第五章 三剣士編第二話「たどり着いた世界の光景」
「――で、何の用だ?」
「いきなり剣を向けて切りかかろうとしやがって……はあ」
白刃の切っ先を向けているブレイズは更に不機嫌そうに表情を深め、据わった眼差しで神無を見た。
神無は切っ先を向けられても苦笑いであきれ返っていた。
こうなったのは、少し前の事だった。
休息の合間、神無は一人で城内をうろつきまわっていた。観光気分だったのだ。だが、城内を巡っても似たり寄ったりな構造に飽き飽きした彼は城の窓から飛び出した。
勿論、飛び出す前に周囲の確認してから静かに、すばやく飛び出した。黒い翼を広げ、城外に着地した。
「――な、何奴?!」
「は?」
着地と共に慌てた女性の声が自分に向けて投げかけられる。聞き覚えのある芯のしっかりとした声に振り向いた。
声の主は半神ブレイズだった。剣を振る稽古でもしていたのかその手には白い幅広の刀身をした大剣が握りられており、汗を流していた。
「――っ!」
彼女も神無の顔を見た瞬間、激しく表情をきつくして剣を繰り出そうとする。
慌てて彼は繰り出された一突きをかわし、ブレイズをとめに入り、そうして今に至った。
「……というか、お前は此処で鍛錬でもしていたのか?」
ため息を止めて、神無が不思議そうに尋ねるとブレイズも剣を火の粉に散らして身体を解しながら答えた。
視線を神無に合わせようとしないで、その視線は何処か遠くを見ていた。
「我が一撃を女に化けた刀に受け止められ、挙句にヒトに負けた……」
「なんだ、根に持ってるのかよ」
「……」
鋭く睨み返そうとしたブレイズは直ぐに表情を憂い、うつむかせた。
その様子に、神無は言いすぎたと思ってか、わざとらしい咳払いをしてから言った。
「それで、気分紛れに鍛錬をしていたわけか」
「お前に負けてから、私の心の中は掻き乱された」
(何処までショックだったんだよ。……まあ、半神トップクラスの実力っていう肩書きに答えたかったんだろうな)
神無は落ち込むブレイズを尻目に、ふと思い返していた。
それはブレイズを倒し、半神たちと協力宣言を結びつけた後の事だった。
心剣世界、アルカナが立てた館で休んでいた神無の下に一人の少女が彼に話しかけてきた。
「あ…あの……神無さん」
「ん? えーっと」
声を掛けられた神無は少女の顔を見て、名前を思い出そうとしたが思い出せずに首をひねった。
すると、少女が察して慌てた様子で自己紹介した。
「わ、わたし…イリシアと言います」
「ああ…ごめんな。で、俺に何かご用かな?」
「ブレイズの事で……」
「まあ、隣でも座って」
イリシアは頷き返して、彼の隣にちょこんと座った。
何処か緊張している様子ではいるものの、深呼吸してから話を始める。
「ブレイズの事……どうか、見限らないでください」
「見限る?」
「ブレイズは、半神たちの中で……高い能力を持っています。だから……今回の事件も自分たちで解決しようと必死で―――」
「そういう事か……大丈夫、見限ったりしていない。むしろ、頼もしい限りさ」
確かに、性格上ブレイズの人間を格下に見る部分を目を閉じてやれば高く優れた能力は協力できることで頼もしい。今回の対決で神無は一応、彼女の性格の根底を壊したはずだった。
(後は…アイツしだいだけどな)
「―――強い力だけの統制は不和を引き起こす。時に思い遣る心が必要なんだよ」
「……そういう、ものなのか?」
ブレイズが興味を盛ったらしく、小さく振り向いた。
神無はしっかりと頷き、言い返した。
「おうさ。俺の仲間も、家族もヒトには優しい奴ばかりだ。一度だけ、今回の奪還戦だけでいい……」
神無は彼女の前に回り、手を差し伸べた。
「ヒトを、信じて欲しい」
「……」
その言葉に、ブレイズの顔は迷いの色を見せた。拒む気持ちと受け入れたい気持ちが歯軋りしあっているのだろう。
神無はじっと彼女を見据え、手を下ろさずに居た。
「…っ、あの場所でも言った通りだ!」
直ぐに彼女は言い放って、神無の手を力強く握り返した。
神無は満面の笑顔で握り返して、
「じゃあ、ちょっとだけ俺も鍛錬でもしようか」
「いいだろう。私が相手になってやる」
お互いに笑みを浮かべ、同時に手をはじき、神無はバハムートを、ブレイズは白い大剣を抜き取って切りかかった。
*
城の一室から見下ろすと、神無とブレイズの鍛錬の様子を眺めた。
眺めていたのは半神アーシャが黒布の下、微笑ましく言った。
「ブレイズがああも楽しそうにしているのは久しぶりね……此処最近は、必死そうだったから」
「……当然だろうな。彼女にはしっかりと心の暇を与えてやりたかった」
アーシャの言葉を返したのはソファーに座り、分厚い本を読んでいる半神アルカナだった。
向かいのソファーには退屈そうに本を読むディザイア、アルカナと同じく本を真剣そうに見ているアルビノーレが居た。
ディザイアが本を閉じて、眼前にある低い長机に置いて口を開く。
「アーシャ…なんで第一島メンバーに参加したんだ?」
「母を助けたい、それだけですが……」
「ディザイア。余計な口出しは無しだぞ。メンバーの決定はもう変えられない」
アーシャの言葉に続いてアルカナがすかさず断じた。彼に言われたディザイアは不服そうにしながらアルビノーレに視線を向ける。
視線を向けられたアルビノーレは本を読んだまま、口を動かした。
「我々で守るに事足りる。――そうでしょう、アルカナ」
「ああ」
「………なら、必死に守るんだな。俺は母を…レプキアを優先する」
そう言うや否や、3人の視線はディザイアに向けられる。
おのおの、感情入り混じった様子でいたが、ディザイアはかまわずに続けた。
「俺はレプキアに何もしてやれなかった。だから、俺はこの命の全てを母を取り戻す事だけに使う。
第一島での俺は他の誰とも協調しない。まっすぐ、一直線に母を救い出す」
アルカナは彼の言葉に、納得したのか静かに頷いた。
「わかった。お前の意思は尊重しよう。―――だが、お前が死ねば母は悲しむ。それだけは忘れるな」
「……ああ」
ディザイアは頷き返して、ゆっくりと立ち上がった。
「そうするさ」
*
ビフロンスが夜になった頃合、モノマキアを停泊している場所で神無たちは集い、船内へと入る。
船内の操作室に全員が入ると、操作盤と呼ばれる水晶のような球体の傍に居たアイネアスがいた。
操作盤は中央、右左の3箇所にあり、彼は中央に陣取ってから口火を切った。
「皆さん、いよいよ出立します。準備、覚悟よろしいですか」
「なあ、アイネアス」
「なんです? ゼツ」
「お前とサイキはビフロンスからはなれても良いのか?」
その質問に、アイネアスは表情を困らせたが、真っ直ぐゼツを見た。
「……大丈夫ですよ。ビフロンス自体を維持するエネルギーはビフロンスを囲う城壁で維持されます……―――最悪の場合が訪れても、ビフロンスは無くなりません」
「悪かった。へんな質問だった」
「いえ。他にはもう無いですか?」
皆は頷き、無言で返した。その顔には迷いも無かった。
アイネアスも頷き返し、操作盤に手を触れる。すると、船内が小さく揺れた。
箱舟モノマキアが徐々に地表から離れ、空中へと大きく上昇する。そして、モノマキアの前方に空間の歪みが生じ、異空へと通じていた。
「シーノ、キルレスト、左右の操作盤に」
「わかった!」
「ええ」
シーノは右、キルレストは左の操作盤に立ち、手を触れる。
操作盤は幾何学な模様を光を帯びて、起動する。
「では、皆さん―――モノマキア、発進!!」
アイネアスの一声と共に、箱舟モノマキアは空間の歪みに飛び込み、歪みは閉じていった。
そして、突き抜けると共にたどり着いた感覚が誰もが抱いていた。
だが、大きく前方を視認するモニターが映し出した『カミの聖域』とは呼び難い世界が、光景が広がっていた。
「ぁあああああああああああ―――――ッッ!!」
真っ先に、崩れ落ちるように悲鳴を上げたのはアーシャだった。
半神たちも愕然とした表情で、光景を見てしまう。今までの姿勢を見続けてきた神無たちは戸惑い、言葉を失いかけた。
だが、神無たちからでもこの光景が最悪なのは理解し始めた。
「……ハートレス……!!」
忌々しげにペルセフォネが呟いた。