Another chapter8 Sora side‐6
「よーし…――これで、あらかた完成っと…!!」
再び太陽が昇り、洞窟の内部に光が戻った頃。
焚火の前で見張りをしつつ、オパールは数枚のレポートを書き終えた。
レポートを持って軽く背伸びをすると、小さく折りたたんでポーチに戻す。
そうして後ろを振り向くと、数時間前に見張りを交代したリクが壁に寄り掛って眠っていた。
「んぅ…」
その時、リクから少し離れた場所で眠っていたリリィが微かに声を上げる。
交代の際に掛けていた毛布代わりの大きめのバンダナが肩からずり落ちるが、気づかないのかリリィは目を擦りながら上半身を起こした。
「起きた?」
「あ、っと…おはよう、オパール」
リリィはそう言うと、掛かっていたバンダナを持ってオパールに手渡した。
「ずっと、起きてたの?」
「途中からね。さて、と…あたし、この先の水場で魚でも採ってくるわ。リリィは、リクと一緒にここで待ってて」
バンダナを頭に結び付けるなり、立ち上がって未だに眠るリクを見る。
この頼みに、リリィは不安げにオパールを見た。
「一人で大丈夫?」
「今は特に気配も感じないから。じゃ、何かあったら大声で呼んで」
そう言うなり、オパールは先へと進んでしまう。
いろんな事をテキパキと取り仕切るオパールに、リリィは感嘆の溜息を洩らした。
「凄いなぁ…」
素直に思った事を呟きながら、リリィはオパールを見送る。
それからする事もないので、眠っているリクの傍に来てしゃがみ込んだ。
光に反射する銀色の髪に整った顔立ち。一つ一つを観察するように、リクを見ていた時だった。
「う、くっ…!!」
急にリクが顔を歪め、苦しそうに声を上げる。
しかも額には汗も浮かび上がるので、リリィは見ていられなくなっったのか震えているリクの手を繋ぐ。
直後、リクは目が覚めたのか飛び跳ねる様に起き上った。
「…ッ!?」
「きゃ!」
突然起き上がるリクに、思わずリリィが悲鳴を上げる。
この声でリクは我に返ったのか、何処か恐怖の混じった瞳で隣にいるリリィを見た。
「え、えっと…おはよう、リク」
「リリィ、か…すまない」
驚かせた事についてリクが謝ると、辛そうに頭を押さえ出した。
「大丈夫? 何か、悪い夢でも見たの?」
「ちょっと、な…」
はぐらかす様に答えるリクに、さすがのリリィも口を閉ざす。
二人の間で妙な沈黙が続いていると、奥の方からオパールが戻って来た。
「あ、起きた? 丁度良かった、今そこで魚捌き終わったの。一緒に食べよ?」
「あ、ああ…」
「う、うん…」
オパールの介入で何とも言えない空気が取り払われるのを感じつつ、二人は曖昧に頷きながらも立ち上がった。
その後、三人は軽く食事を済ませるとソラ達と合流するために再び先へと進みだす。
相変わらず襲ってくるハートレスを蹴散らし、前へと進んでいた時だった。
「あっ…!?」
後ろを歩いていたリリィが、突然地面の石に躓く。
そのまま倒れようとしたが、前にいたリクが腕を掴んでリリィを支えた。
「っと…大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう、リク」
支えて貰いながら、リリィは笑顔を浮かべてお礼を言う。
すると、リクも笑みを浮かべてリリィをしっかり立たせた。
「気にするなよ、リリィ」
「…うん!」
嬉しそうに頷くと、リクは軽く笑って再び前へと歩きだす。
それを見て再度歩こうとしていると、何故かオパールが目を逸らしながら隣で立ち止まっていた。
「すごいわね、リクとあーんなに仲良くなって」
「あ、あんなにって…!! そ、そんなんじゃ…!!」
オパールの言葉に、リリィも顔を赤くして顔を俯かせる。
そうしていると、会話が聞こえたのか訝しげにリクが振り返った。
「おい、何を話しているんだ?」
「べっつにぃ!!」
若干怒りが混ざったオパールの声に、リクは思わず口を閉ざしてしまう。
そのまま先に進むのを見て、リリィは距離を置いて歩くとオパールに話しかけた。
「オパール、聞きたいんだけど」
「何?」
不機嫌そうにしつつも、オパールはリリィと並んで歩く。
話を聞く体制になると、リリィは疑問をぶつけた。
「オパールって、リクの事好きなの?」
「ブッ!?」
この質問に噴き出すと、顔を真っ赤にしてあたふたと手を振った。
「あああああ、あたしは、その…!! あいつの事は、別に何とも…!!」
「そんなに否定しなくてもいいのに…――でも、何となくオパールの気持ち分かるなぁ…」
クスリと笑うと、リリィは先を歩くリクの背中を見つめる。
このリリィの様子に、オパールの表情に動揺が浮かんだ。
「ま、まさか…リリィも、リクの事…!?」
「そ、そんなんじゃないよ…でも――」
「でも?」
「――あの人だったらいいなって、思ってる」
思い出す様に顔を俯かせるリリィに、オパールは思わず聞き返した。
「あの人?」
「…最近になって見る夢の中で聞ける声。凄く優しくて、懐かしくて、眠りの闇から守ってくれるの」
オパールに語りながら、リリィは目を閉じる。
闇の中で漂う夢。闇の中で輝く光。
そうして夢の内容を思い浮かべると、不安そうにこちらを見るオパールに笑いかけた。
「私の夢は、いつかその声の人に会う事なんだ…――おかしいよね、夢の人に会いたいだなんて…!!」
そう言うと、すぐに苦笑を張り付ける。
夢に出てくる人物に会いたい。普通なら、馬鹿げている考えだろう。
しかし、オパールの見る目はとても真っ直ぐだった。
「おかしくないわよ」
「え?」
オパールの言った事が信じられず、リリィは目をキョトンとさせる。
そんなリリィに、オパールは何処か強気な笑みを浮かべていた。
「いいじゃない、それがリリィの夢でも…――世界は広いから、きっと何処かにいるわよ」
「オパール…」
この言葉に、リリィの胸の内が温かくなる。
だが、急に顔を暗くすると恐る恐る前にいるリクを見た。
「ねえ…それが、リクだったら?」
もし。夢に出てくる光の正体が、もしもリクだったらどうするのだろうか。
不安で一杯にさせながらリリィが問いかけると、オパールも考え込んだのか黙ってしまう。
二人が沈黙しながら歩いていたが、数歩か歩いた所で急にオパールが笑ってこちらを見た。
「その時はその時よ!…あたし、負けないから。だから、リリィも遠慮なく向かってきなさい」
「い、いいの!? だって、オパールの方が――!!」
オパールの勝負の宣言に、リリィは慌てて辞退しようとする。
しかし、オパールは静かに首を振ると優しい目でリリィを見た。
「あたし達、“友達”でしょ? それなのに、自分の為だけに卑怯な事や脅したりして傷付けたくはないんだ。リリィもそうでしょ?」
これを聞き、リリィの中で蟠りが消えていく。
リクが夢の人物だと言う確証はない。でも、もしそうだったら―――正々堂々と戦おう。
そう心に決意すると、リリィは何処か嬉しそうに笑みを浮かべた。
「分かった…その時は私も負けないよ、オパール」
「上等!」
互いに宣戦布告をすると、じっと顔を見合う。
やがてそれが可笑しくなったのか、二人して笑いあった。
「さっきから何の話をしてるんだ、あの二人?」
そんな二人に、何も知らないリクは不思議そうに首を傾げていた。
「ここで行き止まり、か?」
ある程度歩き続けると、泉のある少し広めの場所に出た。
しかし、周りは壁で囲まれており先に進めない。
リクだけでなくオパールも周りを見回していると、泉の近くにいたリリィが声をかけた。
「見て、この下。水に浸されてるけど、道になってる」
リリィの差す方を見ると、泉の中に空洞が奥まで続いている。
これを見て、オパールは手を軽く顎に当てて考えた。
「これって、潜るしかないのかな?」
「だな、他に行ける場所がない。俺はある程度平気だが…」
そう言うと、リクは不安そうに二人を見る。
元々海のある世界で暮らしているから素潜りは平気だが、残り二人が問題となる。
しかし、リクの不安とは裏腹に女性二人は笑顔を浮かべた。
「素潜りならあたしも出来るけど?」
「私も大丈夫。村では海で泳いでたりしたから」
自信を浮かべる二人に、リクは軽く息を吐くと水面下にある道に目を向けた。
「少々危険だが…行くしかないな」