Another chapter8 Sora side‐10
暗い意識の中を漂う自分。
ゆっくりと、だが確実に死へと向かっているのが分かる。
何処か他人事のように感じつつ、このまま覚めぬ闇の中へと沈んでいた。
(なん、だ…これ…?)
そんな時、不意に一つの温もりを感じる。
(あたた、かい…――それが…くちに、ひろがってる…?)
温もりは口に柔らかく当てられ、少しずつ冷たさを和らげていく。
それにより、闇に沈んでいた意識が少しずつ浮上していく。
(おれ…なにを――し…て――…ッ!?)
ここまで考えていると、急に意識が覚醒する。
同時に、息苦しさを感じて胸を押さえた。
「―――っ!!? げほっ、ごほっ!!」
肺の中にある水を全て吐き出す為に、前かがみになって咳をするリク。
ある程度水を吐いて荒く呼吸をすると、隣で涙目になって座り込んでいるリリィに気づいた。
「――よ、良かったぁ…!! やっと、目が覚めた…!!」
「リ、リィ…!! 俺、一体…ぐふっ!! ごふっ!?」
まだ水が溜まっているのか、途中で咳込んでしまう。
そうしていると、慌ててリリィも背中を擦った。
「駄目だよ、無理に動いちゃ!! 沢山水を飲んでたんだから、まずは溜まった水を吐かないと」
「水…溜まった…?」
「やっと、目が覚めた?」
ボンヤリと頭を働かせていると、冷たい声が投げかけられる。
リクが顔を上げると、何故かオパールが冷めた目でこちらを見下していた。
「オパール…?」
「助けられたと思ったらピンチになるってどう言うシチュエーション? ワザと自分を犠牲にしてあたしら助けるって魂胆? ホンットそう言う所ムカつくんですケド?」
「あれは、その…」
棘の混じった言葉に否定できず、リクは思わず頭を下げてしまう。
そうして何も言えなくなっていると、オパールは苛立ちながら後ろを向いた。
「感謝しなさいよね! あたしは合成用に取って置いた爆弾使ってあいつ追っ払ったんだし、リリィなんて死にかけのあんた助けるために…――あ、あんな事したんだし…!!」
「あんな事…?」
オパールに言われてリリィを見ると、何故か赤らめた顔を隠す様に俯く。
どうしてそんな行動を取るのか分からず、再びオパールを見るが背を向けたまま静かに拳を震わせている。
自分が気を失っている間に何が起きてたのか首を傾げて考えていると、オパールから何かがキレる音がした。
「――こんの…バカァァァーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」
「ぐおああああああぁ!!!??」
今までとは比べ物にならないほど、思いっきり顔を殴られた。
地面となる砂浜を滑り半ば埋もれていると、オパールが怒りを爆発させたのか睨みながら大声で怒鳴りつけた。
「サイッテー!!! バカアホボケリクゥ!!! もう知らないっ!!! ハートレスにでも蹴られて一生寝てろぉっ!!!!!」
怒りに任せて思いつく限りの暴言を吐くと、そのまま先へと進んでいった。
「な…なんで、あんなに言われるんだ…?」
理解が出来ず、リクは砂浜から起き上ると殴られた頬を擦る。
そうしていると、未だに顔を赤くするリリィが近づいて向かい合うように傍に座った。
「リリィ?」
「あ、あの…やっぱり、本当の事言うね…」
目線を彷徨わせながらも口を開くと、勇気を振り絞ってゆっくりと事のあらましを述べた。
「わ、私…リクが死んじゃうと思って、無我夢中で、その……じ、人工呼吸を…!!」
「じんこ…――ッ!!?」
その言葉に、思わず顔を赤くして唇に手を当てる。
溺れて死のうとした時に感じた、あの柔らかな温もり。それは、つまり…。
事を理解して顔を真っ赤にさせるリクに、同じく顔を赤くしているリリィは思いっきり頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさいっ!!! 死んじゃうかもしれない状況だったけど…わ、私なんかと、キスなんて…嫌だったよね…!?」
「い、いやっ!! 気にしてはいない!! それが無かったら俺はきっと死んでたし、その……逆に、俺なんかの為にそこまでして貰って迷惑を…」
「め、迷惑なんかじゃない!! 私はリクが助かって嬉しかったよ!! キスだって、全然…!!」
二人とも恥ずかしいのか、段々と会話が変な方向に曲がっていく。
そんな空気に耐えきれなくなったのか、リクは目を逸らしながら立ち上がった。
「と、とりあえず人命救助って事で話を終わらせようっ!! 早く、ここから抜け出さないと…!!」
「そ、そうだよね!! オパールも待ってるだろうし!!」
リリィも便乗してどうにか空気を取り払っていると、何処からか地鳴りが鳴り響いた。
「今の、何!?」
「確か、あっちはオパールが…!? リリィ、ここにいろっ!!」
「リク…――っ!?」
地鳴りの鳴った方に走るリクに、手を伸ばすリリィ。
だが、突然苦しそうに胸に手を当てると、その場に座り込んだ。
「お願い…もう少し、もう少しだけ待って…!!」
まるで何かを抑えるようにして呟くと、さらに胸を押さえる手を握りしめる。
「必ず、渡すから……私、まだ二人と一緒に居たい…!!」
心からの願いを呟くと共に、彼女の瞳から一筋の涙が零れた。
―――時間は、少しだけ遡る。
「バカ…本当にバカ、バカバカバカバカバカバカバカ…!!」
リクを殴っても苛立ちを抑え切れず、オパールはブツブツ呟きながら奥へと歩く。
やがて道が終わって広い場所に出ると、膝を抱えるようにその場に座り込んだ。
「あー、もう…何か、ゴチャゴチャする…」
モヤモヤした気持ちに頭を押さえていると、あの情景を思い浮かべる。
水の中で溺れるリクに、口付けをするリリィ。その後、息をしないリクに何度も口付けをして空気を送り込んでいた。
リリィの取った行動は正しい。ああでもしないとリクは死んでいた。頭では分かっているのに、心が変に落ち着かない。
「何やってんだろ、あたし…」
必死になって人工呼吸で助けようとするリリィに、自分は何も出来ず見守る事しか出来なかった。
それでも、何も出来なかった事に後悔を感じていると上の方で地鳴りがする。
すぐに気持ちを切り替えて上を見上げると、黒い影が落ちてくる。
思わず腕で顔を隠し、ゆっくりと下ろす。そこには、先程襲ってきた大型ハートレスがリクが切った筈の触手を再生させて現れた。
「しつっこいのよ、あんたぁ!! こっちは唯でさえイライラしてるのに…!!!」
何度も登場して襲ってくるハートレスに、オパールは苛立ちを露わにしてナイフを引き抜く。
それと同時に、後ろの道から何とリクがキーブレードを持って駆け付けた。
「大丈夫か!?」
「な、何よ!? あたしの心配するより、リリィの心配したらどうなのっ!!!」
「リリィなら、置いてきた。それより、さっさとこいつを倒すぞ」
そう言うなり、リクは隣に立ってキーブレードを構える。
この様子に、オパールはナイフを握る手を握りながら小さく呟いた。
「ホント…バカ」
それだけ言うと、オパールも武器を構える。
一度目は戦いの最中に分担され、二度目は決着がつかなかった。
そして今、三度目となる戦いにてようやくハートレスとの決戦が始まった。