第六章 三剣士編第十三話「蒼と茜」
アルカナたちは会議の後、モノマキアから降りた二人を捜索することになった。幸い、二人が神殿へと向かった様子をゼロボロスが見ていた為、何人かで神殿へと捜索していた。
そうして、最奥の広間でも居ないと想い、諦めて戻ろうとした時だ。突如、中心から扉が出現し、中から絶美の女性とアーシャことヴェリシャナが姿を現した。
そして、彼女が半神たちの母であった『レプキア』の本来の母『ユニテ・イリアドゥス』であることを打ち明けられ、詳しい話をモノマキアで話す事となった。
「……」
再び、会議として利用していた操作室では半神たちは愕然とした表情のまま、言葉を失っていた。
ヴェリシャナと、イリアドゥスの話を全て聞いた半神たちは自分たちも「偽物」という事に戸惑い、ざわざわと騒ぎ出す。
その事態を予め理解していたイリアドゥスは凛とした声で彼らと話を続ける。
「―――貴方たちはヴェリシャナと同じ『半神』よ。レプキアの肉体は私の体だったから……本物、よ」
諭すように説得し、彼らのざわめきは鎮まっていった。
ひとまず、無用の混乱を避け、安堵の一息を吐いてからイリアドゥスは話を続けた。
「私が目覚めたのは、カルマを倒す手段の一つということでいいわ」
「一つ、伺いたい」
動揺隠しきれない半神たちの中から挙手したのは彫りの深い長身の男性――ビラコチャであった。彼は普段から表情を崩すことが少ない人物だ。
そんな彼が最初に質問する事に誰も阻む者は居ない。妥当といった様子で落ち着いていた。
「仮にカルマを倒し、事件を終息させた場合―――貴女はどうなさるので?」
厳格な問いかけに落ち着きの在る表情のまま、彼女は答えた。
「消えて失せるとでも? 本来の体に本来の心と魂が戻っただけ―――さあて、この船の中でも歩き回ろうかしら」
既にこの部屋での記憶回収は終わらせていた。船内にいる者たちの情報も得ようと彼女は話を切り上げて、部屋を出て行った。
取り残された半神たちであったが、向く視線は一人へと注ぐ。そう、今の今まで自分たちを欺き続けた半神アーシャ、否、『ヴェリシャナ』へと。
一人、モノマキアの廊下を歩く女性――ユニテ・イリアドゥスは部屋にいるであろう彼らの記憶を求め、進んでいく。突然、部屋に女性が入ってきて頭に手を置かれ、何をするわけでもなく適当な挨拶で部屋を出る。
あるいは青色の影の手が頭を掴んで、すぐに何事も無いように適当な挨拶で済ますかのやり方で船内を歩き回っていった。
そんな彼女の行為をとめる者は居なかった。というより、呼び止める前に失せてしまうのだ。交流を深めるのは至難であろうと彼らは思った。
「おい、貴様」
船内巡りを終え、いよいよ上甲へと上がりこんだイリアドゥスへ声をかける凛然とした声の女性が居る。赤と黒の着物に似た装束を身に纏った茜色の瞳と髪をした容貌、人の気風を感じられない。
だが、イリアドゥスは動じる起因はなかった。既に船内には人間を初めとした何百年も生きている旅人や人の姿を化生した龍、悪魔などの記憶を手に入れていることもあった。
声をかけた女性へと歩み寄り、呼び掛けた理由を問うた。
「何かしら」
話しかけられたイリアドゥスは小さく首をかしげて聞き返す。だが、そんな態度とは裏腹に既に影から蒼い手を潜ませていた。
「貴様が神というものか」
「神、ねえ」
凛那の言葉にイリアドゥスは眼を細める。自分という存在は神として能うものの、レプキアの記憶、アーシャの記憶から「もはや神として座す」意味は無用の長物と受け入れていた。
もはや、己はただの「原型」、あるいは「全なる一」。ユニテ・イリアドゥスでしかなかった。
「―――私は私よ。ユニテ・イリアドゥスという一つの生命体、存在だから」
「覚醒した理由も聞いている。……一合、見えたい」
言うや否や、火炎が舞うと共に茜色の魔刀が彼女の手にあり、構えを作ってはいないが隙のない威圧と姿勢をとる。最初からこれが目的だったらしいと、思いつつイリアドゥスもそれに応じた。
「そう…………」
凛那は鋭い視線を彼女へと向ける。様子、動向を伺う目星で、好戦的な表情、嫌がる拒絶も一切含んでいない無表情を理解した。
更に片手を伸ばし、虚空より蒼き輝きと共に己に相応しい剣を抜き取る。それは一切を澄んだ蒼に精錬させた直剣。直剣の柄を掴んで、切っ先は下ろしているのであった。
「いいわ。かかってきなさい」
「………」
凛那は息を殺し、構えた。相手の憮然の態度、挑発は気にも留めない。
狙いを一点に力を込め、上甲板の床を蹴飛ばす。同時に刀身に炎渦巻き、斬りこんだ。
至近を赦し、振り放った一刀をイリアドゥスも応じるように剣を抜き放った。
時同じくして、上甲板から激しい音に真っ先に駆けつけたのはクェーサー、ヴァイ、菜月、ゼツであった。そこにはお互いの剣が寸前の処で止め、制止している凛那とイリアドゥスがいて、駆けつけた4人は息を呑んだ。
制止の緊張を先に解いたのはイリアドゥスのほうであった。向けていた剣を霧散するように消し去り、手ぶらの両手を下ろす。遅れて、凛那も自身の刀――『凛那』を茜の炎に散らす。
「―――これが、貴様の強さ……」
そう云い終えるとバランスを崩し、前へと倒れかかったた凛那をイリアドゥスは抱きとめ、無表情を和らいだ。
「満足した?」
「……ああ」
満足気に微笑み返した凛那は一人で佇むと一息ついてからイリアドゥスへ話を続ける。
「強さの「次元」が違った」
その次元は人が、ましてや人によって作られた一刀では届かないものであった。あの攻撃の交差、凛那は迷い無く炎熱纏った一撃『炎産霊神』を放った。
だが、イリアドゥスは動揺も、恐怖も一切無い無表情のまま、蒼い直剣を抜き放って炎熱の一刀を受け止め、同時に炎熱を打ち消す。しかし、それでも刃は彼女の肌の寸前を触れかけ、一方の自分にも刃が寸前で止まっていた。
―――諸共弾き飛ばす事は出来た、と悟った。
「そう? 私の技術はまだまだよ」
小さく首を振った彼女に凛那は微笑を収め、険しい表情で言い返す。
優位にあるもの、強者が見せる謙虚は侮蔑他ならない。それに、イリアドゥスの話は神無から聞いていた。
「よく言う。話は聞いているぞ、『記憶』……いや、『情報』か。それを喰らう事が強さの答えか?」
「………神理(わたし)くらいよ、そんなことして逸脱した力を扱えるのは。さて、貴女の情報も頂くわ」
彼女が凛那へ手を伸ばすと蒼い影のような手が伸びて、彼女の頭部を掴んだ勢いから透過した。凛那も表情を驚きに強張らせ、息を呑んでいたがものの数秒で影が消えて安堵する。
クェーサーたちも駆け寄り、声をかけてくる。不安そうに凛那を見つめる眼と声でクェーサーは凛那へ話しかけた。
「だ、大丈夫か? 凛那。頭に手が……」
「ああ、大丈夫だ。お前もやられただろうに」
心配すぎな様子を見た凛那が苦笑を浮かべ、うんうんとクェーサーに賛同する菜月が口を開く。
「いきなり入ってきて、アレだからなー……びっくりしたよ、オイラ」
「そうだよね……イリアドゥスさん、常識も覚えましょうよ……」
「―――ふふ、ごめんなさいね」
ユニテ・イリアドゥスという途方も無い存在にオドオドと様子を伺うように話しかけるヴァイに微笑で返した彼女にほっとヴァイは安心したように笑みを返す。
「僅かな時間だけど仲間として一緒に戦うわ。遅れての挨拶だけど、よろしくね」
「ああ、こちらこそ」
そう言ってイリアドゥスは彼らに挨拶と握手を交わし、最後にゼツと握手し終えてから彼が咳払いをしてから話を持ち出す。
「後でほかの奴にもしてやれよ。ビックリしただけで終わったけどさ――――後、一つ聞きたい事があるからさ……ちょっと隅で話したいんだけど」
「解った、では船内に戻ろう」
察したクェーサーがヴァイたちを連れて上甲板を後にした。周囲に気配が無い事を察したゼツはイリアドゥスへと話を切り出した。
ゼツは過去何度かイリアドゥスの代行体『レプキア』と面識があった。かつて、旅中でカミの聖域レプセキアへと辿り着き、彼女と出会ってから今まで交流があった人間の一人として今の彼女の存在はほかの者たちより疑問を懐いていた。
「アンタがレプキアのオリジナル、か―――なら…………もう、レプキア(あいつ)は居ないのか?」
大して知り合ったわけでもなく、深い関係でもないが、彼女の存在は確かに綺羅星のようなものであった。そこに居る彼女はもう彼女ではないのだと悟っていても問わずには居られなかった。
恐らく、自分だけではない。今まで母と慕い続けた半神も同じ想いを懐いているのでは、ないかと。
そう問われたイリアドゥスは少し考えるような素振りで腕を組んで、視線をゼツから上の空へ向けた。
「そうね……一言で言えば、『居る』わ。此処にね」
視線をゼツへ向け、微笑みを浮かべる。手を胸へ向けて、答えを示した。ゼツは頭をぼりぼりと掻いてから、わかったと口火を切る。
「そういうのなら『居る』んだな。じゃあ、言伝していいか?」
「どうぞ」
『躊躇いないわね』
イリアドゥスの心の中、無限大の虚空に『レプキアの精神体』―――大よそレプキア本体は呆れたように言った。同じく彼女はイリアドゥスの会話や様子を見て、聞いていた。
「『俺はお前の事忘れないぞ。ずっと憶えてやる。いろいろと迷惑かけてすまなかった』―――って」
「……ええ、確りと伝えておくわ」
「じゃあ船に戻ってもう一回挨拶しなおそうぜ」
「解ったわ。先に行ってて、すぐに戻るわ」
「おう」
にこやかにゼツは笑顔で返し、彼は上甲板から船内へと戻っていった。イリアドゥスだけとなった上甲板にて、彼女はレプキアへと話しかける。
「―――だそうよ、優しい子ね」
『………うるさい………ッ』
掠れ、震えた声を必死に抑えて吐き出た一言が全てを物語っていた。半神以外から、イリアドゥス以外から、真っ先に自分を許容していてくれた存在が途方も無く嬉しく、悲しかった。
イリアドゥスも深くは言うまいと心の中に居る彼女へ語りかける事をやめ、ゼツを待たせまいと船内へと戻り、もう一度船内のモノたちと挨拶を確りと交わそうと歩みだした。