Another chapter8 Sora side‐12
外からの月明かりに照らされ、壁が薄く煌めく薄暗い道。
そんな道を、リクは一人歩いていた。
「おかしいな、確かこっちの方に…」
一本道だと言うのに、目当ての人物は見当たらない。
やがて道が途切れると、その先に広い朽ち果てた鍾乳洞のドームが広がっている。
その真ん中で、月明かりに照らされるようにリリィが背を向けて立っていた。
「ここにいたのか」
「リク!?」
近づきながら声をかけると、リリィが驚きながら振り向く。
両手を胸に当て、握りしめるようにブローチのお守りを持っている。この様子を見ると、リクは優しく話しかけた。
「あんまり離れるな。まだハートレスが潜んでるかもしれないだろ?」
「うん、ごめんね…」
リリィが頷きながら謝ると、前の方に顔を逸らす。
改めて見ると、リリィのいる場所は切り取った崖になっており、その下には月明かりに照らされた入り江が広がっている。
この風景を視界に収めつつ、リクも隣に立つと少しして話題を出した。
「そう言えば、何か思い出したか?」
そう聞くと、リリィは顔を俯かせたまま口を開いた。
「白い羽根…かな?」
「白い羽根?」
「う、うん。ここで彷徨ってた時に、白い羽根が辺りに一面に散らばってた……思い出せたのは、これだけ」
「そうか…」
思い出した記憶を聞いてリクが頷くと、今度はリリィから質問してきた。
「そう言うリクは、夢は思いついた?」
この質問にリクも顔を逸らすと、何処か困った表情で口を開いた。
「――夢、かは分からない。でも、リリィと居て思い出した事がある」
そう言うと、一つの記憶を巡らせる。
彼女から感じる懐かしさを思い浮かべながら、ゆっくりと語り出した。
「俺が、まだ小さい頃に…誰かと約束した事があるんだ。大切な人を守る力の事」
それは、ある人と交わした島での秘密の約束。
約束を交わした人は確かにそう言っていた。だけど自分が幼かったからか、長い年月の所為か、それ以上は思い出せない。
「その秘密の約束は、本当にかすかな記憶で…どんな人だったのか、どんな事をしたのか、よく思い出せない…」
他の世界から来た人なのは、覚えている。その為に何かをしていた気がするが…それ以上は記憶が朧げで上手く引き出せない。
思い出せない記憶にリクが顔を顰めていると、それを感じ取ったのかリリィが優しく笑いかけた。
「でも、思い出せた。小さな記憶でも、思い出した事には変わりない…違う?」
「…そうだな。その約束が、何時かは俺の夢になるのかな?」
優しく語るリリィに、リクも微笑み返すと朽ちた鍾乳洞の間から見える夜空を見上げる。
「オパールのように、大空を自由に飛び回る事。リリィのように、夢の中の人物に会う事。それと同じ夢、俺も持てるかな…?」
心に思った事を呟くと、リクは不安げに胸を押さえる。
『外の世界に行きたい』と願った夢。それを叶えたと同時に、沢山の人や心を傷付けた。そんな自分が、再び夢を持って大丈夫なのだろうか。
そんなリクに、リリィは胸を押さえていない方の手を両手で包み込むように握った。
「大丈夫だよ。私やオパールと同じ叶えたい気持ち…リクなら、きっと持てる」
「…ありがとう」
静かにリクが顔を上げてお礼を述べると、リリィの顔が赤くなる。
リリィはそれを隠す様に顔を逸らすと、握っていたリクの手を離して一歩前に出ると思いっきり両手を広げた。
「き、綺麗でしょ、この入り江! ここ、私が一番好きな場所なの!」
「へぇ…本当に好きなんだな、この場所」
声が上擦っているが、何処か嬉しそうに話すリリィにリクも笑いかける。
すると、リリィはこちらを振り向いて満面の笑みを浮かべた。
「うん! 全てを包み込んで、癒してくれる…――私ね、そんな海が大好きだから!!」
「そうか」
それだけ言うと、リクは全体を見回す。
崖の下にある入り江は水が透き通っており、月明かりが鍾乳洞全体を照らし辺りを光らせているので神秘さをより引き立たせている。
何処か神聖ささえも思わせていると、急にリリィが覗き込むように首を傾げた。
「――ねえ、少し泳がない?」
「え? まぁ、少しぐらいなら構わないが…」
「良かった…じゃあ、来て」
安心したように表情を綻ばせるなり、リクの手を取る。
すると、そのまま入り江に向かって身を投げた。
「へっ…?」
突然の事にリクは理解が追いつかないまま、引っ張られるように崖から落ちる。
「うわあぁ!?」
思わず悲鳴が上がると、リリィと共に入り江に飛び込んだ。
二人は知らなかった。この一連の様子を、オパールが物陰から寂しそうに見ていたのを…。
何の準備も無しに水の中に飛びこんだリクは、必死に口を押えて呼吸を止める。
そのまま水面へと向かおうとするが、無理やりリリィが手首を掴んで引き留めてリクの手に文字を書いた。
【だいじょうぶ】
そう書き終えると、リクは落ち着きを取り戻してリリィを見る。
リリィは静かに笑いかけると、再度手に文字を書いた。
【みて】
そう書くと、手を放して両手を広げる。
言う通りに周りの景色を見ると、そこには美しい光景が広がっていた。
夜だと言うのに、水の中の景色月明かりで色鮮やかに煌めいている。自分達が起こした水の飛沫も光って水面で弾けるように消えていく。
そんな美しい光景の中、リリィを見るとこちらに笑いかけている。風景も合わさってかあまりの美しさに、自然と心臓が大きく鳴る。
心に芽生えた感情が大きくなっていく。それを感じながら思わずリリィの腕を掴むと、優しく引き寄せ…――そっと、口付けをした。
「ッ…!?」
思わぬキスに目を大きく見開くリリィに、リクは顔を離すと不安そうに手に文字を書いた。
【いや だったか?】
不安げに書いた文字に対し、リリィは大粒の涙を零し大きく横に首を振る。
そして幸せそうに泣いた表情で…口を“開いた”。
「リク…ありがとう」
水中だと言うのに、声が出る事に目を見開く。
しかし、驚いている間にもリリィは手を離して距離を置くと悲しそうに言った。
「――さようなら」
入り江の入口の手前で、オパールは壁に凭れて膝を抱えて座っていた。
「いいな、リリィは…」
そんな呟きと共に、さっきの事を思い浮かべる。
この場所で交わした二人の何気ない会話。でも、その時のリクは本当に穏やかな表情を浮かべていた。
あの時の人工呼吸のキスが引き金になったのか、リクの心がリリィに動いたのは分かっていた。
「やっぱ、あたしみたいなガサツな女は嫌だよね…」
何処か乾いた笑みを浮かべると、自然と涙が零れ出す。
もし、ソラ達と合流してお別れしても…きっと、リクの心にリリィの思いが残る。自分の入る隙間など、もう何処にも存在しないだろう。
自分から勝負しようと言ったのだ。それに、リリィが勝った。ならば、潔く引くしかない。
これ以上ここに居られず、オパールは立ち上がって来た道を戻ろうとした。
―――激しい水飛沫の音が無ければ。
「え…?」
突然後ろから鳴った音に、オパールの意識がそこに向かう。
すぐさま崖に近づいて入り江を覗き込むように見ると、下の方にある人物がいるのに気付いた。
「何で、リリスが…!?」
入り江の崖の下で、リクは全身を叩きつけられてそこに蹲っていた。
痛む身体に鞭を打って視線を上げると、あの青い髪は金に染まり、青い目はサファイヤを思わせる濃い青に変わっている。服装さえも、あの黒の衣装に変わっている。
リリィだった人物に、リクは驚きの眼差しで見ていた。
「な…なん、で…っ!?」
「なんで? そんなの決まってる」
何処か面白そうに言うと、リリィ―――否、リリスは言い放った。
「この子は、私の『器』だからよ」
「どう、言う…!? お前、何者だ…!!」
リクが言葉を途切れ途切れにしながらも問うと、リリスは面倒そうに一息吐いて話した。
「――リリス。一つにして、全ての世界の海の意思の化身」
そう説明すると、軽く腕を組んで薄く笑う。
そうして、“彼”に連れられた神殿での事を思い出す。
「『あっちの世界』では一応、神に近いって感じに区分されたわね。でも、そんな基準どうでもいい」
「教えろ…何で、お前がリリィに…!!」
カミの住む世界の事を思い出すリリスに、蹲りながらもリクが睨みつける。
すると、リリィは不機嫌そうに目を細めてリクの背中を思いっきり踏みつけた。
「がはっ!?」
「どの口が言っているの? 全ては、あなたの所為よ?」
「あ、ぐぅ…!!」
冷たい言葉と共に足に体重をかけられ、リクは苦しげに声を上げる。
「私はね、人に絶望してたの。世界と同じ生命でありながら、我が者顔で他の生物や自然、挙句の果てには世界をも汚して壊していく。そう言う闇に溺れた人の存在を、いろんな世界で見て来たわ」
本当に冷めた目でリクに語っていると、急に踏みつけている足の力が弱まる。
恐る恐るリリスに目を向けると、何処か懐かしそうな表情を顔に浮かべていた。
「そんな中、あの世界―――『ディスティニーアイランド』は私にとって唯一心を休める場所だったわ…――海を汚さず、争いもなく暮らしていく。自然と共に生きる、そんな島の人々が好きだった」
そうして思い出を噛み締めるように話すが、再びリクに鋭い視線を送った。
「けど…そんな世界を、お前は壊したっ!!! 小さいから? 狭いから? そんなくだらない理由で、あの美しい世界を壊して闇に沈めた…!!! お前は私を闇の中に追いやったも同然よぉ!!!」
「ぐあぁ!!?」
怒りを露わにし、今度は頭を蹴りつける。
あまりの痛みに悲鳴を上げると、頭に足を置いたまま踏み躙るように地面に擦り出す。
「そうして世界と共に消えかけた私は、この子に出会い憑りついたの。純粋な心を持つからこそ、私は消えずに生き長らえる事が出来た」
リクを踏み躙りながら、リリスはその時の事を思い浮かべる。
世界が壊れて闇の中に沈んでいく意識の中、どうにかこの世界に辿り着いた。そして、海を通じてこの場所で彼女を見つけ…こっそりと心に侵入する事で意識は消えずに済んだ。
ここまで思い出すと、リリスは再度瞳に殺気を宿す。
「いつの日か、こうして目覚め…――世界を壊したあなたに復讐出来るようにとねぇ!!!」
「ぐおぁ…!!?」
力の限り頭を踏みつけられ、痛みの感覚が容赦なく身体中に突き刺さる。
これには五感さえも鈍くなっていると、不意にリリスが足を下ろして鼻で笑いかけた。
「折角だから、一つ教えてあげる。本来なら、目覚めには相当な時間がかかる筈だった。そう…――彼の介入がなければね」
「かれ…!?」
「エン。彼が『器』に干渉し、私を表に引きずり出した。ただ、無理やりだから『器』の心は残ってた……だから、あの攻撃で私の意識が沈んで『器』の意思が目覚めてしまったのだけれど」
「まさか…あいつが…!?」
リリスの説明に、故郷の世界で出会った白い翼を持った男を思い出す。
彼が助けた際に放った言葉。そして先程、リリィが話した白い羽根の記憶が一つに繋がっていく。
事情を理解していくリクの傍で、不意にリリスがしゃがみ込んでそっと胸に手を当てた。
「あなたは憎いけど、まだ消さないであげる……私の痛みを思い知るまではっ!!!」
心にある憎しみをぶつけるように叫ぶと、手に闇を込める。
そして、痛みで蹲るリクに向かって押し当てた。
「絶望なさい――…己の闇の姿にねぇ!!!」