第六章 三剣士編第二話「魂の慟哭」
一方。
第三島の地表へと膂力のままに飛ばされてきた睦月は引き連れてきた男へと問いかける。
「……誰だ、お前」
疑問に満ちた声を睦月は発し、ハオスは深々と礼をしてから名乗り上げる。
「―――ハオス・ネクロノミア。フェイト・ダンデムスター、カナリア・ナイチンゲールの全てを融合し、変異した存在」
「フェイト、カナリア……変異……」
「戦えば解りますよ。この力は二人のものですから」
そういった瞬間、剣を構えた彼が睦月へ切りかかった。無音の速さから繰り出された一閃が右腕の砲身を切り裂いた。
「っ!」
「―――そんな重々しい武器は邪魔でしょう……いざ―――ッ!!」
再び、斬りかかるハオスに睦月は彼の言葉通り、白銀の永遠剣『アロンダイト』を両手で持って迎え撃った。
睦月と比べて、ハオスの剣捌きは拙かった。素早く繰り出される一刀が我武者羅に叩き込まれる。
幾戦もの戦いを生き抜いてきた睦月は看破し、徐々にハオスの攻撃をいなし、斬り返して行く。傷が伏せる中、ハオスはかまわず攻撃を繰り出す。
「うおおおおおっ!」
「しゃらくせえ!!」
繰り出された攻撃を睦月は稚拙と断じて、打ち破った。彼の剣を弾き、すかさずハオスへ一刀を叩き込んだ。
「ぐっ…」
叩き込まれたハオスは片膝をつき、睦月はその首元に剣を突きつけた。動きを封じた上で、睦月は糺した。
「お前が、二人である証拠は何だよ……根も葉もねえ事言うな!!」
「……」
ハオスが彼へと向けられた瞳には曇りないほどに同様も何も無い。こうして、彼に剣を向けられてもなお、彼は眉一つ動かず、静か過ぎるほどに見据えている。
やがて、嘆息と共にハオスは表情を動かす。
「理解する事は味わなければわからない」
向けられた刃を素手で薙ぐアロンダイトは弾かれ、驚く睦月を鉄拳で吹き飛ばし、自分はその隙に得物の剣を瞬時に拾い上げる。
無論、バランスを崩していた睦月は、空へ舞っていた得物を掴んで、鉄鉄しくも黒い翼を抉りだす。羽ばたきが爆風となって急速落下からの奇襲でハオスに襲い掛かった。
「―――っおりゃああ!!」
ハオスは睦月の攻撃を真っ向から受けようとせず、悉くをいなし、躱していく。実力の差を埋めるには技巧、思考をめぐらせなければならない。
睦月は仮面に感情を抑えられながらも吼える。Sin化は支配、洗脳、従属を齎す。睦月はハオスに告げられた言葉で大きく心を揺り動かされており、影響下が薄らいでいた。しかし、本人は気づかない。
目の前にある事実を認めたくない。拒もうとする心に駆られ、睦月は吼え叫んだ。
「認めて――――ッたまるかああああぁぁっ!!」
全ての攻撃を躱され、睦月はハオスとの間合いを取った。叫びを打ち立て、手に持つアロンダイトを振りかざした。膨大な力が彼と剣から溢れ、変貌する。
新たに抜き放った白銀の剣は先よりの強大な力を内包している事を気配で、視認ですぐに理解する。
「お前をォ……認めたら―――ァッ!」
はち切れんばかりの悲鳴がその手に掲げる剣をより鳴動し、刹那に間合いをつめて、一気に、力のままに振り下ろした。
防ぐように刀を構え、受け止めた。圧倒的な力が勢い共に押し込み、並みの強度ならば簡単に両断されるだろう。ハオスの刀『月喰罪紡歌鳥(ペカド・スセソル)』は受け止める事が精一杯だった。
「俺、は……!! うぁあああああああああああああ!!」
尚も睦月は狂ったように何度も何度も叩きつけるように斬る。
返す言葉も無く、只管に猛攻を刀で一身に受け止め、受け流していく。
ハオスは縫い間を縫うように猛攻する睦月の一撃から見えた隙を穿つように斬りかかった。そう、この隙に生じて打ち込もう―――一撃に全てをこめて―――一閃する。
繰り出された一刀により体を切り裂かれ、血を吹き上げた彼は音も無く天を仰ぐように崩れ落ちる。
「……」
「何で―――だよ……」
斬り伏せられていた睦月が必死に立ち上がろうとするが無様に突っ伏す。苦悶に満ちた声が次第に叫び声になっていく。
「フェイトもッ……カナリアもッ……ぅう」
涙を流しているのだろう、所々言葉を詰まらせながら彼は自分を支配するモノクロの仮面を剥ごうと手にかける。
Sin化された者は仮面をはずす事は不可能だった。しかし、何も知らないハオスは泣き叫ぶ睦月をただ、見つめていた。
「なんで―――俺や、っみんなに…相談、してくれなかったんだよおお!! うぐっ……ううぅうう……!」
言葉と同時に引き剥がした彼の顔には涙しかなかった。くしゃくしゃに涙でゆがませながら、ゆっくりと立ち上り、縋り込むように彼へしがみ付き、何度も何度も嗚咽交じりに問いかけた。
残された二人の記憶の中に、こんな「彼」の姿は無かった。
いつも明るく、まるで太陽のような笑顔を浮かべ、まっすぐと自分たちを見つめ、月のように傍にいてくれた少年の姿しか―――無かったのだ。
そんな記憶の残滓を垣間見ても、なお返す言葉は、ハオスには無いまま、黙したのであった。
「……」
「ぅうう……ぁぁっ……………おれ、フェイトやカナリアを最後に見たのはタルタロスなんだよ……」
カルマの操られた心剣士や反剣士による攻勢に巻き込まれ、それぞれ分かれて行動する事になった。そこが最後に見た二人だった。
もっと早く気づいてやれば、察してやれば、相談に乗れば、フェイトもカナリアも喪うことは無かったのかもしれない。そう思うと、怨むべきは己だった。
「……俺が…もっと、早く気づいていれば―――ッ!!!」
「……」
血反吐を吐くような叫びを上げ続ける睦月に、ハオスは思い切り抱きしめた。
強くしっかりと抱きしめながら、囁いた。
「……私にはこうする事くらい……しか出来ない」
「うう……っあぁ……!!」
叫びをやめ、睦月はどうしようもなく顔を埋め、涙を流し続けた。ハオスはただ、彼の涙、慟哭を魂に刻むように静かにもう一度、抱きしめた。
―――暫くして、睦月は泣き止んでハオスの隣で座りこんで、頭を抱えていた。なぜなら、無様極まりないくらいに泣き崩れ、彼に介抱されたことを思い出して頭を抱えていた。
「……すまねえ」
「いえ」
すると、睦月は仰向けに寝転んだ。目を真っ赤に、涙が流れた後を拭う。
ハオスはその隣で睦月に向けて微笑みを返した。微笑を向けたのは、彼が無意識に笑顔を浮かべていたのであった。