Fragment8‐1「天使のレクイエム」
二つの世界が、互いに知らぬまま物語の終焉へと近づいていく。
鍵の剣を持つ者達と彼らと絆を交わした者達が、心の剣を持つ者達とカミに生み出された者達がそれぞれの終着点へと歩みを進める。
しかし、彼らは知らない。その運命に、ある者が加わろうとしている事に…。
世界と世界を結んでいる、闇によって作り出された見えざる道―――【闇の回廊】。
しかし、闇だけで構成されたその場所はとても危険な場所だ。そこにいる人の心を闇が蝕み、やがてこの回廊のように闇へと還ってしまう。
その黒き道の真ん中に、何故か一人の女性の姿があった。
「…あれから、もう11年…」
回廊を歩きながらそう呟くと、フゥと小さな溜息を零す。
少し長めの金髪を肩にかかるぐらいの長さで二つに括り、赤の瞳をしている。服装は水色の服に白の上着を羽織り、肘まである長い黒の手袋。そして、銀のベルトで装飾された前止めの白のスカート、その下には黒のタイツにヒールのある黒のブーツを穿いている。
女性は歩き続けながら、ふと黒い空間を見上げた。
「――無理にこうして旅する事、無かったかもしれない…」
そんな弱音を吐くと、再び溜息を吐く。
「もう、次で終わりにしないと…それで見つからなかったら――」
「どうするんですか?」
突然回廊の中で響いた声に、女性は険しい目を作り辺りを見回した。
「っ!? 誰っ!!」
こんな場所に人がいるなど、普通ではない。
何も見逃さないと言わんばかりに神経を這っていると、女性の視界に何かが過った。
「白い、羽根…?」
周りの空間の黒とは正反対の色をした物体がヒラリと舞い落ちる光景に、女性の動きが止まる。
そうしていると、背後の方で足音が鳴り響いた。
「待ちなさいっ!!」
すぐに女性がその方向を見ると、回廊の出口である光が漏れている。
追いかけるように光の中に飛び込むと、何処か淀んだ光と共に乾燥した空気が肌に当たった。
「ここは…何?」
辿り着いた世界を、女性は同然と見回す。
見渡す限り岩ばかりの荒野で、所々何か巨大な力で抉られたようなクレーターがちらほらと存在する。
この情景を見ながら、女性は不安そうに胸を押さえた。
「人の気配どころか…生き物の気配も感じない。だからと言って、闇の気配も…」
何も気配が感じられない虚空の世界に、女性は顔を歪ませる。
しかし、何かを感じたのか突然目が鋭くなると片手に闇を纏わせた。
「そこっ!」
手に宿した闇を細い剣の形に具現化させるなり、“何もない”背後へと一気に振り下ろす。
直後、金属の鳴る音と共に剣が見えない何かにぶつかった。
「姿隠して奇襲なんて、私には効かないわよ!! 『デスペル』!!」
振り下ろしている剣に力を込めつつ、空いている手を振って魔法を発動させる。
すると、女性の目の前で光が弾けて一人の人物の姿が浮かび上がる。
白いコートに長ズボン。そして、白い布で顔を隠しておりその間から見える黒髪と金目の男性。その手には、自身の剣を受け止めた赤と黒の刀身のダブルセイバーが握られている。
「あなたは、一体…」
女性が眉をしかめていると、男性はダブルセイバーを両手で握り剣を弾き返す。
これには女性がよろめき、その隙に逃げるように近くの岩の柱の上に跳んだ。
「逃がさない!!」
すぐに女性も近くの岩の柱に跳んで上に立つ。
そうして岩から岩へと跳んでいく男性を、同じように追いかける。
やがて荒野の壁を曲がるので、女性も後を追う。しかし、視界の先はあちこちに同じような岩の柱があるだけで男性の姿が消えていた。
「どこっ!?」
思わず立ち止まって警戒して見回していると、女性の近くにあった崖の上からダブルセイバーを構えて落ちてきた。
「くっ…!?」
どうにか奇襲を紙一重で避けつつ、地面へと降り立つ。
そして、同じように降り立った男性に素早く手を振るった。
「『ファイガ』!!」
男性の足元に炎が収縮すると、全身を巻き込むぐらいの大爆発を起こす。
それでも女性が警戒を解かずに剣を構えていると、何と男性が火の粉を払いながらその場に立っていた。
「上級で、これだけの威力…さすがですね」
「不意打ちしてるような卑怯者に言われても、説得力が欠けるのだけれど」
「それは失礼…では、改めて名乗りましょうか。私は、エン」
男性―――エンが名乗ると、女性は腰に手を当ててゆっくりと剣を持ち直した。
「…スピカよ。じゃあ、挨拶も終わった事だし――…正式に始めましょうか?」
女性―――スピカもそう答えると、剣を振り上げるように水平に構えた。
「『空衝撃・牙煉』」
そうして剣を横に振るうと、巨大な衝撃波がエンに向かって放たれる。
迫りくる衝撃波に、エンは笑って手を翳した。
「『プロテス』」
守護の魔法をかけると同時に、衝撃波がモロにぶつかる。
しかし、身に包まれた障壁のおかげかエンは微動もせずに立っていた。
「『雷光剣』!!」
スピカはすぐに剣に雷を纏い、エンに向かって頭上からの雷と共に剣を振り落とす。
これにはエンもよろめくものの、見た目ではそんなにダメージは与えられてない。
その証拠に、余裕の表情でダブルセイバーを握っている。
「甘いですよ」
「『スパークガ』!!」
攻撃しようとするエンに、スピカは幾つもの魔法の結晶を呼び出す。
そんなスピカに、エンは再び魔法を発動させた。
「『リフレクトウォール』」
再び身体が煌めくと、光の障壁が身を包み肉眼から消えていく。
そして周りを回転する結晶に当たると、まるで反射されたようにスピカに襲い掛かった。
「なっ…!?」
跳ね返った結晶とその色取り取りの軌道から避けるように、一旦跳躍して距離を取る。
何処か観察するように余裕を保つエンを見ながら、スピカは思考を巡らせる。
(守護の魔法だけで、こんなにもダメージを軽減させるだけでなく、倍返しにしてくるなんて…最初の防御や回避も考えると、かなりの使い手…違う――)
ここで考えを止めてエンを見ると、ダブルセイバーに黒い闇を纏わせていた。
「『テラーバースト』!!」
そうしてダブルセイバーを横薙ぎに振るうと、範囲の広い黒の暴風がスピカに襲い掛かった。
(強者だわっ!?)
どうにか後ろに跳ぶ事で、出来る限り暴風のダメージを軽減させる。
そして、暴風に巻き込まれながら何かを呟いていると壁際まで叩きつけられる。
壁にぶつかってその場に崩れ落ちるが、スピカは痛む身体に鞭を打って立ち上がり剣に光を纏わせた。
「『覇弾』!!」
剣を振るい、無数の光の弾をエンに放つ。
しかし、光の弾はエンに纏った見えない障壁に当たりスピカに跳ね返る。
即座に自分に向かって来た光の弾を剣を振るって打ち返すと、驚きの眼差しでエンを見た。
「普通の攻撃まで…!?」
「『ブラッドクロス』!!」
スピカが驚いている隙に、エンがダブルセイバーを振るって赤黒いクロスの形をした衝撃波を飛ばす。
この攻撃に、スピカは剣に風を纏わせた。
「『風破・飛燕』!!」
自分の足元に剣に纏った風の力を叩きつけると、何と暴風が起きて真上に飛んだ。
衝撃波は壁にぶつかって崩れる中、上空へと回避してスピカにエンはクスリと笑う。
すると、エンの背に白い双翼が具現化した。
「それは…!?」
「逃がしませんよ」
白い翼に息を呑むスピカに、エンは翼を羽ばたかせて上空のスピカへと飛翔する。
直後、エンの横から光の光弾が襲い掛かった。だが、反射の障壁に守られて跳ね返る。
「何を――」
訝しげに見ると、光弾は崖の上に当たって崩れて岩石となって降り注いだ。
「くっ!?」
思わずエンがその場で止まって岩石を避けていると、上空にいるスピカがニヤリと笑った。
「さっき吹き飛ばされた時、風に紛れて上の方に『サーチライト』を設置してて良かったわ…反射されても、岩で牽制出来たし。そして――」
剣を居合抜きの要領で構え、エンに向かって落ちた。
「その邪魔な魔法も、打ち破ってあげるわ。『破魔斬』!!」
重力と共に落ちながら、エンを一閃する。
すると、何かが砕ける音が響き、身に纏っていた魔法の障壁がガラスのように破片となって砕けた。
「っ…!!」
「はぁ!!」
スピカは岩の柱に降り立つなり、そのまま跳躍して息を呑むエンに剣を振るう。
しかし、エンも馬鹿ではないようで、ダブルセイバーの柄の部分を両手で握る。
直後、武器は中央で分かれ、二つの刃となってスピカの剣を防いた。
「――二刀流…!?」
「だから言ったでしょう…甘いとね」
ダブルセイバーが真ん中で分裂し、双剣となった武器に驚きを隠せないスピカにエンが微笑む。
やがて重力に逆らえずにスピカが地面に降り立つと、上空で浮かんでいるエンが片方の剣に炎を纏わせて振るった。
「『インフェルノ』!!」
「『リフレガ』!!」
すぐに魔法の障壁を張ると、炎が着弾して巨大な火柱となる。
そうにか巨大な炎の柱から身を守ると、障壁が消えると同時にスピカは魔力を高めた。
「『ルイン』!」
剣を持っていない手から、白い光の弾を上空のエンに放つ。
エンはそれを避けると、そのまま急降下した。
「はあっ!!」
双剣で薙ぎ払うように、地面に叩きつけてスピカを攻撃する。
その攻撃を、スピカは上空に跳んで避けた。
「まだよっ!!」
そう言うと、何と上空から『ルイン』を次々と放つ。
迫りくる幾つもの光の弾に、エンは双剣同士の柄の部分を合わせて再びダブルセイバーに戻すと後ろに構えた。
「『アーククロウ』!!」
一気に回転させながら投げつけると、武器に当たった光の弾を次々と弾き返す。
回転しながら近づくダブルセイバーにスピカはとっさに剣で防御するが、軌道を逸らすのが精いっぱいだった。
「うくっ…!?」
「吹き飛べ!! 『ブラッドクロス』!!」
スピカがよろめいている隙に、エンは翼で飛んで落ちてくる武器を持つ。
そのままスピカに近づき、近距離で赤黒い衝撃波を放った。
「きゃあ!?」
これには防御も回避も出来ず、スピカは大きく吹き飛ばされてしまう。
痛みと共に、遠くに吹き飛ばされるような感覚が肌に伝わる。
このままでは地面に叩きつけると思い、スピカは素早く手を振るった。
「浮けっ!! 『レビデト』!!」
自分に魔法を発動させると、自分にかかる重力が激減する。
まるでゆっくりと水に沈んでいる状態となり、一回転して受け身を取って地面に着地する。
と、ここで自分の着地した地点に驚くべき光景が広がっていた。
「これは…キーブレード!?」
さまざまな形をした鍵の剣が、辺り一帯の地面に突き刺さっている。
だが、自分の記憶にあるキーブレードとは違い、どう言う訳かここのキーブレードは風化し錆び付いているものばかりだ。
この光景に思わず絶句していると、近くにエンが降りたって笑いかけた。
「キーブレードについての知識は、ちゃんとあなたにもあるようですね?」
「ええ…この武器を使う知り合いがいるから」
そっけなくエンに答えると、チラリと横目で再度周りの光景を見回した。
(だけど…何て寒々しい光景なの。まるで、墓標…主を失ってしまった悲しみや虚しさがこの場に留まって漂ってるみたい…)
闇とはまた違う、何とも言えない重い空気がこの場所を支配している。
例えるなら、これはきっと虚無。持ち主のないキーブレードに宿りし、癒されぬ傷痕。
そんな事を思っていると、エンが笑いながら口を開いた。
「感傷に耽っていると、足元竦まれますよ?」
「別に…――と言いたい所だけど、さすがにこんな場所で強がりは効かないわね」
スピカは静かに剣を下ろすなり、空いた手を後ろに構えてその身にある魔力を高める。
同じようにエンも武器を下ろすと、ゆっくりと後ろに構えて魔力を高める。
そうして二人の力が最高潮に達した瞬間、同時に目の前の相手に向けて手を翳した。