第六章 三剣士編第十二話「共有」
時同じくして、
「ああ……! お母様……! どうか、目覚めてください……!!」
溢れんばかりの蒼い光が白い領域に溢れかえる。吹き荒ぶ暴風に飛ばされそうな彼女は必死に踏ん張り、母へと悲願の叫びを上げる。
そうして、維持の結界たる水晶が砕け散る音と共に、暴風の勢いは最大限となってヴェリシャナを吹き飛ばした。吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられるように転がり、そのまま倒れこみかけたが結果をみなければならないという意思の元に意識を保ち、ゆっくりと水晶があった場所へと歩みだす。
周囲は先ほどの爆発で煙だっており、様子が伺えなかった。しかし、彼女が中心へと踏み出そうとした瞬間、煙は消し飛び、そこに一人の女性が立っている。
「あ……ああ―――ァァッ!!」
ヴェリシャナの双眸に刻まれたその姿に流麗に靡く真黒の髪、澄み切った蒼旻(あおぞら)の瞳、白と蒼の礼装を身に纏った絶美さは歓喜のあまりに彼女は言葉を失い、涙をとめどなく流れ出す。
佇んだ女性はヴェリシャナの方へと振り向き、表情の薄い微笑を浮かべて返す。そして、閉ざしていた口火を切った。
「―――おはよう、ヴェリシャナ」
神理―――ユニテ・イリアドゥスの覚醒、あるいは再臨であった。
「ぅう…お母様ァ――ッ!!」
感極まってか、ヴェリシャナは泣きじゃくりながら彼女の胸元へと飛び込むように抱きよってきた。その様子にイリアドゥスは微笑にやや苦味を含めつつも受け止め、彼女の頭を撫でる。
同時に、彼女から記憶を取り込み、更なる情報を得た。レプキアだけの情報では様々な事象への理解を深めるには難しいのだ。もちろん、その行為をヴェリシャナが拒む筈も無く、有体に受け入れている。
むしろ、至福なのだ。愛おしい母との奇跡の再会、目覚める確立は無いに等しい事と思っていた。その奇跡を前に、些細なことだとヴェリシャナは気にも留めなかった。
「………一つ聞いていいかしら」
「はい……!!」
涙を拭い、にこやかに笑顔を向ける愛娘にイリアドゥスは問いただした。
「『レプキアのことは娘として慕っていた』のかしら……?
永い間、彼女を代行体として偽装し、その傍に居続けたあなたの本心は―――本物? 偽物?」
その問いかけに先ほど浮かべていた笑顔は崩れ、苦虫を噛むような険しい表情を見せた。けれども、黙秘する事は出来ない。目の前にいる彼女は絶対なる母だ、何を楯突くか。
けれど、浮かべたこの表情は冷やかで、棘の在る物言いに訝しげながらも答えた。
「……信じてもらえないでしょうけど、私はレプキアを母として慕っていたのは本物でした。
――確かに、最初は………でも、次第に貴女と同じように思い、愛おしいと思っていました。けれど、今回の一件でそれは完全に無くなってしましたけどね」
『そう……愛していてくれたのならそれで充分よ』
「!?」
突如、此処にはもういない筈のレプキアの声が響く。
この場に居るのは彼女へ返したイリアドゥスのみ。困惑の双眸を向けると、母は意地悪な微笑を浮かべた。
この微笑は決して母が浮かべるような『俗物染みたもの』ではない。永い月日を経て、世俗を渡り歩いたレプキアのものだ―――!!
そうして、彼女は言葉を続ける。愛おしい母の口で、だが、声は間違いなく彼女―――『レプキア』だ。
『―――私の精神体はユニテ・イリアドゥスに在るわ。もちろん、本物の精神体も健在よ? 僥倖かしら? それとも―――』
「……お母様、何か御身に問題はありますか」
「全く持って―――二つの精神体が入ってるけれど問題ないわ。といっても、この肉体は完全に私のものだからレプキアが表層に出れるのは私の口だけしか無理なの」
『……(無視、か……ッ)ヴェリシャナ、いいのよ。―――それで充分よ、の言葉の意味くらい、理解しなさい』
呆れたような母の表情を介して見せたレプキアの真情にヴェリシャナはただ、黙る事しか出来なかった。もう赦して貰うなどと考えていない。
こうして、奇跡がおきてレプキアは消滅せずに母の中で生きながらえている。母も問題ないと言い、二人はまさしく『共生』しあうような関係になっていた。
「……」
『何かあるとき以外は口出ししないから気に悩む必要は無いわ。――それじゃあね、“アーシャ”?』
「……!!」
母の顔で、母の口で皮肉を吐き捨―――と表情を険しく仕掛けたがすぐに解く。文字通り、レプキアは口出ししか出来ない。必要以外な時は本人も出る意思はない。
ならば、それでいい。もう後戻りできるような仲は既に真実を打ち明けた瞬間より終わっている。今は、目の前にいる母を見つめたい。
一方のユニテ・イリアドゥスはその心の中でレプキアと密かに話し合いしていた。
心の中、というのはある種の特殊な精神空間であろう。誰もが持ち、秘めるセカイだ。イリアドゥスの眼前にはかつての姿をしたレプキアがけらけらと笑い転げている。
「そんなに可笑しいかった?」
「ええ――……くく、あはははは! アーシャのあの顔! あの態度!! 蒼褪め過ぎて笑えるわ!! アハハハハハハ!!」
怪訝に思った彼女の問いかけに笑い転げながらレプキアは答え、そして、笑い続ける。しかし、すぐに笑いを収めて、座り込んだ。
「―――――……『それで充分よ』。この一言に尽きるわ」
虚しい表情で彼女はその言葉を何度も言った。自分に言い聞かせるように、とも思える。耳を澄ませば、咽ぶような声が聞こえた。
「ヴェリシャナが貴女を受け入れなくても、私が受け入れる。だから、泣かないで?」
「馬鹿……泣いてなんか、無いわよ……ッ」
イリアドゥスの言葉に彼女に表情を見せまいと顔を埋め、座り込んだ。話しかけても今はきっと相手にしてくれないだろうと思ったイリアドゥスは最後に言った。
「ねえ、レプキア。今度から私のこと『イリア』ってよんでいいわ。これからもよろしくね」
「……解った」
埋めたまま小さく返事した彼女へ微笑みを浮かべ、イリアドゥスは意識を表層へ目覚めさせた。
そして、目の前でやや消沈している娘へ声をかけた。
「さあ、ヴェリシャナ。此処から出ましょう……きっと上で皆が探しているだろうし」
元々、この白い領域―――本来の名を『神域(しんいき)』と呼び、いうなれば神理の寝床でもある。ヴェリシャナが此処へ安置したのも傷の回復をはかどる為であった。
イリアドゥスは意思を念じ、二人の前に扉が出現する。この扉の先は上にある最奥の広間の中心と繋がった。レプキア、ヴェリシャナの情報を元につなぐ事が出来たのであった。
扉は開き、二人は向こうへと潜り抜ける。一瞬のうちに最奥の広間の中心へと抜け出ると、そこにはレプキアとアーシャを探していた半神たちと人間たちがいた。
「アーシャ!? それに―――……!?」
アーシャ――ヴェリシャナの姿を見た半神アルカナはもう一人の女性に困惑気味に見つめた。それは最奥の広間にいるほかの半神――ビラコチャ、アレスティア、キサラも同じように戸惑った様子で見ている。
もちろん、同伴した人間たち―――神月、ヴァイ、オルガ、シンク、アガレス、ペルセフォネも警戒の色を強めつつ、様子見で居た。
「この姿は始めまして……ね」
イリアドゥスの微笑交じりの挨拶、同時に彼女の影から蒼い幽玄とした腕が伸び、この場に居るヴェリシャナ以外の者たちの頭部を掴んだ。
『!!?』
思わぬ不意討ちに反応できず、警戒を強めていた神月たちも剣を抜く間も無かった。しかし、痛みなどは無く、数秒のうちに掴んでいた蒼い手は彼女の足元へと戻った。
言葉を失っている彼らであった。どうするか、思考を廻らせ、即断しようとした。だが、彼女から敵意は全く感じ取れない。ヴェリシャナにいたっては普段から隠していた素顔を晒していた。
「―――私の名前はユニテ・イリアドゥス。……『レプキア』よ」
「ああ……! お母様……! どうか、目覚めてください……!!」
溢れんばかりの蒼い光が白い領域に溢れかえる。吹き荒ぶ暴風に飛ばされそうな彼女は必死に踏ん張り、母へと悲願の叫びを上げる。
そうして、維持の結界たる水晶が砕け散る音と共に、暴風の勢いは最大限となってヴェリシャナを吹き飛ばした。吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられるように転がり、そのまま倒れこみかけたが結果をみなければならないという意思の元に意識を保ち、ゆっくりと水晶があった場所へと歩みだす。
周囲は先ほどの爆発で煙だっており、様子が伺えなかった。しかし、彼女が中心へと踏み出そうとした瞬間、煙は消し飛び、そこに一人の女性が立っている。
「あ……ああ―――ァァッ!!」
ヴェリシャナの双眸に刻まれたその姿に流麗に靡く真黒の髪、澄み切った蒼旻(あおぞら)の瞳、白と蒼の礼装を身に纏った絶美さは歓喜のあまりに彼女は言葉を失い、涙をとめどなく流れ出す。
佇んだ女性はヴェリシャナの方へと振り向き、表情の薄い微笑を浮かべて返す。そして、閉ざしていた口火を切った。
「―――おはよう、ヴェリシャナ」
神理―――ユニテ・イリアドゥスの覚醒、あるいは再臨であった。
「ぅう…お母様ァ――ッ!!」
感極まってか、ヴェリシャナは泣きじゃくりながら彼女の胸元へと飛び込むように抱きよってきた。その様子にイリアドゥスは微笑にやや苦味を含めつつも受け止め、彼女の頭を撫でる。
同時に、彼女から記憶を取り込み、更なる情報を得た。レプキアだけの情報では様々な事象への理解を深めるには難しいのだ。もちろん、その行為をヴェリシャナが拒む筈も無く、有体に受け入れている。
むしろ、至福なのだ。愛おしい母との奇跡の再会、目覚める確立は無いに等しい事と思っていた。その奇跡を前に、些細なことだとヴェリシャナは気にも留めなかった。
「………一つ聞いていいかしら」
「はい……!!」
涙を拭い、にこやかに笑顔を向ける愛娘にイリアドゥスは問いただした。
「『レプキアのことは娘として慕っていた』のかしら……?
永い間、彼女を代行体として偽装し、その傍に居続けたあなたの本心は―――本物? 偽物?」
その問いかけに先ほど浮かべていた笑顔は崩れ、苦虫を噛むような険しい表情を見せた。けれども、黙秘する事は出来ない。目の前にいる彼女は絶対なる母だ、何を楯突くか。
けれど、浮かべたこの表情は冷やかで、棘の在る物言いに訝しげながらも答えた。
「……信じてもらえないでしょうけど、私はレプキアを母として慕っていたのは本物でした。
――確かに、最初は………でも、次第に貴女と同じように思い、愛おしいと思っていました。けれど、今回の一件でそれは完全に無くなってしましたけどね」
『そう……愛していてくれたのならそれで充分よ』
「!?」
突如、此処にはもういない筈のレプキアの声が響く。
この場に居るのは彼女へ返したイリアドゥスのみ。困惑の双眸を向けると、母は意地悪な微笑を浮かべた。
この微笑は決して母が浮かべるような『俗物染みたもの』ではない。永い月日を経て、世俗を渡り歩いたレプキアのものだ―――!!
そうして、彼女は言葉を続ける。愛おしい母の口で、だが、声は間違いなく彼女―――『レプキア』だ。
『―――私の精神体はユニテ・イリアドゥスに在るわ。もちろん、本物の精神体も健在よ? 僥倖かしら? それとも―――』
「……お母様、何か御身に問題はありますか」
「全く持って―――二つの精神体が入ってるけれど問題ないわ。といっても、この肉体は完全に私のものだからレプキアが表層に出れるのは私の口だけしか無理なの」
『……(無視、か……ッ)ヴェリシャナ、いいのよ。―――それで充分よ、の言葉の意味くらい、理解しなさい』
呆れたような母の表情を介して見せたレプキアの真情にヴェリシャナはただ、黙る事しか出来なかった。もう赦して貰うなどと考えていない。
こうして、奇跡がおきてレプキアは消滅せずに母の中で生きながらえている。母も問題ないと言い、二人はまさしく『共生』しあうような関係になっていた。
「……」
『何かあるとき以外は口出ししないから気に悩む必要は無いわ。――それじゃあね、“アーシャ”?』
「……!!」
母の顔で、母の口で皮肉を吐き捨―――と表情を険しく仕掛けたがすぐに解く。文字通り、レプキアは口出ししか出来ない。必要以外な時は本人も出る意思はない。
ならば、それでいい。もう後戻りできるような仲は既に真実を打ち明けた瞬間より終わっている。今は、目の前にいる母を見つめたい。
一方のユニテ・イリアドゥスはその心の中でレプキアと密かに話し合いしていた。
心の中、というのはある種の特殊な精神空間であろう。誰もが持ち、秘めるセカイだ。イリアドゥスの眼前にはかつての姿をしたレプキアがけらけらと笑い転げている。
「そんなに可笑しいかった?」
「ええ――……くく、あはははは! アーシャのあの顔! あの態度!! 蒼褪め過ぎて笑えるわ!! アハハハハハハ!!」
怪訝に思った彼女の問いかけに笑い転げながらレプキアは答え、そして、笑い続ける。しかし、すぐに笑いを収めて、座り込んだ。
「―――――……『それで充分よ』。この一言に尽きるわ」
虚しい表情で彼女はその言葉を何度も言った。自分に言い聞かせるように、とも思える。耳を澄ませば、咽ぶような声が聞こえた。
「ヴェリシャナが貴女を受け入れなくても、私が受け入れる。だから、泣かないで?」
「馬鹿……泣いてなんか、無いわよ……ッ」
イリアドゥスの言葉に彼女に表情を見せまいと顔を埋め、座り込んだ。話しかけても今はきっと相手にしてくれないだろうと思ったイリアドゥスは最後に言った。
「ねえ、レプキア。今度から私のこと『イリア』ってよんでいいわ。これからもよろしくね」
「……解った」
埋めたまま小さく返事した彼女へ微笑みを浮かべ、イリアドゥスは意識を表層へ目覚めさせた。
そして、目の前でやや消沈している娘へ声をかけた。
「さあ、ヴェリシャナ。此処から出ましょう……きっと上で皆が探しているだろうし」
元々、この白い領域―――本来の名を『神域(しんいき)』と呼び、いうなれば神理の寝床でもある。ヴェリシャナが此処へ安置したのも傷の回復をはかどる為であった。
イリアドゥスは意思を念じ、二人の前に扉が出現する。この扉の先は上にある最奥の広間の中心と繋がった。レプキア、ヴェリシャナの情報を元につなぐ事が出来たのであった。
扉は開き、二人は向こうへと潜り抜ける。一瞬のうちに最奥の広間の中心へと抜け出ると、そこにはレプキアとアーシャを探していた半神たちと人間たちがいた。
「アーシャ!? それに―――……!?」
アーシャ――ヴェリシャナの姿を見た半神アルカナはもう一人の女性に困惑気味に見つめた。それは最奥の広間にいるほかの半神――ビラコチャ、アレスティア、キサラも同じように戸惑った様子で見ている。
もちろん、同伴した人間たち―――神月、ヴァイ、オルガ、シンク、アガレス、ペルセフォネも警戒の色を強めつつ、様子見で居た。
「この姿は始めまして……ね」
イリアドゥスの微笑交じりの挨拶、同時に彼女の影から蒼い幽玄とした腕が伸び、この場に居るヴェリシャナ以外の者たちの頭部を掴んだ。
『!!?』
思わぬ不意討ちに反応できず、警戒を強めていた神月たちも剣を抜く間も無かった。しかし、痛みなどは無く、数秒のうちに掴んでいた蒼い手は彼女の足元へと戻った。
言葉を失っている彼らであった。どうするか、思考を廻らせ、即断しようとした。だが、彼女から敵意は全く感じ取れない。ヴェリシャナにいたっては普段から隠していた素顔を晒していた。
「―――私の名前はユニテ・イリアドゥス。……『レプキア』よ」