Another chapter9 Terra side‐1 「交差せし歯車」
「――そして、私達は再び次の世界に旅立ちました…と」
サラサラとペンを動かし、膝の上に乗せた分厚い日記帳に綺麗に文字を書き込む。
やがてペンを止めると、本を閉じてペンと一緒に傍に置いてある道具袋の中にしまい込む。
それから立ち上がって砂を払い、前を見る。そこには、夕日が海に沈んでいるのか光が反射してオレンジ色に染め上げている。
この景色を砂浜から眺めていると、後ろからテラが近づいて声をかけられた。
「レイア、終わったのか?」
「ハイ! …すみません。私の我が侭の為に、旅を一時中断してしまって」
「いいさ。俺も久々に、この世界に来たかったからな」
謝るレイアに優しく言うと、テラも目の前の海を見る。
回廊での移動の途中、レイアが少し休憩しないかと提案してきた。そこで、テラはこの世界―――『ディスティニーアイランド』を思い出し、ここで休息を取る事にしたのだ。
そうして辿り着くと全員は自由行動を取り、レイアは日課だった日記をここで纏めて付けていた。
そして今、する事もなくなったレイアはおずおずとテラに話しかけた。
「あ、あの…テラさんっ! もう少しこの世界に居ても大丈夫…ですか?」
「俺は別に構わないが…」
「いいだろ、それぐらい。ほれ、言って来い」
聞きなれた声に、レイアは嬉しそうに後ろに目を向ける。
そこでは、クウが笑ってこちらを見ていた。
「ありがとうございます、クウさんっ!!」
お礼を言うと、すぐさま砂浜を駆け出して行くレイア。
二人は姿が見えなくなるまで見送ると、テラがある事に気づいた。
「クウ、無轟は?」
「オッサンなら、あっちで寝てる。この世界に留まるなら、少し休眠するって言ってよ」
後ろに指を差して教えると、クウは前を見て黄昏に光る海を眺める。
同じようにテラも隣で見ていると、クウがコートのポケットに手を入れて口を開いた。
「…静かな所だな、この世界は」
「ああ…ここは、初めてあの子達に会った場所なんだ」
「あのガキの事か? 確か…リクって言ったっけ?」
「ソラともな…ただ、接触したのはリクだ」
そう言うと、クウに説明するようにテラはこの世界での事を思い出した。
「クウや無轟と会う少し前だ……俺は自分の道で迷って回廊を移動していると、あの子の持つ光がこの地へと導いた」
さまざまな世界を巡り、闇と向き合う方法を探している途中でこの世界に辿り着いた。
まるで運命のように出会い、純粋な彼の思いに心を打たれた。
「あの子のおかげで、俺は本来の道を思い出した。だから、キーブレードの継承を行なったんだ」
『大切な人を守る』―――純粋なこの言葉のおかげで、大事な事を思い出せた。
そんな彼に可能性を感じ、キーブレードを継承した。何時か外の世界に出て、大事な事を教えられるようにと。
そこまで思い出すと、不意にテラが顔を歪ませる。
「だが、あの子は俺と同じように闇を宿している。結局、俺は光を闇で染めてしまうのか…?」
この未来で再会した彼は、自分と同じく闇を宿していた。あの時は暇が無かったが、こうしてゆとりを持って思い浮かべると不安が過ってしまう。
自分の所為で、リクが彼らと離れる事になるかもしれない。もしかしたら、道を外してしまう事になるかもしれない…今の自分のように。
そんな考えと共に掌を見て顔に絶望を浮かべるテラに、クウはゆっくりと前を見ながら口を開いた。
「――純粋が故に、何色にでも染まる。光と闇、善と悪にも」
「え?」
「…セヴィルに言われた言葉だ。一応、教えて貰った身だからな」
何処か居心地が悪そうに顔を歪めるが、すぐに真剣な表情に戻して話を続けた。
「純粋な思いは、とても眩い光―――言わば、白。そして白は何色にでも染まり、色同士が混ざる事は無い。だからこそ、何にでも染まってしまう。光が闇に染まるように」
淡々と話すクウに、テラは顔を俯かせてしまう。
そんなテラに、クウは一旦言葉を止めると何処か穏やかに笑いかけた。
「だけど、闇に染まったからと言って悪になるとは限らない。周りにいる人が闇でも善を宿すなら……善に染まるんじゃないのか?」
「クウ…」
「お前だって、今は俺達がいる。あいつにも周りの奴らがいる。だから、少しは信じろよ」
「…そう、だな。ありがとう、クウ」
強気の笑みを浮かべて肩を叩くクウに、テラも自信を取りもしてお礼を述べる。
これにクウは恥ずかしそうに顔を逸らすが、黄昏の海を見ると頭の後ろに腕を組んだ。
「ま、実際どうなるかは自分次第ってとこだな。大丈夫って思ってても、いつの間にか道を踏み外してたり、人に騙されたりしてたって事もあるからさ…」
「分かった…気を付けるよ、クウ」
テラが思った事を素直に述べていると、何故かクウは呆れた目で見返した。
「どうした?」
「テラ…お前、実は騙されやすいタイプだろ?」
「えっ!? そ、そうなのか!?」
思いもよらない事を言われてしまい、テラは思わず驚く。
これを見て、クウは軽く溜息を吐くと顔を逸らして何かを考え込む。
すると、かっこつけるように頭に手を置くとフッと笑った。
「――俺、実は世界を又に駆ける大怪盗なんだ」
「大怪盗っ!? 本当なのか!?」
「黒夜の闇に紛れ、黒の翼を広げては大空を縦横無尽に駆け回る。そうして狙ったお宝はもちろん女性のハートも必ず盗む。それが、この俺の正体だ」
「まさか、俺達と出会った時も何かを盗もうとしていたのか!?」
「ああ、あの時は戦火の夜に紛れてお宝と一緒にレディと星空のデートを――…って、何時までこのボケ漫才は続くんだよ…?」
意気揚々と話していたのを一変させ、ジト目でテラを睨むクウ。
この様子に、テラはようやく今までの話が嘘だと理解した。
「い、今の話…全部、嘘なのか?」
「あのなぁ? 普通に考えれば、こんなの嘘だって分かるだろ? やっぱ、テラって騙されやすいタイプだな」
口を歪ませて可笑しそうに笑いを堪えるクウに、テラは申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すまない…」
「謝んなって。そうするぐらいなら、人を見る目ぐらい養っておけよ」
そんなに気にしていないようで、クウは軽く手を振って再び前を見る。
その状態で顔を俯かせると、聞こえないように小さな声で呟いた。
「…騙された後じゃ、何もかもが遅いんだからよ…」
テラ達が入り江でそんな会話をしている頃。
船着き場のある砂浜で、レイアは波打ち際で波から逃げるようにして遊んでいた。
水が引き、少しして波が来る。それを服が濡れないように上手く避ける。それを何度か繰り返していると、波に浚われた砂の下から貝殻が出てきた。
「あ、綺麗な貝殻…」
レイアはそれを拾うと、笑みを浮かべる。
貝殻は不思議な色をしていて、その色が夕日に反射して綺麗に光っている。
しばらく貝殻を見ていると、レイアの脳裏にある考えが浮かんだ。
「そうです! 折角ですし、クウさん達の分も探して…!」
砂浜に目を向けつつ、海に濡れないよう靴を脱いでローブの裾を捲る。
これだけ綺麗な貝殻なのだ、プレゼントすればきっと受け取ってくれるだろう。
三人の笑顔を思い浮かべながら貝殻集めを始めるレイアの近くで、炎が出現する。そこから炎産霊神が現れた。
『何だか楽しそうだね?』
「ハイ! 私、海は初めてですから! あ、カグツチさんの分も探さないといけませんでしたね…」
『僕はそんなのいらないけど、探すの手伝おうか?』
「いいんですか? でも…海に入って、大丈夫なんですか?」
『僕は神だよ? これぐらいじゃ消えないから安心しなよ!』
そう言って片足を海に突っ込むと、消えずに海の中にちゃんとある。
この事実にレイアは安心するが、不意に顔を俯かせた。
「神様、ですか…」
そのまま何かを考え込むと、顔を上げて炎産霊神を見た。
「あの…神様って、何でも知ってるんですか?」
『うーん…神様って言っても種類があるからね。何でも知ってるのはホンの一握りの存在じゃないかなぁ?』
「そうですか…」
炎産霊神が答えると、落ち込んだのかレイアは再び顔を俯かせる。
そんなレイアに、炎産霊神は首を傾げた。
『レイア、どうしたの? 何か聞きたい事でもあるの?』
「あの、その…カグツチさんは、クウさんの事を何か知っているのかなって?」
レイアが作り笑いを浮かべて聞くものだから、炎産霊神も困ったように笑みを浮かべた。
『うーん、僕は人に興味なんてないからね。でも、どうしてそんな事聞くの? レイアの方がずっと一緒にいるんだから、何でも知ってるでしょ?』
「…知らないんです、何も」
手の中の貝殻を握り締めながら、レイアが無表情で呟く。
思わず炎産霊神が見ていると、レイアは地平線に沈む夕日に目を向けた。
「私とクウさんが出会って少しして、一応知人にお会いしたんですけど……でも、その頃はクウさんについて聞きたいと思えなかったんです」
その時の事を思い出しながら、レイアは胸の前で両手を握りしめる。
あの時、ある男に連れて行かれそうになった所を助けて貰った。だけど、行く当ても帰る場所も自分にはない。だから、クウについて行った。それしか…選択肢は残されていなかったから。
過去を巡らせながら、今度は夕日の世界での戦いを思い出す。
「だけど、あの夕日の世界でクウさんの知り合いに出会って…改めて、分かったんです。クウさんについて、私は何も知らない。何も知らないまま、今の関係に満足しちゃっていたんだって」
一緒にいるのに全然知らない。それまでは何も思わなかった。だけど今となっては、それは悲しくて切ない事。
「クウさんは、きっとそれでもいいって言ってくれると思います。私にとって大切なのは今だって…――でも、やっぱり過去も大切だと思うんです」
そう言うと、何かを決意した目でレイアは前方の夕日を見つめる。
「だから、私知りたいんです。クウさんの過去に何があったのか、どんな風に今までを築き上げてきたのかを…」
『ふーん…ねえ、レイア。それがどんなに辛い過去でも、君は受け入れられる? もう二度と一緒に居たくないって思える過去でも?』
レイアの思いを聞き、炎産霊神は思い切って質問をぶつける。
これは、今まで無轟と旅をして来たからこその質問だ。無轟もかつては罪を犯して人を焼き殺し、旅をする中でさまざまな善人や悪人に出会って来た。
もちろん、クウはそんな人ではないかもしれないが…――実際は分からない。そんな炎産霊神の問いに、レイアはゆっくりと振り返る。
その表情は…何の迷いも無い。
「もし過去がそうだとしても、今は違うと思うんです――…辛い過去があるなら、私は話を聞いて一緒に分かち合います。そうすれば、少なからずクウさんは癒されると思うから…」
貝殻を握りながら、そっと胸に両手を添える。
普段は何処か最低な性格だが、優しい心や思いやりがあるのを誰よりも知っている。だからこそ、彼の支えになっていきたい。
純粋なレイアの思いが伝わったのか、炎産霊神は笑みを浮かべた。
『君も強いね…――成り行きの形だけど、君達について来て良かったよ』
「そんな…! 私なんて、全然…!」
褒められて嬉しいのか、レイアは顔を赤らめて手を振る。
そうして視線を逸らしていると、あるものがレイアの視界に入った。
「あれ…?」
この島から、桟橋が架けられている小さな小島。
そこで星形の実をつけた横に生えている木に、白い服を着た人物が寄り掛っていた。
■作者メッセージ
夢さんからバトン交代に預かりました、NANAです。
今回はテラ編もアクア編も短くなってしまい、更にこのままのバトン交代では夢さんの章よりも多くなってしまうので、前回行ったようにこのバトンに二つの章を一気に出していこうと思ってます。もちろん、断章も付けるつもりです。
尚、こちらの方を優先するので別レスで行っている終盤企画はしばらくお休みさせていただきます。
今回はテラ編もアクア編も短くなってしまい、更にこのままのバトン交代では夢さんの章よりも多くなってしまうので、前回行ったようにこのバトンに二つの章を一気に出していこうと思ってます。もちろん、断章も付けるつもりです。
尚、こちらの方を優先するので別レスで行っている終盤企画はしばらくお休みさせていただきます。