Another chapter9 Terra side‐3
ここで、時間は少し前に遡る―――
「そういや、テラはこの世界で継承の儀式行ったんだよな」
「ああ、そうだが…」
「実際、どうしたんだ? 小さかったガキに小難しく教えたりしたんじゃねーのか?」
先程の話を終えるなり、クウは何処か冗談めいた様に問う。
すると、テラも苦笑を浮かべながら話を続けた。
「さすがにそんな事はしないさ。大切な人を守る強さを持ちたい…――そう彼の語った純粋な願いに、キーブレードを託したに過ぎないんだ」
「へぇ…大切な人を守る、か…」
この言葉に何かを思い浮かべたのか、クウは遠い目を浮かべる。
そんなクウを見て、テラもその時の事を思い出す。純粋な光を宿していた幼い少年に、自身のキーブレードを握らせた。何時か、彼に守る力を教えられる日が来る事を願って。
しかし、成り行きで再会する事は出来たが、今は教えてやる事は出来ない。自身の闇―――いや、迷いを解決しない限り…。
「テラ…お前には、話しておく」
悶々と思考を巡らせていたテラに、突然クウが静かに話しかける。
すぐに意識をクウに移すと、いつの間にか表情を消して真っ直ぐに海を見つめていた。
「俺は、あいつの弟子じゃない。セヴィルの本当の弟子は、あいつの姉―――スピカなんだ」
クウから発せられた驚くべき事実に、テラは目を見開いた。
「彼のお姉さんが!? じゃあ、クウと同じようにキーブレードを――!?」
「いや…継承は行ってない。行ったのは、俺だけだ」
自身をキーブレード継承者と認める発言に、テラは茫然としながらクウを見る。
その間にも、クウは淡々と話を続けていく。
「その代わり、セヴィルがスピカに仕込んだのは戦う為の剣術や魔法。そして、さまざまな古い歴史だった。だから、スピカも師匠としてセヴィルを慕っていた」
「でも、そこまでしてどうして彼女に継承をしなかったんだ?」
「スピカ自身が断ったんだよ。『私にその力はいらない』って言ったそうだ」
そこまで言うと、クウは大きく溜息を吐きながら上を見上げて頭を押さえた。
「確かに、スピカはキーブレードを扱える十分な素質があった。でも、感じていたんだろうな…これ以上、力を付けると扱えきれなくなる事に」
「扱えきれなくなる?」
妙な言葉に、思わずテラが聞き返す。
だが、クウは教える気がないのか軽く横目でテラを見ると、押さえていた手を下ろして別の話題に入った。
「なあ、テラ。お前は、キーブレードについて何を教わった?」
「え? マスターからは、この光の世界を守る為の物だと…」
「そっか…」
「クウ。一体、何故そんな事を?」
いきなりの質問に理解が出来ず、テラが訝しげに問い返す。
すると、クウは驚くべき答えを口にした。
「教えられたからな。キーブレードの原点を」
「キーブレードの原点!?」
マスターであるエラクゥスやゼアノートさえも知らないであろう話に、思わずテラはクウに詰め寄る。
このテラの様子に、クウは困ったように顔を歪めると再び頭に手を置いて説明した。
「本当に必要な事は、あんまり詳しく教えられてないけど…――キーブレードは、『何か』から人為的に作られた代物らしい。それが原因で、大昔に一つの戦争が始まった」
ゆっくりと奥底に仕舞いこんだ記憶を紐解きながら、クウは教えられた知識を語る。
その際に、自分の師と共にさまざまな事を教えるセヴィルの姿が浮かび上がるが、クウは無視するように知識だけを引き出して言葉にしてテラに伝える。
「キーブレードを使った戦争。それは光を守る為だけじゃない…光を奪おうとした闇が存在したんだ。その両者が戦いあった事で、世界は闇に覆われた」
「だが、どんなに闇が世界を覆っても光が必ず払ってくれる。だから、この世界があるんじゃないのか?」
「そうだな…でも、光と闇は元から一緒だろ? 戦争はキッカケの一つに過ぎないと俺は思ってる。ま、大昔の事をどうこう言っても俺達には関係ない話だけどな」
「光も、闇も一緒…か」
途中からクウが明るく話すが、テラはじっと掌を広げて見つめる。
キーブレードの使い手として、世界の脅威である闇は消さなければならぬ存在。ずっとそう教えて来たのに、修行場の世界を旅立ってからその考えが薄れつつある。特に、この未来の世界に来てからは。
そこまで考えていると、テラの脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。
「前々から思っていたんだが…クウは、どうして闇を宿しているんだ? しかも、あんなに幼い時期から」
この質問に、クウは顔を俯かせながらテラから逸らした。
「いろいろ、あってな…」
「いろいろ?」
「…ま、これもその内教える。この光の世界を守るお前にとって、ちょっと想像出来ない領域に入るからな」
そう笑いながらクウが言っていると、テラは暗い表情を作り顔を俯かせてしまった。
「光を、守る…か」
「テラ?」
すぐにクウが声をかけるが、テラは耳を貸さず一つの記憶を引き起こす。
自分の闇によって、守るべき光を消した出来事を。
「クウは…闇の所為で人を傷付けた事はあるか?」
「…そう言うテラは、あるのか?」
一拍置くようにクウが前を見つめながら質問を返すと、テラは暗い表情のまま頷いた。
「旅立ってすぐの事だった。俺はある魔女によって闇の力に支配され、キーブレードを使い光の心を奪って眠らせてしまったんだ…闇を抑える心の力が弱かったばかりに…!!」
テラは顔を歪ませながら、その時の事を思い出す。
旅立って最初に辿り着いた世界。その城で魔女―――いや、自分の闇によって純粋な光の心を眠る姫から奪ってしまった。きっと、今も彼女は眠り続けている事だろう。
そうして苦悩を浮かべるテラに、黙って聞いていたクウが訝しげに振り向いた。
「…心を奪う? お前が?」
「ああ…――彼女は今も、光を奪われたまま眠っているはずだ…」
「なあ…それ、本当にお前がやったのか?」
「え? あ、ああ…あの時の事は、おぼろげながらも覚えてる…」
何処か信じていないクウに、テラは胸を押さえながら頷く。
まさに罪の責に押し潰されているテラの様子を見る限り、嘘を言っていない。しかし、どうにもクウは信じられず、テラに背を向けて腕を組んだ。
「確かに、闇の力を使えば出来なくもない…セヴィルもマスターの力量持てるなら心を取り出せる言ってたし…――それでも、何かおかしい…」
拭い切れぬ違和感を感じながら、クウは思考を巡らせる。
テラには確かに闇があるが、良心はあるし光も存在する。例え操られたとしても、自身の意思でないから他者から心を取り出す事など出来ない筈だ。
考える限り、魔女自身がやったのだろうが何故わざわざテラを陥れるような事をするのか。それにしても、心を取り出しながら操るなんて芸当、大したものだ。一人で行ったのなら相当な力を持っている。
二人で分担したなら話は別だが…もし、魔女が操り心を取り出せる人物で行ったのだとしたら…――その人物が、マスターであるゼアノートだったら…。
「いや、さすがに考え過ぎか…」
「クウ? さっきからどうしたんだ?」
「あ、いや! そういや、テラってさっきの…キーブレード戦争については何も知らなかったんだよなっ!?」
考えを知られまいとクウが慌てて言うものだから、テラも目を丸くして頷いた。
「あ、ああ…そんな話、マスターからも聞いた事が無い」
「そ、そうか…! やっべ、もう少しでテラの恩人疑う所だった…」
「何か言ったか?」
「いいや、何もっ!!」
即座にブンブンとクウは首を横に振り、否定と同時に浮かんだ想像を掻き消す。
変に大きな動作をするクウに首を傾げるものの、テラはキーブレード戦争について考えを巡らせた。
「キーブレード戦争、か…どう言った物か興味はあるが、セヴィルに話は聞けないな」
「理由は分からないが、俺達の敵には変わりないしな」
そこまで言うと、二人は大きく落胆の溜息を吐く。
「マスター・ゼアノートなら、何か知ってるだろうか…?」
「さあな。でも、この話を知ってる奴はセヴィル以外に一人だけいる」
もう一人の師を思い浮かべるテラに、クウがそんな事を打ち明ける。
見ると、クウは遠くにある水平線をじっと見つめている。その真剣な眼差しは、子供の頃でも見た事が無かった。
「継承を拒んだスピカなら…きっと、全てを知ってる筈だ。キーブレードの事、そしてキーブレード戦争についても」
そう語るクウは真剣そのもので、不意にあの荒野でのゼアノートを思い出させる。
あの時のマスターも自分を信頼してヴァニタスの事を語ってくれた。今のクウも、信頼して彼の―――ウィドの姉であるスピカの話をしてくれているのが伝わる。
思わずテラが笑みを浮かべていると、後ろから砂を踏む足音が近づいた。
「お前には力を、彼女には知識をと言った所だな」
聞き慣れた声に、二人は一斉に振り返る。
そこには、仮眠していた筈の無轟が腕を組んでこちらに向かって歩いていた。
「オッサン、起きてたのか?」
「でも、どうしてセヴィルはそんな事を? キーブレードを使うのなら、クウにも教えていた方が良かったんじゃないのか?」
先程の無轟の言葉に、テラの中で疑問が浮かび上がる。
すると、無轟は腕を組んだまま二人を見据えた。
「力と言うのは、使おうと思えば何にでも使える。守る為にも、他者を傷付けたりも。特に、そのキーブレードと言うのは大きな力を秘めている。アンヴァースやハートレスと言った輩以外にも、お前達の力を狙う人間がいるのではないのか?」
「「…………」」
まるで教えるかのように話す無轟に、思い当たる節があったのか二人は顔を俯かせてしまう。
「だからこそ、お前には大切な事だけを教え、彼女には深い知識を授けたのではないか? キーブレードの力を悪用されぬよう、次世代へと受け継がれる為に」
「キーブレードの、力…」
無轟の言葉に、テラは手を広げてキーブレードを取り出す。
あの魔女も自分を引き入れようとしていたし、自分を闇に陥れたキッカケでもあるブライクもキーブレードの力を狙っていた。
改めてこれまでの敵についてテラが考えてる中、クウは顔を歪めながら頭の後ろに腕を組んだ。
「あーあ。オッサンはいいよなー、戦う力に関して何も考えずに済むんだしよ」
「そんな事はない。俺もこの力を次世代である息子にどう受け継がせればいいか、よく分かっていないからな…だからこそ、こうして旅をしている」
「そうなんですか…って、エ? ム、ムスコ…!?」
無轟の発言を危うくスルーしかけたテラは、大きく目を見開いてしまう。
それはクウも同じなのか、顔を引く付かせながらテラを見据えた。
「テ、テラくん、落ち着け? お、俺達の耳がおかしかっただけなんだよな? このオッサンに息子ってある訳ないだろそうだよなぁ!!?」
「いるぞ。何なら、写真があるが見るか?」
「「写真あるのかぁぁぁ!!!??」」
無轟は首を傾げながら懐に手を伸ばすものだから、二人してツッコミを入れる。
だが、無轟の息子の方が気になるようで、無轟が写真を取り出すなり半ば無理やりクウが奪う。
すぐに写真を見ると、そこには少し若めの無轟と無表情の黒髪美人の女性。そして、二人の間に挟まれた3、4歳ぐらいの男の子が笑顔で写っていた。
(こ、これ本物か…!? どっかの未亡人と一緒に撮ったとかそう言うオチないだろうなぁ!!?)
(お、俺もそう思いたいが…この写真の子は何処となく無轟に似ている…!! 本当に息子じゃないのか…!!)
(マジかよ!? あの子供の神従えて、桁違いの戦闘力持つオッサンがまさかの所帯持ちってそんなのアリかよぉ!!?)
(マスターに選ばれなかったり、アクアが俺の事監視してたり、この身が闇に染まったりした時よりも凄いショックを感じているのは何故なんだ…っ!!?)
無轟に聞かれないようにと二人が互いに目配せで会話する中、当の本人は不思議そうに首を傾げていた。
「どうした、二人とも黙り込んで? そんなに鏡花と神無が珍しいか?」
「ちげーよ!! いや、確かに珍しいけど意味が違うんだよっ!!! つーか、何なんだよこのメンバー!!! 俺以外にツッコミ出来る奴いねーのかぁぁぁ!!?」
さっきまでのシリアスが完全にぶち壊され、心から怒鳴り声を上げるクウ。
それと同時に、遠くの方で大きな爆発音が辺りに響いた。