Another chapter8 Sora side‐13
丁度壁際の所にあった崖の下に向かう緩やかな坂を、オパールは急ぐように駆け下りる。
全力で走り血の巡りが活性化するだけでなく、何とも言えない嫌な予感も合わさって心臓が激しくなる。
そうしていると、ようやく坂が緩やかになり二人のいる地点に辿り着いた。
「リクっ!!!」
大声で叫びながら丁度壁の向こう側を見る。
だが、オパールはその状態で息を呑んで固まってしまった。
「――だれ…?」
立ちながらこちらに振り返るリリスの足元には、全身を覆う黒いコートを着た長い銀髪に褐色の肌をしたの男が横たわっている。そして、リクの姿はどこにもない。
予想外の事に茫然とするオパールに、リリスは冷たい笑みを浮かべた。
「知ってる。あなたは、こいつが誰か知ってる。そうでしょう?」
リリスに言われるまま、オパールは横たわっている男をじっと見つめる。
何故だか分からないが、感じる。姿は違うのに、確かに感じる彼の心を。
「リク、なんだよね…? でも…」
思わず戸惑っていると、リリスが冷たく笑いながらオパールに話し出した。
「今のこいつは、あなたの故郷を闇に沈めた男。アンセムと呼ばれていた賢者を語った偽善者―――ゼアノート」
リリスの語りに、オパールの心臓が跳ね上がる。
そうして湧き上がってくる怒りのまま、肩を震わせながらリリスを睨みつけた。
「あんた…あんたが、リクをこんな姿にぃ!!?」
「心外ね。これが彼の本当の姿よ?」
「そんなハッタリ、あたしには効かないわよ!! いいからリクを元に戻しなさいよ!!」
ナイフの柄を握り、何時でも引き抜く体制に入る。
今にも攻撃を仕掛けようとするオパールに、リリスは平然と説明した。
「言ったでしょ、これが彼の姿…――いいえ、残っている部分って言った方がいいわね。それを私が前に中途半端の状態で施した『呪い』を完全にさせて具現化させたの」
「残ってる…!?」
「あなたは知らないから、教えてあげる。彼はね、ゼアノートの心を持ってるの。かつて、あなたの世界を闇に染め上げた勢力と共に行動した際にね」
そう説明するリリスの言葉に、オパールは何かを堪える様に歯噛みする。
信じられる訳がない。好きになった人が、故郷や世界を闇に沈めようとした彼らと手を取り合っていた事など。
「嘘よっ!! リクが、そんな事する訳…!!」
「ええ、彼は関わっていない。でも、共に行動していたのは事実。実際、ゼアノートに身体を明け渡してからは沢山の世界を闇に陥れた」
「あんた…何で、そんなの知ってるのよ?」
まるで全てを見ていたかのように話すリリスに、オパールは思わず疑惑の眼差しを向ける。
すると、リリスは薄く笑みを浮かべ胸に手を当てた。
「――私は全ての世界の海の意思。さまざまな世界の海や水から、全てを見通す事なんて造作もない事」
そこで言葉を切ると、茫然とするオパールに何処か優しげに目を向けた。
「だから知ってる。あなたが『器』と同じように彼に恋をしている事も…――でも、残念。彼はあなたが思っている綺麗な人じゃない。闇と罪に塗れた罪人よ」
「罪、人…」
冷めた目でリクを見るリリスの言葉が、オパールの心に染み渡っていく。
あれだけあった反抗の感情が、どんどんと冷めていく。何も言えなくなったオパールに、リリスは更に追い打ちをかけた。
「そう。彼はあなたの世界を闇に染めた勢力に荷担した。それどころか、原因を作った奴の心を宿している…これは、全て事実よ」
「そ、んな…そんな、事って…!!」
とうとう耐えきれなくなったのか、オパールはその場に座り込む。
その状態で未だに倒れているリクを見ていると、リリスが近づいて肩に手を置いた。
「出来るなら、私が直々に手を下したかったんだけど…――折角だから、あなたに譲るわ。私と同じように、あなたの故郷を闇に沈めた奴だしね」
「あたし、が…手を…?」
焦点の合わない目でリリスを見ると、ニッコリと笑って頷く。
顔を俯かせて少しだけ考えると、震えながらオパールはゆっくりと立ち上がり、リクに近づきながらポーチに手を伸ばす。
そうしてあと数歩の所で立ち止まると、透き通った白い結晶を取り出し…手の中で壊した。
―――直後、リリスの真上に光が集約した。
「えっ…!?」
予想もしなかった事にリリスが目を見張っていると、光がレーザーとなってリリスを押し潰すように襲い掛かった。
やがて光のレーザーが消えると、リリスが腕を押さえて蹲りながらオパールを睨んだ。
「うぐっ…!! なん、で…!?」
そんなリリスに、『シャイニングレイ』を使ったオパールは背を向けたまま言い放った。
「――憎いなんて、思ってないから」
それだけ言うと、リリスに振り返る。
その緑の目に宿るのは、揺るぎのない決意。
「リクのしでかした事が本当だとしても…あたしは、リクを信じたい。この思いに賭けたいの」
胸に手を当てて、自身の思いをオパールは口にする。
リクを信じ抜こうとするオパールに、リリスの目が鋭くなり怒りを露わにして怒鳴りつけた。
「裏切られるのが分からないのか!!?」
「リクはそんな奴じゃないっ!!! そうだとしても、それがこいつの全てじゃない!!! あんただって…リリィだって分かってるんじゃないの!!?」
そうオパールは言い切ると、じっとリリスを見つめる。
見た目では分からないが、心でなら分かる。倒れているゼアノートがリクだと分かるように、彼女からもリリィの心を感じる。
そんなオパールの呼びかけに、リリスは否定するように叫んだ。
「黙れぇ!! 私はリリスだ!! もうあの女は消えたっ!!」
「あんたが何者でもいい!! 意地でもリクは、あたしが守るっ!!! そして、リリィを…大切な“友達”を返して貰うわっ!!!」
リリスに向かって叫ぶと、リクを庇うようにナイフを引き抜いて低く腰を落として構える。
どんなに過去が酷くても、思いが届かないとしても、彼と共にいたい。恋敵でも、数日しか一緒にいなかったとしても、彼女は大事な友達。それがオパールの出した“答え”だった。
戦闘態勢に入るオパールに、怒りを爆発させたリリスも虚空から青い槍を取り出した。
「いいだろう!! そこまで言うなら、まずは貴様から――っ!!?」
そうしてオパールに構えていると、激しい痛みがリリスの胸に襲い掛かった。
「ッ…!? なん、で…!!」
思わず構えを解いて胸を掴むように押さえていると、チャンスとばかりにオパールが一気に近づいた。
「隙だらけよ!!」
「くっ!?」
すぐに間合いに入り込まれて振られる刃を、リリスは胸を押さえながらも後ろに跳んで避ける。
そうして距離を取るが、オパールはすぐさま近づいてくる。
「逃がさない!!」
後ろに回り込むように、ステップを踏んで跳躍する。
それを見たリリスは、胸を押さえながら手を振り上げた。
「来るなぁ!!」
その叫びと共に、リリスを守るように周囲に水柱が噴き出した。
「くっ!?」
突然の水柱に、思わずオパールは距離を取る。
そうして湧き上がった水柱が収まると、すぐさま構えを取る。
しかし、中心にいた筈のリリスはその場から消えていた。すぐに周りを見るが、気配は感じられない。
それから何分か過ぎても現れず、オパールはようやく構えを解いた。
「逃げた…? でも、どうして…」
釈然としない顔でオパールは武器を仕舞いながら、リリスが消えた場所を見つめる。
前に彼女と戦った時は、とても好戦的で追い詰めても自分から引こうとはしなかった。なのに、どうして今回は引いたのだろう。
オパールが黙々と思考を巡らせていると、後ろの方で呻き声が聞こえた。
「う、ううっ…!」
「リク、大丈夫!?」
姿が違っても変わらないリクの声を聞き、オパールはすぐに駆け寄る。
ゼアノートとなったリクはゆっくりと腕で支えながら起き上るので、手伝うようにオパールは肩に手を当てて支えた。
「俺、は…――っ!?」
意識がはっきりしない状態でリクが顔に手を当てると、目を見開いて手がビクリと震える。
膝を使って座り込み、自分の身体を見回す。そして、濁りのない水溜りに映った自分の顔を見て茫然とした。
「どうして、またこの姿に…!?」
『また』と呟いたリクの言葉に、胸に痛みが走りオパールは視線を下に逸らす。
それでも、オパールはどうにか彼女の会話を思い出しながらリクに説明した。
「リリスがやったみたい…確か、『呪い』だって言ってた」
「リリス…――そうだ、リリィは!?」
思い出したようにリクが顔を上げると、力強くオパールの肩を掴む。
あの水色の瞳ではなく金色へと変わってしまった瞳に見つめられ、オパールは軽く目を閉じて黙って首を振った。
「そんな…!? くそぉ!!」
苛立ちを露わにして、リクは悔しそうに地面に拳をぶつける。
そんなリクに何も言えずにオパールも黙っていると、遠くの方で何かが聞こえた。
「…おー…――クー…」
「オパー…!」
聞き覚えのある微かな声が、遠くで反響しながらこの空間に伝わってくる。
久々に聞く声に、オパールは小さく笑いながら崖の上の方を見た。
「ソラ達の声…もう、あいつら遅いっての」
どうにか笑いながら言葉を紡ぐが、リクは拳をぶつけたまま俯いている。
これには再び顔を逸らすが、気を取り直すようにオパールは立ち上がって声をかけた。
「リリスの事もあるだろうけど、一旦ソラ達と合流しよう。それで――」
「いや、いい」
オパールの声を遮るように言うと、徐にリクが立ち上がる。
そのまま自分から離れるように歩くリクに、思わず腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと、何処に行くの!?」
「こんな姿じゃ、どっちみちソラ達と会えない。悪いが、俺は別行動させて貰う」
「別行動って…!?」
「今の俺はお前の世界だけじゃなく、全部の世界を闇に染めようとした奴の姿だ。そんな奴と、行動する訳にはいかないだろ?」
その言葉に、オパールの胸にズキリと痛みが走る。
鈍い痛みに顔を俯かせていると、リクは背を向けたまま話を続けた。
「大丈夫だ。必ずリリスを見つけだして、リリィを連れ戻して元の姿に戻る。それまで、ソラ達には俺がいない事をどうにか誤魔化して――」
ここまで話してオパールを振り返ると、ある変化に気づく。
オパールの肩が小刻みに震えている事。
そして、拳を力強く握りながら腕を振り上げている事に。
―――パァン!!!
それらに全て気づいた時には、頬を思いっきり叩かれていた。
「…いい加減にしなさい!!! あたし達がそんな事気にすると思ってるのっ!!?」
怒りを露わにし、涙を溜めながらリクに怒鳴りつける。
頬を叩かれただけでなく怒鳴られて茫然とするリクに、とうとうオパールの瞳から涙が零れた。
「例え、世界中があんたを否定しても…あたしは、あんたを否定しないから…!!!」
じっと金色の瞳を見つめながら、オパールは離さないと握った腕を更に掴む。
あの時、リリスに言われた言葉を完全に信じた訳ではなかった。出来れば嘘だと信じたかった。
それでも、何も変わらない。彼女に宣言した言葉も、彼を愛している事も。
「オパール…」
「姿なんて関係ない…リクはリクでしょ!?」
オパールの言葉に、リクの脳裏に一つの記憶が甦る。
(どんな姿でも、リクはリクだ!!)
【存在しなかった世界】で、再会した時にソラが言ってくれた言葉。
それは親友として、自分を心から信頼してくれたからこそ言ってくれた言葉だ。
「そう、だな…」
小さな呟きを聞いたのか、オパールは溜めていた涙を拭く。
そうして全部拭き終わると、リクに笑いかけた。
「さ、行くわよ…大丈夫よ、あいつらならきっと分かってくれる。あたしもいるから」
そう言うと、オパールは来た道を戻ってソラ達の元へと向かう。
リクも後を追おうとした所で、足元に何かが当たる。
見ると、リリスが落としたのかあのアクアマリンのお守りが落ちている。リクはそれを拾うとそっと握りしめた。
「リリィ…」
初恋の相手だったカイリと同じように、心から好きになった彼女の事を思う。
「必ず、助けるからな。お前を、その呪縛から…」
そう心で誓うと、コートのポケットにお守りを仕舞う。
一つの決意を胸に、前で立ち止まってこちらを待っているオパールに向かって歩き出した。