第五章 三剣士編第八話「第四島攻略前編」
「……皆、いる?」
紗那は呼びかけたが、周囲は混沌とした闇色の空間。視界も暗く、傍に何かあるのかも分からない。
声を大にして言うと、
「私はいるわよ」
「暗いわねえ……『星空』でも作りましょっと!」
イヴ、続いてセイグリットの声が帰ってくると暗闇の世界に星が鏤められて行く。
小さな輝きが無数、無限に出現し、明るさを取り戻した。
そうして、明るくなった世界で紗那の傍にほか二人がいた。だが、アーファ、ヴァイロンはいなかった。
「…凄いね、『星空』作るって」
闇色に包まれた世界を一瞬のうちに、星が輝かせた業をなしたセイグリットに驚きのままに呟く。
「―――さて、そこにいるのは解ってるよ!」
セイグリットが鋭く一喝すると彼女らの前に赤黒い影が広がり、中から先ほどの暗色装束を見に包んだ少女が現れる。その手には鮮やかな赤色の刀身をした短刀を逆手に握っている。
見破られた彼女は周囲の星空を忌々しげに見て、セイグリットを睨み据える。
「……」
「危なかったようだねえ。暗がりの中ならあの子、何処からでも『斬りかかって来た』わけだ」
「そうねえ。真っ先に声を上げた紗那も危なかったわね」
「うう」
からかう様にイヴに言われ、ゾッと背筋がひやりとした紗那は若干、青ざめた。
だが、そんな事構わずに少女が動いた。
「!」
「はやっ!」
間合いを一気につめられ、最初に赤黒く染まった左足の蹴りでイヴへと大きく飛ばされた。続いて、紗那が一対の心剣『干将・莫耶』を抜き取る。
彼女の繰り出した一閃を軽々と異様に発達した身のこなしでかわされ、紗那へすかさず返しの一閃を与えた。切りつけた箇所を先読み、羽衣で防ぐ。だが、瞬時に空いた片手が赤黒いオーラを纏い、彼女の腹部へと打ち込んだ。
「かはッ――!?」
打ち込まれた赤黒い光が弾け、紗那は激しい痛みと共にバランスを崩す。うつむきかかった所で、首元へ短刀を突き刺そうとする。
「させないよっ!」
脇から大きく跳び蹴りを喰らった少女は闇色の大地に飛び込むように姿を消した。
セイグリットは噎せ苦しむ紗那の背を擦りながら、呼びかける。
「大丈夫かい!?」
「…は、はい……助かりました」
「気にしない、ほら! しゃきっとする」
バンっと強く背中を叩かれ、紗那は構えを治した。
傍にはセイグリットが身構え、少し先にはイヴが周囲を警戒しながらこっちへ駆け寄ってきた。
「あの子、中々の動きをするわね」
「……体術には体術ね――ぅ、ふぅ……」
イヴが関心めいていうと、紗那は『干将・莫耶』を解き、拳をぐっとうならせる。
しかし、腹部に受けたダメージに呼吸が荒くなっていた。
それを見かねて、セイグリットが紗那の前に立つ。怪訝に思い、尋ねようとした瞬間、
「――はぁっ!!」
「っあ!?」
「ちょ?」
セイグリットの繰り出した右手の一指し指が紗那の腹部へ突き刺した。驚く二人、特に紗那は言葉を失っていた。
だが、刺された痛みも無く、次第に腹部の痛みも引いて行った事を理解した。
「……えーっと、何したの?」
「――後で」
セイグリットが言うや否や、電光石火のごとく駆けだした。彼女がいた場所へ巨大で赤黒い刃が振り下ろされた。
イヴが刃を手袋に仕込んだ糸で絡めとり、一気に千切った。赤黒い刃が粉々になり、再び、少女が姿を現した。
赤黒い欠片はまるで血のように禍々しさを帯びている。その中から出現した少女に3人は恐怖をかみ締める。
少女との戦闘、彼女一人に対して三人で挑んだこの戦いは未だ終端には至っていなかった。
「尋常じゃない動きさね」
「『人間』とは違うわ……まあ、『何』なのかは解らないけど」
久しく感じた恐怖にセイグリットは半笑みを浮かべ、イヴは冷静に少女の異常さを口にした。
赤黒い気は剣、槍や時に獣すら形を変えて襲いかかる。少女が身に纏うことで防御にもなるようだ。
「……異常な、身体能力か」
心剣で強化された体術による肉弾戦は熾烈を極めた。少女の異常な身体能力は果たして彼女の持っていた剣の影響だけなのか。
疑問に抱く合間に、少女は疲弊の色一つも無く新たな攻撃を仕掛けた。
「紅血に沈め」
少女の一声と共に、その背後から噴出した赤黒い血で固めたような門が出現する。
ゆっくりと音を立てて開く門を唖然と見つめるイヴとと紗那。セイグリットはハッとなり、
「二人とも全力で『逃げるんだよ』!!」
「っ!?」
彼女の一喝に反応した二人が動こうとしたその時、共に門が完全に開く。
門の奥には黒さのあまりに中を見ることが出来ない。だが、内側から静かに、加速するように大きく鳴動してきている。
「―――」
3人は見た。鳴動が静まり、門の奥から巨大で凄ましい勢いで血色の塊が迫った。
「……」
3人の姿が血色の塊に飲まれ、門が閉じる。少女は静かに覆いかぶさっていたローブをぬぐった。
「終りね」
他愛も無く彼女の繰り出した大技『死血の洪水(エマ・プリミラ)』により死んだと確認した。
現に、彼女たちがいた場所には血溜りしか残っていない。混沌の闇の世界に残っているのは自分と、太った女が発言した眩い星たちの輝きだけだった。
「さて、後はリュウカの方――」
「はいやっ!!!」
「ぐ、があああっ!?」
突如、星たちが激しい光を発す。それに驚き、声の方へと仰いだ。
無数の流星を降り注ぐ中、その中から颯爽と現れた『女性』がとび蹴りを少女の鳩尾に与えて、着地する。床に無様に転げまわった少女だったが、牽制の血の矢玉を注いだ。
だが、『女性』は片手を一振りで凪ぐと、降り注いだ流星が矢玉と相打つように消滅した。砕け散った流星の欠片が輝きを帯びたまま零れ落ちる。
零れ落ちる欠片の輝きで、『女性』の姿を捉えた少女は驚きの表情を大きく浮かべた。唖然とも捉えるその顔に『女性』は呵呵大笑の笑い声を上げた。
「はっはっは! いやはや、危なかったわー」
新たな流星が彼女の左右に落ち、破裂する。中から先ほどの攻撃で死んだはずの紗那とイヴが現れる。
3人とも鮮血で真っ赤になっていたが、先ほどの技で与えた傷では無い事は明白だった。
「ごほっ、おえぇっ……これ、血…?」
紗那は口に含んだ血を吐き捨て、呻く。イヴはあくまで冷静に、構えを整えて、この特有の攻撃をする『種』を推察した。
彼女が生活していた世界タルタロスは様々な種の者たちが来訪することが多い。
「人間離れした身体能力、何より『血』を力にした業―――……『吸血鬼』ってところかしら」
その言葉に、少女がぴくっと反応した。彼女は何処か忌々しげに睨んだ。
紗那ははじめて聞いた名前に怪訝になった。
「き、吸血鬼?」
「実際に戦ったのはこれが初めてだけどね……まさか、人間以外の操られたヒトがいたとは」
「へえ、見た目は女の子だがまるで次元が違うんかい」
「……相手が吸血鬼、ってことも驚いたけど。今はアンタの『その姿』に驚いたわ」
イヴは構えを崩さずに自分たちを救い出した『半神』を見た。
先ほどまでの太った胆の据わった女性の姿はまるで違っていた。引き締まった体躯、若々しいさ、生命力にあふれた美女となっていた。
「―――ほら、シャキッとする!」
「ご…ごめん、なさい」
まだ膝を付いていた紗那を起き上がらせ、その背中を叩く。よろめくも構えを作った。
だが、服にまみれた血のにおいが鼻に付くのか、苦渋に苛んだ顔をしている。
「さ、倒すわよ」
「そうね……此処で負けるわけにはいかないもの」
「はい…!」
「―――今度こそ、終わらせてやる」
3人の決断は早かった。彼らから溢れる力の脈動に、少女は忌々しげに頭上に浮かぶ門に再度、攻勢を仕掛ける。
紗那は天舞剣『干将・莫耶』を抜き取り、イヴは糸を無数に伸ばす、セイグリットが具現化した星は集われ、彼女を軸として回転している。
そして、門が開いた。膨大な『血』が少女を包みこんで、巨大な球体となった。そして、球体が真っ直ぐ3人へと向かう。
最初に動くは、
「見せてやるよ……星の力を」
彼女もバリアのように星の回転速度が増し、一気に球体へと激突する。更に、球体へ糸が絡み付く。
「なにっ!?」
「紗那、一気に決めなさい」
イヴはその一声と共に思い切り糸を締める。流星に押され、糸に締め付けられた球体は粉々に破裂する。
少女がその中から現れ、その周囲を桃色の布が展開し、幽閉する。少女の目の前には紗那が一人、待ち構えていた。
紗那は一気に駆けだし、『干将・莫耶』を擲つ。だが、少女はそれを片手で弾き、紗那へと迎え撃った。
「――奥義!!」
同時に彼女も攻撃を仕掛ける。弾かれた干将・莫耶の対剣が無数の花びらとなって散る。散った花びら一つ一つが紗那の姿になり、一斉に少女に襲いかかる。
「おのれえええ!」
最初は紗那たちを軽々と倒し、本体であろう紗那へと向かうが幾度も幾度も襲いかかる紗那たちの攻撃が入る。
そして、紗那たちの姿がひとりとなり、その拳には桃色の光が収束されていた。
「―――っ!」
「おっと、逃さないよ」
少女は自身の動きが『止まった』事に、驚く。その声はイヴだった。視線を凝らすと、少女の四肢に糸が巻き付いており、更に後方からも力を感じる。
「『極星覇弾』!!」
「桜神乱舞――――凰羽!!」
前方からは紗那が放った桃色の鳥を模した光弾、背後からはセイグリットの繰り出した無数の光弾が。
中間にいる少女は動きを止められ、成すすべも無く双方の光弾の弾幕に飲まれて行った。