第五章 三剣士編第七話「幕間1」
一方、モノマキア船内へと話を切り替える。
「―――っ」
「おお、目が醒めたか」
ゆっくりと瞼をあけた『誰か』は見慣れない天井、見慣れない人を見て、と惑いを見せる。
困惑している『誰か』に、覗き込んでいた人――神無が安心したように胸を撫で下ろした。
部屋には神無のほかにミュロスが扉に佇んでいたが、『誰か』の目覚めと共に歩み寄ってきた。
「…ふむ、あなた『自分が誰か』解る?」
据わった双眸を向け、自身が手に持つ分厚い本の中から取り出した栞を『誰か』に向けた。
栞は淡い光となって砕け、その断片が『誰か』を包んだ。
「誰か……」
光に包まれる中、ふと――ある二人の後ろ姿見えた。二人は手を繋ぎ、自分の方へ一緒に振り返った。
優しさに満ちた二人の顔を見蕩れるように見つめていた『誰か』へ、二人は口を動かす。
その紡がれた言葉共に、『誰か』は己の名を唱える。
「……『ハオス・クリロミノア』」
そう名乗ると、彼を包んでいた断片が消える。
ミュロスはどこか怪訝に、しかし、その名の意味をいった。
「“混沌の遺産”、か……さしづめ、二人で一人の存在で、『子』でもあるか」
「おい…どういうことだ?」
彼女の言葉に驚く神無と、そう言われた『誰か』―ーハオスは首を傾げる。
その様子を見てからミュロスは少し困ったような顔を作る。
「どうもこうも、ハオスを構築している『すべて』がフェイトとカナリアのものだからよ。あの黒い化け物にカナリアが取り込まれて、その後にハオスが生まれた…としか言えないわね」
「そうなのか?」
「……正直言えば、私も良く分からないのよ。ここは私だけでいいから、貴方は休んでいなさいよ」
「わかった」
神無はそう言って、部屋を出ていった。戦いの疲労は少なからず感じていた。
彼――ハオスの事は気になるが今、気になってもどうしようもないと諦めたのか彼はさっさと上甲板に戻っていき、上甲板には戦っていたものたちが座り込んで休んでいた。
「父さん…さっきはごめんなさい」
父神無へと駆け寄り、反省した表情と声色で娘ヴァイは声を掛ける。掛けられた神無は気さくに笑い返す。
「無理しないでくれたら俺はそれでいいさ。――しっかりと頑張ってくれたのはよーく解ってる」
「あ、わわ…………うん」
そう言って彼女の頭をくしゃくしゃに撫でまわす。その行為に恥ずかしげに、しかし、嬉しそうに父に笑顔を向けなおす。娘の笑顔に、父は安堵する。
「じゃあ、父さんもしっかり休んでね!」
「ああ……」
ヴァイは元気そうにその場からはなれて、船内へと駆けて行った。
神無は見届けた後、座り込んで、休息をとると、黒衣の男性――ゼロボロスが彼の隣へと歩み寄り、座した
隣に座ってきたゼロボロスを神無は怪訝そうに見据える。
「よお、若い頃と比べて疲れやすいのか?」
「まあな。……一先ず休むわ」
「おう」
そう言って雑魚寝するように横たわった神無を横に、やれやれと思いつつ、ゼロボロスはレプセキアの夜空を見つめはじめた。だが、神無は瞼を閉じたまま、ゼロボロスの言葉をかみ締める。
(それでも戦うしかねえんだよ。……俺は)
ふと、過ぎった父親の姿。最初は業火を背に刀を手に持っていた姿、すぐに晩年の姿へとなった。その姿は神無の心に生き続けていた……幻影の様に。
「――……一先ずこれでいいですわ」
「ああ…すまない」
治療を受けていたのはブレイズだった。彼女は怒りから力を開放した姿『蒼炎の女神』で最前線で戦った。
攻撃を受けた感覚に気付くことなく手創を負っていた。ブレイズは治療したキサラに礼を言って、ふと不思議に思ったことを口にする。
「キサラ。一ついいか?」
「はい、なんでしょう…」
「雰囲気、変わった気がする」
的確に言われたキサラは少し表情を曇らせたが、口で語るよりも見せたほう早いと思ってから左手に力を込める。
左手より現出したのは黒い剣。感じ入る力――属性の脈動に、ブレイズは困惑を満たした驚きの表情を作り、怪訝につぶやいた。
「!! ……闇……? 馬鹿な、お前は光――」
「私もよく分からないんです。うまく説明できないという感じで……」
ブレイズは彼女の言葉に嘘を感じず、信じるように頷き返した。
その答えだけでキサラは胸を撫で下ろし、彼女に一礼してからほかの負傷しているものたちへと足早に歩いていった。
しばらくして第二島、第四島を攻略したメンバーが帰還してきた。空いている部屋に操られていた心剣士、反剣士を入れて、それぞれ急速へと移っていた。
しかし、慌しい出来事はどんな場所でも起きるというもの。まずはハオスが居る部屋から始まる。
「……」
皐月、アビスはそれぞれ言葉を失っていた。最後に見た二人の姿は此処には無く、『ハオス』として二人は生きていた。
しかし、目の前の現実に理解はできても、納得は難しいものであった。
「そんな……!!」
「……」
アビスの洩らした悲鳴にハオスは辛い表情を作り、沈黙を続ける。自分には何もいう資格は無いと思っているからであった。
この部屋には今もう一人、既に人が居た。フェイト、カナリアと行動を共にしていたペルセフォネである。彼女は最初に船底での話をしてからは壁に背を預け、悲しい表情を殺すように無表情を繕う。部屋の中は重たい空気でいっぱいであった。
「――どうして、何もいわなかったんだろうね…?」
皐月は呻くように呟いた。少なくともハオスに質問攻めする意味は無い。
故に、自問するように己に、此処には居ないフェイトへ尋ねるように言った。
「でも、やっぱり二人に似てるわね」
アビスは一息ついてからそっとハオスの頬を撫で、その顔を見据えた。突然、彼女に触れられたハオスは驚いた様子で見ている。
「二人を失った事はとっても辛い…けど、こうして落ち込んでいられないわ。ハオス、二人に代わって、永遠城に戻ってくれる? そして、一緒に戦ってくれる?」
「……! そう…でしたね」
はっとなった皐月もハオスの肩に手を乗せて、まっすぐ彼を見つめた。困惑の色はもはや失せ、受け入れた瞳であった。
「ハオス――これからもよろしくお願いします」
「はい…」
嬉しげな笑顔に涙を流し、ハオスは二人へうなずき返した。それを静かに見ていたペルセフォネは微笑を浮かべた。
「――ハオス、私からもよろしくね」
そういって彼女もハオスに挨拶を交わして、さっさと部屋を出て行った。これ以上いる必要なかいと判断した。
廊下を歩くと壁にもたれかかっていたチェルが佇んでいた。
ペルセフォネは彼を横切るところで歩みを止めて、彼は口を開いた。
「一先ずはこの一件は解決したか?」
「ええ……でも、私も辛いわ…あの二人にほんと何かあったんだろうけど、解ってやれなかった事が」
「あの二人も覚悟の上で俺たちを巻き込まないように動いていたのは解ったさ。お前一人が嘆く必要は無いぞ」
そういってペルセフォネの頭を軽く撫でて、彼女と反対のほうへと歩き出していった。
「……そうね。それでも、呵責くらいはしちゃうものよ」
彼女も歩みを直して進んでいった。目指す場所はイオンの居る部屋へ。心安らぐ場所といえるなら彼の隣で静かに休んでいたかった。
一方、チェルは操作室へと戻り、アイネアスと第一島へと向かうメンバーの一人アルカナにある話を持ち出していた。
「第一島のメンバーに入りたい、ですって?」
アイネアスは驚きの篭った声でチェルを見やり、アルカナは平淡な眼差しで話を聞いていた。
話を持ち出していたチェルは頷き、理由を話した。
「今になっていうのも無礼だとは思っている…今回の事件から俺は戦いをずっと遠ざけようとしていた。臆病風に吹かれていた――のだろうな。
此処まで来て何も果たすに終われなくなった。頼む、このとおりだ…!」
チェルは深く頭を下げる。その態度にアイネアスは困惑気味にアルカナを見やった。
「……問題なかろう。少なくとも、私は気にしない。出発に一緒にいても誰もとがめないだろう」
平淡な回答にチェルは顔を上げ、もう一度アルカナへ頭を深く下げる。
「すまない…」
チェルの礼の言葉にアルカナは問題ない、と先に言ってから続けて、
「話はそれだけなら、切り上げるぞ。わずかな時間を鋭気に養うようにしておいたほうがいい。まだ残り2つのチームが未帰還だからな」
彼は踵を返して、これ以上チェルの話を聞く姿勢は無かった。
アイネアスはチェルに駆け寄って彼の方に手をかける。
「いろいろと慌しい自体が多かったから休んだほうがいいよ。まだ第一島の結界は解かれていないわけだし」
「ああ…では失礼する」
チェルは顔を上げて、一礼してから操作室を出て行った。アイネアスは一息、ため息を吐いてからいすに腰掛けた。
「――キルレスト、シーノ。周囲の様子はどうですか? フェイトの『アレ』からハートレスの出現も攻勢もなくなっているが…」
現在、操作室にいるのはアイネアス、アルカナ、キルレスト、シーノの4人であった。二人はチェルの話を聞いていたが、あえて会話に割り込まずに居た。
尋ねられた二人は互いに見やって、シーノが頷き、アイネアスへと振り向き、口を開いた。
「ハートレスが湧き出ていた箇所もフェイトに喰われたからね。出現の気配は無いよ。
残っていたハートレスの群れもほぼ殲滅したと思っていい」
「そうですか…ではそのまま警戒を怠らず」
「解った」
「うん、了解」
二人は再び船の警戒に集中するようにいくつものモニターを映し出して周囲の警戒に専念した。