで」
「……いいさ」
いつに無くやる気の無い父親の言葉に戸惑いを見せるシンクに対し、長年の友であり、相棒のイヴは見透かしているようだった。くすくすと笑み声をこぼす。
「気にしないでいい、シンク。変なブランク抱えてるだけだから、警護の方に回っていいのよ」
「そういうことだ。正直、俺は戦力になれない。足手まといは、足手まといなりの役目を果たす」
「父さん……」
「お前が、俺の分まで頑張れば良い―――ああ、お前がその気ならの話だ」
「頑張るよ……父さんの分も、皆の分も……」
シンクの言葉に、チェルはイヴと互いに笑みを浮かべあった。そして、彼はまだ眠りについているヘカテーの髪をそっと触れる。
「―――……頑張るよ、ヘカテー」
*
別の広間では気晴らしに詩を謳いあっていたゼツ、シェルリアの他に拝聴者が二人居た。
一人はサイキ、一人はアダムだった。
「――すばらしい詩だ。差し詰め、恋の勝負を謳ったものですかな」
「ええ。この詩でのヒロイン…ハーヴェスターシャの恋人が、愛の神にさらわれ、彼を取り戻す戦いを描いた詩でありまして……私の好きな詩の一つです」
シェルリアは嬉しそうに笑顔を浮かべて、アダムの賛美を受け取る。
サイキはパチパチと拍手し、
「ゼツったらまた、詩が上達したのね。いいことだわ」
「ありがとう。……それでも、俺の詩魔法は似非だけどさ」
「関係ないわよ」
サイキは穏やかな表情だが真剣そうに、握り拳を胸元に当てながら言った。
「詩魔法は想いを力にする。使い手しだいだから……貴方の真摯な心と想いがあれば、十分な力は発揮できるわ。
覚えてる? 以前の貴方が謳った詩魔法はシェルリアが傍に居ないと力は弱まっていたけど、今は違う。一人でも謳えるもの」
「……そうね、ゼツ! 確りしないと」
「ああ。すまねえ」
「―――……」
アダムは3人の様子を後に、静かに出ていった。回廊を進む中、照れるゼツに、嬉しがるシェルリアとサイキの姿を思い返す。
嘗ての自分にもあのように笑い合っていた、愉快に話し合っていた者たちが居て、その姿が重なるように見えた。しかし、もう過去の事だと自分で悟っていた。
(巫女よ……すまないな)
最後のその時まで、自分を案じて、今もなお自らを剣となって共に戦っている。
巫女の声は誰にも聞こえない。アダムを除いては。
(何を、今更ですか? 私めの事など……二人の事など……)
静かに、悲しげに返した少女―――巫女は丁重に言い返した。
すると、背後の方からゼツが声を掛けてきた。
「急にどうしたんだ?」
「――……ああ、戻って休もうと思っていたんだ」
不思議そうにアダムを見やるゼツは数秒考えた後、頷いた。
「そうか、部屋も一緒だし、俺も戻るか」
「いいのかい、シェルリアたちを置いてきて」
「ん? なに、二人も与太話し始めたんだ。割ってはいる必要もねえと思ってさ」
そういってゼツはアダムの隣に歩み寄り、にこやかに笑った。反対する気も起きなかったアダムは彼と一緒に歩き出した。
「アダム……『刹那』から『アダム』になった話を教えてくれないか?」
突然、ゼツはそういって口火を切った。驚きを隠しつつ、アダムはゼツを見た。
彼は真剣に、尋ねている。真っ直ぐ異色の双眸でアダムを捉えている。
(……巫女よ、話すべきだろうか?)
(全ては、貴方の意思に従います)
「―――……この事件の一切が終わったら、打ち明けるよ」
「そう来たか。まあ『話してくれる』なら、いつだっていいさ」
言い返された彼は少々苦笑いを含んではいるものの、再び笑顔を見せて、先に歩いてく。
アダムは内心、すまないと思っているが、今は打ち明ける勇気が無かった。
自分の心はひどく臆病で、脆い。
(我ながら未熟な心だ)
そんな彼にかける言葉を出す勇気も無いまま、二人はそのまま回廊へと消えて行った。
協議の後、それぞれが休息などをしている時であった。決戦の間近となると、変な緊張感が身体を支配する。支配されると呑気に休む事もまま成らない。アイネアスにより外出は城外の近くまでしか許されなかった。
「――此処は凄い場所だな」
「そうね」
神月と紗那の二人は城の中に聳えたつ塔の頂の広場に居た。高さも相まって吹き抜ける風がとてつもなく寒いが二人とも厚めのコートを(使用人から渡された)羽織っている。
彼らから見ればこのビフロンスはまさに自分たちが住んでいる異世界『秘密の花園』と同じだが、何もかもがこちらが上だった。
「……俺もまだまだだ」
「大丈夫よ、神月ならもっと上達していくわ」
紗那は屈託の無い笑顔をみせ、彼を励ます。神月は何処か顔を赤くして、うん、と頷き返した。
そして、一息はいて真っ直ぐな双眸で彼女を見つめた。
「――紗那、俺はお前を信じて居る。『無理はするな』とか余計な心配の言葉は掛けない」
「それでいいよ。変な気遣いはお互いにしない方がいいもの」
「……とはいえ、ヴァイや母さんに関しては少し心配になる。親父も了承しているけど、内心、心配だろうな」
「この戦いは一人ひとりで戦うわけじゃない。皆で戦う……皆を信じることね」
「ああ…信じるって決めたんだ。―――さ、もう降りよう。この風景、しかと刻み込んだ」
紗那は頷き返し、二人は広場を後に塔を降りていった。
*
「オルガはいいのかー? アーファと一緒じゃなくて」
使用人たちに案内された部屋で一緒になった菜月とオルガの二人は部屋から出ずにそれぞれベッドで横になって雑談に浸っていた。そんな中、菜月が意地悪そうな口調で彼に尋ねた。
彼にとっては何もかも手厳しい女性だけれども、何よりも愛おしい人である。同じく愛する人を持つ菜月だからこそからかった。
雑談で笑みを浮かべていた彼の顔は言われると、さも気にしていない様子で返した。
「んー…今、アイツに会ったら変に怒ってぶん殴られそうだからいいわ。って、菜月こそ、首のマフラーはどうした? 置き忘れたのか?」
「いや、出立する前に黄泉に預けている」
「かああーっ」
尋ねた自分が馬鹿になったとオルガはあきれ果てた声を出した。だが、お互いに心配をかける必要が無い事を理解しあっている事に気づいた。
「……他の皆は、きっと心配で不安なんだろうなー」
「ああ。でも、それが「らしい」ったら「らしい」だろ。皆、緊張してんだよ」
オルガは用意された自分のベッドに仰向けに寝転んだ。
その顔は険しくも不安さ、緊張しているようすではなかった。神月たち、皆を案じている表情だった。
「そうだな。オイラたちだけでも、しっかりやるか!」
「ふふ」
菜月の笑顔につられて、オルガも小さく微笑みを浮かべた。
そうして、再び雑談を再開した。
*
時に人に噂にされているとくしゃみを引き起こす事が在る。
「――っくしゅん!!」
アーファの突然のくしゃみに仮眠を取っていたペルセフォネが起き、ヴァイはビクンとはね上がった。
3人も使用人に案内された部屋から出ず、ペルセフォネは横になってアーファとヴァイは静かに雑談をしていたところであった。
「……」
起きた彼女は無言のまま、半目でアーファを睨んだ。
「ご、ごめんね」
睨み据えられたアーファは直ぐに彼女に謝罪の言葉を言った。ペルセフォネは何も言い返さないまま、再び眠りについた。
すぐに寝付いたのか、すうすうと静かに寝息を立てていた。確認したヴァイは微笑を浮かべて、もと居た席に戻る。
「どうしたの? 急に」
声のボリュームを下げ、静かに口火を切ったヴァイにアーファは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
「なんでかしら……」
「ねえ……アーファはやっぱり緊張してる?」
「当たり前よ。でも、アイツはやってこないし……はあ」
アーファは頬杖をついて深いため息をこぼし、そんな彼女の愚痴をヴァイは苦笑いで流した。
自分も兄の神月や両親にでも会って、緊張感を解したかったがきっと手はいっぱいだろう。それを見通して、ヴァイはアーファと静かな雑談を楽しんでいた。
「じゃ、他のヒトと仲良くなった?」
オルガに恋しがるアーファの気を紛らわせようと、別の話題に取り入った。
此処にたどり着き、直ぐに多くのヒトたちと出会った。
「え? ……うーん、半神って奴らは気に入らないわ」
「バサッと言うね…」
お互いに最低限の自己紹介をしたアーファは、半神たちの独特の雰囲気に何処か不信に思っていたようだ。確かに、全員が心優しく接しては居ない。
距離を置いて話す半神もいたし、声を掛けただけでどこか苛立つように睨まれたこともあった。
「……でも、ちょっと凹んだ」
思い返してしまったヴァイは少し涙目になって、呟いた。すると、
「――半神たちも大変なのよ」
「うわわ!?」
「ぺ、ペルセ! 起きてたの!?」
ヴァイの耳元で声を掛けた彼女に二人は大きく驚き、ペルセフォネに振り向いていた。
「寝付けなかったから」
「……そう」
アーファは肩を落として、嘆息する。ヴァイは先ほどの言葉に首をかしげ、彼女に尋ねた。
「大変なの、って?」
「……在る程度の話は聞かされていた筈よ? 半神たちはカルマと彼女に協力した自分の兄弟に、母親、故郷は奪われているもの」
その答えに、アーファは口をつぐんで、反省の色を顔に見せ、ついに俯いた。
「うう」
「ま、まあ…仕方ないよ、気が立っている……って事で」
「アーファは一緒に行動する半神はイリシアだけでしょ?」
「私は…確か、キサラさんだったわ」
アーファと紗那は自分たちメンバーの割り当てを思い返す。
特に文句は無かったが、大丈夫だろうかと言う不安が残る。
「ペルセフォネは居なかったわね。でも、別の世界の二人よね」
「フェイトとカナリア……不思議な、雰囲気がする」
「雰囲気、ねえ……」
*
カナリアは一人、フェイトに城内にある回廊の一番奥に呼びだされていた。壁にもたれ掛り、暗がりの中、彼は彼女が来ると金色の双眸が細く、身体を静かにもたれるのを止めた。
普段見ない異質な雰囲気に、彼女は息を呑んだが怖気ずに真っ直ぐ見据える。
「っ――フェイト、何かしら?」
「……ああ…ちょっと大切な話だよ」
「大切な、話……」
彼がふざけている様子は毛ほども無い。むしろ、必死さすら感じ取れるほどに言葉の重みが壮絶だった。
「もしかすると、僕は睦月を助け出す前に死ぬかもしれない」
「え」
「破面としての性か、因果か……僕も色々『限界』のようなんだ」
吐き出る重みの言葉を淡々とした様子で話し、いつの間にかカナリアの目の前に。
カナリアは身動きが取れなかった。鋭く射抜いた双眸と戸惑う双眸が合う。フェイトは口火を切った。
「これから言う事を『絶対に守ってほしい』、『果たしてほしい』。
次の奪還戦、最悪―――――――――」
「―――……君にしか頼めないんだ」
「……」
そう言い残し、フェイトの姿が一瞬で消え、カナリアは彼の『頼み』の内容の余りに力無く座り込んだ。
どうすればいいのだろう。そんな『頼み』を託されてしまうなんて。
彼女は言葉を失い、愕然の表情を浮かべたまま、考えるのを止めた。
一方、フェイトは使用人に用意された部屋に戻り、ベッドにふて腐るように横になった。カナリアに『頼み』を託した事に心がざわめく。
「……もう、悔いはない」
一人、虚しく呟いた彼はまぶたを重々しく下ろした。
*
城内の庭園。アイネアスとサイキが育て、使用人たちが庭師としての裁定をしている事で変わらぬ綺麗さを保っている。
既に裁定を終え、設置されている休憩所の日差しよけの屋根、壁の無い休憩所にはチェルとシンクの親子、チェルの肩には猫に変えたイヴ、シンクの膝を枕にヘカテーが眠りについていた。
彼女を起こさないように彼は動きをとらずに父に尋ねる。
「いいの? 父さん。前線に出ないで」
「……いいさ」
いつに無くやる気の無い父親の言葉に戸惑いを見せるシンクに対し、長年の友であり、相棒のイヴは見透かしているようだった。くすくすと笑み声をこぼす。
「気にしないでいい、シンク。変なブランク抱えてるだけだから、警護の方に回っていいのよ」
「そういうことだ。正直、俺は戦力になれない。足手まといは、足手まといなりの役目を果たす」
「父さん……」
「お前が、俺の分まで頑張れば良い―――ああ、お前がその気ならの話だ」
「頑張るよ……父さんの分も、皆の分も……」
シンクの言葉に、チェルはイヴと互いに笑みを浮かべあった。そして、彼はまだ眠りについているヘカテーの髪をそっと触れる。
「―――……頑張るよ、ヘカテー」
*
別の広間では気晴らしに詩を謳いあっていたゼツ、シェルリアの他に拝聴者が二人居た。
一人はサイキ、一人はアダムだった。
「――すばらしい詩だ。差し詰め、恋の勝負を謳ったものですかな」
「ええ。この詩でのヒロイン…ハーヴェスターシャの恋人が、愛の神にさらわれ、彼を取り戻す戦いを描いた詩でありまして……私の好きな詩の一つです」
シェルリアは嬉しそうに笑顔を浮かべて、アダムの賛美を受け取る。
サイキはパチパチと拍手し、
「ゼツったらまた、詩が上達したのね。いいことだわ」
「ありがとう。……それでも、俺の詩魔法は似非だけどさ」
「関係ないわよ」
サイキは穏やかな表情だが真剣そうに、握り拳を胸元に当てながら言った。
「詩魔法は想いを力にする。使い手しだいだから……貴方の真摯な心と想いがあれば、十分な力は発揮できるわ。
覚えてる? 以前の貴方が謳った詩魔法はシェルリアが傍に居ないと力は弱まっていたけど、今は違う。一人でも謳えるもの」
「……そうね、ゼツ! 確りしないと」
「ああ。すまねえ」
「―――……」
アダムは3人の様子を後に、静かに出ていった。回廊を進む中、照れるゼツに、嬉しがるシェルリアとサイキの姿を思い返す。
嘗ての自分にもあのように笑い合っていた、愉快に話し合っていた者たちが居て、その姿が重なるように見えた。しかし、もう過去の事だと自分で悟っていた。
(巫女よ……すまないな)
最後のその時まで、自分を案じて、今もなお自らを剣となって共に戦っている。
巫女の声は誰にも聞こえない。アダムを除いては。
(何を、今更ですか? 私めの事など……二人の事など……)
静かに、悲しげに返した少女―――巫女は丁重に言い返した。
すると、背後の方からゼツが声を掛けてきた。
「急にどうしたんだ?」
「――……ああ、戻って休もうと思っていたんだ」
不思議そうにアダムを見やるゼツは数秒考えた後、頷いた。
「そうか、部屋も一緒だし、俺も戻るか」
「いいのかい、シェルリアたちを置いてきて」
「ん? なに、二人も与太話し始めたんだ。割ってはいる必要もねえと思ってさ」
そういってゼツはアダムの隣に歩み寄り、にこやかに笑った。反対する気も起きなかったアダムは彼と一緒に歩き出した。
「アダム……『刹那』から『アダム』になった話を教えてくれないか?」
突然、ゼツはそういって口火を切った。驚きを隠しつつ、アダムはゼツを見た。
彼は真剣に、尋ねている。真っ直ぐ異色の双眸でアダムを捉えている。
(……巫女よ、話すべきだろうか?)
(全ては、貴方の意思に従います)
「―――……この事件の一切が終わったら、打ち明けるよ」
「そう来たか。まあ『話してくれる』なら、いつだっていいさ」
言い返された彼は少々苦笑いを含んではいるものの、再び笑顔を見せて、先に歩いてく。
アダムは内心、すまないと思っているが、今は打ち明ける勇気が無かった。
自分の心はひどく臆病で、脆い。
(我ながら未熟な心だ)
そんな彼にかける言葉を出す勇気も無いまま、二人はそのまま回廊へと消えて行った。
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バトンが代わり、私、夢旅人が第五章を開始します。
ゆっくりしていってね!!
ゆっくりしていってね!!