第六章 三剣士編第三話「時と空の防陣」
箱舟モノマキアは第一島の神殿から少し手前へ着陸し、第一島攻略のメンバーが降り立っていった。ほかのメンバーは彼らの帰還を待つことになった。
「――よし、行こう」
神殿へと神無たちは駆け出していく。非戦闘員のアーシャはディザイアに背負われ、同行していた。煌く夜空の下、神殿へと続く道を水晶のような花々が咲き誇っていた。
その煌びやかさに同じく同行する少女ヘカテーは感嘆の声を洩らす。
「きれい…」
「そうだね」
隣でスピードをあわせている少年シンクが返す。すると、手厳しい鋭い声が二人へと突き刺す。
「観光じゃないんだが?」
手厳しい一喝をしたのは半神アルビノーレだった。紫に染まった水晶を槍の形にした得物を片手で携えながらシンクとヘカテーを睨みすえる。
にらまれた二人は「ごめんなさい」と言って、頭を下げて駆け続けた。一喝した彼も責める様子は無く無言で許した。
「―――神殿だ」
神殿の入り口へと到着し、全員が立ち止まった。扉は開かれており、奥へと通している。
神無たちは息を呑んで奥へと見据え、半神たちは故郷の入り口を複雑な気持ちで見据えていた。しかし、立ち止まるわけにも行かず彼らは意を決して踏み込もうとする。
「進入は許されない」
入り口の奥から現れた二人の男女。モノクロの仮面をつけ、それぞれ剣を握った彼らを半神たち、神無はすぐに誰かと理解した。
時間の半神アルガと空間の半神ティオンであった。背後にある入り口は二人が入り口より姿をあらわすと同時に紋章が浮かび、壁となって道を阻んでいる。
つまり、二人は門番として神無たちへと立ちふさがっていた。全員は臨戦態勢になり、対峙する。
(王羅のムラマサに『斬られて』能力とかは弱めたって聞かれたが――さすがに戦闘は出来る状態には回復させていたか。どうする? 全員で押し通せば難なく進めるが―――優先すべきはこの神殿の奥に居るであろうレプキアの救助だ)
神無は二人の背後にある入り口の結界を見た。破壊して奥へと無理やり進む事も出来るがそれを実行できるか―――と。
「―――ティオン、アルガ。そこを退いてくれ」
身構える中、二人へと声をかけるように口火を切った男――半神たちのまとめ役たるアルカナが不可視の刀身を持つ心剣を携えながら言った。
しかし、二人は言葉を斬り捨てるがごとく剣を振り、同時に無数の光弾、炎弾が神無たちへと放たれた。その砲火を全員で分散して躱した。
「話の余地はなしか」
アルカナはそう嘆息げに呟き、柄を振り上げた。不可視の刀身は既にティオン、アルガの背後を潜り抜け、結界を抉りぬいた。
「!」
結界は刺し貫かれ、砕ける音と共に消滅する。アルカナたちは傾れ、押し込むように入り口へと駆け出す。二人は迎え撃つように先と同じく炎弾、光弾の放火を放つ。
しかし、全員がことごとく躱し抜いて二人をあしどめるように真っ先に切り込んだ。
「さあ、みんな――」
「先へ!」
アルガ、ティオンへ真っ先に切り込んだ人はシンク、ヘカテーだった。彼の得物である真黒の銃『開闢の使徒』と、彼女の得物たる金の杖『星金の宝杖』で二人の剣撃を受け止め、神無たちは一気に入り口へと―――
「馬鹿め…! 時空の両者の門前で突き進めると思ったか!」」
「なにっ!?」
アルガの一喝と同時に展開された大きく広がったドーム状の空間。時空の因果を止め、神無たちは入り口へは乗り込めずに門前払いされたように元居た神殿前への場所に立っていた。
時間、空間を司る二人は確かに王羅の心剣「妖刀ムラマサ」の能力で弱体化を強いられているが、此処にいたるまでの「十分すぎる時間を利用して、準備を整えれば」このような空間転移も難なく発動できたのだった。
このままでは、神無たちは二人を倒さない限り神殿の奥へは進めない。どころか入り口すら到達できない。
「―――倒すか、単純めいて十分だ」
チェルが銃口をティオンへと向け、銃イザナギの引き金を引いた。数発同時に、致命に至らない箇所を狙いすえて撃ち込むが弾丸は彼女へは全て届かずに歪んだ空間へ引きずりこまれる。
それを見て、チェルは面倒そうに舌打ちした。
(あの男の銃撃が無効化された……おそらく、直接攻撃くらいしかダメージは望めないか)
同伴していた半神ブレイズが冷静に分析し、大剣を握り締める。刀身に爆炎を纏わせ、纏った爆炎を二人めがけて放射する。火炎の息吹も二人には届かず歪んだ空間に飲み込んでいく。
多人数いれば、同時に攻勢、隙をうかがって攻勢に入れる。神無、アルビノーレ、アダムが三方同時に切り込んだ。
「それも想定内よ」
ティオンが冷淡に言い放つそれぞれの方角から空間が歪んで内側から巨大な光弾が放たれた。
「くそっ!!」
「ぐ――」
「これはやっかいですね」
光弾を直撃し、吹き飛ばされた3人はすぐに起き上がった。神無とアルビノーレは悔しげに歯噛みするも、アダムは苦笑にも似た表情を浮かべる。
その様子を見たほかの者たちは状況の最悪さをかみ締めた。遠距離の攻撃も接近する事も阻まれ、届かずに返しの攻撃を受けてしまう。この空間ではティオン、アルガは何をおいても絶対的な優位を持っている。
空間を打ち破る方法はおそらく二人を倒すしかないだろうと思っている。少なくともこの場に居るものたちは。
「―――」
アダムは片膝をついて、動きを止めている。二人は彼よりほかの者の動きを注視していた。
万能の防衛と思っていたアダムは思った「二人が視認している方にしか時空間は歪められない」のではないか――と。
「ブレイズ、手を貸してくれ」
突然、神無がブレイズに声をかけ、彼は技を撃ちだす構えを作る。
「待て! 攻撃しても阻まれるだけ………解った」
神無の目には無謀ではない勝利を掴もうとする色がある。むやみな攻撃を撃つ気は無いといっているのであった。ブレイズは了承して、手に持つ聖なる剣『神の炎(カルデラ)』に蒼炎を纏わせた。
まずは神無が駆け出す。手に持つ心剣『魔剣バハムート』を――神威開眼――『魔神剣バハムート』へと変化して、真っ向から黒い渦巻く龍を撃ち放った。
「無駄な事を」
黒龍の牙はティオンとアルガに届かず、ゆがまれた空間に飲み込まれていく。
「貫け、蒼炎!!」
突き放つ一撃は蒼炎の竜巻となって続けざまに黒龍を呑み、二人を飲み込もうとする。だが、大きく開かれた時空間の歪みに吸い込まれていく。
空しく攻撃は消えるだけに見えた―――だが、変化が生じていた。蒼炎と黒龍を飲み込んでいた時空間の歪みから蒼炎の火の粉が、溢れ始めた。
「っ!!」
驚愕の光景に驚くティオンたちに、神無とブレイズ以外のものたちは唖然と見つめていた。次第に容器から溢れるように時空間の歪みから亀裂が生じる。
「馬鹿…な!?」
亀裂からも蒼炎が吹き上げ、そして、歪みは砕け、膨大な蒼炎の津波がティオンとアルガを飲み込んだ。
周辺を包み込んでいた空間の感覚は消え、神殿入り口全体が青い火の海と化し、ブレイズは剣を下ろしつつ、神無へと見やった。やったな、と勝利を笑顔に浮かべる彼へ呆れたように微笑を返す。
「おい、何をしたんだ」
驚いた声を殺したアルカナが問い詰める。不可解な攻撃を、突破不可能と思われた時空間の歪みの防壁を打ち破った神無、ブレイズへと答えを求めた。
「単純だ。あの歪みは一種の『器』と仮定した…“器に水を目いっぱい注げば溢れかえる”、“だが、溢れかえる合間は注がれていく”―――予想は当たったが、外していたら、俺たちで“全方位”から攻勢をすれば倒せただろうな」
「なるほど……お前はそれに気づいたのか、すぐに」
「神無が放った攻撃を見て、同じく勘で思い切りぶち込んでやった」
彼女の言葉に此処にいる心の中で驚いていた半神たちは感嘆そうに思った。
「……そうか。―――二人を転送させた、先へ行こう」
アルビノーレは納得したように言葉をつむぎながら、倒れこんでいた二人へと近づいて、モノマキアから出る前にミュロスから受け取っていた『栞』を供える。そして、感知したのか、栞が光を放って二人を包み込んで、消えた。
ミュロスの栞にこめられた術が二人をモノマキアへと転送し、放置への対処だった。
そうして、再び彼らは神殿の入り口へと足を踏み入れる。それぞれ、武器を持ったまま進んでいく。しかし、先ほどの防衛線から無闇に同時に進むのは危険と判断した彼らは2つにチームで分かれた。
前方、神無、チェル、シンク、ヘカテー、アダムのメンバー。
後方、アルカナ、アーシャ、ディザイア、ブレイズ、アルビノーレと進んでいった。
「……このまま進めばいいんだな?」
「ああ……この中がいつもの中身であればまっすぐだ」
前方で進むチェルの問いかけに後方からアルカナの落ち着き払った声で即答する。
神殿内の回廊を進んでいく中、周囲を警戒した。
内部は異質な空間にさまが割っている事をこの場に居る半神たちは気づいている。
―――天地を染め上げた黒い闇。辛うじて、純白の壁面が名残としてちりばめられていた。侵食、とも言える言葉で覆われた神殿内部を突き進む。最奥にいるであろうアバタールの元へ。
「――悪いがぁ……人間風情は此処でご退場……だ」
突如、少年の残虐な声と共に前方にいた神無たちの周囲から無数の勾玉が出現し、途方も無い速さで光を帯びて囲んでいく。
「させるか―――ッ!」
ディザイア、アルビノーレ、ブレイズが一度に放った攻撃が届く前に神無たちの姿は出現した勾玉と共に消えうせてしまう。攻撃をやめ、周囲への臨戦体勢を強める。
すると、先ほどの少年の声―――アバタールがケラケラと笑いを交えた声が響いてくる。
「此処まできたか。……進むといい、朕と連なる半神たちよ」
「母は―――レプキアは無事か!?」
「……」
虚空より叫んだのはディザイアだ。声に宿る色、表情に浮かんでいる色は焦燥だった。
アバタールはしばし無言の沈黙の末、
「はやに来い」
そう言い切るとアバタールの気配は回廊から消失する。代わりに奥のほうからアバタールの気配が発せられた。半神たちは喪失した神無たちを気にかけるほどの猶予を待たずして先へと進んでいった。
致死の罠、あるいは転移の罠のどちらかであろうとアルカナは心に思いながら、母への救出を進めた。