第五章 三剣士編第十五話「第三島攻略破」
「別々に飛ばされたようね。『異空間』ともいえる此処に」
「母さま、どうしましょう…?」
同じく、別の空間へと飛ばされていたアナザ、フィフェルは周囲の様子を伺いながら歩き出した。
飛ばされた空間は菜月と違い、厳かな石造りの廊下だった。だが、奥行きはあるものの前も後ろも『終わり』が無い。
「でも――歩きっ放しってわけじゃあないようね」
「!」
アナザは苦笑を浮かべ、視線の先に居た果てない回廊で二人をSin化の仮面をつけた剣と左腕を覆い隠すような大きなの盾にも似た鉄甲を装備した女性が立っている。
それに気づいたフィフェルはアナザの前にかばうように身の丈以上の大剣を手に、構えを作る。アナザも銀と黒の刀を下ろしていながらも臨戦態勢をとった。
「悪いけど、さっさと此処から出させてもらうわよ――フィフェル」
「はい!」
彼女の一声と共に、フィフェルが女性へと斬りかかる。大剣の一振りは繰り出して左腕の鉄甲で受け止め、はじかれるが、横なぎに魔力を纏った一撃を薙いだ。
激しい衝撃を鉄甲で受け止め、フィフェルへ剣を振り下ろそうとした。だが、その頭上からアナザが刀を手に飛び掛ってきていた。
「光よ…!」
「なに――っ」
「きゃっ!?」
女性は振り下ろさず掲げるように突き上げ、同時に彼女を守るように光の結界の柱が立ち上り、アナザの攻撃とフィフェルを弾き飛ばした。
「――光よ、放て! 『光火烈弾』!」
結界の光が欠片となって崩れ落ちる。だが、その欠片一つ一つが炎熱帯びる光弾となってフィフェルとアナザへと放たれた。
「『虚闇』――!」
銀黒の刀を擲ち、地面に突き刺さる。同時に薄暗い壁が広がって女性が放った光弾の礫を全て打ち消す。
その防御に女性は驚きの声を小さく洩らした。
「攻撃が…」
「残念ね。その程度じゃあ私を守る帳――『虚闇』は突き破れないわよ」
せせら笑う様に刀を引き抜いたアナザが言った。フィフェルも彼女の傍まで戻っていた。
「……だけど、このままにらめっこでもするつもり?」
「ははは…面白いけど、私たち―――急いでるのよね。あ、そうだったわ。あなたの名前は何だったかしら。私はアナザ、この娘はフィフェルよ」
アナザは薄闇の結界の向こうから自分と娘に等しいフィフェルの名を名乗った。
フィフェルも母に等しい彼女の言葉に従い、小さく礼する。女性は呆れながらも、再び自身の周囲に光弾を配置し、再度攻撃をする姿勢をとるも礼儀に応じた。
「私の名前はギルティス。そんな結界、最大火力で突き破るわ」
光弾の配置が円をなし、更なる光の収束と力の胎動を高鳴らせる。
アナザはまずは一礼し、
「そう、まずは名乗ってくれて謝すわ。――でも、そう簡単には行かないわ。フィフェル、お願い」
アナザは剣を地面に刺し、フィフェルに声をかける。。
「はい。―――わが魂、この現し身、全てを貴女に」
フィフェルは彼女の言葉を全てを理解する。彼女の体が光に包まれ、その体を変異する。
それは彼女が握っていたほどの大きさ、優美すら思える刀身をした朱色の大剣となり、アナザはその柄を両手でしっかりと握り締め、更には軽々と持って構えをつくった。
同時に、
「『オーバーレイ・ホーリネス』!」
激しい炎熱の破壊光が闇色の結界を貫く。
「――『闇荒の銀熾斬(プルートゥ・エクプリス)』ッ!」
アナザへ届く寸前、迎え撃つように渾身の一振りを振り下ろした。
振り下ろされた一撃は破壊光を両断し、続けざまに魔力を纏った斬撃を伴って振り上げた。
「まだ、まだああっ!!」
放たれた衝撃波を彼女は光を纏った左腕の鉄甲で殴りつけ、ギルティスへと放たれた『闇荒の銀熾斬』は強化された鉄甲の一撃で消滅した。
アナザは驚いた顔をしたがすぐに真剣な顔色になり、彼女を見据える。
更に敵を見据える事で気づいた事がある。攻撃を弾いた鉄甲はまったく持って無傷だが、その内から血が勢いよく滴り落ちる。
「……無敵の防御力、ってほどじゃあないのね」
「それでも私は戦い続けないといけない。―――躊躇いはお互いに不要よッ!!」
仮面の下、血反吐を吐くような叫びをあげるとと、剣の刀身に光が纏われる。
一目で殺傷力を高めたようだった。そして、彼女は驚異的な速さでアナザへと斬りかかった。
『母さま…』
「そうね。ある程度の制限、操られているだけで意識、意思はそのままだったわね」
左手で大剣を持ち、空いた右手で刺していた銀黒の刀を引き抜いて迎え撃った。
大剣による強大な一撃を誇る一振りを左腕を犠牲してでも鉄甲でガードし、すかさず剣で切り裂く。
「――ッ!」
引き裂かれた箇所は腹部で、アナザは銀黒の刀でギルティスを追い払う。
「―――……」
アナザは武器を下ろさないまま、腹部の方を見下ろす。銀に染めた白色のコートが腹部から赤く広がった。
だが、ギルティスは怪訝に思った。今、彼女は痛みによる苦痛の表情を浮かべているのではない。
何か悲しげに悔いるような顔であった。
「――……できれば、この体は傷つけたくないの」
「何だと」
「別に教える気は無いわ……ただ、この一撃で終わりにすると決めたわ」
「戯言よ! 食らいなさい、『無尽光閃華』!!」
激しい光を収束し、刃は震え―――剣を振り放った。
回廊全体を光の刃が乱れうち、斬りつける。斬撃の嵐をアナザは大剣を擲った。
「炸裂せよ、『逆巻く焔天の鳳翼(レイジング・テラフレア)』!」
刹那、大剣が爆炎の巨鳥となり、炎を撒き散らしてて斬撃の嵐をアナザから守っている。光と炎の嵐の只中、左腕の鉄甲を消す。
己の持つ十字剣のみに力を注ぎ、アナザへと斬りかかる。迫る敵を前に、彼女は銀黒の刀を両手で持ち、正眼の構えを取る。
「うおおおおおおおおぁあああっ!」
「―――」
斬撃一合、お互いに繰り出した一刀の一撃を交わして通り過ぎた。
「無念…!」
その言葉を吐き、一閃による斬撃が体に走る。そうして、ギルティスは崩れるように倒れた。彼女を支配していた仮面も同時に霧散した。
大剣に変化していたフィフェルは再び、元の人の姿に戻ってアナザに慌てて駆け寄った。
「傷は、大丈夫ですか…!?」
守らなければならない人に傷がついている。それだけでも焦燥が更にまし、今のアナザの表情は戦いに打ち勝ってもなお、物悲しげに表情を曇らしていた。
「……」
静かに彼女はフィフェルの頭を撫で、懸命な微笑を作り出した。それだけでもフィフェルは苦しいと感じる。
「母さま、なぜ自分の体が傷つくのに激しい嫌悪を……?」
「誰だっていやでしょ?」
万人が納得する共通するであろうこと、傷ついてしまうのが嫌だということ。けれど、フィフェルはそれを理解した上で尋ねる。
「『自分の体』を、です…」
「―――そう。賢いわね」
微笑を浮かべたまま、撫で続けながら話を続けた。
「…この体は自分のだけじゃあないから。いろんな人から利用し、奪い取った末に手に入れたものだから……それに、ゼツに傷ついた『母』の姿なんてみせたくなかったのよね」
「…」
かつてはゼツのノーバディとして生れ落ち、己の姿が彼の母「アシズ」に瓜二つな事に数奇な運命だと思った。
13機関やさまざまな人間を利用し、奪い取って、手に入れた。完全なる存在。ゼツとの因果を断ち、一個の因果を為した。
「戻りましょ」
その言葉に反応してか、廊下が崩れる音を立て、彼女らは光に飲まれていった。
「――しかし、何処だ此処は」
刃沙羅は血色の文様が浮かんだ大刀を片手に荒廃とした大地を歩いていた。
どこかに存在する世界の感覚は無く、作り出された空間である事が理解できる。
「ま、此処に引っ張り込んできたってところが正解か」
振り向きざまに大刀を叩き着けるように振り下ろす。刃は地面には届かず別のものに激突する。
刃沙羅は笑みを浮かべ、叩きつけたものを見た。彼の一刀を受け止めたのは、黄土色の無骨な宝石を剣にした得物。そして、その得物を握り締めている仮面の男。
「なんだ、気づいてたの?」
Sin化を受けた仮面の男の口調は若く軽い。だが、刃沙羅の一撃を受け止めいるのにも関わらず、変わらぬ口調で発する辺り、なかなかのパワータイプであろうと見抜いた。
刃沙羅は笑みを収め、
「ああ。てめえを倒せばさっさと帰らせてもらう!」
振り下ろしていた大刀に力をこめ、押し潰そうとする。だが、青年は受け止める事から受け流すように大剣をずらし、彼の一撃が地面をえぐり砕いた。
その隙を青年は跳躍し、光を帯びた大剣から放射されたのは竜巻のような衝撃波――その暴風が刃沙羅を飲み込んだ。
「ぐぉぁ?!」
全身を激しい痛みで満ち、吹き飛ばされる。地面に無様に倒れ、うめき声をこぼしながら起き上がった。
「……!」
「まだまだ、俺の本気はこんなもんじゃないぜ?」
刀身がまたも光り輝く。更なる攻撃を放つ為だろう。
だが、刃沙羅も一撃で沈むような脆さは無かった。不屈の精神と体躯を持つ彼は大刀を握り締めなおし、斬りかかる。
「はっ!」
「おらぁっ!!」
大剣を地面へ叩きつけ、砕かれた巨大な破片が刃沙羅へと襲い掛かる。刃沙羅は眼前に迫るそれらを一刀で右から左へ薙ぎ払い、左から右へと払い返した。
刃沙羅の心剣『鬼人刀カオスゲヘナ』に、対峙している青年のような暴風を放ったり、瓦礫を礫のように放つような技も能力も無い。ただ、誇るのは純粋なまでの攻撃力だけ。
しかし、カオスゲヘナの一刀を受け止めることから、おそらく彼も同じ攻撃力を誇る武器であることが理解できた。
「――鬼月貂!!」
間合いを詰めた刃沙羅は大刀からはありえないほど素早く振り上げると、ともに跳躍し、切り裂こうとした。青年はとっさに体を下げ、剣で防御する事で直撃は回避した。
「やるじゃん…!」
身を引いた青年は感嘆したように呟いた。だが、刃沙羅は続けて攻撃をする。空に舞う彼はカオスゲヘナを擲った。これが唯一の空中でのみ使用できる荒業。
「天刃鬼龍槍!!」
「くっ……はあああっ!」
擲ったカオスゲヘナと振りかぶった無骨な大剣が衝突する。激しい火花を散らしながら、大きく軸をずらす。
大刀は地面へ刳るように突き刺さる。だが、青年も息を上げている。
「悪いけど、どんだけ追い込んでも俺は負けないよ」
「ほざけ、減らず口ッ」
武器を持っていない刃沙羅だが、鍛えられた肉体、磨きぬかれた体術により素手の状態でも十分戦えた。
カオスゲヘナは青年の傍に深々と突き刺さり、駆け寄って引き抜こうにも難しいという次元ではない。不可能だった。
刃沙羅は駆け出して、疲弊している青年へと間合いを詰め、槍を突き出すような蹴りが放たれた。。
「ぐうっ」
くの字に倒れ掛かった青年にすかさず、頭部をつかんで仮面で覆われた顔へと渾身の一発を穿った。
殴られた衝撃で大きく飛ばされ、地面に無様に突っ伏した。刃沙羅はその隙に大刀を引き抜き、身構えた。
「――……」
倒れていた彼は起き上がり、傍に転がっていた大剣を手に取る。すると、大剣は光を放ち、青年を包み込む。
「! なにを」
刃沙羅は青年が何か仕出かすと直感し、斬りかかった。だが、光が消え、青年は再び刃沙羅の一刀を剣で受けとめ、更には彼諸共、大きく弾き飛ばす。
吹き飛ばされた彼は、素早く体勢を取り直して、青年を見た。刃沙羅の渾身の攻撃を受けたはずがまるで無傷のように平然としている。
「あの光は……回復、か」
「そ。俺の反剣『ライフストリーム』の力さ。単純な力だけじゃない、癒しを齎してくれる」
「なるほど…このままでは俺が負けるなあ」
「なら――倒れな!」
青年は大剣ライフストリームを掲げる。すると剣へと風が収束されていく。同時に力の胎動を察知した刃沙羅は大刀カオスゲヘナに力をこめる。
力を纏い終えたのか、青年は大剣を持ちかまえ、斬りかかった。
「パワー・ストリーム!」
風を纏った大剣の振り下ろしに、刃沙羅は怯まず真っ向から挑んだ。
「うおおおおおおおッ!!」
激突しあう両者の一撃はすぐに決着する。大刀が虚空に砕け、刃沙羅の全身を風の刃となって爆風が引き裂いていった。切り裂かれた彼は爆風と共に虚空へ舞い上がり、地面へ叩きつけられた。
そして、折られた大刀カオスゲヘナは光の粒子となって青年の大剣に吸収された。