第六章 三剣士編第八話「戦いの果て」
時同じくして、アバタールの罠を越え、最奥の入口へとたどり着いた神無たちも彼女の慟哭に気づいた。
「……神無」
「ああ…、入るぞ」
神無とアダムは目いっぱいに扉を押すが動き出す気配はなかった。アダムはすぐにこの扉に術が施され、外界からの侵入を阻んでいることに気づいた。
「皆さん、この扉――強行突破しましょう!」
神無らはうなずき返し、武器を取り出して一斉に各々の技を繰り出した。だが、扉を守るように障壁がそれを無効化した。
「父さん! まるで効いてないよ…!?」
「言われんでも解る。それでも撃って撃って撃つんだ! 障壁の限界をぶち抜く!」
「くそ…中で、何が起きてやがる!!」
神無たちの尽力とともに、最奥の広間へ話は戻る。
アバタールに刺し貫かれたディザイアだが、両手で刃を掴んで動きを封じた。同時に背より魔神が現れ、アバタールを殴り飛ばした。
翡翠の刀剣――クサナギを手放したが、彼の不定形の肉体は剣となって再び、ディザイアへと迫った。
「……」
一方のディザイアは掴んだ刃の感触、溢れ出る深紅の血の温もりに思考が戦いから遠のいていた。母を守るためにならこの命に躊躇いはないと己で言った。
なのに、どうしてか急に、『怖い』と思い始めた。魂が悟っている。ディザイアの命の刻限がすぐそこまで来ている。このままでは、母を護れない。
「――――ぉお」
それでもこのわずかな命を、今は総て―――。
「おおおおおおぁああああああああアアアアアアア――――――――!!!!!!」
―――母の為に!!
ディザイアは自分を刺していた宝剣を無理やり、魔神の剛腕で引き抜く。溢れんばかりの血が噴き出るも構わない。迫るアバタールの攻撃を己の鉄拳で粉々に打ち破る。
剣だった腕を破壊され、身動きが止まった瞬間だった。魔神の片腕が伸び、彼の頭部を掴みとる。骨が軋み上げる音、苦しげな呻き声にディザイアは無情の眼光で見据えた。
「―――終わりだ、アバタール」
「ぁ――――がっ―――やめっ――――!!」
無情の一刀が振り下ろされた。魔神は残った片手で持ったクサナギで切り裂いたのだ。アバタールは断末魔も上がることなく事途切れ、魔神は彼を地へと投げ捨てた。
地へ打ち捨てられたアバタール。その身を纏っていた漆黒の鎧は崩れ、本来の少年の姿が露わになった。その虚空の瞳にはもはや誰も見ていない。唖然と口をあけ、端から血が爛れ、無残な一刀の傷跡が体に残っていた。
「………ん」
レプキアを封じていた術式は大きく二つ。一つはカルマのSin化による従属と洗脳だが、これは微塵も彼女にとっては無意味であった。問題だったのはアバタールの勾玉による術で深い眠りをついていたのだった。
そしてアバタールの支配を失った勾玉の術は効力を失い、彼女は意識を取り戻すことができた。かすれた視界を開くと、目の前に大きな黒い影が立っていた。
「え―――?」
明確な意識とともに影の視認が早くなり、理解した。目の前にいる影は、血塗れの我が子ディザイアであった。
ハッと理解したことで、愕然とし、言葉を詰まっている彼女にディザイアは抱き寄せるように身を倒れこんだ。もはや、これ以上の気力で動くことはできなかった。
辛うじて抱き留めたレプキアだったが、やはり理解が回らない。なぜ、こうなってしまったのか。誰がこんなことをしたのか。パニックを起こしている彼女へディザイアの澄んだ声が入る。
「大丈夫……か? 母さん……っ」
ボロボロの彼が浮かべた安堵の顔、けれども今の彼の状態を見てもそんな余裕はなかった。レプキアは確りと言葉を発した。
「ええ―――……ディザイア、何があったの」
「悪い。…後でアルカナたちに聞いてくれ―――俺は、もう限界のようだ」
霞みかかる視界に精一杯、母の顔を見つめる彼の微笑みはとても物悲しいものだ。彼女もその最後を理解し、それでも可能性を捨てたくなかった。
「まだ、間に合うはず――」
「いや、俺は………死ぬ」
掠れつつある声に、レプキアは首を振った。いやだ、とボロボロ涙を流しながら。最初、己の理不尽な決断で彼を世界の果てへ追いやり、その恨みを買った。しかし、ゼツたちのお蔭で蟠りはなくなり、お互いに分かり合えると思った矢先。
「……母さん。この先、守れなくて―――ごめん……ここで俺は命を懸けて護る事が、怖かった………けど、守れて良かった! ―――――っ」
「あ……ああ……!!!」
彼女の胸元へ蹲るように彼の躰は完全に力を失い、事切れた。レプキアは亡き息子の躯を抱き留めながら、涙と嗚咽を噎ぶ。
同時に、広間の入口だった扉が粉々に吹き飛ぶ。土煙から神無たちが姿を現し、周囲を確認した。
「大丈夫か、アルカナ!?」
神無は彼へ駆け寄り、支えとなって起こした。アバタールの魔剣の呪いは解かれたものの体力を奪われたことには変わりない。広間にいる半神たちはみな、その瞳に涙を潤わせて、歯噛みしている。
神無は周囲に視線を向ける。階段へと通ずる手前に一刀に切り裂かれたアバタールと思わしき少年の骸、階段には血の跡が残り、それを辿るように上を見るとディザイアが倒れこんで、彼を抱き留めている泣き崩れた少女がいる。
「―――……話してくれるか、アルカナ」
「ああ……」
彼からアバタールとの戦闘、カルマの手によってより強大な力を得ての第二戦、アバタールの死、そしてディザイアの死を話してもらった。話を終えたアルカナは口を噤んで、悲しさを噛みしめている。
神無たちは何も言わぬことが彼らの傷を増やさないことと思い、深くは追及しなかった。その後、アルビノーレが玉座へと向かい倒れたディザイアの骸を抱え、レプキアとともに降りてきた。
「……貴方たちが私の救出やカルマの事件に協力してくれた人間?」
レプキアの蒼天の瞳が神無、チェルたちを捉えた。涙に腫れた双眸だが、『半神たちを束ねるカミ』としての威圧感がひしひしと伝わる。神無は気圧されずに頷き、視線を同じにする為に屈んだ。
一見すれば小柄な体躯をした彼女を馬鹿にした態度だが、神無の顔には子を失った親の悲しみを同じ2児の親として理解して、表情には哀愁が籠っている。
「俺は神無。―――半神たちと協力し、アンタを助けに来た。ほかの半神たちや仲間たちは外にいる……辛いだろが今は付いてきてくれるか?」
「ええ……今はそうするしかないわ。―――アルカナ、アバタールとディザイアの骸を『消してやって』」
「! しかし――」
「……あの骸をこれ以上、ほかのものに見せたくないのよ。――――お願い」
その双眸、悲しみと躯を消滅す非情の決断に震えた瞳、声にアルカナは纏め役としての使命を則って、二人の骸を並べ、そして、魔法術式『アルカナカード』から『死神』のアルカナが発動された。
二人の骸は一瞬のうちに消滅し、アルカナは唇を噛みしめて耐え凌いでいる。それはほかの半神たち、何よりレプキア自身も涙を耐えている。
「……行こう」
神無は短く言い切り、広間を出て行くように歩き出した。続いてチェルらが、半神の一人が重い足取りながらも去っていく。残ったのはアーシャとレプキアであった。
「―――行きましょう、レプキア様」
「ええ……アーシャ。此処まで来てくれてありがとうね」
「……いえ。母を救い出したかった一心で」
「そう――……外に出たらある程度話してくれる? カルマを止めないといけない」
「『戦う』ことになってもですか?」
「…どういう意味…?」
沈んだ声色だったアーシャの言葉に突如、冷徹な色が潜んだ。怪訝に思い、視線を向ける。素顔を黒い布で隠している彼女故にレプキアはより不可解に思った。
すると、アーシャは黒い布を外し、真っ直ぐにレプキアへと視線を向けなおした。
「カルマを真に倒す御つもりでしたら、貴女を『ある場所』へと導く時が来た事になります。
―――問題は『あの人』が、カルマを討滅するという意思を芽生えるか……ですが」
「……」
アーシャの普段からは想像できない怜悧な態度に言葉を詰まらせつつも、これ以上の被害を増やすわけには行かなかった。
「…今は一緒に外に出ましょう。―――詳しい事はあとでお話します」
そう言って彼女は黒い布で素顔を隠し、レプキアも今の状況を考えても此処で別行動を取るほどに急く必要は無いと理解して神無たちへと追いかけていった。