第五章 三剣士編第五話「光に宿る影」
「集いて滅ぼせ―――『鍠刃滅星』!!」
第五島へ向かう一行。突破は光の翼『煌翼(センチュリオン)』を広げながら、クェーサー一人が行っていた。
彼女の指示で無駄な力を突破に費やすことを考慮しての事であった。彼女一人での突破に最初は誰もが不信がって居たが直ぐにその不信は払拭された。
煌かんほどの光弾がハートレスを悉く打ち砕き、攻勢が弱まる。すると、彼女の元に駆けてくる残光を走らせる流星を見て、前進を止めた。
凛那たちが立ち止まろうとしたが、それをさえぎるようにクェーサーは言った。
「―――凛那、敵が来たわ。此処から先は任せるわ」
「解った。皆、先に行くぞ」
彼女の言葉に、反対をあげるものは居なかった。今、そのような悠長なことも許されないことも。
駆けだして来る『流星』に、凛那は覚えがあった。クェーサーが語っていた『妹』。
進んで行った凛那らを尻目に、クェーサーは迫り来た流星に刃を向ける。
「――アトス!!」
「姉さん……」
彼女の呼びかけに流星は姿をさらした。
だが、今の彼女の顔には支配の証の仮面を付けられていた。カルマに支配されていた時、救い出したかった。
それを果たしたかった。それを今果たすことが出来る。
「来なさい」
クェーサーが静かに告げると、アトスは彼女と似た光翼を広げ、更には数人の『アトス』を具現化する。具現化された彼女らは一斉に彼女へと斬りかかってきた。
上甲板防衛チームは周辺防衛のメンバーが倒し損ねたハートレスの群れや押し寄せてくる、ハートレスを撃破していた。
「はああああっ!」
キーランスを手繰る青年ラクラは力を纏い、馬上槍を模したキーランスの一突きが自身の倍はある体躯のハートレスの身体を大きく貫き、消し飛ばす。
更に、間髪居れずに十文字槍を模したキーランスに持ち替え、大きくなぎ払い、自分は呼吸を整える。
「――っ一人は戦えず仕舞いか?」
「仕方ないんじゃない?」
激しい上甲板での戦闘の中、キサラの姿を捉えた。酷く怯えた様子で、身を守るのに精一杯なのが見て取れる。
すると、彼の言葉を返す女性の声と共に、無数のハートレスを空中で撃破し、上甲板に優美に着地したフェンデルが言った。
「話に聞くとトラウマレベルの傷らしいし。せめてもの救いは――――っ!? んー……防御を……うまく発動してくれるところかしら?」
彼女の背後を襲いかかってきた腕が剣と一体化したハートレスの不意打ちを受けそうになるも、薄いガラス上の結界によって防がれた。
不意打ちを繰り出した腕は粉々に砕け、崩れかかると共にラクラによって刺しぬかれて消滅した。
結界を発動している人物―――キサラは上甲板でヴァイと共に戦闘をしている―――と言っても、身動きできず必死に光の魔法による防御術で自分たちを守りを徹し、ヴァイが迫るハートレスを蹴散らしている。
数え切れない程のハートレスを倒していく中、ラクラは思わず呟いた。
「……この数、異常だな」
「ええ……撒き餌でもしたのかしら」
フェンデルも口だけではなく槍を振るいながら、同意した。ラクラは彼女の発した言葉に怪訝な顔を作る。
「撒き餌だと?」
「でなきゃこんなにハートレスがうじゃうじゃうじゃうじゃ―――群がるはずないでしょ!?」
「だな…」
このハートレスのたかり様は異様だった。
大多数のハートレスの群れが攻め入ってくる。迷いなく突っ込んでくる。
何処かおかしい。
「ミュロス、こいつらは……『ハートレス』だよな」
ハートレスの攻撃をかわして、ラクラが討ち取った。抱いた疑問を彼女に尋ねた。
ミュロスは様々な知識が豊富な女性だった。彼女も何処か不信に思っていたようで、納得するように頷いた。
「ハートレスよ。厄介なのはハートレスを無尽蔵に作り出すアレ」
ミュロスの見た遥か先には黒い穴からハートレスが爛れるように現れている。
ラクラたちは息を呑んだが、構わずハートレスは攻め寄せてくる。
「―――怖い…怖いよ」
そう呟きながら、怯え惑いながらも、必死に防御の結界で身を守り、怯えているキサラと必死にハートレスを蹴散らすヴァイ。
ヴァイはそんな彼女を優しく慰めたりする。だが、
「大丈夫だか――っきゃあ!」
「ヴァイ!?」
僅かな隙を狙ってハートレスがヴァイを殴り飛ばした。大きく床に打ちのめされ、立ち上がろうとするが伏してしまった。
ラクラたちも直ぐに掛けだそうとするが、無数のハートレスが一斉に四方八方からヴァイに牙をむく。
「ヴァイッッ!!!」
「っ、やめてええええええええええええ――――ッッ!!!」
神無、キサラの悲鳴と共に、彼女の頭の中から響くような声が聞こえた。
懐かしい、あの声が。
『今、受け入れろ。闇を』
「―――――ッ」
瞬間、彼女は金色の短剣と、黒の片刃剣を握り締め、交差するように振り下ろす。
ヴァイを守るように光と闇の奔流が襲いかかってきたハートレスたちを呑み込んでいった。
唖然としながらも、ヴァイは繰り出したであろう者の方へと振り向いた。
「キサラ……さん」
「―――ッ……――ー……ッ」
荒い息と共に呼吸をするキサラは先ほどのまでの怯えきった表情はなかった。
しかし、何処か困惑している様子だが、直ぐに澄んだように表情を落ち着かせる。
「大丈夫か!?」
神無が駆けつけ、必死に声を掛ける。はっと我に帰ったヴァイは彼により起き上がる。
父の必死な顔を見て、返す言葉も思いつかずになるが、喉の奥から漏れだすように謝る言葉を発した。
「…ごめんなさい」
「気にするな…と気前良く言いたいが………集中するんだ」
「うん……キサラさん、ありがと」
「……ええ」
彼女は何処か着かれきった様子でヴァイに返したが、まだ、周囲にはハートレスが迫ってきている。
悠長な会話は望めず、ヴァイは直ぐに構えを取り直してハートレスを蹴り飛ばす。キサラも遅れて二振りの剣でハートレスを切り裂く。
ハートレスを切り伏せ、二振りから放たれる衝撃波で、ハートレスを切り裂く。敵を切り倒す―――そうしながらも、自身の握った剣――特に黒い片刃剣――を握り締め、感触を確かめた。
(これが……闇……!)
あの声を聞いた時、全ての時間が止まったような感覚に支配された。
意識も、全て混戦きわまる場所から真っ白な世界。誰も居ない世界に一人、自分だけが突っ立て居た。
「……ヴァイ? みんな? ……どういうこと、なの」
『やっと此処に来れたか。闇を受け入れない所為だがな』
声と共に彼女の目の前に黒い影が立ち上った。それは直ぐヒトの姿をし、影の色はうせていく。
そして、完全な姿となった時にはキサラは言葉を失い、只、『彼』の姿を見つめていた。だが、口はその名を呟いた。
「ダークネス……!」
闇を司る半神。自分と対を成すように一緒に生まれ、生きて、袂を分かってしまった。
母レプキアの話で死んだ事しか聞かされなかった(事細かな経緯はレプキアの優しさで省かせた)。
目の前にいる男は確かにダークネスだった。それはキサラにとっては度し難い、事実だった。
「ど、どうして・・・」
『……端的に言えば、今の俺は『思念』とやらだ。本体が抱いていた想い、願いを種子に変え、いつかキサラに芽吹く事を目的とした』
「種子……芽吹く……?」
『ダークネスとお前を分かった理由、覚えているはずだ。そして、種子を埋め込んだ機会も…』
「……」
自分とダークネスを決定的に分かった原因は光と闇の対なる因縁だった。
半神として生まれ、ある頃からダークネスは闇を深く理解し始めていった。光も共にあるべきというが、明らか狂気染みていたのだった。理解できなかった。したく、なかった。
ダークネスを拒んだものの、彼は怒った。キサラと戦い、お互いに傷つけあった。彼女の身体には、ダークネスとの戦いで負った傷が癒えずにいる。
「……あなたが、闇に落ちるから……」
『そうだな。本体の末路は知らないが、お前の様子だと“死んだ”様だな。……哀れな末路、か』
ダークネスの姿をした思念は何処か哀れむような様子で顔を俯く。
目の前にいる宿縁の男に、キサラは戸惑いを見せる。
『――さて、本題に移す』
思念は顔を上げ、キサラを見据える。
きっぱりとした様子で彼は発言した為に、思わず畏怖を抱く。
「本題…?」
『お前の意識が此処にいる――と言う事は、お前は闇を受け入れる準備を整った事になる』
「そんな! そんな準備なんて……」
『悪いな。俺は“思念”……与えられた事しか果たさない』
彼の身体が先ほどの黒い影になっていく。彼の影は次第にキサラの足元の影に伸び、溶け合う。
思わず身を引こうとするが、身体が動こうとしない。
『闇を受け入れる事と落ちる事は違う』
影になり、次第に彼女の影に沈んでいくダークネスの声だけが響いてくる。
更に、キサラの意識と視界が黒く染まっていく。
「あ……ああ……!!」
『最後に本体からの言伝だ。この言葉は狂う前―――そうだな、お前と袂を分かつ手前の言伝だ。
――――“お前を苦しめた事、すまなかった”―――」
彼の言葉と共に、闇は、黒がキサラを呑み込んだ。
キサラはその瞬間、対となる短剣、刀剣を抜き取ってヴァイを救い出していた。
自分の中にはもう『ダークネス』は居なかった。だが、『闇』だけが血のように巡り続けている。
「……今は、受け入れるしかないわね」