Another chapter8 Sora side‐1「儚き海の哀歌」
最近になって、一つの夢を見る。
深い、深い海の底で漂う夢。とても苦しくて、悲しくて、痛くて…何も見えない。
まるで闇の中にいる私を、一つの光が照らしてくれている。
それはとても暖かくて、眩しくて、それでいて優しい。
手を伸ばしても触れる事は出来ない。それでも、良かった。
光に手を伸ばせば、とても優しくて懐かしい声が私を包んでくれるから。
あなたは誰? 何処にいるの? どうして闇の中でも光れるの?
会いたい。この光であるあなたに、会いたい…。
辺りが真っ暗な場所を、必死で駆ける。
少しずつ、息が切れる。足も疲労が溜まり、重くなる。
それでも、逃げる。だけど、どれだけ走っても、出口は見当たらない。
そんな自分に、少しずつ、確実に、闇が迫ってくる…。
「―――ッ!?」
直後。目が覚めて、飛び跳ねる様に起き上がる。
息を荒くし、胸を締め付ける様に掴むと何処か怯えを見せて辺りを見回す。
薄く窓から星の光が入った、少し暗い部屋。隣にある二段ベットには、下の段にソラが、その上でヴェンが小さく鼾を掻いて眠っていた。
「はぁ…はぁ…!! 夢…!?」
この二人の姿を見て、ようやくリクは先程の光景が夢だと気づく。
少しずつ落ち着きを取り戻すと、汗ばむ額を手で拭いゆっくりとベットから立ち上がる。
隣で眠る二人を起こさないよう部屋を出ると、何処か覚束ない足取りで廊下を歩いた。
「喉が乾いた…水は…」
カラカラに乾いた喉を押さえつつ、休憩室へと足を運ぶ。
やがて休憩室に辿り着き自動でドアが開くと、そこには先客がいた。
「オパール…?」
休憩室のテーブルの一つで、オパールは寄り掛るように腕を組んで眠っていた。
リクが近づくと、オパールは何枚もの紙を散乱させた状態で眠っている。よく見ると、彼女の顔が紙の束を下敷きにしている。
「これは――?」
「んうっ…」
リクが散乱した紙の一つを持った直後、オパールが身じろぎする。
思わず目を向けると、瞼を擦りながらゆっくりとオパールがこちらを見て―――顔を一気に真っ赤にさせた。
「――きゃあああああああああああああっ!!!??」
「ごぶぉ!!?」
甲高い悲鳴と共に、リクの顔面に拳がクリティカルヒットした。
あまりのダメージに顔面を押さえて膝を付いていると、オパールは状況が理解出来ないようで顔を赤くしてあたふたしている。
「んなななっ…どどどどどどっ!?」
「悪い…驚かせた…っ!!」
「そ、そりゃあ驚くわよぉ!!! い、いきなり顔が近くに…!!」
リクが痛みで震えながら謝ると、ようやくオパールも落ち着きを取り戻したのか顔を俯かせる。
それから座り込むと、殴った所を治そうと『ポーション』を取り出してリクの顔に手を伸ばす。
その時、廊下からドタドタと足音が響いてくると部屋のドアが開いた。
「オパール、どうし…た、の…?」
「大丈夫、か…?」
「…何やってんだ、二人とも?」
カイリ、ソラ、ヴェンが部屋に入ってくるなり、蹲ったリクと手を伸ばすオパールを見て目をポカンとさせる。
二人も何とも言えない表情を作っていると、カイリがハッと顔を上げた。
「まさか、リク…!! オパールの寝込みを「「襲ってないっ!!!」」ふ、二人して言わなくても…」
「なあ、リク。『ねこみをおそう』ってどう言う意「「あぁんっ!!?」」ナンデモアリマセン…!!」
即座に二人から否定され怯むカイリに、意味が分からずにソラが聞こうとしたが二人から睨まれて縮こまってしまう。
こうして二人が有無を言わせぬ空気を作っていると、ヴェンは首を傾げながら話を戻した。
「結局…二人とも、何してたんだ?」
「お、俺は喉が渇いたから水を飲もうと思って…で、オパールが何かしながら寝てたから…」
「あ…もしかして、コレの事?」
リクの説明に、オパールは立ち上がるとテーブルにあった紙の束を纏める。
それをリクに渡すと、気になるのか三人も一緒に覗き込んだ。
「何、この紙の束?」
「ちょっとしたレポート書いてたの。この旅の事とか、敵や今までの情報をいろいろ纏めてあるのよ」
ソラの問いかけに、何処か得意げに説明するオパール。
リクが軽くページを捲るとそこにはびっしりと文字が書かれてあり、ページを捲るごとにこれまでの事や今まで倒してきたハートレスやノーバディの情報が纏められていた。
「すごいな…こんな事を一つ一つ書いて纏めているのか…」
「そ、そう…? こんなの、誰だって出来るわよ…」
「でも、何でこんな事を?」
リクに褒められてオパールが顔を赤くしていると、ヴェンが不思議そうに質問する。
すると、オパールは呆れた溜息を吐くと頭を押さえた。
「あのねぇ…今回はあたし達だけじゃなくて、テラ達やアクア達も行動しているのよ? 分かる情報をこうして纏めてた方が見やすいし、他の情報と結び付けられるでしょ?」
「そっか…やっぱり凄いね、オパール」
オパールの説明に、カイリはレポートを見ながら思った事を呟く。
「ああ、オパールがいてくれて良かった。何だかんだで、俺達の事考えてくれてるし」
「戦闘でも凄かったよなー。俺、ああ言うの初めて見た!」
「あ、あはは…! 褒められるような事じゃないわよ…!!」
カイリに同感するようにソラとヴェンも頷くと、オパールは照れ笑いを浮かべる。
何処か朗らかな空気に包まれていると、突然リクが立ち上がって手に持っていたレポートをカイリに渡した。
「リク?」
「水を飲んだら、部屋に戻る。睡眠は取って置かないといけないし…お前達も早く寝ておけ」
それだけ言うと、備え付けられていた水差しに近づく。
そのままカップに水を灌ぐと、一気に飲み干した。
「リク…」
このリクの様子を見て、オパールは聞こえないように小さく呟く。
水を飲み干すなり、リクが部屋から出ていく。ドアが完全に閉まるのを見計らうように、カイリが振り返った。
「ねえ、オパール?」
「ん?」
「私、前から思ってたんだけど…オパールって、リクの事好きなの?」
このカイリの質問に、オパールの顔が爆発したように真っ赤になった。
「んなぁ!? だ、誰があんな無愛想で冷めた奴なんて…!!」
「じゃあ、どうして顔が赤くなってるのかな〜?」
「あう、あぅ…!?」
すぐにオパールが否定するものの、カイリの言う通り顔が赤くなって説得力がない。
こうして何も言い返せなくなったオパールに、カイリは笑いながら話を続けた。
「ねえ、良かったら聞かせてくれない? どうして好きになったのか、ね?」
「ちょっと、カイリ。すっごく目が輝いているのはあたしの気のせい?」
隠しきれないカイリの好奇心に、オパールが冷やかにツッコミを入れる。
「俺も聞きたい!! だって、最初はあんなに仲悪かっただろ。それが、こんなにさぁ…」
「あんまりジロジロ見るな!! 手榴弾食らわせるわよ!?」
腕を組んで笑うソラに、すぐにオパールは何処からか手榴弾を取り出す。
「俺も目が覚めてるし、いいだろ?」
「だったら、どうして顔にやけてるのよ?」
さらにヴェンのニヤける顔に、とうとうオパールは青筋を浮かばせる。
「分かった、分かったわよっ!? 話せばいいんでしょ、話せば…!!」
半ばやけくそになって折れたオパールの後ろで、三人がハイタッチしたのは言うまでもない…。
話を聞くと言う事で、カイリはオパールと一緒に軽く四人分の飲み物を作る事にした。
とりあえず、話を聞いた後にちゃんと寝れる様にとココアやホットミルクを二つずつ作り、テーブルに置く。
ソラとヴェンが我先にとココアを取ると、苦笑しつつカイリが遅れてミルクに手を伸ばす。最後にオパールもミルクを取ると、両手にカップを握りながら話を始めた。
「あいつの事を好きになったの…正直に言うと、よく分からないの」
「分からない?」
ココアを飲みながらソラが首を傾げると、オパールは頷いて困ったように頬を掻いた。
「その、何て言うか……最初は、いけすかない奴って印象が初めてだったでしょ? だからあいつの人を疑ったり、人の好意を受け取らなかったりであたしも最低な奴って位置づけてた。でも…研究所でのコンピューター関連とか、戦闘とか、ちょっとした会話とか…――段々、あいつの良い所が見えてきて…」
「いつの間にか、好きになったんだね?」
カイリの核心を突いた言葉に、オパールは爆発したように顔を赤くすると目を逸らした。
「そっ!? そこまで言ってないでしょ!? だ、大体見た目は悪そうだし、愛想無いし、何かあっても言わないし、どう見ても前衛タイプだからフォローしないといけないし――!!」
「「「でも、好きなんだろ(でしょ)?」」」
「……………うん」
三人から言われ、恥ずかしながらもオパールは小さく頷く。
すると、ソラは椅子の背に凭れて頭の後ろに腕を組んで天井を見上げた。
「はぁ…いいよなぁ、リクはモテてさー」
「ふーん…ソラ、そーんなに女の子にちやほやされたいんだぁ?」
「あ、いや…そんな事はあったり、なかったり…」
何処か冷たいカイリの視線を浴びて、ソラはすぐさま苦笑いを浮かべる。
これを見てヴェンもクスクス笑っていると、オパールが顔を赤くしながらテーブルを叩いた。
「ほ、ほらっ! あたしの話は終わったんだから、それ飲んでさっさと寝なさいよ!?」
「「「ハーイ!!」」」
そう言ってソラ達は返事すると、思い思いに飲み物を飲む。
やがてカップを空にすると、三人一緒に部屋を出て行った。
オパールはドアが閉まるのを見ると、溜息を吐いて残っていた自分の分の飲み物も一気に飲み干した。
「まったく…何であたしがあんな奴、好きにならなきゃ…!!」
ブツブツ文句を言いつつ、三人分のカップと一緒に片付けを始める。
そうしていると、ふとテーブルに置いていたレポートが目に入る。
表紙代わりにしている何も書かれていない一番上の紙を掴むと、裏面を捲る。
「でも…好きじゃなかったら、こんなの作ろうとか思わないよね…」
裏に書かれてある複雑な数式や記号を見ながら、オパールは一人思いに耽っていた。
■作者メッセージ
二回続けて出してるので、コメントは次で書きます。